56。メルティとシャオワン
さあ、波乱の幕開けだ。
夜更け前。
「半日、お疲れ様ニャ!!」
勢いのいいシャオワンの一声に続き、みんなの労いの言葉が飛び交う。
カランと木製のジョッキがぶつかり合う。
……中身はさすがに酒類ではないが、そこは雰囲気の問題である。
一応授業とは言え、せっかくの「冒険者っぽいこと」ができる滅多にない機会だ。
普段の座学や鍛錬から解き放され、いっそのこと楽しむだけ楽しもうーーーそんなふうに思う生徒も少なからずいるのだ。
「さて、反省会をしようか」
鍋を楽しみ、賑わいが落ち着いたところでマージンが口を開く。
「順番に行こう。まずは私から作戦の再確認だ」
作戦。
即ち、撹乱戦法。
メルティに好き勝手暴れさせておき、その隙に核を回収してしまおう、というわけである。
話題てんこ盛りな彼女のおかげで、陽動作戦が非常に旨味があるものになっているのだ。
「しかし、熱は冷めるものだ。核がそれほど集まっていないグループはおそらく、死に物狂いに探すだろう。作戦を新たに立てるいい機会だ」
次に、スキマが札をいくつか差し出した。
丁寧で達筆な字でこう書かれていた。
ーーー『作戦候補、其一/核を奪われても損害が抑えられるよう、分散する』
「この場合真っ先にあたしが狙われるニャ。メルティに気を取られなくていい分相手が楽ニャねぇ」
ジョッキを両手で抱えながら、シャオワンが苦言を呈した。
ーーー『作戦候補、其二/夜のうちに出動』
「疲れるけど真っ当だな」とマルコーが腕組みする。
ーーー『作戦候補、其三/強力な組どうしの戦いに混じり、漁夫の利を図る』
「これは……上手くいけばいいけど」
「ミスをしたら無駄死にニャ」
ピンとくる作戦がないのか、みんなの唸りが重なった。
「とりあえず次行こう。イノセント嬢、今日はどうだった?」
「ん、……わたし?」
話を振られ、メルティは目をぱちくりさせた。
それから十秒ほど頭を左へ、右へと傾けてから、
「……楽しかった」
「「「『そういうことじゃない』」」」
チームワーク、バッチリである。
「ま、まあ、私の聞き方が悪かったね。ほらその、今日の成果とか、他のグループの様子とかーーー」
「あー、そういう」
そこでようやく意図を察したのか、メルティは納得の顔を見せた。
「……言われた通りに、好き放題やった。武器、いっぱい回収したけど……あとで文句言われるのメンドクサイから、名前シール貼っておいた」
「さらっと言うけどだいぶハードな技ニャ」
『老練盗人並みの手腕/感嘆すべき』
「……もうちょいマシな例えにしてやれよ」
などなど、口々。
「あと、それなりに脱退させたから……明日はもう少し競争人数、少ないはず」
「「……脱退??」」
今回の実習には、特に脱退システムはないはずだ。
ルール違反でも見つからない限り、基本的には時間オーバーまでエリアの中で過ごすことになる。
「……ちなみにどうやったか、聞いてもいいかな?」
恐る恐る手を挙げるマージン。
「うん。 【烏】たちに頼んで、遠くまで運ばせた。……そうすれば場外になるし、時間内には戻れないはず」
「……なるほどニャ。運ばれた人、御愁傷様ニャ」
おそらくこの場にいるメンバーは、「烏」のことをメルティがテイムした「烏」だと勘違いしていることだろう。
しかしお察しの通り、この【烏】は普通でない。
ルイザのための薬草採取依頼、そのときにメルティとキツネを導いた存在ーーー【災禍の黒烏ーーーソル・ゾラ】。
若干一羽、メルティの話を聞かなくなりつつある個体もあるが(※15話参照)、基本は高い知能を持った従順な「魔法」である。
まあなんにしろ見た目は同じなので、メルティには新たに「テイマー」としての名を密かに持つことになった。
「話を戻そう。マルコー、シャオワン、核の分布状況はどうなっている?」
先に話し始めたのはシャオワンの方。
「ニャ。偏りなしニャ。面積あたりで計算すればぁ、全体で……二百くらいニャ」
指折り数える彼女に、みんなが目を見張る。
「……少ないな」
「まあ、もうちょい多い可能性もあるニャ。あと大きさもまちまちニャ……あ、そういえば核の収納袋ってマルコーが持っていたんだっけ」
「ああ、これだ」
どさりと、裏ポケットから収納袋が取り出される。
慎重に核を広げてみる。
「……十二個ニャ。まあまあニャ」
「そこそこ大きいものもある。これくらい集まれば不満はないだろう」
「目標は何位ニャ?」
「最初の予定なら、十位だ」
「ニャ……それだったら、もうちょっと頑張ったほうが良いかもしれないニャ。二日目はどうするニャ?」
「大方のところは集め終わったはずだ。探すよりも、他人から取るほうが稼ぎやすい。そうだな……焦っていそうなグループを狙おう」
「……マージン、隠れてる奴らを探したほうがいいだろ。そういう奴らはたぶんもう十分集めきっている。かっさらってしまえばいい」
あぐらをかいて横槍を入れるマルコー。
タイミングを見計らい、スキマが札を差し出す。
ーーー『相手の力量も高いこと多し/気をつけるべし』
「そりゃそうだけどさ。でもーーー」
「いやーーー」
「ーーー」
焚き火。
作戦会議。
メルティは、自分がその輪に入っているようで、入っていない感じがした。
(寂しいのかな、わたし)
思い出す。
いままでの学園生活で、キツネがそばにいなかった日があっただろうか。
夜に、ルイザの「おかえりなさい」を聞かなかった日があっただろうか。
ない。
ずっとずっと、二人はそばに居てくれた。
そんなことを思い巡らせていると、横で体育座りしているシャオワン視界に入った。
さっきから、黙りとしている。
焚き火の暖かさがあるというのに、彼女の体は小刻みに震えていた。
しかしどこか、知られたくないようなーーーそんな「モヤモヤっとしたもの」をメルティは感じ取った。
メルティは口を一文字に結んだまま、シートから一口サイズの果物を摘んだ。
それからそっと、シャオワンの半開きの口に、それを添えた。
「……」
シャオワンは彼女に気づくと、くりんとした猫目をぱちくりさせた。果実を噛み潰し、味わうようにして飲み込んだ。
「もう遅いニャ。各自寝るニャ」
元気を取り戻したかのように、ぴょんと跳んで立ち上がるシャオワン。
「……お前、夜行性じゃねぇの?」
意外そうな顔をするマルコー。
長剣を磨きながら、彼女を見上げた。
「学園に入ってから昼夜逆転したニャ。そのおかげで一日中眠いニャ」
得意げにいうことじゃねぇよ、とマルコーがこっそりツッコミを入れる。
夜の森は昏くて、顔はあまり良く見えない。
しかしメルティはなんとなく、シャオワンは得意気な顔をしていない気がした。
「じゃあ明日に備えて、あたしが核の収納袋を持っておくニャ」
「はぁ?なんでだよ。管理は俺の仕事だ」
「いやぁ、今日一日ぃ、マルコーも疲れたかなーと」
「絶対思ってないだろ」
「思ってるニャ。あと女の子の塒のほうが精神的に襲いにくいはずニャ」
「必要とあらば俺はやれる」
「変態ニャ。せんせー、ここに変態がいるニャ」
「ちげーよ。略奪に男女関係ねぇってことだよ!あと声でけぇ、見つかったらどうすんだよ」
「はいはい。二人とも一回落ち着こうか」
止めに入ったのはマージン。苦笑いを浮かべてマルコーの方を向くと、
「マルコー、すまないが今回はシャオワンに譲ってもらえないか。後輩にチャンスを与えるのも先輩の仕事だよ」
マルコーはまだ何か言いたげな渋い表情だったが、
「なら責任持ってちゃんと見とけよ」
とだけ吐いて、ずかずかと奥地へと足を運んでいった。
ーーー・ーーー・ーーー
夜更け。
鬱蒼とした森。
怪鳥かナニカの掠れた鳴き声。
白煙がのぼる、黒ずんだ枝葉の山。
かすかに聴こえてくる、細枝を踏み潰す足音。
男女別とはいえ、まとまっていたほうが敵襲に備えられる。
そういうわけで五人は簡単なテントを二つたてて、左男子右女子、のように決めると各々就寝時間に入った。
見張りは夜が明けるまで交代制。
今は、メルティが担当する時間帯だ。
うろちょろ、うろちょろ。
できるだけみんなを起こさないように、大きな円を描きながら。
「……ん?あれはーーー」
がさごそと、誰かが薮の中で蹲っている。
何をしているのだろうか。
「……シャオワン?」
「ニャッ!?」
ーーー影の正体は、シャオワン。
「なにしてるの?」
「い、いやぁ、……お手洗いに行ってただけニャ」
「……」
別にメルティは彼女を疑ってはいない。
トイレに行っていたんだ、そうなんだ、というくらいのリアクションである。
ついでに言えばメルティの「なにしてるの?」もそのままのニュアンスでしかなく、ちょっとした好奇心の域を超えることはない。
しかし暗闇で、それと同化するくらいの暗色の瞳に見つめられては、誰でも怯んでしまうものである。
シャオワンは独特な猫耳を垂らして、頭を深深と下げた。
「……ごめんなさいニャ」
「? 謝る必要はない。……気になっただけ」
「……あはは、メルティはすごいニャ。誤魔化せないニャね」
(誤解されてる気がする……けど、いいや)
「実はーーーコレ、ニャ」
「! それは」
シャオワンの手には、ひとつの袋ががっしりと握られていた。
ーーーこの半日間、五人で集めに集めた、モンスターの核を入れた収納袋であった。
「メルティ……」
「……どうしたの」
「あたし、がんばってこの学園に入ったニャ」
「うん」
「お姉ちゃんに誘われて、一緒にこの街まではるばるやってきたのニャ」
「うん」
「何でか、わかるニャ?」
「わかんない」
突然始まった話題。
モンスターの核をシャオワンが持ち出したことと、全く関連性の無さそうな話題。
メルティはただ黙々と、シャオワンの呟きに頭を縦に横に振っていた。
「それはーーーココなら、……王立なら、あたしを受け入れてくれると思ったからニャ」
「うん」
「なのに……」
シャオワンは出かかった言葉を、無理やり飲み込むようにして心の中に抑えた。
しかし、溢れてくる気持ちだけが迸っていた。
彼女は矛先をメルティに向けまいと、気遣うようにして弱々しくかぶりを振った。
そして、漏れ出すのは、一言だけ。
「あたしはーーーーーーーーー何を信じればいいニャ……?」
「……」
話が見えない。
メルティが聞き返そうと口を開く。
だがそれよりも早く、その収納袋はメルティの手元に仕舞われた。
「……?」
「メルティに渡すニャ。……あたしでは、やっぱり……責任持って見ることなんて、できないニャ」
シャオワンはそれから、メルティの方へと顔を向けることもなく、テントの方へと帰っていった。
ーーー取り残される、メルティ一人。
「……」
その場にとどまること、約一分。
メルティは、自分の両手に収まるくらいの収納袋を眺めた。
「ーーー【イチゴ丸】、……おいで」
肩掛けのポーチは口をぐわりと裂いて、中から一枚のカードを吐き出す。
びりり。
容赦なく、噛み千切る。
ドクン。
ドクン。
脈動する。
悪意は瞬時にメルティを侵食した。
ソレは暴れるようにして、メルティの両目を喰らおうとする。
ばきりばきりと不快な音を立てて、メルティの顔に亀裂を入れていく。
しかし抵抗しきれないのか、それとも何かを感じ取ったのかーーーソレは間もなく動きを止めた。
やがて現れたのは……一本の金縁のモノクル眼鏡。
「……【鑑定】、よろしく」
ーーーpi、pi、pi。
ーーー検索中……検索中……十件、一致シマシタ。
「……で、何だったの、この核」
ーーーpi、pi、pi。
ーーー編成中……編成中……十件、作成シマシタ。
ーーーpi、pi、pi。
ーーー「ワイバーン種 幼体 ノ 核」、二ツ。
ーーーpi、pi、pi。
ーーー「ゴブリン族 幼体 ノ 核」、三ツ。
ーーーpi、pi、pi。
ーーー「フレアボア種 幼体 ノ 核」、三ツ。
ーーーpi、pi、pi。
ーーー「サイクロプス族 幼体 ノ 核」、一ツ。
幼体?
赤ちゃんということ?
メルティですらも若干眉をひそめ、その結果を聞いていた。
そして彼女は最後の一つに、目を大きく見張った。
ーーーpi、pi、pi。
ーーー「猫 人 族 幼 体 ノ 核」 、 一ツ。
「……」
瞬時に、シャオワンの一言が、メルティの頭によぎった。
ーーー『あたしは……何を信じればいいニャ……?』
メルティはポーチに手を伸ばした。
未だかつてないほどの、黒くて濃密な霧がメルティを覆った。
「……【烏】、全員、集合」
『ゔぇぇっ』
ポーチが、激しく震える。
粘液まみれの口から、無数のカードが吐き出された。
びり。びりり。
カードはすぐさまに粉砕され、そして形をなしていく。
『悪ーッ!!』『悪ーッ!!』『悪ーッ!!』『悪ーッ!!』『悪ーッ!!』
夥しい数の烏。
靄を帯び、朱色の目を嵌めている。
林冠はぬばたまの黒羽根に覆われ、死へと集る声が樹林に轟いた。
メルティは、その中央まで歩み寄った。
まるで、演奏会で、燕尾服を着こなす指揮者のように。
「……【烏】。この付近の、全ての核を回収して。……一つ、残らず」
『悪ーッ!!』
『悪ーッ!!』
「……これは、命令」
瞬時に、場は静まった。
そして再び、鳴き始める。
旋回。
叫喚。
蜘蛛の子を散らすようにして、【烏】はやがてーーー闇夜に溶けていった。
ゾッとしたい方は、ぜひ9話、14話、35話へ。
いよいよ、メルティが立ち上がります。




