53。メルティと呼び出し
12話まで訂正しました。ぜひ合わせてご覧ください。
あのキャラ、実はああだったんだぜと将来言えるチャンスです。
次の日、早朝。
校長室。
目の前にいるのは、頭をおさえた教養科のホーリア先生と、目尻のシワを深くした校長。
「はぁ〜〜〜っ」
沈黙を破る、ホーリア先生の長いため息。
その様子が不可解らしく、メルティは子犬のようなクリンとした目で彼女を眺めながら、
「先生疲れてる?」
「全く、誰のせいですか!」
切り返されたその気迫に、メルティが「わあ」と軽く仰け反った。
「貴女、わかってますか。たとえ正しくとも、やってはいけないことがあるのですのよ、この世の中には」
「……あっちから来た。から、仕方ないとおもう」
「ああもう、そういうことじゃなくてですねぇっ……」
再び、ホーリア先生が頭を抱えた。
ーーー昨夜。
メルティがマルコーの家から帰るとき。
そこでなんと、幾人もの待ち伏せに遭ったのだ。
あるときは束で襲い掛かり、ある時は一人で剣を抱え。
とても一人の女の子相手にやることではないーーーように見える。
メルティはいちいち相手にするのが面倒だったので、立ちはだかる人の足を次々と氷漬けにした。
それも、【スケイプ王子】に頼んで、軽めの魔法にした上で。
しかしそれでもそれなりの殺傷力があったようで、人によってはしばらくは歩けないほどまでになったという。
「……その氷漬けを発見したのは、今日の日の出の頃ですわ。蓋を開けてみれば、その多くは貴族の雇い人、中にはご家族やご本人もいらっしゃいました」
ホーリア先生は角が折れた資料をめくり、そしてメルティの方に目を向けた。
「御意見を、多数いただいるのですよ。メルティ・イノセントさん」
御意見。
敬語を使わないならばーーークレーム。
責められている。
……とも言えない。
どちらかというと、面倒な「お客様」を相手にした後のような倦怠感が、メルティには感じられた。だからこそ、反論もしづらかった。
「たしかに正当防衛なのでしょうけれど、貴女ほどの力があるならば、躱して進む事も出来たはずでしょう」
「……めんどくさい」
「相手は貴族の方々なのですよ、わかっていますかメルティさん」
「わからない。……武器を持ち出したのはあっち」
「ええ、一般民衆なら正しいのかもしれませんわね。しかし今回の相手は貴族ーーー」
「ーーーだから何ですか」
「「!?」」
紛れ込む男の声に、ホーリア先生の言葉が詰まる。
「……マルコー??」
「こんなところで油を売りやがって。早めに学園に来たのは、責任を擦りつけられるためじゃねえだろ」
校長室の前に立つのは、腕組みをした不機嫌顔のマルコー。
そして横には、「仕方なく門を開けたのですぅ……」と言いたげの、中年がオドオド控えていた。この学園の副校長である。
「マルコー・シロガネルさん。今は大事なお話中です」
「それくらいわかってますよ。だから来たんですよーーーコイツがいつまでも来ないから」
「ええ。それは、昨夜ーーー」
「何があったかくらい知っています。それで、コイツのどこが悪いんですか」
メルティは黙ったまま、サンドイッチのように自分を挟むマルコーとホーリア先生を交互に見た。
ホーリア先生はメガネをつまみあげて、ため息をついた。
「……どこも悪くありませんわ。強いて言えば、過剰防衛でしたね」
「過剰防衛ぃ? はっ、なんですかそれは」
普段ならすぐさま立ち上がって「マナーがなってません!」とでも言い出しそうなホーリア先生。しかしマルコーの鼻笑いには目を伏せるだけだった。
「いいですか、マルコーさん、メルティさん。この世は理不尽なのですわ。だからーーー」
「だからコイツは殺されてもいいと」
「……っ。それは違う話でしょう」
「いーや。同じ話ですよ、先生。じゃあ仮にコイツが昨日の夜襲で殺されたとします。ーーーそれで、誰が喜ぶんです?」
「……それは当然、……仕掛けた方が喜ぶでしょう。今日行われる実習、ここでの評価は将来に大きく響くので……敵を減らしておきたい気持ちは、貴方もわからなくないでしょう? ええ、たしかに相手はやりすぎたのかもしれません。しかし相手が悪すぎますわ。この学園は王立です。国は勿論、貴族の方々のご応援がなければ、運営も足場もなくなってしまうのです。相手が貴族様である限りここは耐え忍び、謝るのがーーー」
「世も末ですね」
「貴方……っ」
「そりゃそうでしょう?ていうか、先生もそんな『可哀想な悪役』を演じるのはやめてくださいよ、すっげぇ疲れます。……どうせアイツらと良心の板挟みを受けて、どうしようもなくなったんでしょう?」
「ま、マルコーさん、つ、謹んでください!どこで聞かれてるかなんてーーー」
「はっ、聞きたいなら聞きゃあいいじゃないですか?」
マルコーは堂々とホーリア先生の机の前までやってくると、親指を下に向けた。
「一応、昨日のような馬鹿なことをした家は全部、名前を確認済みです。……先生、本当にこの学園を支えられるほど寄付金を出しているやつは、あんなことはしないです。する奴は全員ーーー俺の家よりも、下」
マルコーははっきりと「下」を強調した。
王国の中でもそれなりの地位を持つ、聖騎士団の団長。
その息子にばっさり言われては、ホーリア先生は目を逸らすしかなかった。
「そんなやつの言うことなんて、無視してください、無視。それよりもホーリア先生、なんでコイツがこんな狙われるか、わかりますか?」
突然指先を向けられて、メルティが「わたし?」と反応する。
「ええっと……」
たじろぐホーリア先生。
メルティを上から下まで観察してから、弱々と口を開く。
「それは、目立つからでしょう。あちこちで問題を起こしている、問題児ですから」
「違いますよ。嫉妬ですよ嫉妬。気持ちわりぃ嫉妬」
「……まあ、それはあるでしょうけどーーー他人に絡んでは、喧嘩を売っているのはメルティさんの方でしょう?」
(……ん? そんなことした覚えない)
さすがのメルティも、目をパチパチさせた。
身に覚えのない、とばっちりである。
「わたし、喧嘩売った事無い。だいたい売られる方。……あと、言っても、二回くらいしかまだやってない」
「えっ……!?」
ホーリア先生は驚く勢いのまま、跳び上がった。
「わ、わたくしが聞いた話と違いますわ。だって貴女、第二王女様にまで喧嘩を売ったとーーー」
「えぇ、本気で言ってるんですか?」
メルティの代わりに、マルコーが冷笑を浮かべた。
「コイツが言った二回の喧嘩というのは、シャルメイ王女と、それからーーー俺」
「まままま、マルコーさん!??」
「いーやいや、それくらい四年の中では周知の事実ですよ」
「ど、どうして……」
「俺が、気に入らなかった。コイツが、姫様と一緒にいるのが煩わしかったから。だいたいこのご時世、姫様に近づくやつはだいたい碌なもんじゃないから。以上」
「え、ええと、そうすると喧嘩を売ったというのは」
「ーーーはい、俺です。コテンパンでした」
「何でそんな得意気ですか」
「コイツ相手に負けたからです」
「……で、では、シャルメイ様の方はーーー」
「あれも姫様が始めました」
「たのしかった」
「お前は黙っとけ」
「……」
ホーリアはメルティは凝視したまま、微かに頭を横に振った。
「メルティさん……」
「行くぞ」
「……? わかった」
おもむろに立ち上がるメルティ。
申し訳程度に頭を下げると、校長室を出て行った。
廊下にて。
「……お前ももっと反論しろよ」
ずかずかと足を運びながら、マルコーが零す。
「わかんない」
その斜め後ろから、メルティがついて行く。
「なにがだよ」
「全部」
「はあ?」
「ねえ、マルコー」
「なんだよ」
「ありがとう」
「……姫様のためだ」
マルコーはそれだけ言って、メルティから視線を逸らした。
ーーー・ーーー・ーーー
校長室。
曖昧な影が、机にかかっていた。
「校長先生……どうするおつもりですか」
五分間。机に顔を伏せていたホーリアが、再び眼鏡をかけ直した。
「……これは、マルコー君の言うとおりさね」
「校長先生まで……!」
「ホーリア先生よ。価値観とは、変わるもんよ。十年前なら、ややもすればメルティ・イノセントは退学になっていたのかもしれない。だがね、今は違うかもしれない」
「また曖昧なことを」
「曖昧に決まってるさ。自分のことですら完全にはわからんものよ」
「ではーーーどうするおつもりで?」
校長は腰の後ろに腕を回したまま、飾られた油絵に沿って部屋を一周、また一周した。
それから校長室のドアの前で立ち止まると、言った。
「儂らも変わる。あるいはーーー廃れる。それ以外にないさ」
軋む音とともに、使い古したドアがゆっくりと開いた。
早朝。
まだ、廊下は薄暗い。
どうもありがとうございました。
これはまあ良くあることですよね。
次回からが本番。この章もそろそろ終盤です。
更新は9/19(木)です。お楽しみに。




