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メルティ✕ギルティ〜その少女はやがて暗夜をも統べる〜  作者: びば!
2章。学園編〜それは、蝕まれた憧れ・上
39/80

36。メルティと向日葵のツボミ

遅れましたーーーーーーーー

 ハプニングがあったとは言え、全員賛成という形で新居に住むことが決まった。

 彼女らなりに計画した、大まかな生活スケジュールは以下。


 〜平日〜

 キツネは学園に通う。

 ルイザは家事。

 メルティは家事手伝いと、討伐依頼。


 〜休日、祭日(日本で言う祝日)〜

 メルティとキツネ中心に家事。

 ルイザはなるべく休憩。


 当然ながらルイザもずっと家事をする訳ではない。これでも豪商の娘であるので、教養等の勉強の時間も当然ある。


 これでは家事をまわすのはきついのではないか……?

 と、思ったそこのあなた。

 トイレの垢、隙間の埃の除去は一日にしてならず。もちろん、しっかりその担当も存在している。


 あの、地面の下に潜んでいるネッテヴァンダ―――シャチ型の植物だ。

 その不思議な植生なおかげで、カビも、油汚れも、あっという間にピカピカに。


 まあしかし、何と言っても大好物は肉だ。

 棚から干し肉が消失したり。

 料理に使おうと出しておいたハムが行方不明になったり。

 度々ハプニングは起こしているものの、同居している彼女らは気にしていないようだ。




 さて、時は学園に行く前日。


「昼食を用意できるまで、お姉さまがたはどうぞお好きなことなさってくださいな」

 とルイザに言われ、メルキツの二人は家まわりで散歩をすることにした。


「そうなんですよ、だからあの時笑い転げちゃって。……って、メルティちゃん、よだれ、よだれ」

「あ。……つい」


 膨らみに膨らんだ四方山話を一旦止めて、キツネはレースハンカチをメルティの口元に当てた。


「また、『はしたないです』って言われちゃいますよ、遠くから」

「うぅ……あれはもう嫌」


 メルティがフッサ家に住む目的。

 それは「キツネの護衛」と何より「最低限の教養を身につけること」であった。


 そのためネコラの指示で、メルティはオーリンや使用人から指導を受けてきたのだ。


 その中でも特に作法に厳しいのがメイド長で、メルティですら逃れられない方法で教育をするのだ。


『メルティ様、下着姿で廊下を出歩かれないでください』

『メルティ様、その虫をお捨てにならない限り、シールはお返しできません』

『メルティ様―――』


 刻苦な鍛錬(?) のおかげでちょっとは礼儀正しくなったメルティ様だが、彼女はちっとも感謝の念を抱いていない。

 代わりに抱くのは「メイド長さん、鬼」というトラウマである。


「なにか美味しいものでも見つけたんですか?そんなに魅入っちゃって」

「ん、特にない。お昼が楽しみなだけ」

「同じくです。ルイザちゃん、まだ小さいのにすごいですよね」

「……」

「えと、なんしょうかその眼差しは」


 メルティは哀れに満ちた目線をキツネに向け、肩をぽんと叩いた。


「なんでも変な『ホイホイなんちゃら』にするキツネとは大違いだなって」

「なんですとぉ!?……え、いやいや、というかメルティちゃんだって、大さじ一杯って言って炒めものを、塩まみれにしたじゃないですか!!」


「それはしょうがない。不器用なのは認める」

「不器用とかいう段階(レベル)じゃありませんー」

「……変なホイホイ」

「変なホイホイじゃなくて『回鍋肉(ホイコーロー)』ですーっ。一応先生の受け売りなんですーっ」


 もはや、お子様の口喧嘩である。


「……ん?」


 すると突然、キツネが「あーっ!思い出しました!!」と頭を抱えた。


「キツネ?」

「メルティちゃん、聞いてくださいってば。私ずっと忘れていたんです、あの不思議な魔法を教えてくださった先生の名前を!!」


「うん。うん。わかったからとりあえず顔近い。……それで、名前は?」


「それはですね。ノ―――」


 ―――ガシャンっ!!


 キツネが得意げに名前を口にしようとした時。

 何かが粉砕した。

 糸を張ったように、空気がヒリついた。

 衆人がざわついている。


「うわあっ、逃げろ!」

「なんだなんだ」

「お前らもいいから早く逃げろ!サーカス用のドラゴンが檻から出ちまった!」


ドラゴン。


その言葉に、人々が顔を上げた。

婦人は甲高い叫び声をあげ、店主は店を閉じた。

人の流れはまるで洪水のように、キツネたちに襲い掛かった。


「誰だよ、ドラゴンなんて持ち込んだやつ」「無責任だ」と口々に毒を吐いている。なお一人として、足を止めて抗おうという有志はいないらしい。


「と、突然何ですか」

「みんなあわてんぼう」

メルティたちは流れに押しつぶされぬよう、軒下に身を寄せた。


「ちょっと、状況が読めない」


「数週間後に、サーカスが王都で開かれるのです。おそらく客寄せ用にドラゴンの幼体を捕まえたけれど、用意した折が小さかったか何かで、脱出してしまったのでしょうね」


「そもそも、サーカスってなに」

「えっ。ええとですね」


キツネはメルティに、このような遊戯があることを伝えた。するとメルティはハムスターのようにフリーズしてから、


「ドラゴンをソレに使うこと自体、おかしい」


ごもっともな意見。

しかし、すでに起きてしまったことだ。これを、ナシにすることはできない。


「あはは。一応これも、観衆たちの意見を取り入れた結果なんですけどね」

「まあ――」


――地響き。


それも、すぐ近くで。

悲鳴が上がった。

見ればすでに、鎧をまとったドラゴンが両翼をはためかせ、彼女らのいる通りに降り立っていた。

圧倒的な気迫。

感情の穴と同じくらい埋めることのできない、サイズの差。


しかし、すでに人々の足は止まっていた。

何事かと、人の輪を潜ってみるメルティとキツネ。


「お、おれを狙わないでくれ!こ、こいつが悪いんだ!」

「んー。困ったなぁ。別にボクはドラゴンに話しかけただけだよ」


見れば、二人の男が大口の向く先に立っていた。

片方は背が低く鼻が赤い。こちらはドラゴンを率いていたサーカスの関係者なのだろう。

腰を抜かして座り込んでいるが、もう一人の男の袖だけは掴んで離さなかった。


そしてもう片方の青年はおかしな眼鏡をかけて、長身で世離れした顔をしている。

ドラゴンとおびえる男に挟まれているというのに、余裕そうな声色だ。


「この子、鎖に繋がれているのが嫌って言っているよ」

「だ、だから、街を壊せって吹き込みやがったのか!この悪魔めっ!」

「や、それは違うよ。『どこに連れていくつもりだ』と訊かれたから、『サーカス』って答えただけ。もしかして、契約も何もなしに、連れてきちゃったのかな?困ったなぁ」

「っ……。知らん。おれは上司に言われたとおりにやっただけだ」


ドラゴンが鎖を破ろうと藻掻く背景に、二人の言い争いは続いた。

当事者ではない限り、こちらが悪、と決めることはできない。

二人の会話は平行線をたどり、膠着していく。


じゃらり、じゃらり。

ドラゴンが暴れる。

炎を吹かないだけ、理性があるほうか。



その時、一つの声が上がった。



「……もしかして、先生??」



しんと静まる。

ドラゴンまでもが、羽ばたきを止めた。

視線が一気に、二人に集まった。


 キツネはメルティの手を取り、輪の中心へと入っていった。

 青年はキツネ、メルティの順に目で追って、意外そうにした。


「お、やっと出会えたね。こういうのを『塞翁が馬』って言うんだよね。久しぶり、キッちゃん」

「やっぱり先生です!お変わりなく、元気そうでよかったです!」


先生。

キツネが飛び入るほど興奮して、前置きなく呼ぶような人物。

ーーおそらく彼こそが、キツネに魔法を伝えたという「先生」だろう。


「ん、ありがと。そっちこそ……おっと、お団子結び、二つにしたんだねー」


「気づいてくれました!? そうなんです。前に、先生が私の髪を褒めてくれたじゃないですか。それが嬉しくって、伸ばそうって思ったんです。えへへ」


 照れ臭そうに、お団子から跳ねた髪を指に巻いて弄るキツネ。

 青年は次に、メルティに声をかけた。


「や、メッちゃんも久しぶりー」


 メルティは黙ったまま、頭をコテンと傾けた。


(あれ、『初めまして』じゃないの……?)


 いくら常識が通じないメルティでも、こんな独特な外見をした男を忘れるはずがない。

 兎の顔をくり貫いたようなメガネフレーム。

ボサボサの髪。

 パーティにでもいくのかと言いたい、ふざけた帽子。


「……ごめん、誰だかわかんない。キツネの先生で、あってる?」

「ん、そうだよ」

「そっか」

「ふ、相変わらずのようで、ボクは安心だよーーさて」


「先生」は後頭部を掻きながら、背後に蹲っている男に目をやった。


「ボクも忙しいんだ。できれば、その手を離してほしいんだけど」

「だめだ!おまえが起した問題だろ!」


男は喚いた。


「おまえが変なことを吹き込むのが悪い、知らなければ何も問題はなかったはずだ‼」


「や、逆だよ。サーカス中に暴れて観客席丸呑みにされたほうが、問題でしょうに。それにボクはドラゴンと会話しただけ。どこにも駄目とは書いていないでしょ」


「……っ」



「警備隊だっ、そこの者、大人しくしろっ」


タイミングがいいと言うべきか。

悪いというべきか。


この街一番の堅物軍団が、「舞台」に上がった。

警備隊。

整列し、長物を高く掲げている。


しかし正解を言うならば、此処は彼らの出る幕ではない。

ドラゴンを目にするなり、隊列を崩した。


「な、なぜここにドラゴンが……‼」

「ここで仕留めろ!こいつは人を食うぞ!」

「民を守るぞ!」


蔓延する動揺心。

天秤にかけられた正義感。

そして履き違えた勇敢とともに、彼らはドラゴンへと襲いかかった。


――無謀。

その場にいた誰もが、そう思った。

そして思い浮かぶ血みどろの惨状に、目をつむった。


突風とともに、ひと繋ぎの熱波が地面を通過した。

――間に合わない。

メルティはキツネの手を取って端に寄ると、防御態勢をとった。


「――そこまでですわ」


天から降りる声。

辺り一面の床が、揺らいだ。

敷石。

木陰。物陰。

あらゆる隙間から、影のようなものが噴き出た。

そしてまるで浸水したように大通りを覆うと、徐々に成形していった。

警備隊の前に伸びた壁。

ドラゴンに厳重に巻かれた帯。


――一瞬にして、騒動は収まった。


これほどの、大規模な魔法の駆使。

これほどの、正確さと場の把握。


一体、誰が――?


「契約の痕跡もなし。ドラゴンをテイムできるほどの力量も見当たらず。……その状態でよく、あなたの上司とやらはこの計画を進めようと思いましたわね」


軽快で整った足音。

ドラゴンの前に立つのは、一人の少女。

メルティ側からは顔が見えなかったが、彼女はそれとなく。キツネと同じタイプ――要は「貴族」の娘なのではないかと感じた。

立ち居振る舞い。

言葉の抑揚や使い方。

隠そうとも隠せない、上に立つ者の気迫。


その少女はドラゴンの首元に触れた。

暴れ狂う火焔には目もむけずに。

――どぷり。


「……っ消えた⁉」

間違いない。これほどの人数が居て、見間違えるはずがない。

彼女が触れた部分からドラゴンは影に覆われていき、そして沼にはまってしまったように地下へと消えていった。


「お、おいっ、ふ、ふざけんなっ」

「こっちのセリフですわね」


一件落着、とはいかない。

このトラブルの発端、ドラゴンをここまで牽引してきた男が、彼女に掴みかかった。

いや、本来ならば通行人が「ふざけるな」と言いたいところだ。

なんせ普通の日常を過ごしていたら、巻き込まれたのだから。

しかし彼は違うようだ。


「何をしたのかわかってるのか!商売の邪魔をするだけで気が済まず、おれのドラ――むぐっ!」


充血させた目。

噴き散らす唾。

しかし男の言葉が終わるのを待つこともせず、影は彼を飲み込んだ。

静まる大通り。

誰もが口を紡ぎ、固唾をのんだ。


「男性は警備隊の皆さんにお任せしますわ。今頃、簀巻き状態になっているでしょうから。ドラゴンの方は一度わたくしが預かりますわ。では、ごきげんよう」


それだけ言って、少女は姿を消した。


その場に残るのは、樹木のように立ち尽くした面々。

やがて誰かの小声を皮切りに、大通りは再び騒ぎ声で溢れかえった。


「さ、さっきの子は一体なんなんだ!」

「なんて強い魔法なんだ。もしかして魔女様か?」

「おい、お前らしらねぇのか。あの子はな、王立学園の史上最も優れた魔法使いなんだぜ」

「お、王立って、もしかしてあそこか!学園に入ること自体難しいというのに、歴代最優秀とは」

「なんでもまだ入りたての一年生らしいんだが、既に生徒総括を担当しているとかなんとか」

「おいおいとんでもねぇぞ。しかし納得だな。一瞬で場をまとめて、誰一人被害者を出していない。最強と言われても頷いてしまうな」


熱気であふれた噂話やら感想やら。

その端に、メルティたちは合流していた。


ドラゴンの騒動や影を扱う少女も気になるが、キツネにとって今はとにかく、先生とあえたことが何よりもうれしいようだ。

メルティはキツネについていくだけなので、同じくそれ以上は尋ねなかった。

とはいえ、やはり気になるものは気になる。


「……?」


ふと、メルティは、路地裏に不思議な影を見た。

人々の騒ぎで全体が見えたわけではないが、先ほどの少女のように思えた。

そしてその少女が、自分のことを見つめているような気がした。

その双眸には、光がなかった。

あるいは、見間違いかもしれない。

ぱちくり。

瞬きをしてみる。

ーーいない。

空見だろうか。


キツネに呼ばれ、メルティは駆け寄った。

それ以上、振り返ることはなかった。

ただ、なんとなく。

胸騒ぎだけは、心の奥底でこびりついていた。


ただ、それだけ。






 裏道に続く、一本の岩の階段。

 影がかかり、落書きで溢れ返った左右の壁。

 その隙を縫って根を伸ばすように、一つの人影が駆ける。


「ったく。ああ、イライラするイライラする……」


 怨恨が、湿って響く言葉となって溢れ出る。

 ガツンと蹴り上げられた目障りなほどに磨かれた丸石が、何度か壁に跳ね返って、ドブがたまった溝に沈んだ。


「なぜ……僕は、こんなことをしているんだろう……ああ、そうか。()()()()だったか。……ちっ、めんどくせぇ。」


その時。

人影は歩を止めた。


「……こそこそしてないで出てこい」

「……【影】」

「その名で僕を呼ぶな」


ずぶり。

湿った陰から、ぬらりと立ち上がる一つの巨体。

その全貌は、見えない。

ベールをかけるようにして、姿を空気に溶かしていた。


「……あと二人はどこ行った」

「ぁあぁ……既に、用意は済ませているようだ」

「あっそ。じゃあ僕が手伝うことはもうねぇな。やれと言われたことはやった。……次は僕の目標を手助けしてもらおう」

「……何を願うと言ったか」



「ーー()()()()()()()()()()()()


一文字、一文字。

まるでそれを咀嚼するようにして、人影は言い放った。

「……」

巨体は、黙ったままだ。


「あいつは僕の憧れを……僕の()()を踏み躙ったんだ。……ああ、一刻も早く、消し去りたい。……そうすれば、僕は近づけるんだ。ようやく、近づけるんだ……」


「……【影】よ。そなたは、学徒だ」

「……で?」

「そして、皆の道標でもある」

「…………で?」

「ぁあぁ……嘆かわしい。そんな者ならば、その欲をいくらでも発散させることができるというのに……うぐっ」


その巨体を縛り上げるのは、無数の影の蔦。

絡み合い、そして侵食していく。

ずぶり、ずぶり。

這い上がってきたのと同じように、ソレは地下へと押し潰されていった。


 やがて残るのは、人影一つ。

しんと静まった。


「うるせぇ、うるせぇ。お前らは、僕の話を聞いていればそれでいいんだ。……あぁーっ、みれば見るほど苛つく。考えれば考えるほど虫唾が走る。なぜだなぜだなぜだ。なぜ……ーーおっと危ない」


フラッシュバックする記憶。

嘔吐するように呼吸を繰り返し、そしてその長髪を掻きむしった。


 ぴたり。


 立ち止まる。

 階段を登り切ると、そこはやはり狭い裏路地である。

 微かな日光では、その闇を照らすことなどできない。


「……いけない、口調を『正しく』しないとですわね」


 ゆらり、ゆらり。

 

 かすかに差し込む光。


 寂れた陽に照らされる()()は、例えるなら一輪の向日葵(ひまわり)

 腐食して首を折った、向日葵。


 ああ。

 もうすぐ。

 もうすぐだ。

 ようやく、僕は解放される――。


 泣き乾いた頬。

 掠れた声。

 光のない瞳孔。


「ええ、ええ。どうか、しばしお待ちくださいな。今すぐ、『害虫(メルティ)』を、消して見せますから。――ねぇ、()()()()?……ふふふ......ははは......っ」



幕が、開いた。

ありがとうございました。


次回更新は7/18(木)でーす。

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