36。メルティと向日葵のツボミ
遅れましたーーーーーーーー
ハプニングがあったとは言え、全員賛成という形で新居に住むことが決まった。
彼女らなりに計画した、大まかな生活スケジュールは以下。
〜平日〜
キツネは学園に通う。
ルイザは家事。
メルティは家事手伝いと、討伐依頼。
〜休日、祭日(日本で言う祝日)〜
メルティとキツネ中心に家事。
ルイザはなるべく休憩。
当然ながらルイザもずっと家事をする訳ではない。これでも豪商の娘であるので、教養等の勉強の時間も当然ある。
これでは家事をまわすのはきついのではないか……?
と、思ったそこのあなた。
トイレの垢、隙間の埃の除去は一日にしてならず。もちろん、しっかりその担当も存在している。
あの、地面の下に潜んでいるネッテヴァンダ―――シャチ型の植物だ。
その不思議な植生なおかげで、カビも、油汚れも、あっという間にピカピカに。
まあしかし、何と言っても大好物は肉だ。
棚から干し肉が消失したり。
料理に使おうと出しておいたハムが行方不明になったり。
度々ハプニングは起こしているものの、同居している彼女らは気にしていないようだ。
さて、時は学園に行く前日。
「昼食を用意できるまで、お姉さまがたはどうぞお好きなことなさってくださいな」
とルイザに言われ、メルキツの二人は家まわりで散歩をすることにした。
「そうなんですよ、だからあの時笑い転げちゃって。……って、メルティちゃん、よだれ、よだれ」
「あ。……つい」
膨らみに膨らんだ四方山話を一旦止めて、キツネはレースハンカチをメルティの口元に当てた。
「また、『はしたないです』って言われちゃいますよ、遠くから」
「うぅ……あれはもう嫌」
メルティがフッサ家に住む目的。
それは「キツネの護衛」と何より「最低限の教養を身につけること」であった。
そのためネコラの指示で、メルティはオーリンや使用人から指導を受けてきたのだ。
その中でも特に作法に厳しいのがメイド長で、メルティですら逃れられない方法で教育をするのだ。
『メルティ様、下着姿で廊下を出歩かれないでください』
『メルティ様、その虫をお捨てにならない限り、シールはお返しできません』
『メルティ様―――』
刻苦な鍛錬(?) のおかげでちょっとは礼儀正しくなったメルティ様だが、彼女はちっとも感謝の念を抱いていない。
代わりに抱くのは「メイド長さん、鬼」というトラウマである。
「なにか美味しいものでも見つけたんですか?そんなに魅入っちゃって」
「ん、特にない。お昼が楽しみなだけ」
「同じくです。ルイザちゃん、まだ小さいのにすごいですよね」
「……」
「えと、なんしょうかその眼差しは」
メルティは哀れに満ちた目線をキツネに向け、肩をぽんと叩いた。
「なんでも変な『ホイホイなんちゃら』にするキツネとは大違いだなって」
「なんですとぉ!?……え、いやいや、というかメルティちゃんだって、大さじ一杯って言って炒めものを、塩まみれにしたじゃないですか!!」
「それはしょうがない。不器用なのは認める」
「不器用とかいう段階じゃありませんー」
「……変なホイホイ」
「変なホイホイじゃなくて『回鍋肉』ですーっ。一応先生の受け売りなんですーっ」
もはや、お子様の口喧嘩である。
「……ん?」
すると突然、キツネが「あーっ!思い出しました!!」と頭を抱えた。
「キツネ?」
「メルティちゃん、聞いてくださいってば。私ずっと忘れていたんです、あの不思議な魔法を教えてくださった先生の名前を!!」
「うん。うん。わかったからとりあえず顔近い。……それで、名前は?」
「それはですね。ノ―――」
―――ガシャンっ!!
キツネが得意げに名前を口にしようとした時。
何かが粉砕した。
糸を張ったように、空気がヒリついた。
衆人がざわついている。
「うわあっ、逃げろ!」
「なんだなんだ」
「お前らもいいから早く逃げろ!サーカス用のドラゴンが檻から出ちまった!」
ドラゴン。
その言葉に、人々が顔を上げた。
婦人は甲高い叫び声をあげ、店主は店を閉じた。
人の流れはまるで洪水のように、キツネたちに襲い掛かった。
「誰だよ、ドラゴンなんて持ち込んだやつ」「無責任だ」と口々に毒を吐いている。なお一人として、足を止めて抗おうという有志はいないらしい。
「と、突然何ですか」
「みんなあわてんぼう」
メルティたちは流れに押しつぶされぬよう、軒下に身を寄せた。
「ちょっと、状況が読めない」
「数週間後に、サーカスが王都で開かれるのです。おそらく客寄せ用にドラゴンの幼体を捕まえたけれど、用意した折が小さかったか何かで、脱出してしまったのでしょうね」
「そもそも、サーカスってなに」
「えっ。ええとですね」
キツネはメルティに、このような遊戯があることを伝えた。するとメルティはハムスターのようにフリーズしてから、
「ドラゴンをソレに使うこと自体、おかしい」
ごもっともな意見。
しかし、すでに起きてしまったことだ。これを、ナシにすることはできない。
「あはは。一応これも、観衆たちの意見を取り入れた結果なんですけどね」
「まあ――」
――地響き。
それも、すぐ近くで。
悲鳴が上がった。
見ればすでに、鎧をまとったドラゴンが両翼をはためかせ、彼女らのいる通りに降り立っていた。
圧倒的な気迫。
感情の穴と同じくらい埋めることのできない、サイズの差。
しかし、すでに人々の足は止まっていた。
何事かと、人の輪を潜ってみるメルティとキツネ。
「お、おれを狙わないでくれ!こ、こいつが悪いんだ!」
「んー。困ったなぁ。別にボクはドラゴンに話しかけただけだよ」
見れば、二人の男が大口の向く先に立っていた。
片方は背が低く鼻が赤い。こちらはドラゴンを率いていたサーカスの関係者なのだろう。
腰を抜かして座り込んでいるが、もう一人の男の袖だけは掴んで離さなかった。
そしてもう片方の青年はおかしな眼鏡をかけて、長身で世離れした顔をしている。
ドラゴンとおびえる男に挟まれているというのに、余裕そうな声色だ。
「この子、鎖に繋がれているのが嫌って言っているよ」
「だ、だから、街を壊せって吹き込みやがったのか!この悪魔めっ!」
「や、それは違うよ。『どこに連れていくつもりだ』と訊かれたから、『サーカス』って答えただけ。もしかして、契約も何もなしに、連れてきちゃったのかな?困ったなぁ」
「っ……。知らん。おれは上司に言われたとおりにやっただけだ」
ドラゴンが鎖を破ろうと藻掻く背景に、二人の言い争いは続いた。
当事者ではない限り、こちらが悪、と決めることはできない。
二人の会話は平行線をたどり、膠着していく。
じゃらり、じゃらり。
ドラゴンが暴れる。
炎を吹かないだけ、理性があるほうか。
その時、一つの声が上がった。
「……もしかして、先生??」
しんと静まる。
ドラゴンまでもが、羽ばたきを止めた。
視線が一気に、二人に集まった。
キツネはメルティの手を取り、輪の中心へと入っていった。
青年はキツネ、メルティの順に目で追って、意外そうにした。
「お、やっと出会えたね。こういうのを『塞翁が馬』って言うんだよね。久しぶり、キッちゃん」
「やっぱり先生です!お変わりなく、元気そうでよかったです!」
先生。
キツネが飛び入るほど興奮して、前置きなく呼ぶような人物。
ーーおそらく彼こそが、キツネに魔法を伝えたという「先生」だろう。
「ん、ありがと。そっちこそ……おっと、お団子結び、二つにしたんだねー」
「気づいてくれました!? そうなんです。前に、先生が私の髪を褒めてくれたじゃないですか。それが嬉しくって、伸ばそうって思ったんです。えへへ」
照れ臭そうに、お団子から跳ねた髪を指に巻いて弄るキツネ。
青年は次に、メルティに声をかけた。
「や、メッちゃんも久しぶりー」
メルティは黙ったまま、頭をコテンと傾けた。
(あれ、『初めまして』じゃないの……?)
いくら常識が通じないメルティでも、こんな独特な外見をした男を忘れるはずがない。
兎の顔をくり貫いたようなメガネフレーム。
ボサボサの髪。
パーティにでもいくのかと言いたい、ふざけた帽子。
「……ごめん、誰だかわかんない。キツネの先生で、あってる?」
「ん、そうだよ」
「そっか」
「ふ、相変わらずのようで、ボクは安心だよーーさて」
「先生」は後頭部を掻きながら、背後に蹲っている男に目をやった。
「ボクも忙しいんだ。できれば、その手を離してほしいんだけど」
「だめだ!おまえが起した問題だろ!」
男は喚いた。
「おまえが変なことを吹き込むのが悪い、知らなければ何も問題はなかったはずだ‼」
「や、逆だよ。サーカス中に暴れて観客席丸呑みにされたほうが、問題でしょうに。それにボクはドラゴンと会話しただけ。どこにも駄目とは書いていないでしょ」
「……っ」
「警備隊だっ、そこの者、大人しくしろっ」
タイミングがいいと言うべきか。
悪いというべきか。
この街一番の堅物軍団が、「舞台」に上がった。
警備隊。
整列し、長物を高く掲げている。
しかし正解を言うならば、此処は彼らの出る幕ではない。
ドラゴンを目にするなり、隊列を崩した。
「な、なぜここにドラゴンが……‼」
「ここで仕留めろ!こいつは人を食うぞ!」
「民を守るぞ!」
蔓延する動揺心。
天秤にかけられた正義感。
そして履き違えた勇敢とともに、彼らはドラゴンへと襲いかかった。
――無謀。
その場にいた誰もが、そう思った。
そして思い浮かぶ血みどろの惨状に、目をつむった。
突風とともに、ひと繋ぎの熱波が地面を通過した。
――間に合わない。
メルティはキツネの手を取って端に寄ると、防御態勢をとった。
「――そこまでですわ」
天から降りる声。
辺り一面の床が、揺らいだ。
敷石。
木陰。物陰。
あらゆる隙間から、影のようなものが噴き出た。
そしてまるで浸水したように大通りを覆うと、徐々に成形していった。
警備隊の前に伸びた壁。
ドラゴンに厳重に巻かれた帯。
――一瞬にして、騒動は収まった。
これほどの、大規模な魔法の駆使。
これほどの、正確さと場の把握。
一体、誰が――?
「契約の痕跡もなし。ドラゴンをテイムできるほどの力量も見当たらず。……その状態でよく、あなたの上司とやらはこの計画を進めようと思いましたわね」
軽快で整った足音。
ドラゴンの前に立つのは、一人の少女。
メルティ側からは顔が見えなかったが、彼女はそれとなく。キツネと同じタイプ――要は「貴族」の娘なのではないかと感じた。
立ち居振る舞い。
言葉の抑揚や使い方。
隠そうとも隠せない、上に立つ者の気迫。
その少女はドラゴンの首元に触れた。
暴れ狂う火焔には目もむけずに。
――どぷり。
「……っ消えた⁉」
間違いない。これほどの人数が居て、見間違えるはずがない。
彼女が触れた部分からドラゴンは影に覆われていき、そして沼にはまってしまったように地下へと消えていった。
「お、おいっ、ふ、ふざけんなっ」
「こっちのセリフですわね」
一件落着、とはいかない。
このトラブルの発端、ドラゴンをここまで牽引してきた男が、彼女に掴みかかった。
いや、本来ならば通行人が「ふざけるな」と言いたいところだ。
なんせ普通の日常を過ごしていたら、巻き込まれたのだから。
しかし彼は違うようだ。
「何をしたのかわかってるのか!商売の邪魔をするだけで気が済まず、おれのドラ――むぐっ!」
充血させた目。
噴き散らす唾。
しかし男の言葉が終わるのを待つこともせず、影は彼を飲み込んだ。
静まる大通り。
誰もが口を紡ぎ、固唾をのんだ。
「男性は警備隊の皆さんにお任せしますわ。今頃、簀巻き状態になっているでしょうから。ドラゴンの方は一度わたくしが預かりますわ。では、ごきげんよう」
それだけ言って、少女は姿を消した。
その場に残るのは、樹木のように立ち尽くした面々。
やがて誰かの小声を皮切りに、大通りは再び騒ぎ声で溢れかえった。
「さ、さっきの子は一体なんなんだ!」
「なんて強い魔法なんだ。もしかして魔女様か?」
「おい、お前らしらねぇのか。あの子はな、王立学園の史上最も優れた魔法使いなんだぜ」
「お、王立って、もしかしてあそこか!学園に入ること自体難しいというのに、歴代最優秀とは」
「なんでもまだ入りたての一年生らしいんだが、既に生徒総括を担当しているとかなんとか」
「おいおいとんでもねぇぞ。しかし納得だな。一瞬で場をまとめて、誰一人被害者を出していない。最強と言われても頷いてしまうな」
熱気であふれた噂話やら感想やら。
その端に、メルティたちは合流していた。
ドラゴンの騒動や影を扱う少女も気になるが、キツネにとって今はとにかく、先生とあえたことが何よりもうれしいようだ。
メルティはキツネについていくだけなので、同じくそれ以上は尋ねなかった。
とはいえ、やはり気になるものは気になる。
「……?」
ふと、メルティは、路地裏に不思議な影を見た。
人々の騒ぎで全体が見えたわけではないが、先ほどの少女のように思えた。
そしてその少女が、自分のことを見つめているような気がした。
その双眸には、光がなかった。
あるいは、見間違いかもしれない。
ぱちくり。
瞬きをしてみる。
ーーいない。
空見だろうか。
キツネに呼ばれ、メルティは駆け寄った。
それ以上、振り返ることはなかった。
ただ、なんとなく。
胸騒ぎだけは、心の奥底でこびりついていた。
ただ、それだけ。
裏道に続く、一本の岩の階段。
影がかかり、落書きで溢れ返った左右の壁。
その隙を縫って根を伸ばすように、一つの人影が駆ける。
「ったく。ああ、イライラするイライラする……」
怨恨が、湿って響く言葉となって溢れ出る。
ガツンと蹴り上げられた目障りなほどに磨かれた丸石が、何度か壁に跳ね返って、ドブがたまった溝に沈んだ。
「なぜ……僕は、こんなことをしているんだろう……ああ、そうか。駆け引きだったか。……ちっ、めんどくせぇ。」
その時。
人影は歩を止めた。
「……こそこそしてないで出てこい」
「……【影】」
「その名で僕を呼ぶな」
ずぶり。
湿った陰から、ぬらりと立ち上がる一つの巨体。
その全貌は、見えない。
ベールをかけるようにして、姿を空気に溶かしていた。
「……あと二人はどこ行った」
「ぁあぁ……既に、用意は済ませているようだ」
「あっそ。じゃあ僕が手伝うことはもうねぇな。やれと言われたことはやった。……次は僕の目標を手助けしてもらおう」
「……何を願うと言ったか」
「ーーメルティ・イノセントの処刑」
一文字、一文字。
まるでそれを咀嚼するようにして、人影は言い放った。
「……」
巨体は、黙ったままだ。
「あいつは僕の憧れを……僕の太陽を踏み躙ったんだ。……ああ、一刻も早く、消し去りたい。……そうすれば、僕は近づけるんだ。ようやく、近づけるんだ……」
「……【影】よ。そなたは、学徒だ」
「……で?」
「そして、皆の道標でもある」
「…………で?」
「ぁあぁ……嘆かわしい。そんな者ならば、その欲をいくらでも発散させることができるというのに……うぐっ」
その巨体を縛り上げるのは、無数の影の蔦。
絡み合い、そして侵食していく。
ずぶり、ずぶり。
這い上がってきたのと同じように、ソレは地下へと押し潰されていった。
やがて残るのは、人影一つ。
しんと静まった。
「うるせぇ、うるせぇ。お前らは、僕の話を聞いていればそれでいいんだ。……あぁーっ、みれば見るほど苛つく。考えれば考えるほど虫唾が走る。なぜだなぜだなぜだ。なぜ……ーーおっと危ない」
フラッシュバックする記憶。
嘔吐するように呼吸を繰り返し、そしてその長髪を掻きむしった。
ぴたり。
立ち止まる。
階段を登り切ると、そこはやはり狭い裏路地である。
微かな日光では、その闇を照らすことなどできない。
「……いけない、口調を『正しく』しないとですわね」
ゆらり、ゆらり。
かすかに差し込む光。
寂れた陽に照らされる彼女は、例えるなら一輪の向日葵。
腐食して首を折った、向日葵。
ああ。
もうすぐ。
もうすぐだ。
ようやく、僕は解放される――。
泣き乾いた頬。
掠れた声。
光のない瞳孔。
「ええ、ええ。どうか、しばしお待ちくださいな。今すぐ、『害虫』を、消して見せますから。――ねぇ、キツネ様?……ふふふ......ははは......っ」
幕が、開いた。
ありがとうございました。
次回更新は7/18(木)でーす。




