20。メルティと雨の中
おまたせー。
あの後。
「お宝が私を待っている!」と部屋を飛び出したメルティとキツネ。
だがその発想が上がった瞬間、やってきたのは土砂降りの雨。それはもう、これでもかというくらいの土砂降りだった。
さすがにナノに宥められ、探索は明日に回すことになった。
……ほう、お泊まり会の話が聞きたい、と?
ほうほう。
残念ながら、特筆すべきことはなかったようだ。
二人は森が気になって喋る気にならないし、ナノもすぐに眠ってしまうし。
ハプニングも、ガールズトークも、イチャイチャも、なしである。残念ながら。
さて、切り替えてその次の朝。
二人が起き上がる頃には、ナノはすでに居なかった。
代わりに置いてあったのは一枚のメモ。
『――昨日は楽しかったのだ。また色々話したいのだ。今日はお見送りしたいけど用事があるから、執事に来てもらっているのだ。すまないのだ。そっちも頑張るのだ。二人ならいけるのだ。
また会える日を楽しみにしているのだ。――ナノ』
二人が出口のところまで足を運ぶと、老執事がキリッとした姿勢で立っていた。
シワの一本すら整った顔は、遊んでいる孫を見守るときのようにニコニッコである。
「お早う御座います、キツネお嬢様、メルティお嬢様。……今日は雨が強く降っておりますが……ご出発なさいますかな?お嬢のお達示より、満足なさるまで泊まってもらって構わない、とございましたが」
「……はい。メルティちゃんと話しました。依頼はなんとしてでも達成したいのです。雨になんて負けません!」
「……ふぁ……うん、頑張る」
キツネは意気込んで、欠伸をするメルティの手を取った。
「ほっ、ほっ。左様ですか。――では、御二人のご武運を祈って」
そう言って、執事は目尻のシワを深めた。
そしてどこからか、小箱を取り出した。
中にはネックレスが二本セットで入っていた。
金属製の輪に、片方は兎、もう片方は烏の紋章が嵌っている。赤い結晶が星屑のように飾られており、アンティークな見た目をしている。
「……これは……?」
「これは一対の魔導具でございまして、名は『サクリ・ベトレ』。……『烏は昼を、うさぎは夜を支配し、戦いに勝った側がこの世界をわずかな間統治できた』――という伝説をもとに描かれたデザインでしょうな。
どちらか一方が魔力を注入することで、装備者の居場所が入れ替わる魔導具です。お二人が探索に行かれるということでしたから、ぜひ差し上げたく思っておりました」
キツネがやや戸惑いを見せた。
「で、でも……そんな貴重なものを、私がもらってよいのでしょうか」
「それはご心配なさらず。細やかな、『お礼』として受け取っていただければと」
「「お礼?」」
「……わたくし事ですが……一ヶ月弱前にあったあの誘拐事件で、実は私の孫娘も攫われてしまっていました。その時は家族総出で騒ぎまして……ちょっとした問題になったものです。……それで幾程もなくして無事帰還のお知らせがございまして、うちのラーシャナの姿をもう一度見られた時には……本当に感謝しました。名も知らぬ、英雄の少女に」
涙を軽く拭き取って、老執事は咳払いをした。
「……失礼しました。……その時はメルティお嬢様のお名前をまだ確認していなかったのですが……すでに我が家の現当主が、山ほどの報酬を用意していまして」
その中の一品です、と彼は付け足した。
メルティはあまりわかっていなさそうな顔だったが、キツネは(これで一部……?まだあるのです?) と頭を抱えていた。
「それでは、どうして私が……?」
「ほっ、ほっ、……当事者が最も事に疎いというのは、本当にあるものですなぁ」
「ふぇ?」
「キツネお嬢様、今回の一件で貴族の間で評価されたのは、どちらかと言えば貴女なのです。
実際、二十数の子供達が囚われていたあのとき。みんなをまとめたり、屋敷の警備の暴力から守ったり、仕事をほとんど請け負ったりしたのはお嬢様でありませんか。
では、再度……私の大事な孫娘、ラーシャナを守っていただき、本当に有り難う御座います。感謝の印に、どうか――これを」
「ありがとうございます」
礼を言って、まずはキツネがネックレスのうち、片方を手に取った。
「……ありがとうございます」
そして、もう片方はメルティ。
二人は互いのネックレスをつけると、笑いをこぼした。
「……似合っている?」
「はい、……可愛らしいです。……私はどうですか」
「似合っている。最高」
「メルティちゃん、頑張りましょう」
「……うん。がんばろ」
執事の送迎を受け、旅館のゲートを出た二人は森の方へと駆け出した。
雨は、まだ止まない。
森に入ると、若干雨が弱く感じた。
木々の繁茂した葉が、傘のように大地に被さっていた。
そしてかわりに脅威となるのは、モンスターである。
「メルティちゃん!フレアボアが増えてきました!精霊の森が近いです!」
「うん。キツネも精霊の悪戯に気をつけて」
今は、ボアの皮革から得られる報酬を計算している場合ではない。一刻を争うほどではないにしても、余裕はない。
メルティは前方のボアの突進をかわし、他方向から牙を向けてくるボアを蹴り落とすと、キツネのサポートに入った。
キツネも引けを取っていない。長剣でボアの足を薙ぎ払い、首を落として進んでいた。
しかし、どうにも少しラグがある。
影に潜んでいたモンスターが、その隙を狙ったように飛び出る。
一つ目の蛇だ。
――その小ささに反して猛毒を有し、飛沫の一粒でもうけると待ち受けるのは「死」――。
「キツネ危ない――【氷心】」
タイミングよく割り込んできたメルティが、蛇を凍結させる。
「キツネ、平気?」
「だ、大丈夫です……それにしても、メルティちゃんこそ、いつの間に広げていたのですか、その氷」
「……なんか、気づけば早く展開できるようになっていた」
当然、魔法の「ま」の字も学んでいないメルティに、普通の魔法が使えるはずはない。
【氷心】――相手の「核」を芯から凍らせる魔法。
これは「悪役」、【白の『駒』――スケイプ王子】から得た力である。
工程の圧縮に気づいたのは一昨日。
熟睡中のキツネにベッドから蹴落とされた時。
ふと身が「巨人の岩肌」のように硬くなった気がして、テクニックを見つけたらしい。
なお当の本人は自分が発端だと気づいておらず、素直にメルティの早業に感心していた。
「すごいです!……あ、そういえばさっきの蛇、精霊の森にしか生息できない種らしいです」
メルティが立ち止まる。
特有の種――ということは。
もしも薬草「デジタリアの博愛」があるとすれば、この付近である。
いつの間に、モンスターの群れがなくなっていた。
「どう探す?」
「うーん。手分けは悪手でしょうか――あ、そういえば『ソラちゃん』がいるんでした」
「……ソラちゃん?」
キツネは自家栽培の果実を摘み取ると、空に向かって放り投げた。
すると、瞬時に。
黒い影が二人の頭上をよぎった。
そして濁った鳴き声とともに、キツネの差し出した腕にとまった。
【災禍の黒烏――ソル・ゾラ】である。
先日、主人であるはずのメルティを蹴ってキツネに寝返った……改め、懐いた烏だ。
その日以降、彼女が果実を放り投げると、驚異的な速さで駆けつけるようになったらしい。
烏は果実をしばし堪能してから、翼をはためかせながら「あーっ、あーっ、あーっ」と不細工な音程で鳴きはじめた。
それを見て、メルティはやや眉を顰めた。
「ソラちゃん、ちょっとお手伝いお願いできますか?どこかに――」
「あーっ、あーっ」
「ちょ、ちょっとソラちゃん!?」
ソラと呼ばれたその【烏】は、キツネが指示を出し終える前に、どこかへ飛んでいってしまった。
あーっ。あーっ。
やや遠く離れたところから、また再び聞こえてきた。
「え、もう見つけたのですか。やっぱりソラちゃんすごいです。追いかけましょう!」
「……うん」
草木かき分けること、約一刻。
【烏】は、低い梢のところに止まっていた。
「あーっ、あーっ」
「ここらへん、ってことでしょうか。……なにもありませんが……。あ、地下ですか?」
「あーっ、あーっ、あーっ」
「そうですね!そう言えばナノちゃんも地下と言っていましたもんね!メルティちゃん、掘りましょう!」
「……うん」
雑草を抜き取り、少しずつ土を退かせる。
キツネが歓喜の声をあげた。
「メルティちゃん!メルティちゃん!」
「……見つけたの?」
「いえ、薬草はまだですが、なんだか妙なものが!」
「すぐ行く」
二人は、頭を寄せ合って浅い穴の中を覗いた。
そこにあるのは、一つの重りのような石。
ゆっくりと移動させる。
そこに見えたのは、一本の細い階段。
ずっと、ずっと下に続く階段。
ずっと見つめていると、おかしくなってしまいそうなほどに長くて、先が見えない。
「メルティちゃん、降りてみましょう」
「……キツネ」
「はい、どうしました?」
胸に秘めた考えを打ち明けるように、メルティは控えめに口を開いた。
「……あの【烏】は、災厄を知らせる。その災厄が大きければ大きいほど……悪意が強ければ強いほど、鳴き声は言葉にならなくなって、激しくなって、ガイドも正確になる」
「……」
「さっきの、鳴き声。わたしには、言葉にならない……を超えて、『聴こえちゃいけないナニカ』に聞こえた。正体は――わかんない」
「……」
「だから、多分、この下はとんでもなく危ないのだと思う。わたしも正直、どうなるのかわからない」
「……」
「だから、いざとなったら一人で――」
「ダメです!放っておけるものですか!」
言葉を遮って、キツネはメルティの両手を携えた。
「私はたしかに、弱いのかもしれません。人格がない相手だと【人格凍結】が使えないので頼りないかもしれません。でもっ……!」
「……」
「でも――メルティちゃんに一人で危険に向かわせるなんて……淋しいじゃないですか」
「……」
「私は……頑張ってメルティちゃんに並べるように、頑張ってきました。ほんの一ヶ月弱だけど――強くなりました」
「……」
「それなのに、メルティちゃんを置いて行っちゃったら……私はこれから、これから――何に向かって頑張ればいいのですか」
「……キツネ……」
「メルティちゃん、あなたは、私の一番星なんです。どうか――ずっと私のそばにいてください」
「キツネ」
「だから――メルティちゃん?」
メルティはキツネの頭を優しく撫でた。
出会った時よりも、さらに高くなった――そんな気がした。
「いつも一緒は、むり」
「メルティちゃん!?」
「キツネ、寝相最悪」
「ぐはっ」
「……でも、それでもいい。毎日楽しい」
「メルティちゃん……」
「そろそろ、家のベッドが恋しい。だから――終わらせよう、はやく」
階段に向かって一歩進んで、メルティは口元を隠した。
それからそっと、手を後ろに差しだした。
キツネは目を見開いて、その小さな手を見つめた。
そして、その手をしっかりと握った。
「――はい!」
ありがとー。
つぎは5/23(木)だよー。
お楽しみにー。




