プロローグ これが最初の物語
私がまだ7歳の頃、ちょっとした悪さをした。
イタズラのつもりだったのだけど、
普段は優しい母の顔には怒りが見え、
祖母も表には出さないが明らかに怒ってた。
私は反省と罰を兼ねて、蔵に押入れられた。
かなり大きい蔵の中はいろんな時代の物で
乱雑としていて、
私は物珍しさに自身に課せられた罰など忘れて、
埃まみれの蔵の中を見て回った。
ただそれも明るいうちまでの話だった……
日が暮れる頃には出してもらえると
高を括っていたが、あたりの闇は深まるばかりで、
高い格子窓から微かに届く
赤い光も絶え絶えになってきた。
今思うと反省させるにはもっともな方法だ。
光が後少しで完全になくなってしまう。
怖くなったわたしは、
壁に身を寄せようと腰を上げた。
その時、
《ゴトンッ》
棚から何かが崩れ落ちた。
わたしは軽く悲鳴を上げた。
静寂がより一層際立つ。
自身の怖さを打ち消すため、
わたしは棚から落ちたそれを見た。
『一冊の本』と重々しい入れ物の蓋が取れ、
中身が見える。それは、『筆』であった。
(何これ…?)
本には何も書かれていない白紙のページばかり。
そして本の表紙に変な模様があり、
また同じ模様が筆にも付いていた。
ふと、ある考えが浮かんでくる。
その考えの通りに行動に移す。
筆を取って自身の名前をそこに記す。
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穂波
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これが、
『とある物語の最初のお話』
わたしはこの書に自身の名前を書き記した。
その瞬間ーーーーーー
ピカッ!
日が落ちたにもかかわらず、
私はあまりの眩しさに目をつむってしまう。
先ほどの闇が嘘のように、
影すらも消してしまう光の中で
わたしはその書を握りしめた。
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ーーーー気がつくと、
あたりの景色には大きな差異があった。
まず、明るさが違う。
先ほどまでは日が暮れていたはずが、
今は日が真上で照らしている。
何が起こったのか?
その時は考えが定まらなかった。
まず目に入ったのは、あたり一面の竹。
陽が笹の葉をすり抜けて、太い幹に反射し、
この竹林全体を黄金色に照らしていた。
私は自身に起きた現象に戸惑いつつも、歩みを進める。
わたしの小さい足が落ち葉に触れるたびに、
さくっ さくっ と笹の葉が音を出す。
ふと進んだ先に、円状に開けた場所に出た。
そこはよりいっそう金色に輝き、光の粒子が漂っている。
その中心に、この場にふさわしい金色の髪をした女性が
深く目を閉じて眠っていた。
この女性を見たとき、
ああ…この場所は
彼女のために存在しているものだと思った。
彼女は重々しく瞼を開け、
こちらを見据える。
そして優しく笑いかけたのだ。
これが彼女とわたしの最初の出会い。
この時、わたしは直感していた。
この本のこと、自分のこと、
そして彼女のこと。
これは私が綴る彼女の物語だ。
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あれから10年。私は17歳になった。
静かで穏やかな正午前、
ふと見た先に畳の上で眠りこけている彼女を見て、
つい昔のことを思い出していた。
普段は張り詰めている表情も、
今ではこんなに穏やかで、見つめていると
自然と笑みがこぼれてしまう。
スースーと規則正しい寝音が眠りを誘ってくるけれど、
まだやることがあるのだ。
「ああ…やることがいっぱいだ」
旅の前の幸福な時間
物語の初めは緩やかに過ぎていく。