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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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空は続くとも郷は遠く -15-

 全身が硬直した。

 銃口を向けられるという衝撃はかつて味わったことのない経験だった。

 つまり全面的に相手に命を握られている。

 ここで人生が終わりうるという可能性が完全に形になったものだ。


「とは言え、見たとこ特捜でもないようだ。俺としては穏便に話が済むならそれが一番なんだが、そちらはどうなんだ?」


「つまりそちらも特捜とやらじゃないってことか……」


「む……、そうなるな。まあまっとうじゃないのはお互い様だ。そちらのお嬢ちゃんの能力は<掴む手>だろう? 特捜が生かしておくような能力じゃない」


「あんたはこれがどういうものなのか知ってるのか!?」


「たぶん、な。さあ、どうする? このままお互いに見なかったことにしてもいいし、情報交換ってのもいい案だと思うぜ」


「その前に、なんでつけてきてたん?」


「おいおい、言っておくが俺のが先にこの辺りに潜伏してたんだ。警戒範囲にのこのこ入ってきたのはそちらだぞ」


「美咲、この人の力を借りよう。俺たちは何も知らなさ過ぎる」


「分かった。でも言っとくで。信行になんかしたら、私が絶対に許さへんからな」


「ふ、そういうの嫌いじゃないぜ」


 美咲が目を閉じると、男は角から姿を現した。

 黒いジャケット、黒いシャツ、黒いスラックス……、何の冗談かと思うほどの黒ずくめの男は黒いサングラスでその瞳を隠している。

 若くない男性だった。

 年老いているというわけでもない。


「まずは腰を落ち着けるとしようか。この辺りはさすがに拙いな。少し歩くがいいか?」


「分かりました」


 男は大股に道を歩いた。

 時折左右を確認するように首を振ったが、さしたる警戒をしているようには見えない。


「なんだ? 不安か?」


「いえ、誰かと出くわさないかと思って……」


「それなら問題ないぞ。ちゃんと見てるからな」


「それは、それが貴方の力ということですか?」


「そうかもな」


 男は明言を避けた。

 表情はサングラスでうかがえない。

 信行はそれ以上詳しく聞くのを諦めた。

 男の先導について東に向けて歩く。

 男が狭い路地ばかり選んで進むので、何度も方向を見失いそうになる。

 道を戻れと言われても無理に違いなかった。


「どこへ向かってるんですか?」


「セーフハウスのひとつだ。特捜には<瞳>があるからな。そういうとこを転々としてんのさ」


「なるほど」


 それはつまり男が管理自治政府から追われる身であることを示していた。

 だがそんな彼がなぜ容易に二人を受け入れたのだろうか。

 一瞬疑問に思うが、男自身の言葉を思い出す。


 ――特捜が生かしておくような能力じゃない。


 結局のところそういうことになるのだ。

 美咲の能力は特捜にとっては――信行自身当然だと思ったが――要処理対象であり、生かして利用するという選択肢すらない。

 そういったこの世界の冷酷さは嫌というほど目の当たりにしたし、自身がその一端を担ったりもした。

 だからこそ男は美咲を機構の手先ではないと断言できる。

 外部世界の全てを守らなければならない管理自治機構は徹底してリスクを排除する。

 その点において方針の変更はありえないのだ。


 男は完全に崩れ落ちた一軒の民家で止まった。

 天井は落ち、壁は名残だけを残すそんな廃墟に足を踏み入れると、木の板をぐいと持ち上げた。

 その下には真っ暗な穴が続いている。

 階段が見えた。

 地下室だ。


「さっさと入れ」


 暗闇の中に押し込まれる。

 地上への穴以外に光源のない地下室の暗さに目が慣れない。

 床はコンクリートのようだった。

 手をついた壁もそうだ。

 指がスイッチと思しき何かに触れて反射的にそれを動かしたが何も起きなかった。

 ばたんと入り口の扉が下りると地下室は完全な暗闇に覆われた。


「ちょっと待ってろ」


 しゅっとマッチを擦る音がして、地下室に小さな灯りが生まれた。

 男は小さな火をおぼつかない手つきでランタンに灯した。


「ほら、持ってろ」


 差し出されて仕方なく受け取る。

 地下室は思っていたよりは広い空間だった。

 10畳くらいはあるだろうか。

 全面がコンクリートで、天井には電灯があったが、電球が切れたか電気が来ていないか、どちらにせよ使えないようだった。


「適当に落ち着けよ。食い物はいるか?」


 そう言われて朝から何も口にしていないことに気づく。するととたんに空腹を感じ始める。


「お願いします」


「つってもろくなもんがないけどな」


 男が出してきたものはどれも保存食だった。

 男は乾パンを暖めないままのレトルトカレーにつけて食べ始めた。

 仕方がないので信行もそれを真似する。

 ろくな味ではなかったが、とにかく食べ物ではあった。


「さて、それじゃ話を聞こうかね」


 唇を拭った親指を一舐めして、男はそう言った。


「なぜ逃げてる?」


「なぜ、ってこの子が殺されるかもしれないんだから当然じゃないですか」


「当然――、当然ね。それを言うなら発症した時点でそいつは死んだも同然。それが当然だな。発症者が身内だろうと、そうなってしまった時点で終わり。そう考えるのが普通だぜ」


「そんなバカな!」


 信行が叫ぶと男は首を少し傾げた。

 サングラスの縁から男の赤い目が見える。

 真っ赤な、美咲と同じ色の瞳だ。


「そんなバカな、か。いまさらそんなことを言うのか」


 男は胸ポケットから缶ケースを取り出した。

 そこから煙草を一本取り出すとマッチで火をつけた。

 大きく吸って、吐く。


「どうやら君の感覚はずいぶん俺たちとは違うようだ。なあ、そうだろう。アウトサイダー」

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