空は続くとも郷は遠く -16-
「アウト、サイダー?」
「そう、第二次外部感染者なんて言い方は長ったらしくて俺は嫌いだ。だからもっと分かりやすい言い方を考えたんだ。外からやってきた異質な存在。だから君らはアウトサイダーだ。異論は認めないぜ?」
異論は――無かった。
その言葉は非常に端的にこの絶対境界線の中の世界における信行を言い表していたからだ。
「違いないようだな。で、どこに逃げてる?」
信行は無言で首を横に振った。
ただ逃げるということに必死で、どこに逃げればいいのかも分からないというのが本当のところだった。
ただ美咲が殺されてしまうかもしれないと必死だっただけだった。
「アテ無しか」
男は何か考え込んで、首を横に降った。
「いや、俺にはどうでもいい話か」
「どうでもよくない」
美咲が断言すると、男は苦笑して煙草を振った。
「よくなかないさ。おまえらが下手うって、それに巻き込まれなきゃ俺はどうでもいい」
「じゃあなんでつけてきたん? なんでお節介焼くん?」
「おまえさんが<掴む手>だからだ。お嬢ちゃん」
「つかむて?」
それは聞いたことの無い言葉だった。
言葉として<掴む、手>であろうことは聞き取れたが、それの意味するところはまったく理解できない。
「ああ、そうだ。お嬢ちゃんの力の名前だ。特級指定能力<掴む手>。前にそれを発現した奴が何人殺したか教えてやろうか?」
慌てて首を横に振る。
とてもじゃないがそんな話は聞きたくなかった。
だが――、
「うん。教えて」
美咲は何一つ躊躇を感じない声で言った。
男はゆっくりと煙草を吸った。
「特捜の公式記録では374名。もちろんこれは市民の死傷者数で、俺のような離反者は含まれない。負傷者数は余裕で四桁だ。当時の市民の大半が何らかの形でその能力の影響を受けるなり、見るなりはした」
愕然とした思いで信行は男の言葉を聞いた。
374名という人数の死を簡単に想像することはできなかった。
「それでその人はどないなったん?」
「殺された。殺すしかなかった。万が一捕獲できたとしても、結局は殺されただろうな。鎖で繋いでもトラはトラだ。猫じゃない」
「私も殺されるんやね?」
「まず間違いなくそうなるな。たとえ追っ手が命を保障すると言っても信用はしないほうがいい。それがどんなに誠意ある態度でも、だ。そいつは本気でおまえさんを救おうとするかもしれないが、それは不可能だ。捕まれば必ず殺される。これは忠告だ」
「うん。分かった。気をつける。で、掴む手ってどんな能力なん?」
「分からずに構えてたのかよ。怖いヤツだな。掴む手ってのはそうだな、端的に言うなら目に見えるもの全てに触れられる能力だ。問題点は距離に関係ないことと、加減ができないこと。結果、目に見える範囲すべてをなぎ払うことができるっていう無茶苦茶な能力だ」
「無茶苦茶だ……」
思わず男の言葉を使って呻く。
美咲がただ手を振っただけで民家が半分吹っ飛んだ。
その破壊力が目に見える範囲全域に及ぼされるだって?
「でもまさか山を持ち上げたり、月を放り投げたりは――」
「さあ? 俺は試したこと無いからな」
「信行、試してみたいん?」
「まさか……」
万が一できてしまったらと考えてしまう。
理性はそんなことはありえないと諭してくるが、もはや理性になんの信頼がおけようか。
「できるかぎり能力は使うなよ。強力な能力の発現は<瞳>に補足されやすくなる。ああ、<瞳>っていうのは機構の監視能力だ。発症者が派手に暴れると<瞳>がそれを見つけて、特捜が処理するってのがここのルールだからな」
「隠れてても見つかるん?」
「能力による捜索だからな。以前の状態ならさっき家を吹っ飛ばした時点で見つかってる。今は……なんとも言えないな。あのとき見つかってても、その後の移動を追跡するほどの能力は残していないはずだが……」
「それは外部走査実験の事故があったから、ですか?」
「…………」
男は押し黙ると床に煙草を押し付けて消した。
「なぜ知ってる?」
隠している理由もないと思って信行は煉瓦台記念病院で<瞳>の復旧に携わったこと、そして新型の<瞳>が構築されはじめていることを男に伝えた。
話を聞いている間に男は新しい煙草に火をつけた。
「――つまり発症者が見つかったと聞いてこの子のことだと思ったがそれは違っていた。そうだな?」
「たぶん……」
「静が言ったんならブラフの可能性もあるが、掴む手を泳がす理由がないからな。掴む手を察知していたとしてあの女の性格からすれば、おまえさんを仕事で拘束してる間に処分して嬉々とそれを報告するってところだろう。あの女は異常者だが自分なりの一線を越えはしないからその線はないと見ていい」
「あの人を知ってるんですか?」
「非常に残念なことに……。あいつがまだ黒崎姓を名乗ってるのは俺へのあてつけだ、というのは俺の自意識過剰かも知れんが……」
男がぎゅっと歯をかみ締めて煙草のフィルターがつぶれた。
「あいつは、黒崎静は、俺の妻だ。少なくとも法的には、な」




