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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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空は続くとも郷は遠く -14-

 天地が入れ替わった。

 三半規管が激しく揺さぶられ、全身に激しい痛みが走った。


「ぅぐ……」


 呼吸が止まり、呻きが喉から漏れる。拳を胸に叩きつける。


「げふっ……、げほっ、ごぼっ……」


 口の中に鉄の味が広がる。


「……き、のぶゆき、信行!」


 美咲の声が遠い。

 何が起きたのか理解できない。

 目の前は真っ暗で、自分がどこにいるのかまったく分からない。


「ぐぇ……」


 喉が絞まる。

 掻き毟るように首を絞めるそれを捕まえると、それは自分の服の襟だった。

 途端に視界が広がる。

 空が、見えた。

 それと美咲、崩れた家屋。

 2階の崩れた床部分なら顔を覗かせて美咲は必死に手を伸ばしていた。

 信行は1階にいた。

 突然の家屋の崩落に巻き込まれ、落下したのだ。

 そして今、とてつもない力が、目に見えない何かが、信行の体を押し付け、潰そうと圧力をかけてきていた。


 な、なんだこれ……。


 まるで車一台が体の上にのしかかってきたかのような重さだった。

 瓦礫に潰されているわけではない。

 彼の体に上には何もない。ぎゅぅと服が体を締め付けた。


「みさきぃ、目を閉じろっ!」


 ぴたりと重圧が消える。


「ぐぇ、げほっ、げほっ……」


 酸素を求めて思い切り息を吸い込むと、喉に激しい痛みが走った。

 喉を絞めるようにして呼吸を落ち着ける。

 ゆっくりと、ゆっくりと……。


「なに、なんなん? なんなんよ」


 美咲にしては珍しい怯えた、狼狽した声音だった。


「いいから、目を閉じてろ。頼む……」


 心臓の鼓動がある程度落ち着くまで待ってから、信行はようやく辺りを見回す余裕ができた。

 それはもう見慣れた感のある光景だった。

 崩れた家屋。

 ただこれまで見てきたものと違うのは、それが今起きたということだけだ。

 なんという。

 これはなんということだ。

 美咲はただ手を振っただけだった。

 それが及ぼした効果は家一軒を全壊させうるだけの威力を持っていた。

 信行が今呼吸していられるのは偶然その能力圏から外れていたからに過ぎない。

 もし直撃を受けていたら今頃は足元に転がるぽっきりと折れた柱のようになっていたかもしれない。


「大丈夫、俺は大丈夫だから……。今、そっちいくから……」


 家屋の階段部分は崩壊に巻き込まれていて、信行は美咲のところにいくために瓦礫を積み上げていかなければならなかった。

 気の遠くなるようなその作業の間、美咲は崩落した床のふちで信行に言われたとおり目をぎゅっと閉じて固まっていた。

 ようやく2階に手が届いて信行は美咲に駆け寄りその体を抱きしめた。


「信行、私、どうなったん?」


「発症したんだ。それだけだ。本当だ」


 そこに長く留まっているわけにはいかなかった。

 これだけの破壊が起きたのなら、誰かが気づき調べにくる可能性は低くない。

 だから信行は美咲に再び目隠しをすると、今度は背負ってその場を離れた。


「つまり超能力が使えるようになったってことでええんかな?」


「そんな便利なものちゃうと思うけどな」


「うん。そやね。ごめんね。怪我いたない?」


「なんとかね」


 日は天頂を回ろうとしていた。

 徐々に空腹を感じ始めていたが、まずは美咲の安全の確保が優先だった。

 棄てられた住宅地を当てもなく歩く。

 どれだけ離れれば安全と言えるのかも分からない。

 ただ危険だという感覚がずっと消えずにいた。


「なあ、おもない?」


「重くないよ」


「やっぱり自分で歩くよ」


「こっちのほうが速い。今は早くあの場所を離れなきゃいけない」


「それは、なんで?」


「…………」


 窮する。

 本当のことはあまりにも残酷すぎて口にするのが怖かった。


「信行、なんかしたん?」


「…………」


「ちゃうよね。私を逃がそうとしとるんやね。ねえ、私はどうなるん?」


「だいじょうぶだから……。美咲は俺が守るから……」


 ふわっと頭の上に柔らかい感触が乗った。

 美咲の手が撫で付けられる。


「いいんよ。教えて。どうなるか知りたいねん」


「……殺される、かもしれない……」


 かもしれない、ではない。

 知られればまず間違いなく処理されるだろう。

 片手で家一軒吹き飛ばす能力が危険でなくてなんだというのだ。


「そうなんや」


 美咲の口調は平然としているように聞こえた。


「でも困ったな。私はもっと信行といたかったんやけどな」


「だから! だいじょうぶだから!」


「ううん。だいじょうぶやないよ」


 ぐいと背中を押される。

 バランスが崩れそうになって、慌てて美咲を背中から降ろした。


「信行になにかあったら私がだいじょうぶやない」


 そう言って美咲は目を覆うタオルを外した。そして振り返る。


「つけてきとるのは分かっとるよ。姿見せたらどない?」


「…………」


 息を呑む。

 ずっと距離を稼ぐことばかり考えていて、すでに誰かにつけられているなどとはちっとも考えていなかったからだ。


「出てこーへんなら、考えがあるで」


 ぐっと美咲の手が拳を作る。

 それにどういう意味があるのか信行には分からなかった。

 ただとてつもなく不吉な予感だけがあった。


「……おっと不用意なことはするなよ。お前さんの力が俺に届くより、俺の弾丸のが早い」


 それは男の声だった。

 声の方向からすると二人から少し離れた壁の陰に身を潜めているようだった。


「そこからどうやって撃つん?」


「じゃあタオルだ」


 バン! ガン! ボッ! と続けざまに三つの違う音がした。

 その中で分かったのは美咲が外して手に持っていたタオルが大きく揺れたということだけだ。


「動くなよ。ガキども。俺からはお前らの脳味噌の色まで見えてんだぜ」


 はらりと美咲の手から落ちたタオルにははっきりと分かる弾痕が残っていた。

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