表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

34/90

空は続くとも郷は遠く -13-

 2019年10月7日。

 信行は何事も無かったような振りをして煉瓦台記念病院に顔を出した。

 美咲の熱は明け方には引いた。

 だが瞳の色が黒に戻ることはなかった。

 彼女に現れた症状は分からない。

 今のところはそれが致命的なものでないことを祈るしかできない。

 とにかく何が起きるか分からないので折りたたんだタオルを美咲の目の周りに巻いて今日一日は決して動かないように言い含めて家を出てきたのだ。

 研究室に入るとすぐさま黒崎静が呼んでいたと伝言を受けた。

 彼女個人の研究室にノックして入ると、当の彼女はデスクに突っ伏して寝ていた。

 緊急の要件かも知れないと思い、肩を揺する。

 驚いたことにこの女性の肩は、かなり小柄な美咲よりもさらに小さかった。


「んぅ、……ああ、おはよう……」


 寝ぼけ眼をこすって黒崎静が体を伸ばした。目の下には大きなクマができている。


「今何時かしら?」


「9時前です」


「そっか、ちょっと寝れたからよしとする」


「徹夜ですか……」


「寝たら徹夜じゃないわよ」


 ならば信行もぎりぎり徹夜ではない。


「なにかあったんですか?」


「うん。<分散脳>がさっそく効果を発揮してくれてね。通報より早く発症者を見つけたのよ。こんなのは久々よ。ホント。それであなたにはすぐ知る権利があると思ったのよ」


「――え?」


 直接心臓と肺を握られたのかと思った。

 この人は……、この人はなにを言っているんだろう。


「特捜が確保に向かったから、うまくいったなら今頃確保できてるはずなんだけど――」


 黒崎静の言葉の意味を理解するのに数秒が必要だった。

 つまり美咲の発症が<分散脳>型の<瞳>に捕捉された、ということなのか?


「それで、どうなるんですか……?」


「発症者が危険と判断されたならその場で処理する。そうでなければ管理自治機構に登録して、後は自由にしていい。まあ大抵は周りとの折り合いがつかなくてどこかの発症者コミュニティに入るか、特捜三課に入るかするわね」


「処理、って……」


「仕方ないじゃない。発症者の能力は脅威よ。たったひとりの発症者に数百人が殺されたこともある」


「でも殺すなんて!」


 思わず上げた大声に黒崎静は目をぱちくりとさせた。


「どうしたのよ。いまさら……。ああ、そういえば発症者って今回の外部感染者のひとりだっけ。顔見し――」


 黒崎静の言葉は最後まで聞こえなかった。

 その前に部屋を飛び出していたからだ。研究所を抜ける間に何か色々声をかけられたような気がするが何一つ耳には入らなかった。

 早足に、そして駆け抜ける。

 昨夕そうしたのとはまったく違う動機から信行は走った。


「美咲っ!」


 息せき切って部屋に飛び込んだ。


「うん?」


 そこには布団の上で目の周りにタオルを巻いた、朝見たままの美咲の姿があった。

 振り返る。

 アパートの周り、煉瓦台記念病院からここまでの道筋もそうだ。

 特に誰かが訪れる気配もない。

 黒崎静の言葉が本当なら今頃ここには特捜とやらが殺到しているはずだった。

 だがそんな様子はどこにもない。

 どうして? どうして? どうしてだ?


「信行、どないしたん?」


 答えは見つからなかった。

 分かることはこの子だけは守らなければならないということだ。

 破裂しそうな心臓と、震える足に鞭打って、精一杯平気な声を振り絞った。


「美咲、行こう。ここを出るぞ」


「うん」


 塵ほどの疑いも感じさせない返事だった。




 信行は美咲の手を引いてアパートを出た。

 日中の旧市街は驚くほど人影がなかった。

 新市街とは比べ物にならない。

 だが今はそれがありがたくあった。

 どこに向かえばいいのかも分からない。

 ただあのアパートからは離れなければいけない。

 居場所を把握されているわけにはいかなかった。

 だから新市街とは逆方向に進んだ。

 それ以外に行く道を示すものが何も無かったからだ。

 打ち捨てられた廃墟の町の一番大きな道をただ進んだ。

 これまで新市街に向けてしか歩いたことが無かったが、こうして町の中心から離れていくと、大災害の傷跡はいまだあちこちに見て取ることができた。

 ひび割れた地面、倒れた家屋、なにひとつ修繕されずに放置されている瓦礫の町を歩く。

 電線に足をひっかけないように注意して、電柱をまたぐ。

 ひび割れたアスファルトを飛び越えた。

 倒れて錆びた標識からこの道が旧国道であると分かった。

 真っ直ぐ進めば兎和という町に向かうようだ。

 だが信行はそれ以上先に進むのはためらった。

 市街地が終わり、農地が広がっていたからだ。

 この先で誰かと出くわしたとき、身を隠す場所がない。


「こっちだ」


 美咲の手を引く。

 身を潜めるなら大通りは避けたほうがいい。

 できるだけ建物の密集してる辺りを探して歩く。

 見つけたのは一軒の民家。

 ドアは開かれ、ガラスは割れていたが、室内は外見ほどひどくない状態で、しばらく身を潜めておくには十分に思えた。

 二階の寝室だったと思しき部屋のベッドに美咲を座らせた。

 その隣に腰を落ち着けて信行は長く息を吐いた。


「信行、だいじょうぶ?」


「美咲こそ、しんどかったろ」


「ううん。全然、おもろかった」


 それが嘘なのは分かりきったことだった。

 昨夜は熱でずっとうなされていたし、目隠しをされたまま歩かされてなんども躓き、いくつも擦り傷をこしらえていたからだ。


「美咲、俺たちは困難な状況に陥ってる」


「うん」


「でも何があっても俺は君の味方だ」


「うん。知っとるよ」


 気力が湧き上がってくる。

 なんでもできるそんな気になる。


「まずは君がどうなったかを知ろう。いいか、なにが起きても俺は君の傍にいる。そのことを忘れないでくれ」


「あたりまえやん」


「目を閉じて」


「閉じとるよ」


「そうか、それじゃ目隠しを外す。真正面を向いていて欲しい」


 美咲の顔に巻いたタオルを外す。

 ここからは何が起きるのかまったく分からない。

 美咲の能力が賀田文のような人畜無害なものであることを祈るほか無い。


「目を開けて――」


 美咲が目を開く。

 赤い瞳の横顔。

 よく見知った少女がまるで別人のように見えた。

 そう……思った自分自身がなによりも悔しかった。


「……何が見える?」


「壁、窓、外――」


「昨日までと変わらない?」


「ううん。違う部屋や」


「そういうことじゃなくて……」


「ん?」


 美咲の眉の間に皺が寄った。信行の言葉が理解できないのだ。


「なにも、問題ないんだな?」


「うん?」


「なにも無いならそれでいいんだ。良かった。本当に良かった」


 思わず美咲の体を抱きしめる。

 さっきまでの不安が嘘のようだった。

 あまりの安堵に落ちたような錯覚すら覚える。


「変な信行」


「悪かったな」


 おもわずあふれかかっていた涙を拭う。

 安心したが美咲が発症したという事実は変わらない。

 正直なところ発症者の扱いについては背筋が凍る。

 それが身内ともなればなおのことだ。

 20年間それが普通だったこの町の人とは違い、外から来た自分にはとても耐えられそうにない。

 だがいつまでもそうやって逃げ続けていられるわけでもないだろう。

 美咲が学校に行かなくなれば何があったのかと疑われる。

 さらに信行自身がアイデアを与えてしまった<分散脳>は単独で発症者を発見できるだけの走査能力を備えている。

 いずれ見つかる。

 ならば少なくとも美咲の安全だけは確保したかった。

 幸い彼女の能力は――まだどんなものか分からないとは言え――即座に危険を及ぼす類のものではないようだし、話に聞いた精神錯乱を起こすようなものでもないらしい。

 だったらまずは相談するべきだ。

 幸い煉瓦台記念病院の中である程度の権力を持つ黒崎静という知己もできた。

 これを利用しない手はない。


「美咲――」


「うん?」


 立ち上がる。行動を起こすならできるだけ早いほうがいい。


「ちょっと出かけてくる。帰ってくるまでこの家から出ないようにしてくれ。いいね?」


「うん。分かった。いってらっしゃい」


 そう言って美咲が手を振った。



 民家の半分が吹き飛んだ。

今日はここまで!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ