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Red eyes the outsiders  作者: 二上たいら
Red eyes the outsiders
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空は続くとも郷は遠く -12-

 2019年10月6日。

 <瞳>への分析系発症者<識連結>に向けた柱の改修作業は、それが本格化するに従って煉瓦台記念病院の他の職員も手伝うようになり、滞りなく終了した。

 とは言え突貫工事だったため、見た目はずいぶんとちぐはぐだ。

 千里眼の入った柱とそうでない柱を分けるための赤と緑のペイントも、デザインというよりは本当に印をつけただけだ。

 現在<瞳>には50本の柱があり、11名の千里眼が<識連結>されている。今回はここに10名の分析系発症者が<識連結>される予定だ。

 室内にはまだ多くの部品が転がっていて、信行を含む多くの職員はその後片付けに追われている。


「んふ~、後は薬漬けにした子たちを突っ込めば終了」


 一方で最後の柱の調整を終えた黒崎静は、いつも通りの少女のような笑みを浮かべて大きく伸びをした。

 実際に<識連結>を行うにはもう少しややこしい手順があって、信行もその説明を受けていたが、実際のところ肉体労働が終わって一種のやり遂げた感があるのは確かだった。


「とは言え本格起動の前の実験が必要ねぇ」


「本当にやるんですか?」


 片付ける手を止めて聞いてみる。

 この一週間ほど、柱の改修作業に追われながらも罪悪感を忘れることはどうしてもできなかった。

 それはそうだ。

 なにぶん、自身で選んだ10名を犠牲にする檻を自身の手で作成しているのだ。

 黒崎静は人差し指を顎に当てて首をかしげた。


「識連結のこと? それとも実験?」


「両方です。そのやっぱり誰かを犠牲にするっていうのは良くないと思うんですが……」


「あら、それなら問題ないわ」


 ぱぁと花の咲いたような笑みが浮かんだ。


「だって発症者には人権無いもの」




 からからと車輪が音を立てて、ストレッチャーが運ばれてきた。

 いやストレッチャーは運ぶものであって、それ自体が運ばれてきたわけではない。

 ストレッチャーの上には小さな体がひとつ。

 知っている。

 信行はその子の名前を知っている。

 顔を見るのは初めてだったが、自身が選んだ10名のことはしっかりと頭に入っていた。

 身寄りもなく、知己もいない。

 この煉瓦台記念病院でただ生きているだけの少年。

 将来への展望も、渇望も無く、ただ無気力にベッドの上で呼吸をしているだけだという。

 だから選んだ。

 他の誰よりもこの少年がいなくなることで悲しむ人が少ないと思ったからだ。

 少年はすでに眠っているようであった。


 ――本当にそれでよかったのだろうか?


 そう思い悩んでいるうちに少年の体は柱の中に押し込まれる。

 口に鼻に下半身にも管が挿入される。

 それは正視に堪えぬ光景で、信行は目を伏せた。


「さて事前説明の通り、今回は甲種一名と乙種一名の<識連結>実験よ。接続はぶら下がり、逆流に気を配っておいて。視覚モニタリングの用意はいい? ――よろしい」


 顔を上げるとすでに柱は閉じられていてほっとする。


「では物理接続を開始して」


「物理接続開始します」


 ごぼごぼと柱が音を立てる。注水されているのだ。


「どうしたの? 暗い顔して」


 いつの間にか黒崎静が隣に来てそう囁いた。


「うまくいってしまうんでしょうか……」


「6割ってところかしらね。外部走査の一件がなければ9割方だいじょうぶよ、というところなんだけど、楽観視はできないわねぇ」


「失敗したら残りの9名は犠牲にならずに済むんでしょうか……」


「そうかもね。でも<瞳>の力不足はもっと大きな犠牲を生むわよ。手の内に負える犠牲で済むのなら安いものじゃないの」


「本人らもそれで納得したのですか?」


「さあ? なにも教えてないし」


「え?」


 黒崎静はきゅっと唇を結んでいた。その視線が注がれているのは柱だ。


「当たり前でしょう。私たちには<瞳>が必要で、使える発症者の数は無尽蔵ってわけじゃない。同意? どうせ彼らが物事を考えたりすることは二度とできないのに?」


「そ、んなっ」


 何か言わなければならなかった。

 黒崎静は間違っている。

 確かに犠牲は必要かもしれない。

 医学の世界ではそれは常識以前の前提条件だ。

 だが意思を持つ相手にそれを強要することは絶対に間違っている。

 少なくとも相手の同意も得ずに犠牲にするのはおかしい!


「あなたはっ――」


「接続安定しました。連結成功です」


 信行の言葉は館内放送にかき消された。

 わっと歓声が上がる。

 ぽんと黒崎静の手が信行の背を叩いた。


「おめでとう。貴方の功績よ」




 結局黒崎静にそれを言い出すことができないまま信行は帰途についた。

 実験が成功したことで盛り上がる室内のムードに水を差せなかったのだ。

 黒崎静がしたように多くの職員が信行の功績を称えた。

 それに曖昧な笑みを返すたびに罪悪感が胸をついた。

 そんな中に賀田文も混じっていて、信行はさらに複雑な思いに駆られる。

 その肩を掴んで「本当はあなたがあそこにいたかもしれないんですよ!」と言ってやりたかったが、そんなことができるわけもなく、ただ大したことはないですと言って笑った。

 胸が苦しくて潰れてしまいそうだった。

 早く帰って美咲の顔が見たかった。

 そうすれば少しは気持ちも楽になるだろう。

 自然と足は早歩きになり、気が付けば走っていた。

 1時間はかかる道のりを20分ほどでたどり着いた信行は玄関の前で息を整えた。

 日暮れが近付いていて、美咲はとっくに帰っているはずだ。

 今日は叱られてもいいからずっとべたべたしていよう。

 そう思って扉を開く。

 すると玄関先に美咲が倒れているのが見えた。


 ――え?


 一瞬の思考の空白。

 だが信行はすぐにそれから立ち直ると美咲の体を抱き起こした。

 力の抜けた美咲の体はひどく熱を持っていた。

 意識は無いようだ。


 ――救急車を。


 そう思ってから首を横に振った。

 内部世界には自動車類がほとんど残っていないし、この部屋には電話もない。

 だからこのまま病院に連れて行くか、医者を呼ぶしかない。

 だが病院に美咲を背負っていくには体力に不安があったし、日が沈んでからの外の風は冷たくなってきている。

 だから電話を見つけて医者に来てもらうほうが多分いい。

 とにかく美咲を布団に寝かせる。


「のぶ……ゆき……」


 小さな音が美咲の喉から漏れた。


「気が付いたんか。ちょっと寝てろ。すぐに医者を呼んでくるから」


「いややわ、ちょっと風邪引いただけやよ」


 そう弱々しく呟いて美咲が目を開けた。


 ――その瞳は真っ赤に染まっていた。

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