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約束


「そう言えば魔王サマは、なんで人間との共存を目指したいんですか?」


 とある日の昼。巡察中の事。

 森の上を飛んでいる時に、ルキスが隣のヒュガルに聞いた。

 人間との共存を目指している、と言う事は知っていたが、よくよく考えれば理由が分からず、当然そこには理由があると思って、何気に発した質問だった。

 ヒュガルはそれには「うむ……」と言ったが、迷っているのかそのまま沈黙。


「あ、いや、言い難いんなら良いですよ!

 どうせ自分は口も尻も軽い、信用に値しないクソビッチですから!」

「そう言う訳では無いのだがな……」


 それを信用が足りないと受け取ったルキスが自分を卑下して言うので、ヒュガルはそれを否定した上で、理由を教える為に言葉を続けた。


「あれは今から八十年程前になるか……

 まだ私が少年だった頃に、一人の魔術師に召喚された事がある。

 種族は人間で、歳の頃なら七十歳程か。その男はまずは失敗だと言った。

 予定ではもっと力を持っている、それこそ魔王クラスの魔族を呼びたかった。

 だが、男の魔力が足りずに、私を呼び出してしまったのだそうだ」

「ほへー……なんとも、身勝手な話ですねー……」


 ルキスの合いの手に小さく笑い、ヒュガルは更に話を続ける。


「男の願いは娘達の蘇生だった。

 事故で娘夫婦を失ってしまい、一人残った孫娘の為に、彼らを蘇生して欲しかったらしい。

 当時の私には……いや、今でも無理だが、失った生命を呼び戻す事は出来なかった。

 男はそれに落胆し、杖を落として膝をついた。

 そこに姿を現したのが、男の孫娘のリエッタだった。

 歳は三歳で、髪は茶色だったか。困惑している私に近付き、リエッタはこんな事を言ってきたのだ。

 わたしの友達になって欲しい。学校に行けるようになるまで傍に居て。

 とな」

「ほうほう……それで魔王サマは、「お前の頭じゃ学校なんかには行けんな! いっそここで希望を断つッ」とか言って、孫諸共ジジイをブッ殺したんですね? 魔王サマらしいお優しい行動です」


 ルキスのそれには「アホか……」と言ってから、ヒュガルはその後の成り行きを話した。

 勿論、ルキスも本気な訳は無く、「ディヒヒ」と笑って耳を傾ける。

 話によるとヒュガルは願いを受け、一年ばかりを人間界で過ごし、別れ際にリエッタが口にした、


「わたしも頑張るからヒュガルも頑張って! 人間と魔物が仲良く出来るように、あっちに帰っても一杯努力してね!」


 と言う約束のような物を守る為に、魔王を目指す事を決意したのだと言う。


「ヤダ……本当に優しいんですけど……」

「そうなのかは知らんが約束は約束だ。尤も最早八十年前の事。

 リエッタもこの世には居ないだろうがな」


 口を押えてルキスが言って、ヒュガルが言って苦笑する。

 その頃には本拠地が見えて来たので、会話を止めて高度を下げ出した。


「(生きてたとしたら八十歳くらいかー……可能性はまぁ、無くは無いなー)」


 そんな事を思いつつ、ヒュガルと共に地面に着地。

 そのまま後ろについて歩いて、面接会場で二人は止まる。

 そこにエローペが居たからである。

 面接官宛らの位置に座ってヒュガルに「おっかえりぃ~」と声をかけ、直後にそこから「ふわり」と抜け出して、まずはヒュガルの頬にキスした。


「なあっ!?」

「うふふっ♡」


 ヒュガルとルキスが同時に驚き、白いワンピ姿のエローペが笑う。

 それから右手に何かを呼び出して、「はい」と言う言葉でヒュガルに渡した。

 渡された物は漆黒の杖。

 先端には掌サイズの金色の球がついているが、杖自体は殆ど黒だ。


「こ、これは一体……?」


 と、ヒュガルが聞くと、エローペは「ヤダー」と先に一言。


「邪神ヴォルコキンの右の睾丸ヨ~。

 ストーカーされててウザかったから、ちょっと前に殺したの~。

 生意気にも結構な魔力があるから、二本の杖に作り替えたのよ。

 だから一本をプレゼント♡

 誕生日でしょ? つっても、七日も先の事だから、まぁ、フツーは意識しないか」


 その後にそう言って「ウフフ」と笑い、ヒュガルの腕に胸を押し当てた。

「ヴォルコキンの睾丸!?」とは直後の二人だが、エローペはそこにはコメントしない。

 押し当てた胸をそのままに、ヒュガルを見上げて「うれし?」と聞いてくる。


「え、ええ。それはまぁ……」


 一応答えたヒュガルであったが、誕生日の事は覚えて居なかった。

 ルキスはルキスで当然知らず、「誕生日が近いんだ……」と、小さく言っている。


「明日からついに戦争に入るからサー。

 多分当日はあたし来れないのー。だから先に渡して置こうかなって?

 あ、誕生日は履歴書見た時に覚えたの。

 言わばご褒美? 出来る上司? みたいな?」

「あ、はぁ……それはどうも恐れ入ります……恐縮です。本当に」


 どうにも慣れない口調であるが、心遣い自体には感謝をしており、ヒュガルは不器用な性格ながらも、笑顔を作ってエローペに応えた。


「その顔が見れて良かったワ~。

 じゃ、当日も来れたら来るから。

 とりあえずオメデト♡ お仕事頑張ってネ!」


 それを見たエローペは満足気に微笑み、ヒュガルから離れて姿を消した。


「うむ……一層に精進せねばな……」


 杖を右手にヒュガルが呟く。

 なぜ、エローペがここまでしてくれるのか。

 それはヒュガルが思うには、突き詰めればエローペが良い上司であるからで、その期待と信用に応える為に、一層の努力を誓うヒュガルであった。


「でも正直、睾丸は無いですよね……

 いくら魔力が増幅されても、剥き出しの状態で使いたくないって言うか、たまたま唇にでも当たっちゃった日には、何か死にたくなるって言うか…」

「うむ……それはその通りだな。

 何か布のような物で包む事にしよう」


 だが、ルキスのそれには強く同調し、ヒュガルは軽く杖を遠ざけた。

 直後に球が「ぷるん」と震え、二人が揃って「うわぁ……」と発す。

 確認の為にもう一度振るうのは、所謂、怖い物見たさなのだろう。


「ちょ、魔王サマ! 地味に楽しんでませんか!? さっさと何かを被せましょうよ!」

「あ、ああ……」


 実際の所は楽しんではいなかったが、ある意味で見入っていた事は事実。

 ルキスに答えて手頃な物を探す為に、自室に向かうヒュガルであった。




 その日の翌日には魔王軍の中での、シリカの立ち位置が変更された。

 名前としては軍事司令官で、仕事の内容は軍の統括。

 以前はヒュガルがしていた仕事だが、戦力の中にも人間が増えた。

 形の上では従ってはいるが、魔王、つまり人間では無い者に、命令される事を嫌がっているかもしれない。

 ならば同じ人間であり、王女でもあるシリカを起用すれば、そう言った余計な諍いを避けられるとヒュガルは考えたのだ。


 結局の所、重要な選択は以前のようにヒュガルがやるのだが、肩書でもトップが人間であれば、彼らの反応も多少は違うはず。

 以前から考えていたシリカの地位が、この事で最適になったかは不明だが、少なくとも現時点の人材活用は、これが最良だとヒュガルは思っていた。


 現在、シリカは天敵のルキスから、引き継ぎの書類などを受け取っているが、途中途中で二人は素に戻り、何やら「ごにょごにょ」と関係無い事を話している。


 具体的には「いつの話だ?」とか、「どこの国の話だ?」等と言うシリカの言葉に。

「さっき言ったろ」とか、「知ってたら自分で行くし」等と返す、しかめっ面のルキスの言葉。


「何の話だ……? 仕事に関係の無い話は……」


 と、我慢が出来ずにヒュガルが言うと、二人は仕事の話に戻るが、しばらく経ってからの休憩時間中には、エノーラとカイルを巻き込んで話し合っていた。

 場所は中央のエノーラの席で、シリカとルキスが席の左手。カイルが右手で挟むような形だ。

 あまりにも盛り上がって話しているので、興味を持ったヒュガルが近付くが。


「あ?!」


 ヒュガルを見るなりルキスが動揺。


「何でも! 何でも無いんだ(ですぅ)!!」


 直後には全員がほぼ同時に言い、苦笑いを作って逃げて行くのだ。


「ま、まさかこれはハブられているのか……?

 何か嫌われるような事をしたか……?」


 思い当たる節は全く無いが、まさかの事にヒュガルが慌てる。

 しかし、答えは結局見つからず、ヒュガルはもう一度「まさかな……」と呟いた。




 ヒュガルは明らかに避けられていた。ルキス達が殆ど絡んで来ないのだ。

 仕事に関わる事では来るが、その他では逆に避けている程で、それが顕著に表れるのは、一日に三度の食事の時の事。

 ヒュガルが来る前に食事を終えており、姿を見せると四人は逃げ出し、


「あ、そこに作ってますんで!」


 と、シリカと役目を代わったカイルが、たったの一言を残して行くだけ。


「ピィ~」

「ああ……お前は逃げ出さないのか」


 唯一残っていたブルーに手を伸ばし、膝に乗せようと試みたが、そこは普段の愛情の差か、ブルーはそれを無視して移動し、カイルを追って台所を出て行った。

 結果、一人になったヒュガルは、その後の数日をぼっち飯で過ごし、何だか妙に寂しくなって自らルキスに絡むのである。


「あ、あー……そう言えばそろそろ、栄養補給はしなくて良いのか?

 ほら、今は暇だぞ……? 抱き付いても構わんが?」


 とある日の昼前。意味も無く立ち上がり、梯子の近くに向かって聞いてみる。


「ごくり……」


 ルキスは明らかに生唾を飲んだが、震える声で「だいじょうぶれすぅ~……」と答えた。

 これはおかしい。どうにもおかしい。

 ヒュガルは思うが理由が分からず、そこでは大人しく引いたのであるが、昼食後の面接会場でカイルに抱き付くルキスを発見。


「良いんですか……魔王様のお誘いを断って置いて、僕にこんな事やっちゃって?」

「良いから吸わせろよ! もう我慢できねーんだよ!」

「全くもう……仕方が無いですねぇ……」


 そんな二人の会話を耳にして、ショックのあまりにふらつくのである。

 ルキスに対する恋愛感情は少なくとも今のヒュガルには無い。

 しかし、露骨な好意を示していた相手が、違う男に抱き付くと言うのは、割とショックが大きなものだった。


「あーもう、完全にクソビッチだわ。お前のせいでヨゴレたわー」

「なんすかそれ……僕が悪いみたいじゃないですか……」


 二人はそう言って地下に向かったが、ヒュガルはしばらくは面接会場に居た。


「これはハッキリせねばならんな……」


 皆が自分を除け者にしている理由。そして、ルキスが標的を変えた理由。

 自分の精神を守る為に、それらを聞く事をヒュガルは決意した。




 翌日の朝。早めに起きたヒュガルは準備もそこそこに食堂に向かった。

 そこでは本来の時間では無いのに、ルキス達が早めの食事をとっており、まさかの人物の登場に焦って、無理矢理詰め込んで移動を開始した。

 

「待て」


 が、ヒュガルに呼び止められて、それぞれが奇妙な体勢で停止。


「聞きたい事がある。まぁ座れ」


 と、命令のような言葉をかけられて、それぞれの席に腰を下ろした。

 見ると、シリカの姿が見えないので、とりあえずの形で「シリカは?」と聞く。

 すると、ルキスが今日は非番で、家――つまり王城に帰ったという事を、俯いたままでヒュガルに話した。


「そうか……それでは仕方が無いな」


 それにはそう答え、カイルの左へ。

 カイルは若干体を震わせ、椅子を僅かに横へと動かした。

 位置としてはルキスが正面で、ヒュガルから見るならその右がエノーラ。

 自身の右にはカイルが座り、その下にブルーが居るような図である。


「まぁ、大体察していると思うが、聞きたい事と言うのは私への対応だ。

 何か気に食わん事をしたなら謝ろう。無論、謝るべき理由があるのなら、だが」


 ヒュガルがそう言うと、ルキスが頬を掻き、隣のエノーラが小さく笑った。

 ついに来たね? この時が。と、言わんばかりの表情である。


「あ、いやぁ……それはその……誤解……だと思いますヨ? 魔王サマ……」

「誤解でぼっち飯が何日も続くか? 話しかけただけで遠ざかるか?

 挙句に私の誘いを断って、密かにカイルと抱き合ったりするのか……!?

 ……良いから言え。そうでないのなら、そうでないだけの理由があるだろう?」


 ルキスが言うが、ヒュガルは認めず、語調も荒くに真実を問い質す。

 その勢いに負けたのだろうか、ルキスはカイルと顔を見合わせ、その後に殆ど絞り出すような声で、ヒュガルに向かって「たんじょうびじゃないですか……」と言った。


「た、誕生日……? どういう事だ?」


 訳が分からず聞き返す。

 聞き返されたルキスはテーブルに、頭を軽く「ごん」とぶつける。

 理由は「完全に忘れテーラ!」と思ったから。

 ならばこんな事はしなかったのに、と、若干ながらに後悔もする。


「誕生日プレゼントの準備……です……

 私は黙って居られたんだけど、このバカがバレるから出来るだけ避けろって……

 だから魔王様を避けてました……」

「バカ?! それって自分の事!? お前そんな目で見てたのかよ?!」


 言ったのはエノーラで、キレたのはルキスだ。

 まさかの扱いに驚いたようだが、対するエノーラは平気な顔である。


「すみません魔王様。そういう事なんです。

 出来るだけ魔王様を驚かせようと思って」


 これはカイルで、謝りつつも、足元のブルーに何かをやっている。

 ブルーはそれを口に入れた後に、カイルの足元に顔を擦り付けた。


「な、なるほど……そういう事か。

 まぁ、十二分に驚いたが、その、なんだ。疑って悪かった。

 教えてくれれば疑わなかったのだが……」


 自分の言葉の矛盾に気付かず、ヒュガルが言って皆が笑う。

 ヒュガルは笑われた理由には気付かず、皆とは違って苦笑するようにして笑った。


 そして三日後。誕生日の当日。

 誕生日パーティーはシリカのはからいで、王宮で行われる事になり、昼頃に本拠地を出たヒュガル達は、夜頃に会場に着くのであった。

 王城に行き、玉座の間に行くと、大勢の人間がヒュガル達を迎える。

 それには若干の嫌気を覚えたが、基本は好意で、善意である。

 そう考えたヒュガルは右手を見せて、彼らの歓迎に笑顔で応えた。




 パーティーが始まって一時間程が過ぎた。

 人々は豪華な料理をつまみに、それぞれの話題に華を咲かせており、そこに魔王が居る事等はお構いなしに盛り上がっている。

 ヒュガルは現在、玉座に座り、彼らの様子を黙って見ている。

 別につまらないと言う訳では無く、基本的にはヒュガルはこうして、人々の様子を見る事が好きなのだ。

 会話が不得意。それもあるが、観察と言う物が好きなのである。


「魔王様、もし退屈なのでしたら、余興なりなんなりの用意をさせますが……」


 その左隣り。王妃専用の玉座に座したアルトが言って来る。

 ヒュガルの性格を知らないのだろう、その表情は心配そうで、ヒュガルが何も返さないのに、用意をさせようと人を呼びつける。


「いや、構わんで良い。見えんかもしれんがこれで楽しんでいる。

 出来ればワインのお代わりを貰えるか?」

「あ、は! これは失礼しました! 全く気付きませんで……」


 が、ヒュガルに言われて用意を中止し、代わりにワインを持ってくるように伝えた。

 見れば、ヒュガルのグラスは空で、どうやらかなりが経っていた様子。

 遠慮をせずに言えば良いのだが、これもヒュガルの性格なのだろう。


 時間にするなら三分程が経ったか、新しいグラスを兵士が持って来る。


「魔王様に」

「は」


 アルトに言われてヒュガルに渡すと、空のグラスを両手に下がる。

 その際にアルトに手招きをされ、下がりかけた兵士がそちらに向かう。

 アルトは彼に何かを囁き、頷いた後に兵士が下がった。

 何を言ったかは不明であるが、わざわざ聞く程の事では無いだろう。


 そう思っていたヒュガルの前にドレス姿のシリカが現れた。

 色は白で、「これでもか!」とばかりに胸を強調して押し上げたドレスで、頭には銀のサークレットをはめて、化粧をした上で赤いヒールで〆ている。

 シャンデリアの光を背中から受け、宛ら後光を纏っているようで、例えるなら女神の嫁入りのような、神秘的な雰囲気さえ漂わせていた。


「シリカァァアン♡ それはそそりすぎ……いや、美しすぎるよぉ♡」


 これはアルトで、視線は百パー押し上げられた胸にあり、その言葉によってヒュガルはようやく、それをシリカだと理解した。

 シリカは兄には構わず歩き、三段ばかりの段を上る。

 その後に「そら……」と顔を逸らして言って、ヒュガルに箱を渡して来た。

 高さとしては二十㎝程。横の広さも同じ程か。

 白の包装紙で包まれたその箱は赤いリボンで飾られている。


「いや、生憎尿意は無いが……」

「何で尿意!? 関係ないだろ?!」


 いつかの事を思い出したのか、勘違いをしたヒュガルが断り、何の事かは分からないシリカが箱を両手に一歩を下がる。

 その時には段下だんかにルキス達も来ており、筆頭のルキスが「抜け駆けザマァー」と言った。

 言わば、全ての元凶なのだが、本人は忘れているのであろう、その後には全員で段を上って、それぞれの手に持つ箱を差し出した。


「魔王様ママ誕生日びびおめでとうございますすす!」


 そして、揃わない祝福をして、ヒュガルに「あ、ああ……」と引かれるのである。

 それから全員で一斉に押しかけて、強引に箱――プレゼントを手渡す。


「す、すまんな。皆、ありがとう」


 困惑しつつもそれを受け、ぎこちない笑顔でヒュガルが笑った。

 ルキス達が「イヒヒ」と笑う。その反応が嬉しかったのだ。


「折角だから開けさせてもらうか」


 そんな笑顔に見守られつつ、ヒュガルがシリカの箱を開ける。

 出て来た物は紺色のベルトで、ヒュガルはとりあえず「ほぅ……」と唸った。

 両脇にポシェットが付いているが、おそらくこれは剣を下げる為のベルトで、正直な所は不要であったが(異空間に置いておける為)、ヒュガルはその後に「良いな」と言った。


「そうだろう? それでなかなかの素材なのだぞ?

 傷み難いし長持ちもする。大事に使えー?」


 聞いたシリカが誇らしげにそう言って、ルキスとエノーラがつまらなそうな顔をした。


 次に開けたのはカイルのプレゼント。

 大きさは掌ほど。細長い白い箱だ。


「むう……」


 第一声はそんなもの。それが何かが分からない為だ。

 出て来た物は黄色のカード。「一年間フリーパス」と記されている。

 裏返すと「チデスの街 ゴーリキーフィットネスクラブ」とあり、ヒュガルはそこでようやく理解する。


「う、うむ……たまには体を動かさないとな……」


 多分行く事は無いだろうが、無下には出来ずにとりあえずそう言う。

 カイルが「ですよねー!」と嬉しそうに言うので、ルキスとエノーラは露骨に舌を打つ。

 次の箱は緑色。血文字のようなもので「魔王様へ♡」とある。

 聞かずともエノーラのものだと分かり、ヒュガルはまずは息を飲む。


「ヒイッ!?」


 出て来た物は灰色の藁人形。

 箱の下には緑の毛がある。


「操りの藁人形……操りたい相手の体毛一つで、相手の事を好きに出来ます……

 その髪の毛は私の物なので……あとはもう、分かりますよね……?」


 エノーラが言って「にやり」と笑う。

 つまり、「好きにして良いのよ」と言う事だ。

 だが、ヒュガルはそうするつもりは無く、「あ、ああ」とだけ答えて箱を閉めた。


 最後の一つはルキスのもので、高さとしては四十㎝はある。

 対して横幅はそれ程でも無く、せいぜいが二十㎝程度の代物。

 色は黄土色。業務用そのままだ。


「(正直怖いが、仕方が無いか……)」


 なぜかどうして微妙に重いので、覚悟を決めてヒュガルは開けた。


「ん……?」


 顔を見せたのは箪笥のような物。

 勿論大きさは中に入る程の物で、右側に何やらダイアルが付いている。

 そして、その下には五枚程の券があり、それには「プレミアムガチャ券」とあった。


「プレミアムガチャ券んん……?」


 当然、意味が分かるはずは無く、顔を顰めてヒュガルが呟く。

 すると、ルキスが「そーです」と言って、「それ」の使い方を話し出した。


「それは自分が必死で創った、「魔王サマ! 出番です! プレミアムガチャ」です!

 これから漫画とかで展開して行きますが、その前に魔王サマに見て貰いたくて。

 で、本当ならお金を取るんですが、誕生日なので五回分だけ、魔王サマにガチャらせてあげようと思ったんですヨ!」


 それを聞いても「あ、そう」としか言えない。

 だから何……と、思っているからだ。

 だが、ルキスは「ささ! ささ!」と、ヒュガルをガチャらせる事に夢中。

 無理に手を取り、「こうやって回して! ネジネジ! ネジネジ! ドッピューン!」と、一人でどんどん興奮して行った。


「わ、分かったから落ち着け。

 回せばいいんだな……回せば……」


 仕方が無いので承知して、ルキスを落ち着かせてダイアルを回す。

 回す度に正面の溝から何かが「じりじり、じりじり」と出て来て、六回ほどを回した結果、裏側を見せたカードが出て来た。


「あ、自分、適当に入れたんで! 出来レースとかはありませんから!」

「そ、そうか」


 訳が分からないがとりあえずは言い、カードを抜き取って表を見てみる。


 左上に「KN」とあり、どうやらシリカが描かれている。

 必死な顔で雑巾がけをしており、遠くでルキスがニヤついていた。

 名前はやはり「シリカ」のようで、攻撃力やら防御力が記されている。

 それのどちらも「三」であったが、強いかどうかはヒュガルには分からない。


「あ、KNカスノーマルのシリカですか。

 ノーマル以下のゴミなんで、出たらソッコーで捨てて下さい」

「おぃぃぃ! 人の価値を勝手に決めるなぁ!?」


 覗き込んだルキスが言って、聞いたシリカが背後で怒る。


「特技。雌豚。相手が男だと即座にブヒる。

 背後からの一刺しの攻撃力は千倍」

「貴様ァァ! どれだけ陥れれば気が済むぅぅ!」


 直後にヒュガルが説明書きを読むと、流石に耐えきれずにルキスを掴んだ。


「ま、まぁ、後でゆっくりとな……」


 これ以上続けると軍が瓦解する。

 そう思ったヒュガルはガチャ箪笥を置いて、苦笑いを作ってルキスに言った。


「(ん……?)」


 ふと見ると、隣にアルトが居ない。

 いつの間にそこから居なくなったのか、玉座は今は空である。

 そして、パーティー会場に、見慣れない者達の姿が増えた。

 それは襟元を立てた赤いローブの集団で、その異様には参加者達も無言の興味を示しているようだ。


 何かが起こる。

 ヒュガルはそう思い、皆に下がるように言おうとしたが、その判断は一歩遅く、ヒュガル達の体に重みが伝わった。


「ぐううっ!?」

「な、何ですかこれぇぇ!?」

 

 ヒュガルが呻き、ルキスが叫ぶ。

 言うならそれは重力の増加。体が重く、立って居られず、ヒュガルが膝を着いた頃には、皆は既にうつ伏せになっていた。

 四方を見ると、要所要所にローブの者達が立っており、その者達を率いていると思われる一人の男が近寄って来た。


 年齢ならば六十前後。左右の目の色が違う白髪の男だ。

 衣装は他と同様だったが、黄金の縦線の文様があり、右手に持つ杖は聞かずとも、いわくありげな品に見える。

 表情からは傲慢。または慢心。そう言ったものを読み取る事が出来、その後ろにはアルトも立って居て、不安気な様子でヒュガルを見ていた。


「魔王よ。お初にお目にかかる。

 ワシはブルムス王、フィゴラットだ。

 アトス王の要請で援軍を出したのだが、貴様の軍に敗れてしまってな。

 どうにかせねばと思っていた所で、アルト王子から情報を得た。

 間抜けな魔王が誕生日パーティーをする。そこで奴を捕らえて欲しい、とな。

 故に、手練れの魔術師と共に、貴様を捕らえに出向いて来たと言う訳だ」


 そういう事か。と、ヒュガルは思う。

 だから急にいなくなったのだな。と。

 シリカは床に這いつくばりながら、「兄上……バカな事を!」と罵っており、それが聞こえたのだろうアルトは「びくり」とし、「お前の為なんだ!」と何とか言ってきた。


「念には念を入れワシ自らも加わろう。

 早々にお前が観念せねば、配下の者が先に死ぬぞ?」


 男、フィゴラットがそう言って、にやりと笑って杖を突き出す。


「ぐあああっ!?」

「ぎひいいいいいいい!!」


 直後に重力は更に増して、ヒュガルとルキス達の体を押して来た。

 脱出は可能かと聞かれるのなら、このままでは無理だと言う他に無い。

 フィゴラット一人の魔力もそうだが、無数の魔術師のそれも相当だ。

 こうがっちりと包囲をされては、流石のヒュガルでも対応出来ず、徐々に膝を屈して行く中で、ルキスが不意に何かに気付いた。


「魔王サマ! 杖……! エローペ様に貰った杖ですよ!

 アレなら魔力を増幅できるし、あいつらの魔力にも対抗できるかも!」


 床に顔を擦り付け、ブサイクな顔でルキスが叫ぶ。

 気付かされたヒュガルは「そうか!」と言って、右手に邪神の杖を呼んだ。

 現在それには深海竜ディープシーサーペントの横隔膜と呼ばれる、白色の布が巻き付けられており、その事によってそれが睾丸だとはパッと見では誰にも分からない。

 そうする事で顔や腕等、嫌な部分にそれが当たらないし、良い事尽くしの状態に見えたが――これが大きな失敗に繋がった。


「おっ!? おっ?! おぉぉぉぉ!?」


 深海竜の横隔膜は柔軟性に優れて包容力に富む。

 つまり、増幅された魔力が放出されずに膨らんだのである。

 しかし、それにも限界はあり、やがては膜ごと魔力が爆発。


「があはああっ!?」


 暴走した魔力をモロに喰らって、ヒュガルは玉座に吹き飛んだのだ。


「はっ……はっはっはっ……何をするかと思えば自爆とは……

 間抜けな魔王と言うのは本当だな。

 ……どれ、トドメを刺してやろうか」


 それを目にしたフィゴラットが笑い、釣られたようにアルトも笑う。

 その後にフィゴラットは魔力を強め、ヒュガルの右手から杖を落とさせた。


 最早これまでか。と、ヒュガルは思う。

 まさかの自爆で終了である。

 歴代魔王でもトップクラスの惨めさだが、こうなってしまっては仕方が無い。

 ルキス達はすでに気絶をしており、呻き声すら発さずに居る。

 このままで居るとルキス達が死ぬ。

 そう思ったヒュガルは口を開け、フィゴラットに投降の意思を示そうとした。


「ぐわああっ!?」


 が、一体どういう訳か、魔術師の一人が唐突に倒れる。


「ぎゃあっ!?」

「がはっ!?」


 それは次々に連鎖して行き、その度に重力波が弱まって行った。


「まさか裏四天王か!?」


 ヒュガルが思うが、それは裏四天王の仕業では無かった。


「勝手な事はしないで貰おう!

 この国の王はまだワシのはずだ!」


 現れた者はシリカの父親、アトス・ローエルラントと騎士達だった。

 魔術師達を切り、剣を右手にフィゴラットとアルトの前に行く。


「アルトよ……心底見下げ果てたな。

 魔王を倒すなら正々堂々! 正面から戦って打ち倒せ!

 それが剣士ノイッシュの血を引く、我がローエルラントの剣の掟だ!」


 そして、剣先でアルトを指して、指されたアルトが悲鳴を上げた。


「フィゴラット王。そなたもそうだ。

 魔術師のやり方と言うのがそういう物なのかもしれんが、ワシの城ではやめてもらおう。聞けんと言うならワシなりのやり方で、そなた達を城から追放するが?」


 続けてアトスはフィゴラットに言い、聞いたフィゴラットが一歩を下がる。

 その時には重力波も完全に消えており、ヒュガルは小さく息を吐けていた。


「ノイッシュの血も落ちたものだな……

 勇者の敵に味方をするとは……だが良いだろう。ここは引いてやる。

 戦場で会った時は容赦はせんぞ」


 アトスと対峙したフィゴラットはそう言って、掻き消すようにして姿を消した。


「アルト。貴様もどこかに失せろ。この国の後継ぎはシリカと定める。

 皆も聞け! それまではワシ自らがこの国を治めよう!

 魔王は敵では無い! 共存できる相手だ! 心得違いは決してするな!」


 アトスは最後にアルトを追放。

 シリカを後継ぎと宣言した後に、自らがそれまでを治める事を告げる。

 それから歩き、ヒュガルの手を取り、立ち上がらせた上で握手をして見せ、会場に居る参加者達から盛大な拍手が巻き起こされるのだ。


 人と魔物は共存できる。

 こういう人物も中には居るのだから。

 ヒュガルは思い、頷いた後に、もう一方の手をアトスの右手に添えた。



 ヒュガルの誕生日から二日が過ぎた頃、エローペが不意に姿を見せた。

 時刻は夕方。場所は庭で、現れたと言うよりは巡察に行っていた、ヒュガル達が戻るのを待っていたような感覚だ。

 服装は黒の海賊服で、どういう訳かそこら中が血塗れ。

 それにはエローペは「戦争帰りだから♡」と言って、ルキスを青ざめさせた物だった。


「勝ちましたか?」

「まぁー……そうネ。五分五分ってトコ?

 力自慢の邪神が居てサー。任せろって言うから任せたんだけど、相手の罠に見事にハマって、その穴を埋めるのに大変だったんだから」


 ヒュガルが聞くと、エローペはそう言い、ヒュガルの背中を「ぱあん」と叩いた。

 褒めてよ、或いは労ってよ、的な、そんな意思を感じはしたが、上司に対して失礼かと思い、ヒュガルは「はぁ」としか返さなかった。


「それはそうとして次の国はブル……なんとかだっけ?

 勝てる算段はもうしてあんの?」


 その言葉を殆ど流すようにして、エローペは家の中へと入り、ヒュガル、ルキスがそれに続いて面接会場の一室に収まる。

 エローペはそのままテーブルに行き、三つある椅子の中心に着席。

 右脚を上に脚を組み、ヒュガルの答えを黙って待った。


「あると言えばありますが、無いと言えばありません。

 もう少しこの国を安定化させてから、ブルムスに向かおうと考えております」

「フーン……まぁ、任せるって言ったんだから、最後までアンタに任せるけどサ。

 ホント、アンタには期待してるから、次の国でも頑張ってよね♡」


 ヒュガルが答えると、エローペは言い、投げキッスを見せて消えて行った。


「魔王軍ディーフェンス!」


 が、それはルキスが飛んで、ブロックするようにして進路を妨害。

 形として見えていたモノでは無いが、おそらくはルキスの手の中に消えた。


「見つかりました! 見つかりましたよ!」

「うぉう!?」


 そこへ飛び込んできたのがカイルで、安心した直後のルキスはビビリ、ヒュガルと共に振り向くのである。

 カイルは肩で息をして、何やら嬉しそうな顔をしており、それで何かを察したのだろうか、ルキスもすぐに「マジデ!?」と返した。


「ん? 何だ? 何の話だ?」


 訳が分からずヒュガルが言うも、二人は興奮してなかなか話さない。


「どこに居んの?! どこに居んの!?」

「ああ、もうちょっとでシリカさんが連れて来ます! 外で待ってます?」

「そうだな! 皆で出迎えようぜ!」


 そして、二人は二人だけで話して、カイルが外へと再び戻るのだ。


「行きましょ! 魔王サマ! 本当のプレゼントが届きますよ!」

「お、おい!?」


 ルキスがヒュガルの腕を持ち、殆ど強引に外へと連れ出す。

 辿り着いた場所は林の前の細道で、三人とオーガが並んで止まる。


「何なんだ? どういう事だ?」

「良いから良いから。すぐに来ますよって」


 しつこく聞くがルキスはスルー。おばちゃんのごとくに右手を振るだけだ。

 時間にするなら七分程を待ったか。林の中に気配が生まれる。

 それはすぐにも近付いて来て、やがてはヒュガル達の目の前に出現。

 気配の主が一人の老婆と、それを連れて来たシリカだと分かった。

 老婆の年齢は八十前後。その髪は雪のように真っ白である。


「……?」


 どこかで見たか。と、ヒュガルは思う。

 いや、会ったか。と言う感覚かもしれない。

 あちらの方もヒュガルの事を不思議そうな顔で眺めている。


「あれあれ……やっぱり分かりませんか……」

「まぁ、八十年だからな。仕方がないさ」


 ルキスが言ってシリカが続ける。

 カイルが黙って見守る中で、何事なのかとエノーラが出て来た。

 そして並ぶ。カイルの横に。


「ヒュ……ガル……? あんたもしかしてヒュガルかい……?」

「え、ええまぁ……そういうあなたは……」


 聞かれたヒュガルが言いかけて、その表情のままで停止する。

 この声、面影には思う所がある。それは今から何十年も前の事だ。


「まさか……リエッタ……? リエッタなのか……?」


 遡る事八十年前。人間界で友達になった少女だ。

 老婆――リエッタがそれに頷き、ヒュガルが両目を大きくさせる。

 生きているとは思って居なかったが、こうしてリエッタは生きていたのだ。

 そうして見るとそう見える。あの頃の映像が一瞬浮かび、直後にはやはりは今の姿が見えた。


「……そうか。随分と、変わったな」


 何とか言うとリエッタが笑い、エノーラとオーガ以外がそれに微笑む。


「約束を……まだ覚えて居るか?」

「勿論よ。忘れるはずが無いわ」


 その為の努力を今はしている。そして、それは実現に向かっている。

 ヒュガルはそれを話そうとしたが……


「でもね。私分かったの。

 魔物はクソよ! 所詮はクソはクソ! 分かり合うなんて無理無理無駄アッ!

 下手に出ればつけあがるし、上手に出れば復讐に来やがる!

 脳味噌の出来がそもそも違うのよ! 共存なんて夢のまた夢ェっ!

 甘い事言ってるとケツの毛までイカれるぞ!」

「なっ……!?」


 老婆、リエッタは直後に豹変。

 両目を剥いて唾を吐きちらし、思う存分に魔物を罵倒し、いつまで経っても止まらないので、シリカにどこかに連れられるのだ。


「あ、あの、魔王サマ……?」

「約束とは……」

「あ、はい」

「果たす為にあると思っていたが、忘れた方が良い場合もあるのだな……」


 ヒュガルが言って遠い空を眺める。

 ルキスはそれに何も言えず、心の中だけで「裏目った!」と叫んだ。

 エノーラは一人で「ククク」と笑い、カイルは困ったように頭を掻く。

 リエッタを連れ去ったシリカは林で「違う! そこはトイレでは無い!」と言う謎の声を発生させていた。


全十二話が台無しになる終わり方(笑)

ポピュラリティゲームが終わったら続きを書くかもしれません。


が!

予告をした物は次が続かないと言うジンクスのようなものがありますからな…果たして一体どうなりますやら。


兎にも角にもご愛読感謝でした!

良ければ他の作品でも会いましょう!

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