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子供に言えない友人と俺の秘密の始まり

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のしかかってくる体から香るのは長年嗅ぎなれた匂いで安心するのに、肩を掴む手はギリギリと痛みを伝えてこれがただのじゃれあいではないことを暗に教えてくる。太ももに擦り付けてくる熱いナニカの正体なんて解りきっていて、吐息に交じる酒の匂いに更に酔ってしまいそうだった。









”久しぶりに飲まないか” そんな誘いに乗ったのは、あいつの結婚式の後ふつりと連絡が途絶えた友人の誘いだったからなのと、会社の同僚とさえめったに飲みに行かず真っすぐ帰宅する俺に、たまにはどうかと子供に勧められたからだ。でも、いくら久しぶりだったからといって浮かれることを抑えられなかったのは失敗だったかもしれない。今思い出すと、自分でもちょっとおかしいくらい足が地に着いていなかった。だから、子供の少し拗ねた視線にも気づかなかった。





終業の時間になるや否や、いつもは少しだけするサービス残業も放り投げてすぐに帰り支度を始めた。

あいつと俺、時々友人というようにたまに3人でつるんでいたのが懐かしかった。あいつのことを語れるほどに知っている人にどうしようもなく飢えていたから。







待ち合わせ場所について、電話するでもなくすぐに友人は見つかった。ブランド物の黒いトレンチコートを着て、つまらなそうに携帯を弄くっていた。手を上げて声をかけようとして、ふと顔を上げて雑踏の中を見渡した友人と目が合った。








————————————ぞっとした。




どうでもいいものを見る目だった。

無機質で感情を表さない目つきに衝撃を受けて

お前は無価値だと言われた気がして、喉からヒュッと息が漏れた。


ぎくしゃくとした動きで手を下ろした。やけに攻撃的な雰囲気は、記憶の中の友人と一致しなくて。






—————親しかったはずなのに。何故?俺の勘違いだったというのか?




「よう」




ぼんやりとした視界はその一言でクリアになる。考え事をしながらも、体は無意識に友人の元へ向かっていたようだ。


”ああ、久しぶりだな。お前連絡もっと早くしろよ”なんて、会って早々言おうと思っていた軽口はもう口の中で溶けて消えた。何かを見極めようとすような荒んだ眼はとりあえず置いておこう。————それよりもまたコイツと会えたそれが大事なのだから、言うべき言葉は————…。




「、お前相変わらずそれか。変わってないな」





考える前にふと、ポケットから覗く見慣れた煙草のパッケージが目に入って、気づけば口をついていた。俺の言葉に視線を追った友人の瞳が、煙草と俺を見てきょとんとした後、今までが見間違いだったかと疑うレベルで柔らかくほどけて微笑んだ。




——————目は心の鏡。ああ、その通りだ。



甘ったるいその視線に息をついて、ふと、納得した。

…そうか。だから、今まで連絡してこなかったのか。

忘れていた。昔からこの友人は、大胆で大雑把な所作の中に隠れた気遣いが上手い奴だったのに。



———————友人がちょっと言えない仕事に就いてる。それがなんであれ、友達を詐欺に引っ掛けるつもりなら問題だが、この友人の本質が大学から変わっていないことを断言できる。————…なら、別にそれでどうもしないじゃないか。

すとんとそれは俺の中に落っこちて、収まった。



なんだ、そんなに悩むことでもなかったな。



一気に心が軽くなって、弾むように肩に手をまわして、丁度青になった横断歩道を連れ立って渡った。




文句を言いながらもずっと外されない肩が、答えだった。














「………ぇ…お前…ほんと…」


引いたような声が思わず出てしまったが、民間企業に勤めていると縁がないんだからきっと他のやつだっていうだろう。案内された店が、道路からすぐに見えないよう曲がりくねった竹林を抜けなければならないところから嫌な予感がしていたが、まさに古き良きといわんばかりの純日本家屋の料亭が本日の夕食場所らしい。



どっしりとした大きな門に着物姿の従業員、そこらかしこにある掛け軸や壺もさりげない置き方してるが絶対高い。おそらく、とはいってもほぼ確実に一見さんは入れない、そうした類の店なのだろうと嫌でも察しが付く。





価値観の違いに苦笑いすらでる。

楚々とした仲居さんに案内されて足を進めれば、通路は決してほかの客と顔を合わせない造りとなっていた。


こいつ、マジか。














(これ絶対明日は二日酔い確定だな…)



板前さんの技が光る絶品料理に舌鼓を打ち、日本酒でふわふわした頭の片隅でそう考えながら相槌を打った。飲み始めて4時間経ったくらいまでは覚えていた。











「ん、くる、し?」







なにかにぎゅうぎゅうと締め付けられる苦しさで目が覚めた。

いつの間にか寝ていたようだ。気づけば真向いに座っていたはずの友人はべったり俺に抱き着き、嬉しそうに腿に頭をのせて徐々にぐりぐりと擦り寄ってきていた。



窓を見ればもうとっぷりと日は暮れていた。


腕時計は修理中でない。

コイツのは角度的に見づらい。

携帯を取り出そうと体をペタペタ触って思い出す。……コートの中だ。

絡みつくコイツをはがす手間と時間を天秤にかけて諦めた。




目に入った焼酎をぐいっと飲み干して、次第にきつくなっていく拘束に身をよじる。


大学の時からいつも、飲みの場でコイツはこうなることを思い出した。変わらないものをまた見つけて嬉しくなる。でもこのままいくと、もっと俺に構えと言わんばかりにぐりぐりとしてくるから、宥めるようにゆるゆると頭を撫でるのを忘れちゃいけない。コイツはほんとに腹にめり込む勢いでやるから。



「むふふー…」


変な声を出しながら友人は満足そうにくふくふ笑う。いつ見ても酒が入ると人格が変わる友人は面白い。頬を伸ばしてみたりと遊ぶ。




するする、さらさらと滑る髪に日頃の手入れの差を知る。この齢のおじさんのキューティクルは需要があるのか?ぽやぽやした思考回路の中で撫でていると、気持ちいいのか時折腰が揺れた。



(ふはっかーわいい)



もっと触りたい。

そう思った時点で2人とも頭ん中はお花畑だった。




「んー…あつい」

「…おい。上、ぬいでもへいきか?」

「ん、うん…?」




顔をくっと下げさせられて目を合わせながら問いかけられ、俺はトロトロに溶けた思考のままもそもそと上着を脱ぎ終わった。ちょっと間が開いて視界がぐるりと回った。天井と友人の顔が移る。



そして事態は冒頭に戻る。



















ちゅっ





やけに可愛らしいリップ音がして、遅れてきた柔らかさにキスされたことに気づく。


「、  ?」

「目ぇ閉じろよ」


かすれた名前は、目の前のコイツにちゃんと聞こえていたのか。問いかける前に投げられる牽制。

する、といつの間にか伸びていたその手が、酒で火照った頬を撫ぜる。くすぐったさに身をよじれば、さらにのしかかられて、顔が近づく。


反射的に目を閉じる寸前、見えた瞳がなぜかやたら綺麗だった。

落ち着かなくなって背中側のシャツを掴む。今度も短いキスを何度も重ねられる。


「ん、う。んん……ふ」


角度を変えて、何度も何度も、何度でも。

ちゅ、ちゅ、と唇に吸い付かれる。混乱してこわばっていた身体は、慈しみが込められたソレに唇が重なるごとに力が抜けて、シャツを掴んでいた手がずるりと落ちた。



なぜか、胸がいっぱいになって笑った瞬間、後頭部を掴まれて。

ぬる、と口に温かいものが滑り込んだ。


「っふぐ、んぁ……っ」


ぴちゃ、と水音が鼓膜に響く。

それと連動して、咥内が荒らされた。歯列を丁寧になぞって、舌の付け根を嬲られて、舌自体も啄かれる。最後にじゅぅっと吸われ、ゆっくり唇を舐められた。

ぞわぞわぞわ、と身体を走る刺激。





視界に映るアイツは切羽詰まった顔をしていた。






「んふっ、ん……はふっ、あ、んむう……んんう、ん……ん、ふぁあ……」






じんわりと涙が滲んでいく。乱雑に服が乱されてゆく。



長い長いキスだった。

ひたすらに唇を噛み合わせ、舌を絡ませ唾液を飲む。

その連続。


飲み切れず溢れた唾液はどちらのモノなのか。

それすらわからなかった。





唇を解放され、手を引かれて、誘導されるままにがくがくする足を動かした。

アイツの背中を追い、隣の襖をくぐる。



1組の布団があった。うすうす感づいてはいたものの、やはり実際に見るとでは違う。——————薄暗い室内で、行燈にほのかに照らされたソレはやけに存在感があった。






居心地の悪さに身じろいだ。

アイツは、もう逃がすものかと言わんばかりのギラギラとした瞳と捕食者の笑みで。

一度唇をなめて



一言、俺の名を呼んだ。










!!!…っあいつ以外には呼ばせなかったのに!!




目の前がカッと赤くなった。

声にならない叫びは衝動となり

両手を伸ばし、自分の唇でアイツの唇を塞いでいた。

すぐ柔らかな肉の狭間を舌で割り、熱い舌同士を絡ませて、シャツが皺になるのも関係無く、掻き毟る様に頭を掻き抱いた。あいつ以外には呼ばれたくないのを知っているはずなのに、アイツは息継ぎのたびに俺の名前を呼ぶ。



それしか知らないかのように。







呼ぶな。






頭が沸騰しているかのようだ。

なぜ俺の名前を呼ぶんだ。



——————まるで、愛を囁くように。







呼ぶなよ。




もつれあいながら布団に倒れこんだ。

最後の理性を総動員して襖を閉めたのは、我ながらよくやったと思う。








頭はガンガンと痛むし、瞼ははれぼったかった。

朝の陽ざしに舌打ち一つこぼして、泥のように重い腰を引きずって見たシャツはボタンがほぼなかった。

どの道シャツでは隠し切れない欝血痕に気づいて、頭を抱えた。



布団の上でニヤニヤと笑う、気持ち悪いほど機嫌がいいアイツにもイラっとする。




「初めてだろ」


唐突な台詞に戸惑う。



「初めてお前とシた男は、俺だろ?」



そして「興奮したか?」と、付け加えた。



ぐっと拳を握る。殴るのは…暴力を振るうのは簡単だ。

だが、鬱血痕だって隠すのが大変なのに、これ以上子供にナニカシラを感づかれるのはマズい。

昨夜はなかった理性が囁くせいで、色んなところが痛むし、苦しいが、かろうじてぐっと抑え込めた。



無言で身支度を整え、痛む体を無視して部屋を出た。

この間無表情だった俺に何を思ったのか、アイツはじっとこちらを窺うばかりで動かなかった。



「後でここの請求をしろ」

















——————この日、俺は一人の友人と一線を越えた。






人物まとめ(簡易版)


・あいつ:俺 の片思い相手。故人。俺の恋心に死ぬまで気づかなかった(と、俺は思っている)。1人の息子がいる。


・俺:あいつ に大学時代に出会い、そこから一途に(例えるならば某魔法学校陰険薬学教授並)好き。あいつの息子を引き取る。


・アイツ/コイツ:俺とあいつの大学からの友人。今はちょっと人前で言えない仕事をしている。最初は俺の恋を応援していたが、徐々に…。あいつのズルさを内心嫌悪していた。用意周到な面があり、今回転がり込んできたチャンスをちゃんとモノにした。

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