Le retour~帰還~ -2-
聞き覚えのある声
それもそのはず、生まれてからずっと過ごした人
私を生んだ人
「ママ」
呪術は聞いているはずだった
それなのに、どうして?
見えていないはず聞こえていないはずなのにどうして私がいるとわかったの
わかるはずがない
現に今まで誰も私に気が付かなかった
私が見えていなかった
「あなたの好きな紅茶を用意しておいたわ、お茶菓子はシフォンケーキよ」
ママは陽だまりのような笑みとともに、言葉をつづける
あまりにも、普通で今まで通りの言葉に唖然とする
黒崎久遠は死んでいるかあるいは、行方不明のはずだ。
これは、私の深層心理が望んで構成された夢なのだろうか?
それともこれは、幻影なのだろうか?
――――否。現実だ。
現実とは思えなかったこの状況を私の契約者にして最強の魔呪と名高いエスポワールは、これが現実だと断言する。
エルの言葉は信用している。エルが私にウソをつけばいやでもわかる。同じように私がエルにウソをついてもばれてしまう。心がどこかでつながっているのだ。それが、契約者という関係だ。
でも私にはこれが、現実には思えない
「どうして……。見えないはず、聞こえないはず、触れられないはずなのに。どうして?」
声は震えていた。
この呪術は、幽霊のように生身の人間をする術
実際に幽霊になるわけではないから、たとえ霊能力を持っていたとしても今の私の姿は理論的には認識されないはずだとエルはいっていたではないか。
ママはどうして、どうやって私を認識しているのだろう?
――――見えてはいない、聞こえてもいない、触れもできぬ。術は効いている。だが、母君は知っているようだ。
知っている。
認識できていないけれどそこにいるということを知っているとはずいぶんと奇妙なことだった。
認識できないのにどうやって私だここにいることを知ることができるのだろう
ママは、超能力者ではない。能力者とそうでない人間の区別くらいは、できる。
エルの分析結果に、私は心当たりがあった
昔から、知らないはずのことを知っていた。
まるで未来を知っていたかのように、託される言葉もあったではないか
でも、トリックスターが現れる前から、ママにはそういうところがあった
あの事件が起きる前から、ママには不思議な力があったということになる
――――ふっ、我が契約者は、仕事中毒のようだ
突然のエルの言葉に、戸惑う。意味不明だった。
仕事中毒である自覚はないし、自分のやっていることを仕事とも認識していない久遠にとっては、どうして仕事中毒と自分自身が結び付くのかが理解できなかった
久遠にとってこれらのことは、罪滅ぼしでありただ自分がしたいことであるのだ
それを仕事とは思ったことはないし、義務だとも思ったことはない
ただやらなければと何となく思い立って行動しているのだ
そんな久遠の心の中は、エスポワールに読まれていた
――――中毒者は、病人だな。ふむ、病人は、外に出歩いてはいけないだろう。母君に甘えて、家でおとなしくすることだな。
「えっ?ちょっ、嫌。何勝手に」
エスポワールは久遠の術を無理やり解除する
そうすれば久遠は逃げられないだろうと、エスポワールは判断していた
久遠は、完全に母君に姿をさらしている。
目の前にいるママの目が大きく見開かれる
少しやせたように見える。痩せさせてしまったのは私だよね。
「おかえり。生きていてくれてよかったわ。やっぱ、知っていても実際にこの腕に抱くと、安心するわ」
ママは、私にかけよりきつく抱く
焼き菓子のような甘い匂いのする髪
やわらかで温かいぬくもり
耳元でささやかれる、娘の生存を喜ぶ言葉
ママの頬には、いく筋もの涙が伝う
そして、いつしか私の頬にも暖かなものが流れ落ちる
「ママっ。」
もう、いないふりはできない
逃げられない状況をエルが作ったのだ
でも、本気で逃げようと思えばいくらでもあったはずだ、ママをついとばしたり、テレポートで別の場所に飛んで逃げることもできた
それでも、こうやって抱かれてしまったら精神的に脱げるという選択肢が立ち消えた
私の覚悟って、こんなにも甘くもろいものだったなんて……
エルがこっそり、《人避け》の呪術を使っていたことに気が付いた
それから、人目をはばからず親子そろって泣いた後
黒崎家のリビングにいた
用意された紅茶は、私が好きな紅茶の一つだ
シフォンケーキには生クリームが添えられている
本格的なティータイムに突入中である
「「ごめんなさい、ありがとう」」
ふたりして、全く同じタイミングで口に出した言葉は謝罪の言葉と感謝の言葉だった
「あははは」
「ふふふ」
ふたりして、顔を見合わせてしばらく笑い転げる羽目になった
それから、私が今まで隠していたことそれからこれからすることをすべてをとまでは言わないけれど、ほとんどを話すことに決め、話した
ママは、紅茶に口をつけそして一口飲みカップを置く
「久遠、もう二度とあんなことをしないでよね」
「うん。今のところは次やる予定はないよ」
「話したくても話せなかったのね。信じてもらえなかったと思ったわけではなく、そうして、久遠にとってママが逃げ道になってしまうのを久遠は、恐れたのね。」
「うん。自分勝手でわがままで、周りが全然見えていないことは知っている。でもね、それでも私は……」
「わかっているわ。よく頑張ったわね。さすがママの自慢の娘よ。ところでひとつ聞きたいことがあるの。いい?」
羽矢のことかなぁ
そのことには触れられてほしくない
私自身も整理がついていないのだ
幸い、ママが口にしたものは見当違いのものだった
「久遠、魔女様には会われた?」
真剣な表情で、言われた。とても大事なことなのだと、その目が言っていた
魔女様
一体誰のことだろう。
――――我が契約者、あの時の少女のことではないか
あの時?
エルがどのときのことを言っているのか数秒悩み そして、あの時のことだと思いだす
青い光に視界が埋め尽くされた後、エルによって私は宇宙船外に瞬間移動させられた
さっきまで私がいたというその船が青い光に喰らわれていく様を、恐怖を抱え見つめていた
その光の正体を知らされていろいろ考えることになった
思いついたものを実行させようとしたまさにその時、私たちはソレに出会ってしまった
「うん、あった」
「そう」
ママの顔に浮かぶ表情は複雑すぎて読めなかった。心を読む呪術だって習得済みだけど知っている人にはむやみに使いたくはない。その人に悪いというのももちろんあるのだけれども、私が木津着きたくないというのが一番の理由だと思っていた
「確率を高めただけだって行っていたけど、実際はよくわからないわ。こう、なんていうのかなうまく認識できないのよ。目の前にいるのだけど、いないような感じがしたよ」
ソレは、年端もいかぬ少女の形をしていた。頭にその少女のことを思い浮かべながら話す。
エルさえもその少女を見た途端勝てないといった。敵に回したらその途端消されるだけではなく、気に障っただけでも消されると、エルは私にテレパシーで伝えてきた
そして、私もエルもその少女を畏れた
少女は、つややかな黒い髪に赤い瞳、赤と黒のドレスを纏っていた
いつからいたのか、わからなかった
気がついたらそこに存在していたのだ。
エルですら気が付かなかった。エルとたくさん行動した今だからこそいえるがエルの索敵スキルはとんでもなく有能なものだ。
とてつもない力を持った少女に気が付かなかったのは、異常事態以外のに何物でもないのだと今では理解できる
少女は何の前触れもなく話しかけてきた。自己紹介も挨拶も何もなかった。
『手を貸してあげる。だから、あなたの素敵な物語をあんた自身の手で紡ぎなさい』
美しい声だった。見せられてしまうような引き込まれてしまうような声音。頭の心がぼぉーっとしてくるような気がした。
魔力の固まりの制御
それは、はじめかなり確率が低いものだった。それでも作戦をそれにしたのは時間がなかったのと、今できるのはわずかな確率にかけることだった。
しかし、その少女がそう言った途端
異変が起こったのだ。その異変にいち早く気が付いたエルが、驚きを隠せない声音でこういった
「制御を受け付けるようになった」
魔獣よりも上の存在だと直感的に思った
そういう存在に思い当たるのが一つしかなかった
魔のついなる聖なるもの
しかし、少女からは聖なる感じがつよく感じられなかった
だからといって、邪悪な感じが強いわけでもない
「神様?」
その質問にその少女はこう答える
『《神創りの魔女》、《闇姫》、《魔王の契約者》、《神の愛娘》、《世界の人形》、《調節者》、《介入者》、《混沌に祝福されしもの》、《世界を渡る旅人》
どれも私を呼ぶ名前であるわ。《本当の名》は名乗れないわ。でもね、あの人からもらった名前なら名乗れるわよ。契約者としての名前にして、一番気に入っている名前なの。あなたを気に入ったから特別に教えてあげるわ。
私の名前は……』
そして、耳元でその名を告げる
『口にして駄目よ。どうしても必要な時だけよ』
そういった少女の表情は板面をした子供のようだった
「それほどまでに影響力の強い名前か?」
エルの質問に少女の形をした何かは、嫣然と微笑む
肯定だった
『世界は無数に存在する。選択肢によって変わるのよ。ふふふ。
あなたの選択はとてもこの世界に大きな影響力を持つわ。特異な存在はどこの世界でも誕生する。
そんな子たちの物語はどれも面白いものよ。』
血が流れ多くの者が消える物語を楽しいのだと笑う
目の前にいる存在が、いびつにゆがんでいるように感じた
だけど私はそれでも、構わなかった
利用できるものは、なんだって利用する
それが、私の選択、私の生き方
『素敵よ、いつか招待してあげるわ』
―――――――――あの場所へ すべてが始まりすべてが終わった場所
矛盾を含むすべてが存在する混沌へ
残響のように響く言葉を最後に、少女の姿、気配もともに唐突に消失した
消失したというより空間に溶け込んだかのようなそんな感じだった
「そう、あったのね。私も見たことがあるの。そして、私はあの方を降ろすための器」
悲しげではかなげな表情とは裏腹にはきはきとしたしゃべり方だった。伝えなきゃいけないことを伝える姿。もしかしたら、さっきまでの私もこんな表情をしていたのかもしれない
「ママ?」
「私は、あの方を私の意志で降ろすことはできないわ。ただ、いつも勝手にこの体を知らないうちに使われているって感じよ。その副作用みたいなものでね、私には未来が見えるの。断片的でどれも面白いものではない、そして私の見た未来は必ず起きてしまう。回避した場合、っ」
奥歯がギリッとなる。思い出したくないとどこかで思っている、同時に伝えなければいけない、いつまでも逃げていたいという気持ちの葛藤
「は、話したくないことなら」
話さなくていい
そう言葉をつづけようとしたけど続けられなかった
「回避した未来で利益を持つものが消える。私を例外にしてね。だから、あなたのパパは、私があの人の死を回避しようと動いて、それで、消えたの」
今まで、ママがパパんのことを話してくれたことはない
パパの写真もないから、私はその姿を知らない
――――可能性みらではなく確定未来、そしてそれを知り回避しようと動いた場合存在自体が消される。その影響は、母君には届かない。ゆえに一人その存在を覚えている。だが、我が契約者の存在はどうなるんだ?
エルの声が、リビングに響く
ママは驚いたように周囲を見回すが当然エルの姿は認識できない
「エル、人型をとって顕現してくれる?声だけだと、不気味よ」
――――ふむ、仕方がなかろう
そして、黒髪黒目の背の高い痩せた青年が現れる
黒いコートを着ているため、全身黒づくめだと思う
「これが私の契約者にして、私の命の恩犬よ」
「そう、なんだ。うん、しっていたけど驚いたわ。恩人じゃなくて恩犬なの?」
「恩狼かな……?」
恩犬といったときエルににらまれたので言い直しておく
――――なるほど、知っていても手を出したら娘が消える。それを恐れて知りながらも手を出せずにいたのかつらいな
「ん?エル、そのくせ直しなさいとあれほど言ったわよね」
反射的に叱る
エルは、記憶と過去を読んだのだ。気を悪くするかなと思ってママを見た
「あら、知られちゃったのね。うん、そうなの。」
ママは心を読まれたのに平然としている
後なって聞いたことだが、魔女と呼ばれた少女はいつも心を勝手に読むわ、勝手に体つかうわ、勝手に未来を見せて帰るわ……だから、エルさんのは可愛いものよ。それに読まれて困るとってもうないもの
そう笑って言っていた
一体どんな人生を歩んでいたのだろう
「だから、ごめんなさいだったんだ」
私は結局黒崎家で、作業をすることに決めた
ただし、ママには羽矢や師匠にこのことと私が生きていたこと帰還したことを秘密にするように釘をさし手置くことはもちろん忘れない。
《神創りの魔女》やら、《闇姫》だとか呼ばれている少女は、同作者の別作品の登場人物です。その他の作品にもちらほら登場しては物語をかき回してくれるはた迷惑な少女です。




