第二十話「燃え盛る森林の中で」6
人為的な森林火災によって、激怒するであろうリンカの正義感を狙った作戦。
ここまではキャンベルの思惑通りに事が運び、リンカは集会所の惨状を目の当たりにして怒りに震え、目の前の魔獣と相対するに至った。
集会所には森林地帯を保護する目的で滞在する同胞の獣人族も少なくない。
同胞が遺体となって転がる光景を前に堪えられるリンカではなかった。
だが、得意の秘技を発動させ、速攻を仕掛けるリンカにさらなる脅威が迫っていた。
「これ以上、好き放題されるわけにはいかないから」
火柱が立ち昇り、抵抗を失っていく魔獣の姿を力強い目で見つめるリンカ。
目の前の魔獣を討ち取ったとしても、この戦いは終わらない。
無事に消火を完了させて森林火災がこれ以上広がるのを防ぎ、放火を行った犯人を逮捕して初めて森の平和が守られる。
そのことを認識するだけの理性と責任感を持っているリンカは気を抜いてはいなかった。
不意に背中を通して聞こえてくる、怪しげな足音。
それは段々と近づきつつあり、足音は震動を伴いながら徐々に大きく響いてくる。
研ぎ澄まされた集中力がすぐそこまで新たな敵が迫っている気配を知らせる。リンカは新たな脅威の正体を確認するため、緊迫感を維持したまま後ろを振り返った。
やがて森の中から姿を現す、二体の魔獣。
歪なことにその二体は二足歩行を行い、三メートル以上の巨体で小柄な体格をしたリンカに向かって歩みを止まることなく進んでいた。
仲間達の前で弱音を出してはならないと声を抑えるが生唾を呑むリンカ。
今まで、このほど強靭かつ巨大な身体を持つ二足歩行の生物を見たことはない。
衝撃を受けたまま、その巨大な魔獣から見下ろされたリンカは圧倒的な威圧感を味わうことになった。
「……何だこの生物は。ありえない、化け物じゃないか」
「リンカさん、危険です! この場は逃げましょう! 下がってください!」
「何処にこんな化け物が潜んでいたんだ。敵うはずがない」
救援にやって来たリンカのおかげで九死に一生を得た仲間達が集会所から恐る恐る姿を現す。
だが、燃え盛る魔獣のさらに向こう側、新たに出現した二本足で立つ怪物を見て顔色を変えた。
危機は去ってはいなかった。恐怖に歪んだ表情で見つめる仲間達。絶望に染まっていく彼らは両足を震わせ、戦意を完全に失って既に逃げることしか考えられないでいた。
もはや仲間達の協力は期待できない。
リンカは心を鎮め、次の瞬間には一人闘う覚悟を決めた。
「……皆さんは街に戻って、救援部隊を要請してください。急いで消火をしなければこの大切な森を失ってしまいます! ここはリンカが引き受けます! 急いでください!!」
怖気づいてはいけない。声を振り絞り、感情を込めてリンカは訴えかけた。
願いが通じたのか、仲間達は顔を見合わせ、大きく頷いた。
「……分かった。この場は任せる。リンカちゃん、死ぬんじゃねぇぞ」
「当然です。こんな不細工な化け物相手にリンカが負けるわけないでしょう?」
何とか作り笑顔で仲間達の期待に応えるリンカ。
目の前に迫る二体の魔獣の強さは未知数。
それでも戦わなければ森の平和は守れない。
リンカは最後まで笑顔を崩さず、森の中へと消えて行く仲間達を見送った。
「……リンカは一人でも多く無事でいてくれたらそれでいいよ」
大きく息を吐き、仲間達が去り、一人になった現実を受け止める。
静かな闘志を熱く滾らせ、両手に斧を持って構え直す。
リンカは敵が迫る前に、遠距離から牽制を兼ねた先制攻撃を仕掛けた。
両手に持った斧を器用に円を描くように魔獣に向かって投げた。
一投目は魔獣に届くことなく手元に返ってきた。
素早く次に投げ放たれた二投目は魔獣の巨体に当たるかと思われたが腕一本で弾き飛ばされた。
高い反射神経を持つ魔獣の前で、小手先の攻撃は通用しない。それを見たリンカは本気で戦わなければ生き残ることは出来ないと悟った。
「今までの害獣とは比べ物にならないくらいのプレッシャーだね。
大丈夫、リンカは逃げも隠れもしないよ。
さぁ、気が済むまでやり合おうか」
全力で向かっていく姿勢を崩すことなく立ち向かうリンカ。
そんなリンカに対して、今度は魔獣が攻撃を仕掛けてきた。
赤黒い肌色をした魔獣は高熱を持ったブレスを吐き出し、青白い肌をした魔獣は凍えるような冷たさを持ったブレスを吐き出したのだ。
命中すれば只では済まない放射攻撃をリンカは俊敏な跳躍で回避して、何とか隙を突いて懐から取り出した毒針を放つ。
しかし、隙を突いて放った毒針は命中しても強靭な身体に簡単に弾き飛ばされ、効果のほどは見えない。
一方で、途切れることなく放たれるブレスの勢いは凄まじく、回避運動を取っても同時に二体のブレスを回避するのは至難の業だ。
「身体が大きい分、動きが鈍いと思ったけど、そうでもないんだね」
何度も放たれるブレスを回避するため、木々の間を切り分け、障害物を利用して攻撃の機会を伺いながら一定の距離を取るリンカ。
だが、一気に接近を試みようとしたリンカの身体に冷たい息が襲い掛かった。
「くっ!! 思ったより身体に響くっ!!」
反射的に腕をクロスさせ、ダメージを最小限に抑えようと身体を丸めるが、突き刺すような冷気が全身を襲う。すぐに一歩引いてこの場を離れようと反転するが、すぐに高熱の炎が襲い掛かる。
「ああああぁぁぁぁ!!」
油断をしたつもりはない。それでも、広範囲に及ぶブレスにより、死角が少ない相手を前に仕掛けようとしたところを突かれた。
激痛が身体を襲い、体勢を崩されたリンカは地面を横に転がりながら倒れた。
右半身の腰から胸辺りまでの戦闘装束が焼け焦げ、鎖帷子も一部が溶け、火傷を負った肌が露出してしまう。
ゆっくりと迫る二体の魔獣を前に懸命に両足に力を込め、再び立ち上がる。
「はぁ……はぁ……はぁ……。
リンカはファイブスターナイツの一人だから。
強さを認めてくれて、こうして立ってるファイブスターナイツの一人だから。
化け物なんかに負けるわけにはいかないの」
これほどに脅威を感じる敵に出会ったことはない。
秘技を駆使したとしても、二体同時に相手をするのは難しい。
ここに至ってリンカは身体に負担の掛かる秘奥義を使わざるおえない状況に陥った。
「許してくれるよね。みんな、褒めてくれるよね。
リンカがリンカじゃなくなったとしても。
全力を出してこの森を守り抜けるなら!!」
秘奥義を開放する構えを取り、全身にオーラを纏い始めると、周囲の空気が一変した。
ファイブスターナイツとして認められる条件の一つである秘技の存在。
その秘技よりもさらに強力な秘奥義は歴代のファイブスターナイツの中でも使用できる者は限られてきた。
さらに、人間の限界を超えた能力を発揮することから、人体への影響が色濃くあり、後遺症を伴うこともある。
それだけに使用を制限されているが、命の危険を感じた際は例外として使用を許可されている。
今がその時であると、信じて疑わないリンカは全身全霊で力を込めて、秘奥義を発動させる決心を決めた。




