凛とした声が海原に浸透していく
凛とした声が海原に浸透していく。大祓祝詞を奏でるように紡いでいく。
「速川の瀬に座す 瀬織津姫といふ神、大海原に持ち出でなむ
持ち出で往なば、荒潮の潮の八百道の八潮道の八百会に座す
速開都比売といふ神、持ち加々呑みてむ 此く加加呑みてば
気吹戸に座す気吹戸主といふ神 根國、底國に気吹き放ちてむ
此く気吹き放ちてば、根國、底國に座す速佐須良比売といふ神
持ち佐須良ひ失ひてむ 此く佐須良ひ失ひてば、罪といふ罪は在らじと
祓へ給ひ清め給ふ事を 天津神 国津神 八百萬神々共に聞こし食せと白す」
するとどうだろう。まるで彼女のそれまで穏やかな海は突然モーゼの十戒のように瀬戸内海に向かって海が割れたのだ。その割れ目に敵の船は次から次へと飲み込まれ内海から外海へと吐き出されていく。
そして、その割れた先には海流が渦巻き、船を海底深く引きずり込んでいく。そして渦の中で人も船も粉々になりながら、海の底に藻屑となって吹きさすらう。そして、魂のみ死国(四国)に飛ばされ、ねんごろに弔われるのだ。
そんな中、イツセビコは右手を失いながらも、最後の力を振り絞り、風の鬼法を駆使して数十隻の帆船を何とか海の裂け目から逃したところで力尽きた。
「アマテラスに矢を向けたのが我が敗因ぞ!!」
そう叫んで絶命したと記紀には記されている。
この出来事こそ、神武東征を大厄災禍として四柱が祓った事実、名前のとおり海を織り畳み鳴戸の海まで流した瀬織津姫、鳴戸の渦となり海の底に飲み込んだ速開都比売、海底から根の国(死の国)に吹き放った気吹戸主、そして、根の国に魂を受け入れ、やがてすべてを無に帰した速佐須良比売。
禍と渦はよく似た字だが、ちなみに禍はネ(根の国)に、渦は水に巻き込まれる災難のことである。
国津神として神武天皇の前に立ちはだかった瀬織津姫を歴史から隠すために、記紀には瀬織津姫が登場することはないのだ。
そして、この敗走はイツセビコが言った通り、天津子である自分たちが、この地で祭事も行わず、西から東に攻める、すなわち太陽に向かって矢を放ったことが敗因があったとし、天津神の礼拝で加護を得て、昇る太陽を背に受けて日神の霊威を負うという神策をめぐらして、紀伊半島を回り熊野を超えて宇陀から中洲に進路を変更したのだ。
そして、南紀沖でも海難に遭い、二男も三男も失い、四男であったイワレビコがヒイロガネで鍛えた神剣を振い、八咫烏の道案内とアマテラスの加護を得て何とか中洲(奈良)に攻め上った。
それからも、イワレビコは天神憑依でアヌンナキの力を一時的に使い、無双して東奈良一帯を征服した。そして、再びスネナガヒコと対峙した。
3千人対3百人、圧倒的不利な状況の中、スネナガヒコはあらかじめ張り巡らせた罠に誘い込み、大軍を分断し、イワレビコとスネナガヒコは初めて一騎打ちの機会を得た。
イワレビコが正眼に構えた剣は朱色に輝き、スネナガヒコが持っている剣とは違った。そして一合打ち合った瞬間、光り輝く金鵄が飛び出し、その光がスネナガヒコ剣に纏わりつき、金縛りにあったようにスネナガヒコは身動きが取れなくなった。
「これは呪い?!」
スネナガヒコはその光の中に禍々しいものを感じた。
そして、スネナガヒコが感じた通り、イワレビコが持つ剣は鬼法で練成した剣にイツセビコが自らの血を吸わせた魔剣なのだ。この剣はアヌンナキの遺伝子を受け継いだ神剣。これが天神憑依の神事の実態だった。
しかし、その戦いを間近に見ていた総大将ニギハヤヒは天神子としての格の違いを知る。
これが俗にいう天神の表物で、ニギハヤヒはイワレビコを神と認め、イワレビコに集中していたスネナガヒコを隙だらけの背後から弓で射殺してしまった。
そして、ニギハヤヒはイワレビコに従順して、後に天皇の重臣の物部氏となるのだ。
もっとも、物部氏は後に蘇我氏と対立して滅ぼされる。しかし、八十物部と言われるように物部氏の子孫は全国に広がっていた。
形代崇よ、お前は十数年後に生まれたニギハヤヒとスネナガヒコの長女の直系であり、ここに集いし瀬戸ミズエ、開戸洋とミヒロ、吹戸主人、そして根戸ルリ、お前たちは我がチャクラを守護し、大祓いの神事を執り行う巫女の生まれ変わりである。
これが金龍から聞いた二六〇〇年前の出来事なのだ。アヌンナキの長子イツセビコはこの時死んだ。




