29幕:人形使いは宿命を背負う 下
「初めましてとでもいうべきかな?」
一瞬だけ垣間見えた幼い容姿から発する声はどう聞いても純粋な年相応の声だった。
見るからに純粋も無邪気さも持つ幼い男の子。銀色の短い髪に薄く染まった淡い肌。長袖のシャツに黒いパンツ、栗色の革靴やベルトに大きめのサスペンダー。それから小さな赤いネクタイと青い宝石のついたカフスとネクタイピン。家柄の良い格好をフード付きのローブで身を隠し、さりげない表情で僕たちを見下ろしている。
まるで人形のように整った男の子は得体の知れない不気味さを僕たちに植えつけているんだ。
それなりに長くなった冒険者生活。僕は数々の修羅場は色々と潜り抜けてきた。命を賭けて魔物と死闘を演じたことも一度や二度じゃない。悪魔のような筋肉の乙女との戦闘では己の尊厳すら奪われそうになった。小さな幼女たちに背中をこれでもかと踏みつけられ蹴られ罵られ天国を、、、いや地獄を味わったこともある。小さな魔王に顎で使われ続けたこともある。愛しいグリンティアの人を射殺すような視線で心を撃ち抜かれたことも数多い。普通の人なら致命傷ばかりの諸行なんだ。
なのに奴はそれ以外を何も感じさせない。小さく背伸びした子供だということ以外を感じさせないんだ。だからこそ怖い。怖いんだ。
「どうしたんだい?僕が会話をしようとしてるのにそんなに警戒しなくてもいいじゃないか、、、、そっかお兄ちゃんもしかして、、、くすくすっ、、、怖い?」
見透かした言動と態度。でもその言葉に子供らしさは感じない。むしろその小さな体躯の奥から漏れ出しているものの言い表せない何かは何だろうか?それが僕の警戒心を最大にするようにと警告するんだ。
「でも、流石は《最恐》《最悪》の愛弟子たちだよね。さっきので致命傷に至ってないなんて普通は考えられないよ。特に僕は君を確実に殺したつもりだったんだけど、、、、中々やるよね」
「「!?」」
「おっと間違えた。お兄ちゃんは殺したつもりだったんだよ、、、これで少しは安心かな、お姉ちゃん?」
「ふざけないで!!」
不気味さを見に潜める彼を前に一人前に立ったのはグリンティアだった。
体が言う通りに動かない僕を背後にして、、、、彼女は愛用の白銀の鞭を構えながら奴を睨みつけた。
「こんなことをしでかして何様のつもり?何を企んでるの?ここは何?その人形は何もの?」
「お姉ちゃん質問が多いよ。でも僕は嫌いじゃないよ。むしろ大好きさ、お姉ちゃん可愛いし綺麗だしね」
「私は大嫌いだわ」
「いいよいいよ。お姉ちゃん、世の中には『おねショタ』と『ツンデレ』という言葉があってね、、、僕はとっても大好物だよ。それに恋するお姉ちゃんみたいな人を僕に靡かせることに喜びを感じる人もいるんだ、、、確かそっちは『NTR』なんだってね。最近すごく流行ってるらしいんだ」
「そうなの?じゃあそれはありえないわね。私はシュガールを愛してるから貴方を想うことなんて絶対にないわ」
「うわぁお姉ちゃんって本当に彼のことが好きなんだね。僕ちょっと恥ずかしくなってきちゃったよ。でも僕はそんなお姉ちゃんが大好きだよ。だからお兄ちゃん、僕がお姉ちゃんをもらっても良いよね。最近の僕はNTRに興味があってね」
「冗談じゃない、、、グ、グリンティアは、、、絶対に渡さない!!」
「お兄ちゃんったらその出血具合だとあと十分くらいしたら死んじゃうから大人しく見てなきゃだめだよ。もう少ししたらお姉ちゃんは独り身で僕のものになるんだからね」
「ふざけないで。シュガール今の内に止血を、、、こいつは私が足止めするわ」
「僕はお姉ちゃんの乙女心もすごく可愛いと思うよ。だから相手にしてくれないのは悲しいよね、、、ただこれから少し邪魔になるから今は大人しくしていてほしいよ」
「それは出来ない相談ね、あなたみたいな子供とも大人ともとれない正体不明のガキ」
「しまった。僕としたことが忘れてたよ、ごめんねお姉ちゃん。僕の名前はバンドール、、、こう見えてまだ5歳なんだ」
「桁がオカシイんじゃない?」
「うぅんそれ以上かな、、、冗談だけど。でも僕は正真正銘の5歳児だよ」
うまい具合にグリンティアが時間を稼いでくれている。彼女が社交場で培ってきた経験は仕事柄、相手の性格や思考、その他諸々を瞬時に把握して手のひらの上で思う通りに誘導してるみたいだ。会話しながらさりげなく奴の情報を引き出している。
いつも僕が彼女に上手いように手のひらで転がされる訳だ。
「それでシュガールを殺して何するつもりなの?その人そっくりのゴーレムがどうせ何かの番人だとか、大昔の因縁を終わらせたいとか、世界を滅びから救うんだとか、御伽話いたいなこと言うんじゃないでしょうね?」
「え?凄いねお姉ちゃん。僕たちのことをもしかして、、、知ってる?」
笑顔のままの男の子から突然、強烈な殺気が迸しった。腕が背筋が全身に一瞬で鳥肌が湧くほどの恐怖を前にして、、、グリンティアが奴の悪意にのまれた。
「仕方ないなぁ。君、お姉ちゃんを殺してくれる?」
男の子のさり気ない一言で控えていた鈍い石のような人形がまっすぐに彼女に向かって動き出した。その目は赤く無機質で感情を感じさせない人工物。まるで心を閉ざした暗殺者が一歩一歩差し込んだ月光の線上をなぞるように彼女に近づいていく。
まずい。このままじゃまずい!!このままじゃ彼女が殺される!?ふざけるな!!僕が、、、僕が彼女を守る!!絶対に彼女をグリンティアを守るんだ!!
【人形召喚!!】
こちらに注視して視線を逸らそうとしない奴の死角に僕は呼び出した。崩壊した天井から差し込む月の光と分け隔てる周囲の闇が、はっきりと陰影を世界を分け隔てているその明暗差を利用してね。このタイミングなら躱せるわけがない!!
そうさ。
僕の最高の仲間で友人で相棒たち。
小さかった頃から隣にいてくれた、同じ時間を過ごした最高の親友を。
彼らならきっと僕の願いをグリンティアを守って、、、
【ホットル、コルドル、奴を、、、】
「お兄ちゃん?僕の友達に命令しないでよ」
ちょっと待ってくれ!?どういうことだよ!?
召喚陣から飛び出した二人は不意に動きを止め静止した。
まるで命を失ったかのように、、、その場に静かに突っ伏した。
冗談じゃない。早く早く奴を止めないと取り返しがつかないことに、、、
「ホットル、コルドル、奴を止めるんだ!!早く奴を!!」
微動だにしない二人を前に僕の何かが壊れる音がしたんだ。それも普段感じたことがないような物凄い速さで流れる水に何かが勢いよく崩れ壊れるように。
「お兄ちゃん僕の友達に命令するの止めてよ。これだから年取るととダメなんだよね、もう忘れたの?」
「!?」
「僕もお兄ちゃんと同じ《人形使い》なんだよ」
それがどうしたんだ!?ホットルもコルドルも僕の大切な親友なんだ。お前の友達じゃない!!お前みたいな奴に僕の相棒たちが操られる訳がない!!
「ただね僕はお兄ちゃんよりもすっごく凄い《人形師》なんだよ。人は僕のことを《旋律人形師》って呼ぶんだ」
僕より凄い人形師だって?
「そう。だから僕と同じ系統の能力を持つお兄ちゃんだけは邪魔になるんだよね、、、僕たちのね」
こいつはいったい何を企んでいるんだ!?ふざけるな!!
「教えないよ。だから僕の大事な友達の『ホットル』『コルドル』、、、お姉ちゃんよりも先に邪魔なあいつを殺してよ」
小さな二人が音もなく立ち上がり青く輝く刃が音もなく突き出された。
僕の前に立ち塞がったグリンティアの身体をまっすぐに、、、
瞳の輝きが消えたホットル、コルドル(。-_-。) 。-_-。):・・・・。
バンドール:5歳くらいの男の子にして《旋律人形師》(パペットマン)と呼ばれる人形使い。
謎の人形:鈍い金属のような石のような素材でできた人型の人形。永い間、鎮座していた模様。
ホットル、コルドル:ぬいぐるみ人形。シュガールの相棒たち。
グリンティア:シュガールの恋人。相思相愛の仲。




