ネモス谷の陽光花1 ~異形のグリフォン~
「ネモス谷?それはどこからの情報だ?」
「シルバーカードの冒険者が現地で依頼中に襲われたとのことです。幸い死者は出なかったのですが、全員が重傷のようです」
「なるほど、しかしあのモンスターはそこまで好戦的な種族ではなかったはずでは?」
「だからこそ異常なのであろう」
うるさいなぁ。なんてうるさいんだろうねぇ。目の前の豪奢な円卓で顔を付き合わせているジジィ共。王国連盟、略して王連の上層部、元老委員会。一昔前までは私服を肥やす糞共の溜まり場だったらしいけど、ここ20年ほどでだいぶ改善しているらしい機関・・・ってのは誰が言っていたんだっけかねぇ?ま、いいかぁ。
「ええい!一体どうなっているのだ?最近のモンスター活性化は!騎士団は何をしているのだ!」
おやおや、愚か者確定な台詞を。そんな言葉を垂れ流したって何にも変わらないっていうのにねぇ。まぁ、具体策があるならまだマシだけど。あるわけないよねぇ。
「バレン委員。今は議題のモンスターへの対応です。他の方々も特に質問等なければ話を次に進めたい。よろしいか?」
ざわついていた空気がピタリと止まる。いままで喚いていた奴らと比べて数段若さを宿した声。声の主は僕の隣にいる女。ううん、痺れるねぇ。でもバレン委員の目が怖いねぇ。ふふ、無能のくせに態度だけはでかいんだから。
「なっ!騎士団長と言えど、元老委員の討論を中断するのは礼に欠けているのではないかね?」
「大変失礼致しました。早急に騎士団の面目躍如の機会を与えていただきたい一心での発言でして」
『お気を悪くさせてしまいましたら申し訳ない。それで、対応についてを検討したいのですが?』飄々とそう言いのける隣の女に内心爆笑する。いやぁ、流石は騎士団長殿!バレン委員とその他2、3人の委員の顔ときたら!青筋立ててるじゃないか。痛快だねぇ。
「貴様・・・!」
「バレン委員。それと、ロックベリー団長。そこまでになさい。次の議題も控えています」
バレン委員の言葉を割ったのは一人の老女。といっても、よぼよぼの老婆の印象は一切無く、まるで背筋に棒でも入れたかのような見事な姿勢と、実にそれに合った凜とした声音だ。
「委員長権限で決めさせていただきます。今回のネモス谷の一件は騎士団に一任します」
有無を言わさぬ圧力。流石は委員長を張っているだけあるねぇ。僕が感心していると、老女・・・委員長は僕に目線を向ける。ん?何かねぇ?
「改めてになりますが、“それ”の手綱はロックベリー団長に任せます。随時報告、連絡、相談は怠らないように。もし不祥事等あればそれ相応の処置が下ることを忘れてはいけませんよ?」
『それでは次の議題に移りますよ』委員長がそう言うと、この話は終わった。団長殿の横顔を伺うと、ちょうど向こうも同じことを考えていたようで、バッチリ視線がぶつかった。
「・・・“それ”扱いは酷くないかなぁ?」
「黙れ。くれぐれも、問題は起こすなよ?」
まるでゴミを見るかのように冷たく僕を一瞥する団長殿。次の議題の討論を始めた円卓に背を向け扉へ向かう。ふぅ、置いていかないで欲しいねぇ。
○
鎧猪パニックから早一週間。俺とアスティアは馬車に揺られ、中央都市からやや北方にあるネモス谷という場所に来ていた。
「ネモス谷って久しぶりじゃない?前に来たの半年くらい前?」
既に馬車の窓から見える景色が森林に変わっている。谷に近づいている証拠だ。俺は隣のアスティアに視線向けながら腰のポーチからグミを出して一つ口に放った。うん、ジュースィー!
「まあ、ネモス谷ってそこそこモンスターとの遭遇率高いし、今回みたいに報酬が高めじゃないと中々足を運ばないしなぁ。ほら、俺達って安全第一とコツコツやろうがモットーだし」
グミをもう一つ取り出し、アスティアに渡すと嬉しそうにそれを口に入れ、再び景色を見て静かになる。子供か。物が口に入ると黙るって、子供か。
今回の依頼は陽光花の採取。陽光花ってのは、太陽に近い場所に生える植物で花弁には炎熱系魔力が蓄積される。一つの相場が大体100G以上で、良質な物は300Gの高値が付くこともある。今回向かっているネモス谷は切り立った崖が密集しており、太陽光を浴びるにはもってこいの場所。つまり、陽光花の生殖場所として有名なのだ。
「ノルマはいくつだっけ?」
「確か、10本だったっけか?まあ、ここならそう難しいことじゃないだろ。問題はモンスターの方だ」
馬車に揺られながらネモス谷に生息するモンスターを思い出す。確か、コボルトに中型のロックイーター、あとは鳥系のデスクロウとかか・・・まあ、その中でも一番気をつけておかないといけないのは、なんと言っても・・・
「グリフォンだね」
「ああ、間違いないね」
アスティアの言葉に大きく頷く。そう、ネモス谷といえばグリフォンだ。正確には、谷の食物連鎖の頂点に君臨しているのがグリフォン族だということ。
上半身部分が鳥、下半身部分が獣のモンスター。その姿は雄々しく、モンスターの中でも抜群に人気と知名度が高い種族と言っていい。種類によっても差はあるが基本的には穏やかで気高く、殺戮を目的として人間に危害を加えることは極希であり、その点も人気の秘訣だろう。グリフォンさん、ぱねぇ!
つまり、ネモス谷で採取を行うということは、グリフォン様を怒らせずに済ませるというのが鉄則なのである。なんと言っても、グリフォンの戦闘力。平均C・Lv300以上は下らない。基本的に知能が非常に高く、更に個体によっては電撃のブレスを吐いたり、【威圧】スキルを持っていたり等、一頭が強いの何の!噂では人の言葉を喋る個体も過去に確認されたとか何とか。
「とにかく、グリフォンに警戒される行動はしないようにしよう」
「当ったり前でしょ!本当に気をつけてよ、ジェド」
俺達の会話が終わったタイミングで馬車も停まる。ネモス谷に一番近い馬車停に着いたのだ。よっし、仕事行くか!
○
「ジェドっ、大丈夫?」
「危なかった・・・ギリだった」
場所は見晴らしのいい谷の中腹。少し開けた岩場。そして、目の前には鳥の上半身と獣の下半身をした体長2m程のモンスター。すっごい翼を振り乱しながら滞空してこっちを見ている。はい、どう見てもグリフォン様です本当にありがとうございました。
どうしてこうなったんだっけ?おかしいよ?だって谷に入る前に確認してたもん。しっかり確認出来てたもん!
「ジェド、また来るよ!」
「くっ、そ!」
ショートソードを鞘から引き抜き、構える。とにかく、切り抜けるしかない!目の前のグリフォンが上空に飛び上がり、急降下。俺目掛けて襲いかかってくる。速けどレンジャーの眼を舐めんなよ!
「ア、ス、ティアぁあ!」
グリフォンの体躯を左に避けながらショートソードをすれ違いざまに振り抜く。しかし、空振り。やはり知能が高い!これくらいの迎撃は余裕で避けてくる。でも、本命は俺じゃないのよ!
「ブレイブブースト!」
アスティアの声が聞こえた直後、グリフォンが大きく身を戦慄かせた。流石、危機察知能力も高い。でも遅い。既にグリフォンの右側面にはアステァが突っ込んでいた。全身にオレンジ色の光を纏っている彼女の動きに、グリフォンは反応出来ていない。
「せいっ!」
「グワァア!?」
アスティアが鞘に収まったままのミドルソードで、思い切りグリフォンの首をぶん殴る!そのまま、地面を転がっていくグリフォン。うおー!すっげー!引くわぁ。戦闘って点からだと心強いけど、人間がグリフォンをしばき倒すとか・・・
「撤退すんぞ!」
「オッケー!って言いたいんだけど、もうちょいダメージ入れないと厳しいみたいだよ」
アスティアに次の行動を伝えるが、既に体勢を立て直したグリフォンが鋭い眼光で俺達を補足している。くそ!何なんだこのグリフォン。そもそも交戦した経緯からがおかしい。本来グリフォンは自分の縄張りを持ち、その縄張りに入った生き物に対して威嚇行為を行う。そこでこちらが引けば良し。引かない場合は戦闘突入・・・だったはずだ。しかしコイツは警告一切無しで、谷に入って探索をしていた俺達を襲撃した。しかも、上空からいきなり。
「ジェド、アイツおかしいよね?」
「ああ、【錯乱】状態ってわけでもないみたいだしな。あと、もう一個気になってたとこがある」
「うん。あのグリフォン、珍しい毛色してるよね」
そう。それだ。俺の知っている通常のグリフォンは程度の違いこそあれ、一定の体毛をしている。もしくは、下半身が虎柄、豹柄等。まあ、大体が茶、もしくは黒を基調とした体毛だったはずだ。しかし、今目の前で昂ぶっている個体は違う。
「白いグリフォン・・・」
アスティアが呟く。そう、目の前のコイツは、真っ白な体毛をしているのだ。
「それにアイツ、最初から手負いだ。どう見るよ?」
依然として敵意を剥き出しにしている白グリフォンを視界に収めつつ、俺とアスティアは臨戦態勢を取る。色々考えるべきことはあるが、一番は身の安全だ。相手が敵対行動を取っているなら警戒を緩めることはしてはいけない。
「推論はあるけど、まずはここを切り抜けるべきでしょ?」
「違いない」
「クウゥウアアアアアっ!!」
白グリフォンが雄叫びを上げる!今度は翼を畳んで、一直線に飛び掛かってきた!グリフォンは空中戦だけでなく地上戦での運動能力も凄まじい。まずは機動力をどうにかしないと!俺は左に、アスティアは右に跳んで突進を避ける。
「そう、りゃ!」
籠手型短弓に矢を番えて、放つ。狙いは特にない。当たればよし!
「クゥアっ!グアアゥ!」
「避けるよな、そりゃ!追撃!」
俺は素早い身のこなしで矢を避ける白グリフォンに次々と矢を連射する。これでも精度、速度には自信がある。そして、当然狙いもある。
「横っ腹がら空きぃ!」
矢に気を取られている内にアスティアが接近し、身体強化した状態のまま鋭い跳び蹴りをかます!ううん、格闘家も真っ青の一撃だね!と思ったのも束の間。白グリフォンの身体は少し浮く程度で、地面に爪を食い込ませその場に踏み止まった。おい、マジか!?
「グゥ、ッグウウアアァアア!」
そして反撃!逞しい前足を振りかざし、蹴りの反動で浮いているアスティアに向けて、鋭利な鉤爪を振り抜いた!
「ぐっ!」
「アスティアっ!」
鉄と鉄が削り合うような歪な音が響き、アスティアの身体が吹き飛ぶ。剣でガードした?いや、どっちにしてもあの勢いはまずい!?咄嗟に跳んでいく軌道に身体を割り込ませ受け止めるが、勢い強ぇえ!?
「っお!?ジェド、踏ん張れ!」
「ぐぉおお、あいよっ!!」
自分も身体のコントロールを持って行かれそうになるも、ギリギリで両足に力を込めて体勢を整えて踏ん張る。アスティアはミドルソードを地面に突き立てて勢いを殺す。二人の共同作業ってヤツだね!そうこうやってる間に勢いは死に、息を吐き出す。っぶねぇー!岩肌に激突するとこだった!大ダメージじゃねぇか!
「ふぅ、すげぇ威力だったけど。やっぱあいつ限界みたいだね」
大きく息を吐き出しアスティアが言った。今の一撃で20m程距離が離れたが、その先で白グリフォンがこちらを睨みつけ、唸り声を上げている。しかし、それだけだ。追撃がなく、足取りもふらついている。うん、ヘロヘロだ。
「たたみ掛ける・・・か?」
「ううん、引こう。あの手傷なら追って来れないよ」
目的は陽光花なんだからね。迷い無くそう言うアスティアを見て、何だろう・・・この感慨。出会った頃の彼女を知っているだけに、何て言うか痺れるね!あの頃は触れるもの皆傷つける勢いだったのに・・・っ!
「よし、んじゃこのままトンズラするか!」
「うん!」
その時だ。俺達の上空を巨大な漆黒が通り過ぎた。巨大な影に、俺達の影が飲み込まれた瞬間、とんでもない悪寒が全身を駆け巡る。そして、漆黒が吼えた。
「ギルルっ、ギッオオオオオオオオっ!!」
アスティアがまるで獣のように身を低くして、上空を睨みつける。俺も同様だ。完全に臨戦態勢。何が起きても対応できるように神経を研ぎ澄ませる。俺もアスティアも同様に、あれを脅威と感じたのだ。
「まったく、陽光花どころじゃないね。どうなってのさ?さっきから」
鋭い眼光で上空を旋回し、徐々に高度を下げてくる脅威を見定めるアスティア。その全身からは警戒の雰囲気が全開で吹き出ている。味方ながら、とんでもない圧だ。流石は勇者様。
「俺に言われてもね。とりあえず、さっきと同じだ。命が最優先で、切り抜けるぞ!」
ショートソードを無造作に構え、身動きを重視した構えを取る。とにかく、初動でミスるわけにはいかない。アスティア同様、俺も最大の警戒をしながら、上空の脅威から目を離さない。
「白の次は、黒かよ」
上空を悠然と飛ぶ脅威は全身が闇のように黒い・・・漆黒のグリフォン。アスティアが吐き捨てるように愚痴って数秒後、そいつは雄叫びを上げ、地上に向かって漆黒の電光をぶちまかした。