40 しばしの別れ
キャサリンからエドワードが戻るという報告を受けた翌日。
いつものように午前中の訓練を終えて、エドワード邸に戻ると、なぜかその日は数人の兵士と執事やメイドたちが揃って、俺たち6人の帰りを出迎えていた。
皆の出迎えの中央に、エドワードがいるのを見つけたキャサリンは、俺たちから離れて、エドワードのところへ走り寄り、飛びつくように抱き付いて、お帰りの挨拶をする。
ブルーリバーの統治者であり、キャサリンの養父・エドワードが、コッテに向けて出かけてから、すでに半月くらいが経過していた。
レウはラウラと、俺は幸介、蛍と、仲の良い養父と養女の微笑ましい光景を見ながら談笑し、ゆっくりとエドワードたちの元へと歩みを進めた。
「レウ様。遅くなりまして、誠に申し訳ありません。ようやく準備が整いました」
「相変わらず堅いなー、エドワードはん。そんなん、やめてや。レウでいいって、ゆうたやろ」
目の前に来たレウに対して、傅くエドワード。お詫びを交えて、準備が整ったことを報告する。レウは肩を竦めてひとつため息を吐く。
「明日には、ご出発の準備が整いますので、ご準備をお願いいたします」
「ああ、分かっとるわ!」
緊張を解く様子もないエドワードに対して、レウは投げやりな態度で応対する。それを見かねたのか、ラウラがエドワードに声を掛ける。
「エドワードさん、お疲れさま。明日の朝出発ね。キャサリンちゃんから聞いてるから大丈夫よ」
「はい。ラウラ様。朝の7時に内門の外に、馬車をご用意いたしますので、よろしくお願いいたします」
「うふふ、本当に堅いのねー」
「そやろ! ……まあ、ええわ。そんじゃ、明日な」
レウは、すたすたと玄関の方へと進み、軽く右手を上げて挨拶し、ラウラも一礼して、レウに続く。
「エドワードさん、お帰りさない。お仕事、お疲れさまでした」
「どうも。お疲れさまでした」
「おっさん。元気そうだな。ガハハハハハ」
「ありがとうございます。皆様もお元気そうで何よりです」
俺たちも、蛍、俺、幸介の順に一声掛けて、軽く頭を下げてレウたちを追って玄関に向かう。エドワードは、ラウラが玄関に向かうと、ふぅっと一息吐いて立ち上がり、笑顔で俺たちを迎えてくれた。
◆◇◆◇◆◇
午後からの訓練は、レウとラウラは出発の準備があるからと、オールコック邸に残り、彼女たちが来た以前のように俺、蛍、幸介、キャサリンの4人で行うことになった。
誰が先に一撃を入れるかのゲームのような準備運動では、蛍が一瞬、他に気を取られ、俺の蹴りを無防備に左肩に受けて吹っ飛び、地面に倒れた。
「え! ほたる! 大丈夫か?」
「「せっ、聖母様!!」」
ルーク、ニコラスが慌てて蛍に駆け寄り、とんでもないことをしでかした犯人を見るような、刺すような視線を俺に向ける。いやいや、訓練なんだから、それは、勘弁してよと思ったが、いつもの蛍なら避けられるスピードだったので、心配しながらも、俺は首を傾げた。
「おい、おい。ほたるならあの程度の蹴りはなんでもないだろう。それをまともに受けるなんて……。どうした? 体調でも悪いのか?」
「ほたる、大丈夫? 体の調子が悪いなら、言ってね」
幸介とキャサリンも、俺の蹴りは、いつもの蛍なら避けられるものとの見立てで、蛍の体調を心配する。
「あたたっーーー。負けちゃったね。でも、大丈夫、体調はなんともないわ。ちょっと、視線を感じて、そっちに気を取られて……」
「そうなのか? 誰かに見られてる?」
「なんですの、それは? ファンの人かしら?」
「そういえば、前にもそんなことがあったな……。キャット・タウンからの凱旋時だっけ?」
「ええ……。同じような感じだったわ」
辺りをキョロキョロと見回して、怪しいヤツがいないかを確認する。幸介たちも同じように辺りを見回すが、遠巻きで見てる観客は、いつもの見知った顔ばかりであった。
「ニコラス! 周囲の兵士に警戒するように命じろ!」
「はっ!」
蛍の言葉を聞いた護衛のふたりは、周囲の警戒レベルを上げ、ニコラスは周りにいる数十人の兵士たちのところに命令を伝えに走る。
「心配かけて、ごめんなさい。もう大丈夫だから、訓練を続けましょう」
「おう! そうだな。久しぶりにこっちの練習に戻って、少し勘が鈍ってたんだろうな、きっと。ガハハハハハ」
「まあ、そうですわね。ほたるにも、そのくらいの欠点があったほうが、女の子らしくて、可愛いいですわ」
「キャサリーーーン! えいっ!」
「おっと! アハハハハ。やっぱり鈍ってますねー」
立ちあがってパンパンと土を払い、皆に謝る蛍をキャサリンがからかう。蛍はキャサリンの言葉を受けて頬を染めて怒り、不意打ちのようにキャサリンに回し蹴りを入れる。
しかし、キャサリンはバックステップで後ろに飛び跳ねて、軽く蹴りを交わし、笑い声を上げる。
「もーー。今度は本気でやるからねー!」
怒った蛍はそのままキャサリンと組手をはじめ、それが合図となったように、訓練が再開された。
俺は、ひとりで、剣を持って型の練習を始めたが、さっきのことが気になっていた。
蛍は幸介たちが言うように、少しの間こっちの練習に参加しなかったからといって、俺の蹴りをあそこまでまともに受けるほど勘が鈍ったりする訳はない。
ましてや、可愛く見せるとかで、手を抜くようなことなどあり得ない。それは、俺が良く知っていることだ。
となると、それがどんな理由かは分からないが、確かに蛍に怪しい視線を送った者がいたのだろう。俺たちやルークたちに気付かれずに。
もう一度、練習を休止し、周囲を見回すが、やはり怪しい人影を確認することはできなかった。
蛍の気のせいならいいのだが、今後はもう少し、周囲を注意したほうがいいなと、このとき心に決めた俺であった。
◆◇◆◇◆◇
翌朝、いつも練習している内門の外の平地に集まった部隊は、第七世界の英雄レウを護衛する部隊らしく荘厳なもので、グスタフ隊長率いる約3000の兵士が、一糸乱れぬ隊列で出発の時を待っていた。
目的地であるコッテは、ブリーリバーから南へ約150キロいったところにある都市で、人類の領地内にある。つまり、壁から外に出ることはないので、危険は少ない。にもかかわらず、この大部隊である。
すべてが、人類にとってかけがえのない人材・天才レウの重要性を物語っていた。
大部隊であるためか、コッテに向かうには、ブルーリバーの内壁に沿って、ぐるりと回って南下するルートを取るらしい。
蛍、幸介、キャサリンと一緒にレウたちを見送りに来た俺は、しばしの別れの挨拶を交わし、出発の時間となった。
「そんじゃ、ま、うちらはコッテでお仕事に励んでくるんで、またな!」
「じゃあね、みんな、ブルーリバーをよろしくね!」
「おう! 任された。ガハハハハハ」
「はい! では、気をつけて」
「はい! レウさん、では、よろしくお願いします」
蛍の挨拶にレウは、軽く右手を挙げて応え、馬車に乗り込む。
「進めーーーー!!」
グスタフの大声が合図となり、中央のレウとラウラが乗る馬車を守る3000の兵士が、コッテを目指して、ブルーリバーを出発した。
「レウたーーーん。お姉さん、待ってるから、早く帰ってきてねーー!」
「アホーーーーーーーーー!」
キャサリンがハンカチを持ち、涙を拭う真似をしながら、可愛く飛び跳ねて、レウたちを見送る。
俺たちは、その様子を見て、苦笑しながらも、堂々とした部隊が行軍するのをしばらく眺めていた。




