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世紀末の七星  作者: 広川節観
第二章 蠢きだす世界
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41 狙われた蛍

 レウたちが去ったブルーリバーは、警備兵の数も減り、緊張の糸が解けて、小休止をするような雰囲気が兵たちの間に漂っていた。


 ルークとニコラスだけは、いつも通りに辺りを警戒し、敵を威嚇するような張り詰めた気配を滲ませていたが、街全体は平穏だった日常に戻っていた。


 俺たち4人は、レウがいない食事に少し寂しさを覚えながらも、平地での訓練とオールコック邸を往復する日々を過ごしていた。


 そして……。


 レウたちが去ってから、3日後。午前の訓練中に、その事件は起こった。


 「ほたるっ! 危ないっ! ……痛っ!」


 「っ! 聖母様!」


 「ニコラス。後ろ、後ろだ。聖母様の盾になれ!」


 蛍と向かい合って組手をしていた俺が、遠くで何者かが投げた光に気が付き、めいっぱいのダッシュを掛けて、蛍に飛び付いた。


 右上腕に痛みが走ったが、そのまま、蛍の上に覆いかぶさるように倒れ込む。


 ルークが慌てて、大声でニコラスに命令を出し、すぐに得物が飛んで来たほうへ突進して行き、ニコラスは両手を広げて腰を落とし、倒れ込んだふたりを敵から遮った。


 蛍を狙った得物は、槍の穂先のような鋭い刃先を持った打ち根で──羽根のついた手裏剣──、少し離れた場所で、地面に突き刺ささっていた。長さは30センチメートルくらいだろうか。


 「おい、どうした!? ほたる! 達也!」


 「っ! 大丈夫だ。掠っただけだ。それより犯人を」


 「何ですの? あっ! あっち、内門のほう。あの黒いやつ」


 「やろう、ふざけやがって! 行くぞっ! キャサリン!」


 「はい!」


 少し離れたところにいた幸介たちも異変に気が付き、こちらに駆け寄って来て、キャサリンが敵を見つけ、すぐさま後を追う。


 「ち、ちょっと……。達也!」


 「あっ、あっ! ……ご、ごめん」


 「ふーーー。まあ、いいわ……。いあっ! 達也! ケガ、血が出てる。見せて」


 蛍に覆いかぶさり、まるでこれからキスでもするように顔を近づけていたことに気づいた俺は、慌てて体を起こして、謝る。


 ようやく上体を起こせた蛍は、少し顔を赤らめながらも、一息吐いたかと思うと、血を見つけて、小さな悲鳴を上げて、手を伸ばす。


 「こんなの平気だよ。掠り傷だ。それよりあの黒いやつは何者だ?」


 「ダメ! 見せて!」


 確かに少しズキズキしていたが、なんでもないと俺は強がる。


 蛍はそれを強く制して、俺のシャツをまくり上げ、自分の袖部分で撫でるように血を拭き、ケガの状態を食い入るように見つめる。


 隠しきれない切り傷が現れ、蛍の表情が、みるみるうちに青ざめていく。


 「…………ごめんね、ごめんね。あたしのせいだよね。でも……、でも、なんで……」


 「謝らなくていいよ。本当に大丈夫だから。こんなの唾でもつけとけば治るよ。気にしなくていいよ。ほたるはさ、笑顔でいてくれよ」


 「う……、ん……、ありがとう……」


 蛍は、無理やり作った笑顔のままで、零れ落ちそうな涙を、天を仰ぎ見て、それから首をふるふると振って、振るい落とす。


 いくつかの光の粒が、キラリキラリと輝いた。


 「ふぅーーー。ふんっ! よしっ! もう大丈夫よ。あたしたちも追いましょう」


 両手で頬を叩き、ひとつ気合を入れる蛍。


 すぐさま勢いよく立ち上がると、パンパンとお尻の土を払う。そして、両手を額にもっていき、前髪をさかんに左右に流す。


 蛍の様子を見ながら、右上腕の切り傷に布を巻き、簡単な応急処置をして、俺は立ち上がった。


 「幸介たちが追っているし、キャサリンがいるから捕まえられるだろう。ほたるはここにいてくれ! ニコラス、あとは……」


 「いや! そんなの絶対にいや! 一緒に行く」


 「そうか……、分かった。一緒に行こう」


 「うん!」


 「せ、せ、聖母様、お待ちください! おい、お前ら、聖母様を守れ!」


 「「「はっ!」」」


 幸介たちが追いかけているとはいえ、蛍を狙ったやつが、まだその辺にいる状況で、蛍を一緒に連れて行くのは、危険だ。


 だが、蛍は、強い意志を持って、それを拒否し、傍にあった弓と矢筒を装備して、準備を整える。


 蛍の真剣な表情と瞳をじっと見つめる。前を向いていたいという強い意志を持った瞳を見た俺は、一緒に行くことに同意するしかなかった。そして、すぐさまショートソードを腰に携える。


 ニコラスが、いつものように慌てたが、すぐにあきらめ、周囲に集まってきていた兵士たちと、蛍を守るSPのように周りを固める。


 こうして、俺たちは、幸介やルークたちが敵を追跡して行った方へ、急行したのだった。



     ◆◇◆◇◆◇



 敵は内門の中に入って逃げようとしたらしく、俺たちも内門に入って、住民の騒ぎ声が聞こえてくる方へ走る。


 しばらく行くと、両側に背の低い家が立ち並ぶ、道幅が10メートルくらいある場所で幸介を見つける。


 幸介は道の左側で、木箱のようなものの上に乗って、さかんに屋根の上を見て首を動かしている。


 「幸介! 敵は?」


 「おう、来たか! なんで、ほたるまで。お前はバカか!!」


 「違うよ! あたしが、無理を言ったの!」


 チラリとこちらを見て、一団のなかに蛍を見つけた幸介は、すごい形相で俺を睨みつけて怒鳴ったが、俺が反応するよりも早く、蛍がすぐに応えを返していた。


 「バカが!」


 幸介は納得してないようだったが、すぐに、屋根の上に視線を戻した。


 俺も傍にあった木箱に乗って、屋根の上を見てみる。


 そこでは、キャサリンが敵と戦っているようで、上空にふたりの姿が交差しては、離れて見えない死角───飛んだときには見えて、しゃがんだときには消える──に消えていた。


 時折、シュッ! シュッ! キンッ! キンッ! という音が響いていた。


 屋根の上で、今の敵と戦えるのは、俺たちのなかでは、キャサリンだけである。


 何もできない自分に腹が立つ。


 幸介も、この状況には、かなり焦れて、イラついているだろう。


 「ねぇ、達也! この樽をふたつ立てて、抑えていてくれない?」


 「まさか、狙うのか?」


 「キャサリンひとりを危ない目に合わせられないわ。早くやって。ニコラスもお願い」


 確かに蛍なら、樽の上からでも狙えるかもしれない。しかしいくら樽をふたつ並べたからといって、足場は不安定になる。それに、こちらから狙えるということは、敵の格好の的になる危険性もかなり高い。


 敵はキャサリンと同じように手裏剣やナイフのような投擲武器を得意としている。


 「いや、しかし、それでは聖母様が無防備に……」


 ニコラスも分かっているようで、蛍を止めようとする。しかし、そんなニコラスを蛍が睨みつけ、絶対に譲らない姿勢を見せる。


 「よしっ、分かった。ニコラス、樽を4つ並べよう。俺が、敵と蛍の間に入って、もし敵の攻撃で、武器が飛んできても叩き落とす。蛍は、俺の肩越しに狙ってくれ。それでいいな!」


 「うん。ありがとう。達也、ニコラスお願い」


 「はっ! 分かりました。お前ら急げ!」


 先に地面で足場を確認し、4つの樽を蛍用のは前後に、俺用のは左右に、丁度、T字型になるように並べる。


 すぐさま樽に乗ると、屋根の上の視界が開ける。


 キャサリンも敵も肩で息をしながらも、戦いは続いていた。


 すでに投擲攻撃から短刀での戦いに移っていて、敵は短刀を両手で扱い、回転しながらの連続攻撃などを繰り出し、キャサリンは、短剣ですべて弾いたり、バックステップなどの軽業でこれを交わしていた。


 驚いたことに、ふたりの力は拮抗しているようで、あとは体力勝負になっているように見えた。


 このまま戦いが続けば、キャサリンが勝てる確率もあるが、最悪、双方共倒れやキャサリンが倒されたり、大けがを負いかねない。


 実力が五分五分ということは、勝負の行方は時の運。どちらに転んでもおかしくない。つまり、事は一刻を争うレベルであった。


 「ほたる、急げっ!」


 「うん! 分かってる」


 正面にいる敵の動きに注意しつつ、樽の上に乗って足場を固めはじめる蛍をチラチラと見ながら、キンッ! キンッ! と時折響く戦いの音に、俺は焦りを感じはじめていた。


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