23 ゴブリン王の陰謀
中央世界の大陸中央付近(7の右側の斜め部分の西側中央付近)に、三方向に切り立った崖があり、難攻不落と名高いゲック・トリノ城がある。
ゲック・トリノ城は、ゴブリン王ゴドルフの居城である。
海が近くにありながら、標高は200メートル(高層ビルの約40階)もある天然の要害に聳える堅城で、ゴブリン軍自慢の本拠地であった。
城には、立派な主塔、凸凹の|のこぎり型の狭間、弓用の狭間窓などがあり、幅と深さのある空堀と長い跳ね橋を備えていた。
しかも、城門への道は、道幅が広いところでも10メートルしかない曲がりくねったもので、狭いところは3メートルあるかないかである。
大軍勢では、進軍すら難しい、まさに最終防御拠点に相応しい城であった。
そのゲック・トリノ城、王の間にひとりの兵士が入ってきた。
王と兵士は、まるで閻魔大王と、地獄に送れらてきた罪人のようなスケールの違いがある。
王は、もちろんゴブリン王ゴドルフである。
身長は2メートルを越えていて、下顎から伸びる立派な牙と強靭な体躯を誇り、チェインメイルを着て、肩や胸部分にはプレートを纏っている。
武器としては、身長と同じくらいの長さのウォー・ハンマーを使いこなすオークだった。
ゴドルフは、1対1ならドラゴンとも渡り合える力があり、テニスボールかと思える大きな眼で睨まれれば、兵士たちが震え上がるという、強さと威厳を持った王であった。
彼らのなかでのゴブリン族という括りは、人類のそれとは違っていて、広い。
小鬼のようなゴブリン、高い鍛冶技術を誇る武器職人のドワーフ、戦士として、その力を発揮するオーク、妖精の姿で手先が器用なノーム(不思議な術を使う者もいる)が、すべて同じゴブリン族であった。
これは、人類が同じ祖先から別れ、何千、何万もの時を経て、白人がいて、黒人がいて、東洋人もいるというように、別れているのと同じことであった。
ただ、中央世界のゴブリンたちのこれら種族の割合は、小鬼のようなゴブリンが大多数で、実に7割を占め、次にドワーフが2割程度、ノームとオークは一握りともいえる数で、合わせても1割弱にしかならなかった。
ゴドルフは、この割合が不満で、我と同じオークが7割なら、爬虫類ども(竜人たちのことを彼らはこう呼ぶ)に、好き勝手はさせないのにと、そのことを考えては、いつもため息をついていた。
◆◇◆◇◆◇
王の間に入ってきたのは、7割のゴブリンのなかでも、優秀なほうの兵士であった。
王の前まで来ると、傅いて、少し高い檀上の椅子で、ひじ掛けに肘をついて頬杖をついているゴドルフに向かって一礼をして、報告をはじめる。
「ゴドルフ陛下。第三親衛隊長シュタイン、偵察の任を終えて、ただいま戻りました」
「ご苦労。して、どうだった? 壁の様子は?」
「ハッ、いつもに増して警備兵が多く、うかつに近づかない状態で……」
「フン、それで? おめおめと帰って来たというわけか?」
つまらない報告をするなよ、とゴドルフの眼がきらりと光り、シュタインはビビって、視線を床に落とす。
「い、いえ、そんなことは……」
「なら、早く言え! 我は、言い訳を聞いている暇などないのだぞ」
「も、も、申し訳ありません。突入部隊を編成して行かせたところ、やたらと強いヤツが出てきて、あっという間に全滅いたしまして……」
「強いヤツ、全滅だと……? あそこに、そんなヤツがいたか?」
「はい。見たこともない女がふたりいて、そいつらが……」
「こ、この、愚か者が!! 仮にも我らの親衛隊長を名乗る者が、女にやられただと。ふざけるのも、たいがいにしろ!!」
あまりの不甲斐なさに激怒したゴドルフは、横のテーブルの上にあった木の実が載った皿を、木の実ごと投げつけた。
だが、皿が割れ、木の実がばらまかれる音は、ゴドルフの怒鳴り声の前では、かすかな雑音にしかならなかった。
「ひぃ! ご、ご勘弁を……。お許しくださ……」
シュタインは、傅いていた状態から、土下座に姿勢を変え、粛清されるのではないかという恐怖で肩を震わせ、声が掠れていた。
シュタインの姿を、テニスボール大の眼で確認したゴドルフは、「フー」とため息をひとつつき、新しい策を命じる。
「フン、もう、いい。お前ではラチがあかん。あいつを使う」
「あ、あいつとは?」
「地下牢に一匹いるだろう、あれを使え!」
「しかし、陛下、あいつは裏切る危険性がありますが……」
「そんなことは言われなくても分かっておるわ。間抜けめ! なんのために、今まであれとは別に、家畜を飼っておったのだ」
「あっ! 裏切れば、家畜の命はないぞ! ですね。さすがでございます。御見それいたしました」
「フフフフフ、そういうことよ。行けっ!」
「ハッ!」
シュタインは、なんとか粛清を免れて、少し元気を取り戻し、汚名返上とばかりに急ぎ足で部屋を出ていく。
「フン、バカめが。これだから屑どもの指導は疲れるわい。……やつは絶対に裏切れんのよ!! ノームが術を掛けておるわ。万全の策がなければ、せっかく捕まえた家畜を野に放つわけがなかろう。フッハハハハハハハハハハ!!!」
絶対の自信がある策で、成功を疑わずに豪快に笑うゴドルフだったが、ふと、暗い影がよぎり、呟き出す。
「しかし女とはな……。まさか、あの……まさかな。あれはくだらん戯言だ! あんなことがあってたまるか! ……それにしても我は何の因果で、こんなところで、絶滅したはずの爬虫類どもや、技術力だけは、高いようだが、見たこともないヒョロヒョロ玉(彼らは人類を蔑視してこう呼ぶ)などと、戦わなければならないんだ……」
ゴドルフは、元の世界の楽しかった日々を思い出しながら、自分たちの輝かしい歴史に思いを巡らしていく。
◆◇◆◇◆◇
もともと、我らの始祖たちは、住処は穴倉であったが、木の実を取り、動物を狩り、魚を捕り、平和に暮らしていたと言われている。
ある時、そこに天敵である爬虫類どもが出現し、巨大な体躯と凶暴な力で、我らはエサとして蹂躙され、滅亡の危機に瀕した。
しかし、我らの種族のなかに、進化したドワーフが生まれ、その危機を救った。
そこから、我ら種族が、少しずつだが反撃を開始した。
ドワーフの技術によって、鉄製という強力な武器を持ち、頭の良い我らは罠という戦術で、統制の取れていない爬虫類どもと互角に戦った。
我らは、穴倉から出て、平地に家を建て、村を作り、それを守った。
それからは着実に進化を重ね、数を増やしていったのだ。
そして、それから、およそ1000年後、ついに我らの天下がやってきた。
あの爬虫類どもだけに、流星病毒という不治の病が襲いかかり、やつらはバタバタと倒れていった。
我らは、そいつらを貪り食って、爆発的に繁栄していった。
謳歌を極めた元の世界では、多くの者が、我のように立派な牙と体格を持つオークであり、青い空の下で、緑を育て、森を作り、牛や豚を飼い、つつましやかに家を建てて、自然とともに暮らしている。
それなのに、ここでは絶滅したはずの爬虫類どもが我がもの顔で跋扈し、見たことも聞いたこともない、変なヒョロヒョロ玉どもが、天をも汚す壁を作るなど……。
まったく、不愉快極まりないことだな。
ああ、忘れていたが、他にも獣どもがいたか。
まあ、あいつらは、我らに近い種族だし、まだマシなほうだ。
この世界では、我らとともに共闘したという過去もあるようだしな……。
我の代では、無理かもしれぬが、きっとここでも、また、あの流星病毒級の病が、爬虫類どもやヒョロヒョロ玉どもを一気に絶滅の道に追い込んでくれるわ。
我らが先に絶えなければ……、な。
きっと、そうなる!
自分の世界の歴史を振り返った、ゴブリン王ゴドルフは、必ずやその日が来ることを信じて疑わなかった。
◆◇◆◇◆◇
「おい、そこの家畜。出ろっ!」
シュタインは、そう言うと、近くにいた兵士に鎖を解くように命じて、兵士は『ハッ』と応え、牢の中に入って、家畜を解放する。
「くっころ!」
「また、それか、下等生物が! 犬、猫だって、違う鳴き声ができるぞ」
「…………」
「まあ、いい! これから言うことをよく聞け。お前は同類のヒョロヒョロ玉どもの街に行き、やたらと強い、弓を使う黒髪の女と棒のようなナイフを投げる金髪の女を見つけて、浚ってこい。難しいようなら1匹でもいい。いいな!」
「くっころ!」
「おい、分かったのか!? 分かったら首を縦に振れ!!」
『こくり』
「よしっ! 分かっていると思うが、裏切ったらあいつの命はないぞ。見せしめのために、バラバラに引き裂いてやるからな」
「くっころ!」
「はぁー、それは、もういい。いいな、失敗するなよ。ほら、服を着ろ。おい、お前、武器らしい鉄くずも返してやれ」
シュタインは、ぐしゃぐしゃになった、黒の服を投げ捨てて、傍にいた見張りに命令する。
「ほらよ、もってけ!」
「くっころ!!」
「まったく! こんな下等生物が我らより強いとは、分からんものだ。この家畜も捕まえるまでに、派手に暴れて、もう1匹を捕虜にしてなかったら危なかったと言うしな。ゴドルフ様は、その強さを見込んでこいつを野に放つんだろうが、まったく不愉快なことだ」
シュタインは、自分の力のなさを嘆き、ぶつぶつと呟きながら、地下牢から城内へ続く階段を踏みしめていくのだった。
『くっころ!』しか言わずに、ゴドルフやシュタインに家畜と呼ばれていたのは、身長165センチメートル、髪型はプラチナブロンドのショートボブ、顔立ちは整っていて、透き通った青い瞳、すらりとした鼻、ぷっくりとした肉感的な唇を持った、17歳の魅力的な美少女であった。
全裸にされて、両手足を鎖に繋がれ、地下牢に閉じ込められていたため、体中が泥まみれになって汚れていた。
だが、彼女の左上腕には七星刻の刻印が、うっすらと見えていた。
まるで輝いているかのように……。
※ 「くっころ」とは、美人戦士や姫騎士などが、ゴブリンやオークなどのモンスターに捕われたときに、辱められるくらいなら殺せ、という意味で吐くセリフ「くっ、殺せ!」の略です。




