24 『未来の預言者』が残した四行詩
蛍たちが、門に突入してくるゴブリンたちを瞬殺し、それが人類すべての街に知れ渡った翌日。
日課である朝練に出かけたときから、街の人の俺たちに対する視線は、昨日までのそれとは別物になっていた。
昨日までは、ほとんどの人があまり気にせずに普通に接し、たまにごく一部の人が、遠巻きにヒソヒソ話をするような場面に出くわす程度であった。
しかし、今日は、通りを行き交う人や窓から通りを眺める人などから、あきらかに国民的スターや芸能人でも見るような熱い視線が注がれ、いつもの場所で訓練をはじめると、わらわらと周りに人が集まって来る始末だった。
「幸介。今日は、街の人たちの視線が熱いし、なんか、ものものしいな!」
「そうか? 手でも振ってやれよ。ガハハハハハ」
「達也は、慣れていないのですね。わたくしは、母国の大会では、常に大歓声のなかで戦っていましたから、あまり気になりませんわ」
「そういうことだな。俺もさほど気にならん」
「でも、なんか少し照れるわよね。昨日までとは、全然違うんだもん」
特に蛍とキャサリンの回りには、噂の美貌と雄姿を一目見ようという人が群がり、ふたりが技を決める度に、拍手と歓声が上がっていた。
ルークとニコラスは大忙しで、どこから持って来たのか、木の杭と縄で訓練をしている場所を大きく囲い、野次馬たちが邪魔をしないように、監視する兵士を数人連れてきていた。
こうして日中は、衆目にさらされる中での訓練となったが、いつもと同じくらい汗をかき、オールコック邸に戻った。
◆◇◆◇◆◇
夕食のあと、エドワードが俺たち4人を客室に招き、不在の間に俺たちがいろいろな話をしたことをキャサリから聞いたのか、ブラッド・リメンバーの戦いで唯一生き残った預言者の話を切り出してくる。
「ブラッド・リメンバーの話はお聞きになったと思いますが、6人の預言者で唯一生き残ったのが、スミス・シェラ・ノトルダムと呼ばれた預言者です。ただ彼は戦いのあとしばらくして、ぷっつりと消息を経ったそうです」
「彼? 男なんですね。格好は魔女風でしたよね?」
「ええ。そう伝えられています。彼は人物画を残すのをとても嫌がり、男か女かも分からないように描くからといって、ようやく首を縦に振ったとされています」
『未来の預言者』は男だったのかと思って、それを尋ね、意外な答えが返ってきたが、さほど重要でもないと思い直し、続きを待つことにする。
蛍は、肘をついて右手でおとがいをさすりながら、何かを考えているような表情で、黙って話を聞いていた。
「彼は元々は、『病の預言者』と言われていたのですが、人類の未来についての重要な預言を残したため、『未来の預言者』と呼ばれるようになったと言われています。彼が残した預言は、人類の4つの街で分散して管理し、厳重に保管されてきました。ここにオールコック家に代々伝わる3つの預言があります」
そう言って、エドワードは厳重に保管されていたとされる鉄の箱を取り出し、鍵を開けて3枚の紙を取り出した。
4人で、それを覗き込む。
そこには、まるで『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』のような四行詩が書かれていたが、全体の内容は、ひとつも理解できなかった。
一部はこういうことかな? と予測できるものは、あるにはあったが……。
星の七英雄が集い
うなじに刻印を持つ聖母現わる
黒海の丘に処女神が降り立ち
荒ぶるアネモイ全てを滅す
聖母の気魂がゼウスに届き
光の子が雷鳴とともに降臨する
輝く金と銀
黒への序章が開かれる
燦々と光る鉱石
英雄とともに燦として輝くとき
ジーニアスが反撃の鐘を打つ
そのとき、鉄が光に変わる
「四行詩かよ!」
「なんだ、これ? 何が言いたいんだ?」
俺は預言の形式が四行詩であることに驚き、幸介も内容についての疑問を投げたが、蛍はふたりの声には反応せずに、いったん大きく目を見開いて、すぐに眉間に皺を寄せ、強い力を持った瞳で窓の外を睨んでいた。
そのあと、視線をテーブルに移して、ぶつぶつと呟いて、これらの預言が意味するところを考えているようだった。
キャサリンは、目を丸くして預言を眺め、読み終わると『ふぅー』とひとつため息をつき、目を閉じて首を振り子のようにゆっくりと左右に振っている。
「えー、これらの預言の意味は、当時から研究されていますが、未だにどの預言も確実なことは分かっていません。預言が書かれたあとの約3000年の歴史のなかでは、出鱈目だという者も多数いましたが、『1人の英雄と6人の預言者』の成した功績を鑑みれば、信じるに値するものだと結論づけられました。そして、最重要な事案とされて、各家に代々受け継がれてきたのです。研究のなかでは、英雄、聖母、光の子が鍵を握るとされていて、英雄とうなじに刻印を持つ聖母様が現れたため、預言の信憑性と内容に対する検証の必要性が、これまで以上に高くなり、今は聖母様こそが人類が守るべき最重要人物という結論となっています」
エドワードが、この預言についての中央世界での歴史、今の状況について説明すると、蛍がそれに反応する。
「最重要人物ね……。まあ、でも光の子とか、聖母とか、この預言が原因だったのね」
「はい。それで、おそらく聖母様たちは、第七世界に行かれたのだと思います。彼らなら、この預言のことも知っていると思われますので……」
「えっ! なにそれ? どういうこと? ……あっ、そうなるわね。達也が言ってたもんね。暗闇からの声が言ってたって」
蛍は驚いて質問しながらも、エドワードの言葉を待たずに、自己完結で回答を導き出す。
「ああ。俺たちが、ここへ来る前に行った場所にいたやつらは知ってたということになるな。でも、第七世界って、どんなところなんだ?」
「それは……。ここからは、伝説や言い伝えレベルの話になるのですが……。それでよろしければ中央世界と、それを取り巻く環境について、お話ししましょう」
「そうなのね。分かりました。続けてください、エドワードさん」
伝説とはいえ、中央世界を取り巻く環境なら、おそらく根幹部分の話なので、そこには真実が隠されている可能性も高い。
4人は真剣な表情で、エドワードの言葉を待つ。
「分かりました。ここ中央世界は、別の7つの世界と繋がっているとされています。中心にあるのは、中央世界で、回りに7つの世界がある形です。これは、大きな幹である中央世界と、そこから七方向に延びる枝、枝の先に7つの果実が実った絵が残っています。また、中央世界の大きな出来事は、その果実である世界にも影響を与えるとも言われています」
「なるほどね。それで、その7つの世界って、どんなところなんですか?」
蛍が、前に、もしかしたらをつけて言っていた『中央世界とは別の7つの世界がある』。それが正解だったんだなと考えた俺は、エドワードに質問を続ける桜色の唇に視線を移す。
ただ、あまりに話が壮大すぎて、自分の中で消化するには、時間がかかりそうなことだとも思っていた。
幸介とキャサリンは『俺たちには無理だな』『ええ』と言う会話を視線で交わしたようで、ふたりで両手を広げ、掌を天に向け、肩を竦めて苦笑いをしている。
「第一世界と言われる果実は竜人たちの世界、第三世界と言われる果実はゴブリンたちの世界、第四世界と言われる果実は、確認はできていないのですがエルフたちの世界、第五世界と言われる果実は獣帝国の世界とされ、第六世界が私たち人類で、人類には、もうひとつ第七世界という果実があります。それで、その伝説は、第七世界の人類は第六世界の進化の形だと締めくくっています」
「進化?」
「ええ。とにかく頭が良くて、文明レベルはおそらく第六世界の2倍。第六世界は第七世界より、1000年は遅れているとも言われています。……コホン!」
蛍の疑問に答えたエドワードは、『第六世界はバカばかり』と取られそうな発言をしていたことに気が付き、ひとつ咳払いをして、話を止めた。
しかし、あの暗闇での会話を思い出しながら、俺は、なるほどと思っていた。
俺たちをこの世界に送った、ルールってやつが言っていた秘術。彼らは、そうした力さえ持っている人類なのだろう。
そんなことを考えていると、蛍は第二世界のことを、エドワードに尋ねた。
「エドワードさん。第二世界は?」
「ええ、そこだけは、伝説でも語られていない謎の世界でして、竜人、獣帝国、ゴブリン、エルフ、人類の5つの勢力に属していない、古代生物などが暮らしている世界なのではないか? と言う説が今は有力で、他には竜人たちのふたつ目の世界だとする説もあります」
「なるほど。中央世界にある5つの勢力が、第二世界を除く6つの世界を別々に支配している。そして、理由は分からないけど、人類だけは2つの世界に別れているっていうか、手を結んでいるっていうのか、とにかく、2つの世界があるってことですね」
「ええ。そういうことです」
いつものように蛍がまとめて、エドワードが頷く。
「それで、ここでの大きな出来事が果実である世界にも影響を与えると言ってだけど……。それは具体的には、どういうこと?」
「えーっと。たとえばですね。中央世界の人類が滅亡すれば、第六世界、第七世界は崩壊します。それと……、誠に言いにくいのですが、各世界の最重要人物が、この世界で他の種族の手にかかって命を落とすと、元の世界が崩壊すると……」
「ふざけるな!! いくら伝説でも、なんてことを言うんだ! ほたるが敵の標的になるじゃねーか!」
「おっさんが、先に、崩壊するぞ!!」
「幸介さん…………」
中央世界での人類滅亡が、イコール第六世界、第七世界の破滅という恐ろしい言葉を聞いた俺たちだが、それを自分の身に置き換えて考える間もなく、次の言葉が怒りの沸点を突き抜け、エドワードの言葉を遮って大声を出していた。
俺と幸介が声を荒らげ、キャサリンが止めようとしたが、蛍の叫び声がそこにいるすべて人を混沌へと導いていった。
「な、なんなの……、……それ! いやーーーーーーーーーーぁ。いやよ。そんなの、絶対にいやっ。元の世界が崩壊、あたしが、あたしが……何したって言うのよ!!」
伝説とはいえ、突然告げられた、死刑判決にも似た内容に蛍は目を瞠り、次々と流れる大粒の涙を頬に流しながら、悲鳴のような大声を上げたかと思うと、そのまま机に突っ伏し、しゃくり上げながら、時おり『いやっ、いやっ』と首を振って呟き、肩を震わせ続けている。
蛍のどうにもならない叫びを聞いた俺たちは椅子を蹴って立ち上がり、鬼のような形相で、エドワードの胸倉をつかんだが、エドワードは、ただただ、『申し訳ありません』と繰り返すだけであった。
キャサリンも目に涙を溜めていたが、蛍の肩をやさしく抱いて背中を擦りながら、心配そうに皆の様子を見守っている。
しばらくの間、年上のホストにつかみかかる少年たち、自分が背負った定めの重さに潰されて涙に暮れる美少女、それを慰める、これまた美少女が涙する状況が続く。
ここだけ時が止まり、永遠の静寂が部屋を覆い尽くしたが、外の世界はそれを許さず、静寂を引き裂くようにして、時間を進めてくる。
執事を伴い静寂を引き裂いたのは、ひとりの兵士であった。
大慌てで、ドアをノックするのも忘れて部屋に入り、恐るべき事実を告げた。
「い、い、一大事です、エドワード様。アノマロカリスの大群が、ブラッド・リメンバーの北東100キロにある、キャット・タウン沖に現れました! その数、推定50万匹!!」
「な、な、な、なんだと!! ご、ごじゅうまん…………」




