22 ゴブリン襲来! ~迎え撃つ黒と金の美少女~
99%の確率で、中央世界の誕生日が、1999年7月1日だと解明したあとの数日間。
俺たち4人は、謎めいた話や悲劇的な話を聞きすぎた反動からか、それらを吹っ切るように、いつもの場所での訓練に打ち込むことになる。
汗を流して、体を苛め抜いて、すべてをいったん忘れて、ひとりで黙々と、ふたり一組で真剣に、あるいは4人での激しい訓練を繰り返す。
日中は訓練に明け暮れ、汗だくになってオールコック邸に戻り、風呂に入ってさっぱりして、寝るという日々であった。
ただ、その間に、ひとつだけ謎が解けていた。
蛍にとっては、謎でもなんでもなく、『子どもでも、分かることでしょ』とは言わなかったが、すでに皆が知っていることだと思っていたようである。
皆に解説する場面での、ずばりと急所をつく目力のこもった美しい横顔と、ただただ、唖然、呆然とする皆に対して見せた、少し拗ねた顔の可愛らしさは、特に印象に残っている。
それは、夕食時、蛍のこんな会話から始まった。
「ねぇ。あと3人の英雄って、どこにいるのかしら?」
「あと3人いるのか? 初耳だぞ!」
「ええ、聞いてませんわ!」
幸介も、キャサリンも、いきなりの蛍の言葉についていけずに疑問の声を上げ、同じように俺も驚いて、蛍に確認の言葉を投げていた。
「そうなのか?」
「ええ、そうよ。それは……。ねぇ、みんなの七星刻の刻印、位置が違うでしょ。全部ひとつにまとめると何に見える?」
確かに皆、位置が違っていて、すべて向かってで言うと、蛍は左上、キャサリンは右上、幸介は右下、俺は左下で、少し不格好だが、4人で四角形ができるような形であった。
「4人でちょうど四角形のように見えるな、少し不格好だけどな」
「そっ! でも、それは四角ではなくて、おおぐま座、北斗七星のひしゃくの水を掬う部分ね。それで、これはたぶんだけど、あたしのうなじにあるのが北極星なんじゃないかしら?」
「「「へーーー」」」
「大陸の形、英雄と預言者の総数、7月、これだけ7を見せられて、この形ならそうなるわよね。ちょうど5倍くらいで、うなじになるし。もしかしたら、あたしたちの第六世界を含めた、別の世界の数も7つね」
「「「ほーーー」」」
「もうっ、みんなっ! へーとか、ほーとか、ちゃんと聞いているの!?」
蛍は頬を膨らませ、桜色の唇を尖らせて、拗ねた顔をする。
「ごめん、ごめん。でも凄すぎです、聖母様!」
「ほたるは、能力アップで、推理力をマックスまで上げましたね!」
「そうだな、少し分けてくれよ。ちょっとでいいからさー。ガハハハハハ」
こうして、残りの3人の英雄たちの行方も俺たちのなかでは、重要なこととなったが、どこを探せばいいのかなど、見当がつくはずもなく、ただ、訓練に打ち込む日々を過ごしたのだった。
ちなみに、蛍は拗ねたあと、すぐに機嫌を直して、7つあるまだ分からない部分も含めた、それぞれの星の名前を教えてくれた。
それは以下のようになる。
等級は少ないほうが明るい天体、つまり、よく見える星である。
蛍 =ドゥーベ(アルファ星 2等星)
キャサリン=メラク(ベータ星 2等星)
幸介 =フェクダ(ガンマ星 2等星)
達也 =メグレス(デルタ星 3等星)
?? =アリオト(イプシロン星 2等星)
?? =ミザール(ゼータ星 2等星)
?? =アルカイド(イータ星 2等星)
※アルカイドはベナトナシュとも。
なぜ、俺が3等星なのかは謎で、納得がいかないし、少しショックだったが、幸介が突っ込まなかったので、俺は黙っていた。
◆◇◆◇◆◇
アンカー・フォートまで出かけていたエドワードが、ようやく帰ってくるという知らせがブルーリバーに届いた日。
その日はとても天気の良い日であったが、長い間、平和に暮らしていたブルーリバーの街に、大事件が起ころうとしていた。
いつものように、訓練場で汗を流していた4人だったが、突然、街の平和を破る、門番の悲鳴にも似た大声が響き渡った。
「ゴ、ゴブリンだ! ゴブリンの一団が門に向かって来るぞ! 門を守れ! 兵を集めろ!」
蛍とキャサリン、俺と幸介とが、ちょうど分かれて組手をしていたときで、蛍たちは外へ出る門から200メートルくらい、俺たちは300メートルくらいの場所にいた。
突然の門番の声が平凡な日常を破壊して、辺りにいた人は我を忘れて身動きひとつできずに、その場にへたり込んでしまう者や、我先にと内門へと走り出す者もいた。
「ゴブリンの一団!? ちょっと、見てきますわ」
「あっ、あたしも行く! 残りの矢筒を持ってきて!」
「「せ、せ、聖母様! ま、待って、お待ちください!」」
先に、門番の叫び声に気が付いたのは蛍たちで、すぐさまキャサリンが反応して走り出し、蛍も傍に置いてあった弓と矢筒を持って、後を追う。
外へ出る門のほうが騒がしいことに、気が付いた俺は、幸介との組手を止める。
「おい、幸介。なんかあったみたいだぞ」
「うん? どうした?」
ふたりで、門のほうを見ると、キャサリンを先頭にして、蛍とふたりの兵士が追いかける形で、門の外へ向かっている。
「「行こう!」」
すでに、その差は200メートルくらいになっていたが、すぐさま決断して、俺と幸介も蛍たちの後を追う。
「幸介、なんか、ゴブリンとか言ってたみたいだぞ」
「そうなのか? あいつらが攻めてきたのか?」
「うーん、分からないけど、そんな感じかもな?」
「まあ、行けば分かるだろ」
「ああ」
そして、俺と幸介が門の外に出みると……。
堀の向こうで、蛍とキャサリンが勝利のハイタッチをしていた。
少し離れたところには、額や胸に、矢が刺さったものや、棒手裏剣を食らったゴブリンたちが、バタバタと倒れていた。
ルークとニコラスもいたが、槍や替えの矢筒を持ったまま、呆然としているようだった。
「あれ、幸介。なんか、もう終わっているみたいだぞ」
「ああ、そうみたいだな」
少し拍子抜けした俺たちは、息を整え、ゆっくりと蛍たちのところに歩み寄って、声を掛ける。
「ほたる、キャサリン。何があったんだ?」
「ふふふん。おふたりの出番は、ありませんわよ。ねー、ほたるっ!」
「まあ、そうね。ゴブリンたちが門に攻めてきたって言うから、ちょっとね。じゃあ、あとのことはお願いね。ルークさん」
「はっ! お任せください、聖母様。おい、お前、近くにいる兵士や傭兵を集めてこい」
蛍にお願いされたルークは、一瞬で正気に戻って、ビシッと敬礼して蛍に応え、側にいた門番に命令を出す。
門番も槍を持って、さあ戦うぞ! という恰好で固まっていたが、ルークの命令を聞いて、槍を置いて慌てて走り出す。
「ありゃりゃ、また派手にやったねー。30匹くらいいるんじゃない?」
「そう? あたし3回しか撃ってないわよ。3つも矢筒を持ってきたのにさ!」
「ええ、わたくしも飛んだのは3回ですわ!」
はいはい、あなたたちの3回は15本の矢と21本の棒手裏剣でしたね。それに、その口ぶりだと、5連射で、順に的を変えて、1回で5匹を倒したんですね。離れ業ですよ、それ!
そりゃあ、30匹程度じゃあ、あっという間に全滅しますね。出番があるわけないですよね。よーーーく、分かりました!
それに3つも矢筒って、ひとつを空にしておいて……。また背負い直して撃つつもりだったんですか? 45本になっちゃいますよ!!
「ハハハハハハ」
オーバーキルな、ふたりの強さとレベルの違いを考えていて、思わず笑ってしまう俺であった。
蛍は、ルークたちに、いくつもの矢筒を用意してもらったようで、訓練時でも常時5セット(1セット15本)は傍に置いていた。
運んでいるのは、たいていニコラスだったが。
それでも、物足りないとでも言いたげで、嬉しそうに、それぞれの成果を褒め合いながら、門へと戻る美少女たちの姿を、俺は苦笑いしたまま見送る。
「相手が悪かったな、ゴブリンども! ガハハハハハ」
幸介は、ふたりが無傷だったとことに安心したのか、楽しそうに笑っていた。
だが、この時、誰も気が付いていなかったが、遠くの木陰で、蛍たちの戦いを注意深く監視していた一団がいた。
それは、兵たちに突撃を命じた指揮官らしき、数人のゴブリン兵たちだったが、全滅した味方の様子を目の当りにして、すでに震えていた。
「全滅!? な、なんだ、あいつらは。撤退だ、逃げるぞ! ……って、もう逃げてるし」
他のゴブリン兵よりも見栄えが良い革鎧や兜を被り、武器を持った一軍の将らしいゴブリン兵は、先に逃げ出した兵たちに向かって『隊長を置いて、逃げるやつがどこにいる!!』と叫びながらも、一目散に、北の領地へと逃げていくのであった。
◆◇◆◇◆◇
自分たちは、凄いことをしたとは思っていないようだったが、蛍とキャサリンの活躍はたちまちブルーリバー中、いや人類のすべての街に広まっていった。
「ふたりの美少女が、30匹のゴブリンを瞬殺したってよ」
「黒髪の美少女は天才だっていう噂、お前聞いたか!?」
「強くて、美しくて、華麗な金髪の英雄が現れたぞ」
「なんでも、黒髪の英雄の弓は、百発百中だってよ」
「金髪の美少女は、空を飛んで攻撃したそうだ」
「人類の反撃開始だ!!」
「今日は酒が上手い! 黒と金の英雄に乾杯!!!」
その夜、各街の酒場は、蛍たちの話題で持ちきりとなり、賞賛、礼賛、崇拝、歓喜の声が、一晩中続いていた。
あとで、それらの内容を聞かされて、『そうかな?』『それほどのことではありませんわよ』と言いつつも、いつまでも続く賞賛の言葉に『てへへへ』と、後頭部を掻いて照れるふたりであった。
ただ、エドワードの反応だけは違っていた。
夕方近くに街に戻り、事の顛末を聞くと、『オーマイガー!』と言ったまま頭を抱え、すぐさまルークとニコラスを呼びつけ、それから夜更けまで、延々と説教する声が、オールコック邸に響き渡ったのだった。




