21 神か? 恐怖の大王か?
ガタガタと震え、誰の声も耳に入らない状態だった蛍を、正気に戻したのはキャサリンだった。
キャサリンが、『ちょっと、あっちへ行っててください』と言って、蛍の肩を揺すっていた俺を押しのけ、心配して側に来ていた幸介をシッ! シッ! と手を振って追い払う。
俺と幸介は、顔を見合わせ、任せてみようという結論を出して頷き、蛍たちから少し離れて、部屋の角でふたりの様子をチラチラと伺う。
キャサリンは後ろから蛍を優しく抱きしめて、しばらく、間を置いてから、蛍の黒髪を撫で、耳元で何かを囁き出す。
蛍の目は、死んだ魚のような目になっていたが、キャサリンの囁きによって次第に光が差し込み、やがて、しっかりとした目力を取り戻していく。
蛍は『クスッ』とひとつ笑い、キャサリンに礼を言う。
「キャサリン、ありがとう。でも……、みんなには内緒よ!」
「もちろんです。わたくし、墓場まで持っていきますわ!」
「なんだよ、教えてくれたっていいじゃないか」
「特に幸介さんには、教えられません! それに女の子の秘密を詮索するなんて、モテない男のやることですわよ」
「じゃ、じゃあ、俺は?」
「論外ですわ!」
『一刀両断されて、達也は討ち死にした!』
少しおどけて、ナレーションを入れ、バッサリと切られて死んだフリをする。
「アハハハハ。達也ったら、おかしぃ」
◆◇◆◇◆◇
蛍はようやく正気に戻ったようで、姿勢を正して、髪を整え、両手で頬をポンポンと叩く。
「みんな、心配させて、ごめんなさい。でも、あまりのことで混乱してしまって……。ねっ。さっき、あたし3日で2年って言ったわよね?」
「ああ」
まだ、ショックが残っているようで、あの蛍が自分で言ったことを確かめるような回りくどい話方で、言葉を繋いでいく。
「それで、この世界の今は、4871年の3月よね」
「ああ、そうだけど。それがどうしたんだ?」
幸介とキャサリンは、何が蛍をあそこまでの状態に追い込んだのか、その原因をしっかりと確かめるために、ふたりのやり取りを、真剣な表情で注視している。
「そうなるとね。1年目、この世界のよ。それが、元の世界の1999年7月になるのよ!」
「えっ!!」
蛍の口から出た言葉を、にわかには信じられず、絶句してしまう。
「そ、そんな、ばかな…………。なにかの間違いだろ?」
あまりのことに、全身に悪寒が走り、思わず、両手で自分の体を抱きしめて、両腕を擦ってしまっていた。
「でしょ。そうなるわよね。でも間違いじゃないわ。……達也、確かめてみてよ」
「おいおい、今度は達也かよ。なんだよそれは?」
「ええ。1999年が、どうかしたんですか?」
幸介とキャサリンは知らないのかもしれない。蛍が気付いた恐るべき符号の一致を。
俺もまだ信じられずに、声には出さずに暗算をはじめる。
3日で2年ってことは、えーっと……。あれ、3日で2年でいいのか?
中央世界の暦は……。あ、そういえば1か月は30日だって、キャサリンが言ってたな。
そうか、蛍の言うことだから、信用して軽く流していたけど、こっちの世界が、30日という規則正しく進む暦だから、
3時間で1か月=30日
1日で8か月=240日
2日で16か月=1年4か月=480日
3日で24か月=2年=720日
(中央世界の1年は360日)
と言えるんだな。
中央世界の暦が、元の世界のような暦なら、ずれが生じるはずだからな。
さすが蛍だな。危ない、危ない。口にしたら、そんなこと当たり前と、時差の二の舞になるところだった。
しかし、もう、これは聖母というより神に近いんじゃないか?
蛍は神なのではないかという思考が俺を捕え、暗算を中断して、蛍の顔を、まじまじと見ていると、蛍が怪訝そうな顔を返してくる。
「なに? 分かった? ……ん? あたしの顔になんかついてるの?」
「いや、まだ……。何でもないんだ。気にしないでくれ」
「変なのっ?」
「ああ、変なんだ」
「ふーん……。まあ、いいやっ!」
そう言うと蛍は、少しだけ頬を赤らめ、俺から顔を背けて、視線を窓の外へと流していく。
俺は、再び暗算に戻る。
3日で2年ってことは、元の世界の総日数を、3で割って2を掛ければいいんだな。
えっと、それで、蛍が言っていることが正しいとすれば、スタートが1999年7月1日で……、2019年の6月30日でちょうど20年間か。
だとすると、20年×365日だから、3650+3650で7300日。
これを3で割ると2000+433.333で2433.333。うん? 割り切れないぞ。
まあ、いいか。それで、これを2倍すると4866.666年。
暗算を終えた俺は、おかしな年号になったことを、蛍に報告すると、すぐさまその原因を蛍が指摘する。
「あれ、合わないけど? 4866年と……、8か月か? これ?」
「達也、それ閏年入れてないでしょ? 20年の間には、閏年が5日あるのよ」
「あっ、そっか」
キャサリンと幸介は、俺たちが何を言っているのかまったく分からずに、目を合わせ、『閏年だって!』などと言い合い、ふたりで肩を竦めて、首を振っていた。
蛍の指摘を受けた俺は、今度は声に出して、再計算をしていく。
「そうすると、20年間で総日数は7305日になって、それを3で割ると、えっと、まず6000を3で割って2000、1200を3で割って400、105を3で割ると……、35で、全部で2435になるな」
「ええ、そうよ」
「これを2倍すると4千、8百、7十 あーーー!!」
20年間=4870年間。
元の世界の2019年7月1日以降が、中央世界の今年になっていて、4871年目なので、ピタリと一致する。
この世界の1年目の始まりは、間違いなく、元の世界の1999年7月1日だ。
これが意味することは……。
暗算の結果が4870年を示したときには、全身に鳥肌が立ち、再び体が震え出して、止まらない状態になってしまっていた。
これは、しばらく経ってから考えたことだが、この恐るべき結論を、あっという間に導き出した蛍の推理力、計算力も、俺の体をより大きく揺さぶる一因になったと確信している。
「そういうことになるわよね。つまり、この中央世界が、出来たのは元の世界の1999年7月1日。これだけピタリと合ったのだから、西暦みたいに、ある一時期から暦が始まったとは考えづらいわよね。中央世界が出来た日でしょう」
「ああ。そうだろうな……」
背中に嫌な汗が流れているのを感じつつ、俺は絞り出すようにして、蛍の言葉に相槌を打つ。
「なあ、お前たちが何の話をしているのか、さっぱり分からないんだが。そろそろ、俺にも分かるように、説明してくれないか?」
「ええ、そうしてください。わたくしも知りたいですわ!」
さすがに焦れてきたのか、幸介たちが俺と蛍を問い詰める。
「ごめんなさい。……そうね。まず、ふたりとも1999年7の月っていう、ノストラダムスの預言って、知ってる?」
「お、それは、なんか聞いたことあるな。俺たちが生まれる前の話で、確か人類が滅亡するとかという、ふざけた話だったよな?」
「ええ、わたくしも、そんなことを聞いた覚えがありますわ」
「あたしもね、細かいところまでは知らないんだけど。なんでも……」
「あっ、ほたる。それなら、俺が話そう」
「そう? じゃあ、お願い」
蛍が、大まかにしか知らないと言いつつ、解説をはじめようとしたところで、昔、調べたことがあった俺は、ノストラダムスとその預言について、知っていることを語りはじめる。
何故知っているかは、黒歴史で、とてもここで披露できるものではなく、割愛するが……。
ノストラダムスと預言。
名はミシェル・ノストラダムス。16世紀に実在したフランス人で、職業は預言者、占星術師、医者、詩人とされる。
占星術師として活躍し、彼が書いた『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』は、当時でも、かなりの反響を呼んだそうだ。
その証拠に、フランス国王アンリ2世と王妃カトリーヌ・ド・メディシスという、当時のトップが彼を重用している。
彼の著書『ミシェル・ノストラダムス師の予言集』は、2つの序文と百篇詩集と呼ばれる四行詩から成っていて、その百篇詩集の第10巻72番が、問題の預言である。
預言は、古いフランス語で書かれた散文的な4行の詩で、内容は、長い歴史のなかで改竄されたり、訳によっては、まったく違う意味になったりと、今も真実がどこにあるのか分からない状態であるが、概ね以下のような内容となっている。
1999年7の月
空から恐怖の大王が降って来る
アンゴルモア大王を復活させるために
その前後は、戦いに支配される ────【※1】
俺が一通りの説明を終えると、幸介とキャサリンもどうにか理解したようで、揃って誰も答えが出せないことを言いはじめる。
「なんで、中央世界が出来た日と、その預言の年月が一致してんだ? なあ、どうしてだよ?」
「ええ、なんなんですの、この世界は? それに恐怖の大王って誰? なんとかダムスって預言者、ちょっと、ここへ連れて来てください!!」
「「…………………………」」
とんでもない無茶振りをするキャサリンは別として、1999年7の月というノストラダムスが残した預言と、中央世界が生まれた誕生日である、1999年7月1日。
この符号の一致が、何を意味しているのか?
それは、俺はもちろんのこと、蛍でさえも分かる訳もなく、やり場のない憤りを投げつけた幸介たちの質問だけが、部屋の中に響き渡っていた。
しばらくしたあと、蛍がぼそりと呟いたが、それは俺も考えていたことであった。
「もしかしたら、この世界を作ったのは、神ではなく恐怖の大王なのかもしれないわね。でもそうなると、アンゴルモアが復活しちゃうじゃない……」
※1 本文中の訳は『世紀末の七星』のためのものであり、出来る限り、事実に基づいていますが、フィクションです。
実際には、7の月は、7か月と訳されることも多く、しかも、7の月だとしても、ユリウス暦とグレゴリ暦の違いがあるため、7月1日ではなく、7の月のスタートは7月14日からと、直すのが正しいという説もあります。
アンゴルモアの部分はアングーモア(フランスの一地方)やアングルモワと読まれることもあります。
戦いの部分は「マルス」の訳として、ローマ神話の軍神マルスからの解釈を採用しましたが、マルスには、3月や火星の意味もあります。
このように、ここに挙げた部分以外にも、いろいろな説があり、原文をどう解釈するかは、今も、正解がない状態となっています。




