20 1か月差の鍵と希望の光
元の世界と中央世界で、時間が流れる速度の違いを確認した俺は、2019年7月1日に、俺たち4人に何が起こったのかを具体的に考えていた。
蛍も同じことを考えていたようで、ふたりでほぼ同時に声を上げる。
「あれっ、ということは……。なるよな!」
「うん。これで、分かったわ!」
「おいおい、今度は何が分かったんだ。ついていけんな、これは。ガハハハハハ」
「幸介さん、安心してください。わたくしも無理ですわ。アハハハハ」
幸介とキャサリンは、笑うしかない状態で、俺たちふたりからの言葉を待っている。
「そうか、そういうことだったのか。1か月差の謎がこれで解けるぞ!」
「ええ、そうね。これで少しすっきりしたわ」
蛍と俺が、名探偵が犯人を当てる時のように、「その謎を解く鍵は」と声を揃えて核心に迫る。
「時差だ!」
「グリニッジ標準時ね!」
「へっ??」
蛍と同時に発した答えが、違うとは思ってもみなかった俺は、唖然として間抜けな声を出してしまった。
すかさず、幸介が突っ込んでくるが、俺は固まってしまっていた。
「なんだよ、ふたりの鍵が違うじゃないか? ……まあ、どっちも、何でそんなこと言ってんのか、分からんけどな」
「ええ、なんなんですの? 時差とかグリニッジ標準時とか?」
完璧に謎を解いた様子の蛍が、自慢することもなく、一度すっきりとした笑顔を浮かべ、それを真剣な眼差しに戻して、推理を話しはじめる。
「達也の答えも、必要なんだけど……。日本とロンドンだもんね。でも、時差だけだと、すべてを説明できなくて困っていたの。それが、5人の預言者たちの国籍がバラバラなのを見て、謎が解けたの」
蛍は『時差のことなんて、当たり前じゃない!』とは言わなかったが、そういうことなんだな、と俺は理解する。
「元の世界からトリップするときに、向こうで何が起こったのか……。そうね、仮に『変遷』と呼びましょう。この変遷こそが、あたしたちがこっちに飛ばされた出来事であり、原因なのよ」
「すまない。俺も頭がこんがらがってきて、ついていけてない。ほたる、悪いけど分かるように説明してくれ」
キャサリンと幸介は、『そうだろ、そうだろ』と仲間が増えたことを喜ぶように頷いている。
「ええ、分かったわ。まず、2019年7月1日0時00分。これはグリニッジ標準時ね。そこから変遷が始まり、キャサリンはロンドンなので直後に変遷に巻き込まれて、この世界に飛ばされた。キャサリン、あなたが言っていた6月末って、寝て起きたら7月1日よね? それに夜の12時には寝てたわよね?」
「えーっと、確かそうでしたわ! 明日から7月になるんだって思ってました。それにベッドに入ったのは、夜の11時ころですわね」
「やはり、そうだったのね。それでね。変遷が始まってから3時間後に、それが日本へやってきて、あたしたちがこの世界に飛ばされたんだけど、あたしと達也は他に行ってしまったので、このときに中央世界に来たのは幸介だけ。それで、おそらくあたしたちは、幸介の3時間後に中央世界に送られた。こういうことになるわけ」
「いや、なんか時間がおかしくないか? その変遷ってのが起こったのって、昼の12時ごろじゃなかったか?」
幸介が、自分に起こった変遷の時間について、当然の疑問を投げ掛けるが、蛍はうんうんと頷いて、まだまだ話はこれからよ、という顔で話し続ける。
「そう。その原因が時差よ。いい、変遷が起こったグリニッジ標準時の0時00分ってのは、日本では9時00分なの。スタート直後にキャサリンの家を、変遷が通過して、キャサリンをキャッチし、それから徐々に日本のほうへ移動し、あたしたちをキャッチしたってこと」
確かに、日本とロンドン(グリニッジ標準時)の時差は9時間。
夏は、サマータイムなので8時間だが、変遷が、サマータイムのほうを使うわけがないよな。
経度0のグリニッジ子午線は、ロンドン郊外にある。
「つまりね。変遷が起こった時間を日本時間だけで言えば、9時から始まり、直後なので9時1分とかかな? キャサリンの家を通過し、12時に日本が呑み込まれたということ。ちなみにあたしたちは他へ行っていたので、この世界に来たのは、おそらく日本時間の15時。変遷が起こってから6時間後ね」
「そうか、だから体感時間が3時間だったのか。それでその3時間が、こっちの1か月ってことか。なるほど、すべて辻褄が合うな」
「す、すげーな、それ! 日本時間だけで言ってくれたから、俺にも分かったぞ」
幸介も蛍の日本時間での説明で理解できたようだ。キャサリンも目を大きく見開いて『凄い!』と口にしている。
「ええ。おそらくこれで間違っていないでしょう。つまり、さっき達也が言った通り、元の世界の3時間が、こっちの世界では1か月になるってことになるわね」
蛍が言う「変遷」がどのような形で発生し、どうやって元の世界を覆っていったのかは分からない。
ある一点から世界を覆う波紋のように広がったのか、あるいは、経度0の子午線が、そのまま地球を1周したのかもしれない。
どちらにしても、ロンドンと日本では、時差のほかに変遷が始動してから完了するまでの時間が必要だった。
これが、キャサリンと幸介の1か月違いの原因で、俺はそこまで頭が回っていなかった。
昔の英雄たちが多国籍であったことから、ここまでの推理を完成させる蛍には、ただ、ただ、驚かされ、感心してしまう俺であった。
◆◇◆◇◆◇
3時間が1か月だということが分かった俺は、いったん部屋に戻って、学生手帳を取ってきて、それにメモしようとして声を出す。
「まてよ、そうすると……。こっちで8か月過ごしても、元の世界では1日しか経ってないってことか」
「ええ。たとえ、こっちで2年過ごしても、元の世界で失われる時間は3日ということになるわね」
「おぉぉぉーーー。それは凄い発見だな。さっさとこっちの世界の用事を済ませて帰る方法を見つけられれば、元の世界では、何日かいなくなってるだけってことか!」
「本当にそうなんですの!? それなら少しは、光が見えますわね」
「ええ。そうなるわね」
「ああ。そうだな」
皆、口には出していないが、家族と離れ離れになり、神隠しにでもあったような状態で、親が心配しているだろうなとは、一度は考えていることだろう。
この世界で過ごした時間が長い、キャサリンと幸介は尚更である。
俺も両親や妹の顔を浮かべながらも思うところはあるが、それを口にすることはルール違反という、暗黙の了解が皆のなかで出来上がっているので、口にはしない。
たとえ、この世界で数か月過ごしても、元の世界では1日になるかどうかの時間しか経過しないという意外な光は、皆の不安を少しだけだが、取り除いていた。
キャサリンや幸介の嬉しそうな笑顔を見ながら、俺は元の世界とこの中央世界の時間の対比を、細かくメモしていく。
元の世界=中央世界
3時間=1か月
1時間=10日
(60分=240時間)
1分=4時間
------------------
1日=8か月
3日=2年
メモを完成させて、こんな感じになるんだなと皆に見せると、キャサリンは幸介と、顔を見合わせて本当に嬉しそうにしていた。
見ているこっちまで嬉しくなるような笑顔である。
と、その時。
「えっ!!」
蛍が何かに気が付いたのか、3人がビクッと反応してしまうほどの大声を上げ、謝ることもなく、何かを呟きはじめた。
「そんなこと……まさか……あれが……」
「ほたる、どうしたんだ? また何か、気が付いたのか?」
蛍は、俺の問い掛けに答えることもなく、体をガタガタと震わせている。
さっきまでの、すっきりしたという蛍の笑顔から、『サァーーー』と一変に血の気が引いていく。
「おい、ほたる。震えているぞ、どうしたんだよ! 何があったんだ」
「ほたる、顔色が真っ青ですよ。大丈夫ですか?」
幸介とキャサリンが蛍の様子を心配して声を掛けるが、蛍は無反応で、桜色の唇を薄紫に変えてぶつぶつと呟くだけだった。
「なんで…………ダム……神……大王…………」
「なんだよ!? ほたる、ほたる、ほたる。どうしたんだよ、ダムってなんだ? おい、ほたるっ」
俺が、蛍の顔を覗き込むようにして肩を掴んで揺すっても、蛍はまったく反応せずに、驚愕の表情を変えず呆然と遠くを見つめたままであった。




