15 開花する能力と合体技
翌朝、幸介に叩き起こされ、引きずるようにして連れて行かれたのは、城壁をひとつ抜けた広大な平地だった。
昨日は直進しただけで、気が付かなかったが、二重城壁は二枚目の壁が内側に反っている構造で、門から門の道を離れると、二枚の壁の距離が広がるようになっていた。
門から門の道は100メートル強であったが、そこから左右に離れれば、離れるほどふたつの壁の距離は広がっているようで、幸介に連れて来られたのは門を出てから右側に10数分、約1キロメートル進んだ、壁と壁がおよそ400メートル程度離れた場所であった。
昨日は、遠くに見えていた兵舎や傭兵たちの住処も、ここからなら家の形が見えるほどになっている。
あと500メートルくらいだろうか?
◆◇◆◇◆◇
「ふぁーーーーー。こんな朝から、ここで何を?」
「朝練に決まってんだろ! ボケボケすんなよ。今、俺たちにできることは、体を鍛えることだけなんだよ」
「ふぁー。あっ、そうだな」
ようやく眠気が取れてきて、周辺の様子が昨日までの平和な雰囲気とは少し違っていることに気が付いた。
ブルーリバー全体が、なにか得体の知れない緊張に包まれているようだった。
「なあ、幸介。今日は兵士が多いし、慌ただしいようだけど? 何かあったのか?」
「さあな。俺もこんなのは、はじめてだ」
「そういえば、昨日、エドワードさんが、なんとかって隊長を呼んでたな。あれが関係してるのか?」
「そうかもしれないな。ほたるが聖母だと確認された途端のことだから、警備を増やしたのかもしれんな」
「そっか。ほたるはそれほどの重要人物なんだな」
「だな。まあ俺たちにとってもそれは同じだろ」
「ああ、そうだったな」
ピリピリしている街のことを話しながら、体を動かしはじめた幸介を見て、俺も準備運動に入る。
そういえば、と思って、左上腕を見てみると幸介たちと同じような七星刻がはっきりと浮かび上がっていた。
また、ふたりとは位置が違うようだが。
「やっぱり、出たな。お前は何の能力が……。あっ、もしかしてビビリ能力か?」
「ふざけんな!」
「おっと。ハハハ、まだまだだな」
「ふん、言ってろ!」
幸介が俺の七星刻を見て、ふざけたことを言ったので、一発パンチをお見舞いしてやろうとしたら、あっさりと掌で受け止められてしまう。
それでも俺は、体が軽くなって、自分の全身の筋力が上がっているのを実感できたし、より上がる能力が何か、少しワクワクしてしまう高揚感を覚えていた。
◆◇◆◇◆◇
準備運動と軽いランニングを終えると、幸介が少し離れた場所で、念入りに柔軟運動をしていたキャサリンを呼ぶ。
「おーい、キャサリン! いつものやつ、達也を実験台にしてやってみようぜ」
「達也がですか? 大丈夫ですの!? 幸介さん、ビビリには無理かもしれませんし、危険ですわよ」
「あ、キャサリン、おはよう。……って、おい、幸介、俺に何をさせる気だ。危険なのは御免だぜ」
「心配ないさ。ビビってんじゃねぇよ。武器も練習用にするし、ウィリアム・テルに比べれば可愛いもんだ」
「おい、おい、勘弁してくれよ。英雄になって、すぐにリタイアとか格好悪すぎるだろ」
「まあまあ、俺の見立てを信じろ。お前なら、きっと、ちょっと掠るくらいさ。それに刺さることはないから安心しろ」
「…………なんか、お前、安心できないことしか言ってないんだけど!? 気のせい?」
「なんだよ、お前、左上腕の刻印は偽物か? さっさとレベル上げないと落ちこぼれるぞ!」
「うぐっ。……分かったよ、やればいいんだろ、やれば。で、どうすんだ?」
「そうだな、ちょっと俺から15メートルくらい離れてくれ」
なにか騙されたような感じがしたが、落ちこぼれるとか言われては、やるしかないと覚悟を決めて、俺は幸介とキャサリンの練習(実験?)に付き合うことにした。
幸介に言われた通りに15メートルくらいの間合いを取ると、いつの間にかキャサリンが幸介の側まで来ていて、屈伸運動をはじめている。
「行くぞ! 危ないと思ったら避けろよ」
なんか、本当にとんでもないことをやらされるのかと正直ビビったが、幸介を信じて待つと、キャサリンが幸介の陰に隠れ、ふっと上体が見えたかと思ったら、幸介の肩に乗ったように見えた。
「うおぉぉぉーー、おりゃーーーーーーーっ!!」
幸介が上体を逸らして、体全体を使い、気合を入れた掛け声を上げる。
同時に砲丸投げのように何かを上空に投げ、力いっぱい投げられた黒い影・キャサリンは、一直線に俺の方の上空にやって来る。
キャサリンは10メートルはあるかと思える高さを一気に稼いでいた。
そして、上空でいったん静止する直前に、『すげーな』と思って、ただ見上げているだけの俺を目掛けて、棒手裏剣を投げてくる。
「危なっ! 殺す気かっ!!」
俺は、棒手裏剣が飛んでくるのが見えたので、必死に安全な場所を探して逃げる。
キャサリンは上空の頂点で、ほんの少しの間、静止し、そこから落下しはじめて着地するまでの間に、第二撃、第三撃と棒手裏剣を投げ、俺は放たれた棒手裏剣の軌道を見ながら逃げ続ける。
ちなみに、投てきされた棒手裏剣の数は、あとで数えたら21本であった。どうやら1度に7本投げているらしい。
『マジ危険!』と本能が叫び、必死になって逃げ続けた俺だが、いつの間にか15メートルあった幸介との間合いが、1メートルまで詰まっていて、幸介に『いらっしゃーい』と言われ、体をクルリと回転させられて、羽交い絞めにされてしまった。
「よっしゃ! キャサリン、成功だ」
俺の拘束を解いて、声を上げる幸介に、転がるように着地して、決めポーズを取っていたキャサリンが笑顔で振り返る。
「やりましたわ。上手くいきましたね。必殺技完成ですわ! ……まあ、達也も掠ったくらいのようだし、なかなかでしたよ」
ふたりはハイタッチをして、技の成功を喜んでいる。
ついでに、なおざりで褒められているみたいだが……。
後ろを振り返ってみると、正面、つまり幸介のもとにしか逃げられないような『U』という形が横を向いた跡が3つできていた。
棒手裏剣は先が尖っていない練習用のものだったようで、数本は地面に刺さっていたが、ほとんどは、いったん刺さって倒れたようで、いくつかは跳ねて飛び散っていた。
それを見て、なるほどな、と俺は思った。
敵の逃げ道をキャサリンの棒手裏剣で封じ、幸介の間合いまで誘導することを目的とした合体技。
逃げ道は正面だけなので、それ以外へ避けようとすれば、キャサリンの棒手裏剣の餌食になる。
正面に逃げ続ければ、キャサリンの棒手裏剣は避けられるが、幸介の間合いに無防備で入ってしまう。
そうなれば、幸介の正拳付きが炸裂するという仕掛けだ。
今回は捕まえられただけだったが、木さえも圧し折る正拳付きを撃たれていたら、間違いなく俺は吹っ飛んで、無事では済まなかっただろう。
キャサリンの脚力、上空で攻撃できる身体能力、着地能力(爪先・脛・太腿・背中・肩の順で衝撃を吸収する五点着地)と、幸介の腕力、攻撃力が見事なコンビネーションでひとつの技を生み出していた。
確かに、ふたりがハイタッチで喜ぶのも分かる必殺技だなと感心する。ふたりは、こんなことを毎日、練習していたんだな……。
ただ、この技って初見なら、成功率は高いだろうが2度目だったりすれば……。
当然、違う避け方、たとえば側面に落ちてくる棒手裏剣を弾いて横へ逃げるとか、あるいは、敵が武器を持っていて棒手裏剣を弾いたら通用しないと思い、それを伝えると幸介は、そうか気が付いたかと、少し満足そうな顔をする。
「ああ、分かっているさ。その辺はこれからだな。今のは、俺は大人しくしていたが、動こうと思えば動けるだろ。キャサリンの上空からの攻撃と俺の正面からの攻撃。これを組み合わせることによって、さまざまなバリエーションができる。つまりな、この技は成長するんだ」
「なるほどな。さすがだな。そこまで考えていたのか」
「当たり前だろ。俺を誰だと思っているんだ。よしっ! じゃあ、そこまで分かっているなら、もう1回、行こうか!?」
「えっ! またやるの?」
「おうよ、達也がどう対処するか楽しみじゃねーか。なぁ、キャサリン。今度は先が尖った本物でいってみるか。ガハハハハハハ」
「わたくしは構いませんわよ。今度は当ててみせましょうか?」
「い、いえ、結構です。そこは、絶対に、練習用でお願いします!!」
幸介とキャサリンが笑いながら俺を見て、『そんじゃ、行くか』という声とともにまた、俺と幸介は15メートルの間合いを取る。
同じようにキャサリンが上空へ舞い、第一撃を投げてくる。第一撃が前進して避けた俺の周辺を通過し、キャサリンの手元から第二撃が撃たれた瞬間。
「よしっ! ここだ!」
気合を入れて、動き始めると第二撃の棒手裏剣が、まるでスローモーションで動いているように見え、俺は横になったU字の上側をダッシュですり抜ける。
背中を掠めるような錯覚はあったが、実際には棒手裏剣の軌道とは、ある程度の距離が取られていて、棒手裏剣は、獲物を逃して落ちていった。
後ろを振り返ると、一気に5メートルくらい動いたようで、幸介との間合いも最初と同じ15メートルか、それ以上の十分な距離を保ったままで、向き合える形となっていた。
「えっ! な、なんだ、今のは? 達也、お前、何をした? まさか……それが……」
「いや、気合を入れて、ダッシュして避けただけなんだけど……」
「ありえませんわ! いくら本気でないにしても、あんな一瞬であそこまで……。わたくしの棒手裏剣の連撃に当たることもなく、弾くこともなく、すり抜けるなんて。それは……あの……」
驚く幸介とキャサリンであったが、ふたりで顔を見合わせ、何かに感付いたようで、『せーの』と上体を揺らし、『達也のスーパー能力の……』と声を合わせて、続ける。
「「逃げ足!」」
「プッ、プッ。ギャハハハハハハハハハハ」
「プハッ、ハッ。ガハハハハハハハハハハ」
「おいおい、ハモったり、笑うのは勝手だけど、違うだろ。逃げ足じゃねーよ。瞬発力だろ! いい加減にしろよな、お前ら!!」
「まあ、達也らしいな。いい動きだったぜ。ガハハハハ」
「ですわね。素晴らしい逃げ方でしたわ。ギャハハハハ」
どうやら、俺の特に伸びた能力が、瞬発力ということは分かったのだが、はじめの高揚感は、ふたりの笑い声とともに消えていってしまっていた。
『見てろよ、お前ら!』と、心の中で叫び、笑い転げるふたりを無視して、この力をどこでどう使うのが最も効果的かを必死に考える俺であった。