1、おはよう
「……、お~い。起きろ~。ねぇ~、起きろってば~」
柔かく間延びした声が聞こえた。そっか、もう朝か。
「ふわぁ……」
身体を起こし、思いっきり伸びをする。嫌な夢を見た所為か、かなりだるい。
「お、ようやく起きた。由美ちゃん、おはよ~」
そう言ってにこやかに挨拶をしてくる人物が一人、私のベッドに腰掛けていた。
「ああ、おはよ……。ってっ!」
バチンッ! と景気の良い音が部屋中に鳴り響いた。
ええ、思いっきり平手で打ちましたとも。
その当の人物の右頬っぺたを。
「あああああ、あんたっ! なんで私の部屋にいるのよっ?」
抜け出た布団を被り直した。いや、今更隠れてどうなる訳ではないのだけれども。
不審者がいた。いや、まぁ、よく見知った顔ではあったのだが。
「いったぁっ! いや~、だってそうしないと起こせないじゃん?」
「そうじゃなくってっ! なんで勝手に入ってんのよ?」
そう、花の乙女の部屋に不法侵入をかましていやがったのは何と男である。
誰あろう私のいとこ、高砂透であった。
「勝手じゃないよ。ちゃんと伯母さんに許可取ったし」
ママの馬鹿野郎っ! 親戚だからって娘の部屋に男子を上げるなよ。
「そういう問題じゃないわよっ! てか、寝てる間に変なことしなかったわよね?」
「え? いや……。何もしてないけど……?」
思いっきり眼を反らせる透。何故か腕を背中に隠している。
「……、なにもしなかったのよね?」
「うん。な~んにもしてないよ。じゃ、じゃあ、俺は下で待ってるから……」
そそくさと退室しようとする透。右手にはどう見ても黒く細長いものが握られている。
すかさずその右腕を確保して引き寄せた。勢い余って二人ともベッドの上に倒れ込む。
「おいっ! このマジックは何だっ?」
「い、いや、えっと、何と言いますか……」
その時、部屋の扉が開いた。顔を出したのはママである。
「二人ともどうしたの~? あら? まぁ……」
その言葉だけを残し、ママが扉を閉めた。
「ちっがーうっ!」
思わずそう叫んだ私の顔には、後で見たら、小さく泣き黒子が描かれていた。