306 邂逅
見るからに悪い顔色で、けど、しっかりとした足取りで前に進み出る山田くん。
さすが天の加護持ちというか、私にとってはイヤなタイミングで、山田くんにとってはいい感じのタイミングで登場するなー。
あー、また話がややこしくなる。
「久しぶりだね。若葉さ、ん?」
山田くんが私のほうを見ながらそう言った。
なんで語尾が疑問形?
最初は睨む勢いだったのに、今はなんか怪訝な顔してるし。
私の顔に何かついてるか?
目には瞳がいっぱいついてるけど。
「まあ、いい。それよりも、俺にも話を聞かせてほしい。その権利はあるだろ?」
山田くんは軽く頭を振ってから、そう続けた。
よくはわからないけど、何か気になることでもあったらしい。
まあ、私としては来ちゃったからには仕方がない。
追い出すこともできなくはないけど、それはそれでややこしくなりそうだし。
もう、山田くんが来ちゃった段階でどっちに転んでもややこしくなるっていうね。
「どうぞ、ご自由に」
仕方がないので消極的な肯定をしておく。
歓迎はしてませんオーラを出すのも忘れない。
「ありがとう」
だというのに、それを気にすることなく、むしろ挑みかかるような感じの山田くん。
大島くんがスッと動いて、山田くんに椅子を持ってくる。
山田くんが大島くんにお礼を言いながらその椅子に座り、大島くんも自分の椅子を持ってきて山田くんの隣に座った。
なぜだろう?
その様子を見ていた一部の女子たちから「ほう」という吐息が聞こえてきたのは?
山田くんが椅子に座り、そしておもむろに周囲を見渡した。
その目がいくつかの場所で止まり、最後に私のほうをまた向く。
んー、むー。
しょうがない。
「十軍、ここに」
私の宣言を受け取り、目の前に数人の白装束が姿を現す。
転生者のほとんどがその姿を見た瞬間、驚いていた。
この白装束たちは、私の率いる魔王軍第十軍の兵士たち。
その中でも特に隠密に秀でた奴らを、隠れて転生者たちを見張る任務に就けていた。
山田くんはこいつらがいることを見破り、視線を止めたみたい。
って、よく見たら真ん中にいるのフェルミナちゃんじゃん。
君、肩書では第十軍の副軍団長なはずなんだけど、何でこんな雑用やってんの?
私が不思議がっていると、それを察したのかフェルミナちゃんの額に青筋が浮かんだ。
実際にはそんなもの見えないけど、なんか雰囲気で伝わった。
あんたが寝こけてるからだよ! って感じのなんか思念が。
うん、正直すまんかった。
「この場は解散。指示あるまで休息するように」
私の命令に従い、白装束たちが音もなくその場から消える。
どこからか、「忍者」という声が聞こえた。
うん、正直うちの第十軍の兵士のほうが草間くんよりも忍者してると思う。
あ、他の白装束が出ていった中、フェルミナちゃんだけは三階に上がってったっぽい。
そういえば錯乱して寝かせてた長谷部さんがいるのか。
その見張りは誰かしらがしなきゃだもんね。
それを幹部のフェルミナちゃんがやるのはいろいろ間違ってる気がするけど、私は何も言うまい。
「今のは?」
山田くんが険しい顔をしながら聞いてくる。
「魔王軍第十軍の兵士です。転生者たちの見張り兼護衛をしてもらっていました」
私のその言葉で、転生者たちがザワザワしだす。
あんなのが気づかれることなくすぐ近くにいたとわかれば、そりゃそうなるわな。
気づいていたのは、田川くんと櫛谷さんの二人くらいかな?
あと先生も、と思ったけど、先生も目を丸くしてるから気づいてなかったっぽい。
「魔王軍の精鋭ってわけか」
いえ、一兵卒です。
あ、イヤ、けど、私のスパルタ訓練で他の軍団の兵士よりかは格段に強いから、精鋭と言えなくもない、のかな?
まあ、誤差みたいなもんだよ。
一兵卒一兵卒。
山田くんの顔色は優れない。
白装束たちの動きを見て、自身との戦力差を考えているのかも。
勇者である山田くんの力は、まあそこらの有象無象とは違う。
けど、強いは強いけど、常識の範疇の強さに収まっている。
かつての魔王や私には遠く及ばないし、それどころかここにいる吸血っ子や鬼くんにも敵わない。
下手をすれば、さっきの白装束たちでも運が良ければ勝てるかもしれない。
一対一じゃ、まず勝てないだろうけど、二人がかりなら活路が見えてくる。
そんな程度。
なんだけど、天の加護というご都合スキルのせいで、戦力以上に何かしらをやらかしたりしそうだしなー。
「それで? ユーゴー、夏目を囮にしてここに攻め込んできた。なぜだ?」
山田くんがストレートに疑問をぶつけてくる。
う、うーん。
それ聞いちゃうかー。
私は先生のほうをチラッと見る。
わかっちゃいる。
これは避けて通れない話題だっていうことを。
けど、これを言っちゃうと先生の立場は確実に悪くなる。
なるけど、言わないわけにはいかないよな。
「エルフの長、ポティマス・ハァイフェナスは世界の敵。この世界に害をもたらす存在であり、それを討伐するために魔王軍と神言教が手を組み、今回の攻勢に至りました」
私の言葉に、先生はポカーンと口を開けている。
訳がわからないと、その顔が物語っていた。
対して、山田くんは意外にも冷静に私の言葉を受け止めている。
隣の大島くんは驚き半分、納得半分の微妙な顔をしていることから、事前にポティマスのことを知っていたわけではなさそう。
「まず、この世界においてエルフは遥か昔から世界を脅かす存在でした。エルフは表向き人族と魔族の争いを止める、真の世界平和をうたって活動していましたが、それは裏の顔を隠すためのカモフラージュ。裏ではこの星の生命力を搾取し、星の寿命を縮めている害悪です。ポティマス・ハァイフェナスはその筆頭であり、この事実を知る一部からは再三にわたりそれをやめるよう警告されていましたが、それは聞き入れられず。ついに星の寿命が危険域に達したことから、強硬手段に撃ってでたというのが事の次第です」
いきなりスケールの大きくなった話に、転生者たちがざわつく。
「ちょっと待って! 今の話が本当なら、この星はどうなるの?」
工藤さんが半立ちになりながら問い詰めてくる。
百聞は一見に如かず。
私は魔術を発動させ、この星の様子を映し出した。
地球儀みたいな感じで、現在の星を立体映像として頭上に見せる。
そこには、星の半分が崩壊した映像があった。
「現在のこの星の様子です」
唖然。
それがこの場にいるほとんどの反応だった。
事前に知っていた吸血っ子と鬼くん以外、この映像は衝撃的だったみたいだ。
まさかとか、そんなとか、そういう声が聞こえてくる。
山田くんもその例外ではなく、目を見開きながら映像に釘付けになっていた。
「こんな、嘘でしょ?」
あの冷静沈着な工藤さんが、唇を震わせながら映像に見入っている。
「嘘ではありません。何なら実際に見に行きますか?」
私の提案に頷く人はいなかった。
誰だってあんな崩壊している場所に行こうなんて思わないっしょ。
まあ、私がバリアーなりなんなり張れば問題ないんだけど、みんなはそんなこと知らないわけだし。
みんな呆然としている。
自分たちがどういう状況に立たされているのか、その答えを説明するための場。
そこで、帝国がどうのという次元を超えた、星の存続がどうのという話を聞かされて、彼らの思考能力は停止してしまっていたようだった。




