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蜘蛛ですが、なにか? 作者:馬場翁
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S30 禁忌

 夢を見ている。

――贖え。

 酷く後味の悪い夢だ。

――贖え。

 何もかもが悪いほうへ悪いほうへと転がっていく。

――贖え。

 どうにかしたい、どうにかしようとしても、その行動がかえってさらなる悪い方向へと事態をいざなう。
 そんなまるで底なし沼に引きづりこまれていくかのような状態。
 足掻けば足掻くほど体はズブズブと沈んでいく。
 そして、全身が沼に引きづりこまれ、ついには……。



 ハッと目が覚める。
 夢を見ていたようだ。
 とてつもなく後味の悪い、救われない夢を。

 目を開けてまず飛び込んできたのは、知らない天井だった。
 ぼんやりとその天井を眺めていると、すぐ横で誰かが動く気配がした。

「シュン! 目が覚めたか!?」

 慌てたようなその声の方向を見てみれば、そこにはカティアが座っていた。
 その顔には声と同様に焦燥と疲労、そして安堵がごちゃ混ぜになって出ている。

「大丈夫か?」
「あ、ああ。大丈夫だ」

 勢い込んで聞いてくるカティアの雰囲気に押されて、咄嗟にそう答える。

「よかった。いくら治療魔法をかけても目を覚まさないから、もう、目が覚めないかと」

 どうやらカティアは俺にずっと治療魔法をかけ続けていたみたいだ。
 道理で疲れた顔をしていると思った。
 と、そこまで考えたところで、カティアがボロボロと泣き始めてしまった。

「え? ちょっ!?」
「よかった。本当によかった……」

 涙を流すカティアに対して、俺はどうしていいのかわからずにあたふたとする。

「大丈夫だ。ほら、この通りなんともないから。な?」

 自分でも下手な慰めだとは思うが、しないよりかはましかと元気であるとアピールする。
 実際、体に違和感はない。
 怪我もしていないし、痛むところもない。
 寝起きのせいか、若干怠いと感じるくらいで健康そのものだ。
 ……体は。

「本当に大丈夫か? なんだか顔色が悪いぞ?」

 いつになくカティアが心配してくる。
 泣くくらいだし、どうやら俺は自分で思っているよりも酷い状態だったのかもしれない。
 気を失っている間、うなされていた自覚はある。
 治療魔法をかけてもらっていたのに目を覚まさず、それでいて酷くうなされていれば、心配にもなるか。

「ああ、大丈夫だ。ただ、ちょっと喉が渇いたかな?」

 寝汗が酷く、着ている服が水を吸収して肌に張り付いている。
 かなりの量の水分を失ったようで、喉がカラカラだった。

「あ。じゃあ、ちょっと水とコップを持ってくる」

 カティアがすぐに立ち上がり、小走りで出ていった。
 その背を見送りながら、俺は力なく寝かされていたベッドに深く体を沈み込ませた。

 視界の隅、というか、頭の片隅と言うのか、そこに、浮かぶ文字がある。
 鑑定をした時と同じような感覚だ。
 さっきからその文字が嫌な存在感を放っている。
 その文字を意識するだけで気分が悪くなってくる。
 だというのに、鑑定を違ってその文字を消すことはできない。

 そこには、禁忌と書かれていた。

 不吉な存在感を放つその文字を、吐き気を押さえながら意識する。
 すると、禁忌の項目がメニューとして表示された。


『禁忌メニュー
 システム概要
 システム各項目詳細説明
 アップデート履歴
 ポイント一覧
 転生履歴
 特殊項目n%I=W』


「うっ!」

 メニューを開いただけで襲い掛かってくる強烈な吐き気。
 凝縮した悪意を見せつけられるかのような、醜悪さがそこにある。
 俺の思考や感情を無視して湧き上がってくる、悪寒。
 本能的にメニューを閉じてしまいたくなる衝動に駆られるも、なんとかこらえる。
 吐き気をこらえて、システム概要を開く。

『システム概要
 システム稼働前状況
 MAエネルギー
 システム稼働後状況』

 開いた途端、さらなる吐き気に襲われる。
 まるで、文字から声が聞こえてくるようだった。

――贖え。

 まるで呪詛のように叩きつけられてくる思念。
 吐き気を催し、不快感を呼び起こすそれを、意識して無視するようにする。
 無視しているのに意識するという矛盾。
 それでも、そうでもしなければ気が狂いそうだった。
 正直に言えば、もうこれ以上見ていたくない。
 けど、見なければならない。
 さっきまで見ていた夢の内容が、正しいものなのかどうか、それを確かめなければならないのだから。

 俺が見ていた夢は、救われない一つの物語だった。
 誰かの視点というわけではなく、俯瞰するかのような視点で見せられた、この世界の過去の物語。
 これはただの勘だが、あれはこの禁忌とは別のもの。
 誰かが見せてくれたのかもしれない。
 その誰かの思惑は、今はいったん置いておこう。

 とにかく、俺は確かめなければならない。
 震えそうになる体を叱咤して、それぞれの項目を順に見ていく。
 システム稼働前、MAエネルギー、システム稼働後。
 そこには、俺が夢に見た内容ほぼそのままのことが書かれていた。
 システム稼働前は、地球とそこまで変わらない星だったということ。
 ただ、龍という地球にはいない生物がいたことが記されている。
 感情を交えず、ただ事実のみを列挙したかのような硬質な雰囲気の文章。
 しかし、その文字を目で追っていると、叩きつけられる思念。

――贖え。

 それを振り払いながら、読み進めていく。
 MAエネルギーという、未知のエネルギーを人類が発見し、それを使い始めたこと。
 それが星の生命力そのもので、使えば星の寿命を著しく縮めると知りもせず。
 そしてそれが龍の逆鱗に触れ、人類は滅ぼされかけた。
 その人類を龍の手から守ったのが、女神サリエル。
 しかし、龍は人類ごと星を見限り、去って行った。
 そして、MAエネルギーが尽きかけ、星の崩壊のカウントダウンが始まる。
 人類は守ってもらった恩を忘れ、女神サリエルを生贄にして星を再生させようと試みた。
 これに激怒したのが、管理者ギュリエディストディエス。
 彼は女神サリエルを救うため、システムを稼働させた。
 女神サリエルの願いと、女神の延命、その二つを両立させるために。

 そこまで読み進めた時、カティアがコップと水の入った器を持って戻ってきた。

「シュン!? あなた顔色が真っ青よ!?」

 俺の顔色はそんなに酷いんだろうか?
 カティアが慌てて駆け寄ってきて、コップと水差しを脇に置いて、俺の額に手を当てながら治療魔法をかけてくれる。
 これは精神的なものからくるもので、肉体を治す治療魔法をかけてもらっても効果はない。
 けど、カティアのその気づかいが、荒んだ心を潤してくれる。

「ありがとう。少し楽になった」

 本心からそう告げたのに、カティアは納得していないのか心配そうに見つめてくる。
 寝汗にさらに冷や汗をかいたせいで、さっきよりも喉の渇きが酷くなっている。
 カティアが置いたコップに手を伸ばす。
 が、俺が手に取る前にカティアがコップを掴み、そこに水を注いで口元に運んできた。
 これは、飲ませてもらう流れか?
 病人でもないのにそれはちょっと恥ずかしいというか、なんというか。

「じ、自分で飲めるって」
「いーえ、駄目です!」

 やけに押しの強いカティアの勢いに負けて、そのまま飲ませてもらう。
 乾いた喉に冷えた水が流れ込む。
 あっという間に一杯目を飲み干し、まだ足りないのが伝わったのか、カティアが二杯目をすぐに用意してくれた。
 二杯目を飲み干して、ようやく一息つく。

 飲みながらも、禁忌メニューに目を通していた。
 概ね、夢の通りの内容だった。
 ポティマスの名前がないことや、龍がMAエネルギーを奪っていった話がなかったりと、禁忌の内容は歯抜けになっている部分もある。
 けど、ほぼ夢の内容と同じだ。

 システム概要を閉じる。
 他のメニューにも目を通したいところだけど、気力が持ちそうにない。
 一応軽く他のメニューを開いてみると、システム各項目詳細説明は、見るのが嫌になるくらいびっしりと文字で埋め尽くされていた。
 これを隅から隅まで読み切るのは普通に大変だし、一文字読むごとに精神が追いつめられるとあっては、とてもではないがすぐに読み切れるとは思えない。
 諦めて次のアップデート履歴に目を通すと、そこもまた負けず劣らずの文字びっしり状態だった。
 そこでもう、俺の気力は萎えてしまった。

 禁忌メニューを閉じる。
 閉じても、頭の片隅にある禁忌の文字が消えることはない。
 そして、そこから漏れ出てくる思念も。
 メニューを開いている時に比べればましだが、これがずっと続くのかと思うと嫌になる。

 大きな溜息を吐いて、ベッドから立ち上がる。

「シュン、まだ安静にしていたほうが」
「いや、行かなきゃいけない」

 さっきから、下の階がざわついている。
 どうやらここは建物の二階らしい。
 俺は何かに導かれるようにして部屋を出て、階段を下っていく。
 カティアがそんな俺の背後からついてくる。
 そして、階段を下りきったそこには、俺が気を失う直前に見た人物がいた。

「その話、俺にも詳しく聞かせてもらえないか?」

 俺の声に反応し、白い少女が振り向く。
 複数の瞳が俺のことをまっすぐに捉える。
 ユリウス兄さまを殺した、その瞳が。
 禁忌LV10
 情報開示(だけとは言っていない)
 意図的に削除された情報は、D様がより楽しむためにあえて外している。大体悪いのは人類だという感じに見えるような文章にしてある。その上で文字を見てるだけで罪悪感を煽りに煽りまくる精神攻撃付き。そんなのが四六時中頭の中に居座ってたら、温厚な白さんもブチ切れますがな。残りの項目の詳細はおいおい。

 シュンの見た夢
 誰かが見せた夢?
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