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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
第1部 Remaining story 残光
11/56

10.Correction person 修正者

 眼前に“翼の騎士”が現れる少し前。

 少女は、自らと光陽を監視している不可視の存在に気が付いていた。

 仮面にコートを着た存在。深夜に彼女が“光の球体”だった時、上空から見下ろした際に街中で多く確認したモノだ。


 【兵士】。『王』に従属する『従者』の一角。単体で、戦う様子は無さそうだったので、放っておいた。

 すると、響いた銃声と共に存在が消え去った。撃たれた者が、その使役者だったのだろう。

 ざまぁ。と心の中で罵っておく。そして―――――


 「…………」


 ソレは、片膝をついており、翼は自らを包むように休めていた。

 光陽と少女の前に突如として現れたのは、中世のヨーロッパをイメージする甲冑とその背に生えた大きな翼を持つ存在だった。

 何かの古い物語で出てきそうな、その井手立ち。明らかに“現実に存在するモノ”ではない。


 腰に剣を携え、包むような翼は、しゃがんだ姿勢から直立へ移ると同時に、羽を散らしながらゆっくり広がる。


 「第四降臨主格状況確認。推定名称『光王』。光力形状一致。適合率九割。以下情報ヨリ……確定理論ト断定」

 「……はは。まさかな、本当に後が無いとでも言うのか?」

 「対光力仕様確立。存在鏖殺条件確認………………承認。光力存在鏖殺開始。[考察断]」





 「……おい。アレってやばいんじゃないか?」


 唯一状況を、明確に認識している少女へ、光陽は後ずさりしながら説明を求める。


 「ああ、ヤバいよ」


 少女は、不敵に笑っている。だが、どんなことでも余裕の雰囲気で笑っていたが、今は余裕の無い、引きつった笑みを浮かべていた。


 「我の存在が証明しているだろう? この世界の“理”を根底から覆す存在が“居る”とな。そして、アレは……ソレを修正しようとする、この世界の断片を具現化したモノだ」

 「……は? オレにも解るように言え!」

 「【英雄】だ。この世界のズレを修正する事が、“人”では不可能になった。だから、『彼ら』は世界の断片を拾い上げて――――」


 少女は目の前の“翼の騎士”ではなく、傾いた太陽によって、オレンジ色に染まり始めた空を見上げて呟く。


 「何をしようと?」


 “翼の騎士”―――【英雄】が腰の剣を鞘から引き抜く。それだけで風が巻き起こり、一度だけ羽ばたいた翼で、その姿が浮かび上がった。


 舞い散る羽とオレンジ色に染まった陽射し。まるで一枚の絵画のような幻想的な風景は、思わず、現実の世界に居る事を本当に忘れてしまいそうだった。

 明らかに何か起こる。いや、起こすのだ。目の前の翼を持つ非現実は、間違いなく二人に対して――――


 「下がってろ!」


 光陽は少女を庇うように前に立つ。

 厄日とか、そんな段階を越えている。だが、光陽は退くに引けなかった。

 退路が無いのだ。二人の居る場所は建物の屋上。飛び降りるにしても飛び移るにしても、どちらも距離があり過ぎる。それに、【英雄】の翼は飾りではない。ソレに似合った機動力がある事は、浮かび上がる姿を見れば明らかだった。


 はっきりと理解している。そうでなければ間違いなく―――死ぬ。目の前に起こる事を否定しては、生きていけない世界で戦っている。昔も、今も―――


 「このまま貴様の背に頼りたいところだが―――」


 すると少女は横から光陽へ抱き着く。腰に手を回し、抱える様に彼を掴む。


 「馬鹿、放れろ! 『玄武双璧』が使えな―――――」

 「しっかり掴まり給えよ?」

 「は? はぁぁぁぁぁ!?」


 投身自殺の様に背面から屋上から飛び降りたのだ。下に在る車道へ、落下する浮遊感が光陽を襲う。

 飛び降りると同時に屋上が吹き飛んだ。【英雄】の振った剣が、衝撃と破壊を引き起こしたのである。

 遠くに存在する建物の同じ高さに在る窓ガラスが弾け飛び、近くに在る看板が吹き飛んだ。

 まだ下に居た野次馬たちは、不意に起こった破壊に悲鳴を上げて逃げ出す。渋滞で止まっている車からも、異常な状況に車を捨てて逃げる者達も同様である。


 「バカァ! これじゃ反撃出来ないだろ!! そもそも死ぬ!」

 「死なんよ。この程度で死ぬなら――――!?」


 【英雄】は屋上の端に足をかけて、落下していく光陽と少女を見下ろしていた。そして、巨大な翼を広げて飛翔すると、自らも飛び降り、滑空するように追ってくる。

 その様子を見ながら少女は、人の居なくなった車の一つに着地した。落下の衝撃を吸収した車は、大きく凹み潰れる。

 抱えてられていた光陽は、空中で放られ別の車に背中から激突していた。


 「うごご……流石に効く――――」


 五階建ての建物から飛び降りる経験なんて有る筈がない。背中に鈍痛を感じながら悶絶していた。


 「やれやれ。あまり余裕は無いのだがな―――」


 にっ、と少女は不敵に笑うと、その片手が眩い光を放っていた。その光を少女は投げる様に【英雄】へ投げ上げる。


 「『ジャベリン』!」


 点が線に伸び、光線と成って【英雄】に直進する。文字通り、光の速度で直撃し、閃光と衝撃を生じる炸裂が周囲の物質を揺らした。


 「無茶苦茶だ……」


 なんとか立てるまでは回復した光陽は、もう結果だけを見ていた。少女の攻撃で、【英雄】が吹き飛んだ。あの攻撃は間違いなくただでは済まないだろう。


 「あの程度で消えるなら、【英雄】などとは言わないさ」


 少女は光陽の傍へ寄り、再び彼の身体を抱えた。周囲の人間は二人に注目し、その場にいた一部の警察関係者も、


 「おい! 貴様ら止まれ!」


 二人を引き留める。するとそこには光陽の見た顔があった。昨日、職務質問を受けた刑事である。


 「あ、お勤めご苦労様です」

 「お前は―――――」

 「追ってくる」


 光陽の顔を見ている刑事の真横の車に【英雄】が着地する。先ほどの光線のダメージは羽が少しだけ焦げている程度であり、それ以外は目立った損傷は無い。


 「チッ!」


 少女は再び光陽に抱き着く様に抱えると、見た目に反した身体能力で、軽々と跳躍した。その刹那――――


 「―――――」


 元居た場所が縦に割れた。それだけに留まらず、剣線上に在る道路から建物まで、ケーキを斬るように両断されている。


 「な、なんじゃ!? こりぁぁ」


 二人は少し離れた所に着地。元居た場所で刑事が叫んでいる様子が見えた。


 「おいおい! マジかよ!?」

 「ああ、礼節に欠けているよなぁ。我の愛しき否定者は」


 【英雄】は、一度蹴って風に乗った羽のように飛びながら、一瞬で間合いを詰めていた。万物を両断する剣線が再び二人を襲う。


 「シッ!」


 少女は光陽を抱えたまま飛び退き、下がりながら先ほどの光線を、下投げで【英雄】へ行う。


 「光撃類『放ツ』低。耐性獲得。対光力仕様ニ送付。次行使ヨリ無効[考察断]」


 しかし、【英雄】は、剣を一度振って、あらぬ方へ容易くソレを弾く。光線は、容易く軌道を変え、そちらで炸裂する。


 「これはキツイ。少しずつ修正していくつもりだ」

 「……どういう事だ?」

 「アレの標的は全ての“不具合”だ。故に、その“耐性”を獲得する能力がついている。いずれは……倒せぬ存在が消え失せるということだ」

 「……チートかよ。夢物語に出てくる“英雄”か――」


 強く、そして悪に決して負けない正義そのもの。光陽の知る“英雄”とは一般的な解釈と変わらず、その程度の物だった。


 「いや、アレはまだ“英雄”じゃないよ」

 「は? お前、さっきから意味がコロコロ変わってるぞ?」

 「つまるところ、アレは不完全なんだ。まともになるには、後二〇〇年は必要だろうな。っと」


 放れた距離から、横なぎの斬撃が襲い掛かる。

 少女は屈んで躱し、浮いたキャスケットと頭の間を斬撃が通過する。桜色の髪の毛が僅かに散り、攻撃の届いた辺りの建物に斬り込みが入った。


 「まぁ、そう言うわけで」


 少女は【英雄】の足元を攻撃すると、車は爆発して吹き飛んだ。【英雄】は爆炎に呑まれる。


 「奴は一切の慈悲が無い。元より機械のようなものだからな。とっとと逃げるに限る。我らが居なくなれば、自ずと別の標的へ向くはずだ」


 光陽へ抱き着く様に少女は身を寄せる。再び跳躍しそうな雰囲気に、


 「ちょっと待て! それなら、お前が追われてんじゃね!?」

 「貴様に抱き着かれるのも、抱き着くのも悪くない。ただ、厳粛な戦場だということは明確に理解して、卑猥な行為はなるべく控えてくれよ?」

 「誰がやるか!」

 「おっと―――」


 爆炎と煙が、翼を振って起こった風によって振り払われる。その根源である【英雄】は再びこちらへ飛翔しようとしていた。


 「ほら、行くぞ」

 「ば、馬鹿! そこだと胸が――――」

 「んっ……ほら、まぁ健全な男子と言う事だな。続きは夜まで待て」

 「いや、今のは事故―――――」


 そんな事をしていると、当然【英雄】は間合いを詰めて剣を振り下ろしていた。舞い散る羽に気が付いた少女は、避ける為に跳ぶ。しかし、


 「あ」


 途端に乗っている車の屋根が凹み、跳ぶタイミングを逃してしまった。


 「あ、じゃねぇぇぇぇ!!」


 振り下ろされる剣の威力を目の当たりにしていた光陽は叫ぶ。

 その斬撃が届く数瞬、光陽は唯一届いた足で剣の側面を蹴って、軌道を逸らした。横の歩道に並ぶ建物が、斜めに両断されると、斬り崩れて大惨事になる。


 「はわわわ」

 「あっはははっ! 流石だ! 惚れ直したぞ!」


 その隙に少女は光陽を抱えて跳んだ。今度は大きく跳躍し、車線を挟んで近くのビルの屋上へ。





 「……まったく、本当に手が足りないのは問題だねぇ」


 響いた銃声による混乱よりも上回る事態。それに見舞われた現場では、根源たる二つの存在が、その場から去った事により一時的に事態は終息を迎えていた。


 そこへ、アスラは歩きながら状況を確認していた。


 本質の姿では明らかに補導されるので、彫の深い中年男性の顔を創り出している。それ以外は、相変わらずの筋肉質な巨漢にあまり見ない民族着とマントを羽織っていた。


 「アスラさま」

 「お、セン氏。フェル氏が撃たれたって?」


 着物を着た少女―――センはガードレールに座ってアスラを待っていた。


 「雷さんが病院に急行しました。生き残る可能性は五分だそうです」

 「ごめんね。撃った奴を見つけようにも、『スライサー』は難しくて。吾輩の嫁は落下地点の検証で忙しい。ノハ氏も無茶出来ないからねぇ」

 「いえ、ナンドはいつも言っていました。死んだら所詮は、その程度、だった、と」

 「ドライだねぇ。けど、死ぬときは死ぬよ? 彼らはそう言う存在だ」

 「心得ています。そう、心得ているの。ですから、わたしは必要以上に踏み込まないのです。失礼します」


 一度お辞儀をすると、歩くセンは煙の様に消えた。必要な事だけを伝えたので、もう用は無いと言った風だった。


 「……セン氏。君は一番感情的だよ。撃たれてからずっと彼に着いているんだろう?」


 アスラは、ナンドとセンの関係を知っていた。知っているからこそ、センは自らの存在を、全てかけてでもナンドを救うつもりなのだ。


 「フェル氏、セン氏、不甲斐ない『王』で済まないな。借りは必ず返すよ。吾輩が直接な」


 部下を傷つけられたアスラは、もはや様子見など言ってならないと判断していた。本気でE市に入り込んだ外敵を消滅させるつもりで憤怒を纏う。

 残されたエネルギーの後を辿る。車道に何度か着地し、対面のビルの屋上へ移動、そのまま向こう側へ―――


 「――――そっちか……クソガキ共」





 光陽と少女に対する【英雄】の追撃は続く。

 翼に頼った機動力だけではない。地に足を着ければ一歩の踏込みで、確実に剣の間合いに踏み込んでくる。最初は剣を雑に振り下ろしたり、振り抜いたりするだけだったが、その動きは、少しずつ隙の無いものに修正されている。


 場所は深夜に光陽と少女が戦った公園へ。

 【英雄】の剣が振られる度に、階段が吹き飛び、外灯が斬り落ち、風景を彩る木々が宙を舞う。


 「はぁ……はぁ……流石に“強い”!」


 狙われている少女は光陽を抱えていると言う事もあり、中々攻勢に移れないようだった。

 度々、あと一歩で斬られるという所で、光を放ち、距離を置いたりして牽制しているが、それも限界に近づいていた。


 対する【英雄】は、淡々と襲い掛かってくる。その様子には、何の感情も感じられない。ただ、人が手を動かすことに疑問を感じない様に【英雄】にとって、少女を斬るという行為はソレに該当するものなのだ。


 「不完全の癖に……性能が最初から高すぎる。焦るにしても、もう少し余力を考えてくれてもいいだろうに」


 人外的な動きを見せて【英雄】の攻撃を躱し続ける少女は、薄く汗を掻きながら楽しそうに笑っている。


 「うぇ……。絶叫マシーンは苦手なんだよ。うっぷ……」


 光陽はそんな人外の動きをする少女に抱えられて、上下左右に動いた際に受ける重力に、三半規管が限界を迎えていた。世界がぐるぐる回ってる。


 「――だが、これ以上は限界だな。我が奴を討つ。その隙に貴様は逃げると良い」

 「言われなくてもそのつもりだ! うっぇ……」


 【英雄】の一閃を躱し、パチンッと指を鳴らすと少女の周囲に“光の球”が現れた。

 ボウリング玉ほどの大きさをしたソレが【英雄】に接触すると、爆撃されたように地面ごと吹き飛んだ。


 「今度はなんだ!?」


 少女の隣に降ろされた光陽は、爆発で吹き飛ぶ地面の一部を見ながら、火薬ではない何かが爆発し、【英雄】を攻撃していると認識していた。


 「ただのエネルギーの応用だ。それでも足止めが精一杯なのだがな」


 爆発は続いていた。にもかかわらず、爆煙の向こう側からこちらへ歩いて来る気配を感じとる。爆発で翼が機能せず、変化する足場で進行を邪魔されている。それでも、一歩ずつ確実に【英雄】は近づいて来る。


 「行動不能まで追い込まねば、逃げ切るのも難しいか」


 爆発が止む。“光の球”は少女の周りに停滞すると、正面の四方に浮いて停止した。


 「さて……降りかかる火の粉は払わねばな。『神具』が使えない事はネックだが、これで十分だろう」


 【英雄】は爆発にて起こった煙から姿を現すと、歩みを止めて身構えた。焦げた翼が修復されていく。剣は両手で持ち、水平に寝かせる様に構えた。


 少女は空間を握るように手をかざすと、その掌に光が集まっていく。

 四方に浮いている“光の球”も繋ぐように、彼女の掌に線が伸びると、光の集まる場所へエネルギーを寄せていた。バチバチと、電気が流れる様に大気が震える。


 空気は完全に変わっている。

 深夜の少女と光陽の戦いで損傷していた公園は、これから起こる桁違いぶつかり合いの、予兆の段階で少しずつ損傷していく。

 少女のエネルギーによって地面がひび割れ、【英雄】の気迫で、残っている周囲の設置物がガタガタと揺れていた。

 【英雄】に向けて、光をかざしていた少女は、他の“光”が全て、一点に取り込まれた瞬間、ソレを握り込む。


 「『光の投槍(ジャベリン)』!」


 少女は一度身を引いて、淡く輝く光を持つ手を突き出すように【英雄】に放った。その余波で、少女の髪が舞い、光陽は、わー、と声を上げて吹き飛ばされる。

 放たれた光の線は、地面を薄く削りながら進み【英雄】を呑み込む。


 「―――光撃類『放ツ』低。属性攻撃上位種。損傷四割。存在鏖殺――支障無。突[考察断]」


 少女の放つ渾身の照射攻撃。しかし【英雄】は、その攻撃を正面から受けて彼女へ向かっていた。

 避けることなく進み続け、その攻撃でも止まらない。停止するよりも、正面から耐えつつ、その剣で少女を討ち取れると判断したのだ。

 少女からの光の照射が終わった瞬間、【英雄】は、全身から煙を吹き出しつつも、彼女へ剣を振り下ろしていた。


 「―――ッ!!?」


 咄嗟に少女は避けられない。だが念のため、それでも最低限の保険をかけていた。

 “光の球”を、一つだけ残していたのだ。ソレを死角から振り下ろした剣へぶつける。

 【英雄】に対する爆撃を、少女は自らを巻き込む覚悟で行った。





 「……終わったのか?」


 光陽は、少女の放った光線の余波で吹き飛ばされ、離れた場所に転がっていた。


 少女と【英雄】の決戦。光は止んで、公園の風景は見る影も無く変っている。

 ベンチや木々が設置されていたにも関わらず、まるで隕石でも落ちたように更地となり、人工的なコンクリートの地面だけが、辛うじて公園の名残を残している。

 その更地の中心で、最も濃い煙が晴れると、そこでは少女と【英雄】が数メートルほど位置で存在していた。


 爆発で吹き飛んだ少女は、至る所に火傷を負い、服も一部が焼け焦げて、俯せで倒れて動かなかった。

 対する【英雄】は、背に生えた翼は根元だけ残り、優雅な面影は見る影も無い。そして片手と身体の一部が消滅していた。片膝を着き、電池の切れた玩具の様に停止している。


 「ぐっ……あ……」


 力なく起き上がろうとするが、少女の片足は爆発の犠牲となり、黒く焦げて炭になっていた。彼女は、その激痛に意識を呼び戻されたのだ。

 その声に反応したのか、【英雄】が少しずつ身動きを始める。消滅している箇所が、映像を逆再生するように再生されていく。


 「やれやれ……流石にコレは……すぐに、とはいかんなぁ」


 少女は焦げた片足に触れるが、動かせる気配は全くなかった。今までとは違う“質”のダメージに修復も容易くないのである。


 【英雄】は消滅していた箇所が最低限修復され、立ち上がる。元に戻った片腕に折れた剣を持つ。

 離れた場所で転がっている、砕けた切先は消え、生える様に欠けた剣から修復された。そして、元の長さの剣を握る。


 「おい!」


 光陽は動かない少女へ叫ぶ。歩み寄る【英雄】は間違いなく彼女を斬るつもりだった。だが、その声以前に、近づく【英雄】に気づいているようだったが、


 「還るだけ……か……」


 不敵に笑って諦めているようだった。少女の前に立つ【英雄】は剣を振り上げて、


 「おい……テメェだよ!」


 突如、地面が揺れた。そして、少女と【英雄】の間を地面が割れる様に亀裂が走る。何かの予兆と想像したのか、【英雄】は警戒して少女から離れた。

 少女は、地面の割れた先を追いかけると、光陽の地面を強く踏みしめた足元からその亀裂は伝わっていた。


 衝撃を地に流して離れた場所に居る敵に当てる技。『遠当て』と呼ばれている光陽の持つ技術である。


 「あ……こら」


 【英雄】は少女よりも光陽へ意識を向ける。その様子に少女は思わず驚くと、そんな事を口走った。


 「……訳がわかんねぇんだよ! いきなりこんな状況に放り込みやがって!」


 光陽は少女に爆発するように感情をぶつけた。元は、彼女の所為でこんな事になったのだ。彼が怒る理由は少女にも理解できる。


 「そんで、ちゃんとオレを理解してんのか? ふざけてんのか? お前らは!」


 だが、その怒りの矛先は少女だけではなかった。怒りは何故か【英雄】にも向いている。


 「何一つ解らない……質問しても、的外れな答えが返ってくるばかりだ! それなのに、お前らはスイスイ状況を進めやがって! オレを無視してんじゃねぇ!!」


 怒りながらも光陽は少女に近づく。なんで怒っているのか彼自身もよく解らない。ただここで怒らなければ、本当に何もわからずに終わってしまうと思ったからだ。


 「お前だよ、お前。後、お前もだ!」


 立つ事の出来ない少女の前に立つと、指を刺しながら見下ろす。そして、少し離れた場所で警戒している【英雄】へ向き直った。


 「理由なんて必要ないだろ? お前もそうなんだろ? ならオレ達が殺し会う事に、問題は何も無ぇ!」


 光陽は、庇うように少女の前に出て【英雄】と対峙していた。


 「来いよ、“非現実”。オレが“現実”との違いを教えてやる!!」

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