表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/35

8話

目的地のカフェは、駅から歩いて数分の場所にあった。

店内はおしゃれで落ち着いた雰囲気に包まれていて、若い女性やカップルの姿が多い。


――正直、男ひとりだったら絶対に落ち着けなかっただろう。


事前に予約を取っていたので、店員に名前を告げるとすぐテーブル席へ案内された。

飲み物を注文して、ほどなくテーブルの上に運ばれてくる。


「……ごめん。さっきから、なんか……」


……やってしまった。


意識しないようにしてたけど、思った以上に“ナツさん”がアイツに似てて。


俺はアイスコーヒーのストローを何度もくるくる回す。

そのたびに氷がカラカラと鳴って、やけに虚しい。


「……まぁ、そんなに気にしなくてもいいですよ」


ナツさんはアイスカフェラテを一口飲み、穏やかにフォローしてくれた。


「そんなに似てるんですか?」


「ええ、まあ……」


「もしかして、その人のこと――好きとか?」


「いえ全然! 全く! 微塵もありません!!」


ナツさんはジトッと俺を見つめ――くすっと笑った。


あ、絶対笑ってる……!


いやまあ、自分でも必死に言い訳してるようにしか聞こえないけどさ。

とにかくこの話題はヤバい。変えよう。今すぐ変えよう。


「ナ、ナツさんは普段、何されてるんですか?」


「あ……えっと、大学に通ってます」


ナツさんはなぜか視線を逸らしながら答え、すぐ慌てたように聞き返してきた。


「ト、トシさんは……何されてるんですか!?」


「俺も大学に通ってますよ」


――嘘だけど。


「……あ、そうでしたね。はい……」


沈黙。


そしてナツさんが、恐る恐る続ける。


「……どこの大学なんですか?」


「えっ、どこって……あー、その……えーと……」


「……?」


「……と、……」


「……と?」


「――……大……学です……ふぅ……」


……うん、全然聞き取れなかった。


ナツさん、早口だし小声だしで、大学しか拾えない。

でも言い切ったことに満足したのか、彼女は安堵したように微笑んでいる。


聞き直すのも可哀想だし――


「……そ、そうなんだ」


聞こえたフリをしておこう。

俺もこれ以上掘ったらボロが出る。話題、変えよう。


「ナツさん、何か趣味とかありますか?」


「え、趣味ですか……うーん、趣味、趣味……」


ナツさんは考え込むようにストローをいじって――


「……特にないですね」


「そうですか」


「あ、でも……チィックトックとか、ユーチュウブのショート動画はよく見ます」


「どんなの見てるんですか?」


「うーん、犬とか猫の動画ですかね……」


お、広げられそうだ。


「好きなんですか?」


「はい。見てるだけで癒されちゃいます。……でも私の家、ペット禁止なので……見ながら『いいなぁ〜』って」


ナツさんは少ししょんぼり肩を落とす。


「もし飼えるとしたら、犬か猫、どっちがいいです?」


「あっ、意地悪な質問ですね。うーん……どっちも可愛いからなぁ〜」


少し考え込んで、クスッと笑う。


「どっちも……じゃ、だめですかぁ?」


――選べなかったらしい。


「でも、飼いたい子はいます! 犬ならゴールデンレトリバーか柴犬。猫ならアメリカンショートヘアか、スコティッシュフォールドです」


「犬は分かるんですけど、猫が……どんな子か分かんないです。見たら分かるかもですけど」


「え……それ、人生損してますよ」


そこまで言われるのか……。


「これです、これ……!」


ナツさんはスマホを取り出して、画面をぐいっとこっちに向けてくる。


「あぁ〜見たことあります。可愛いですよね」


「ですよね。こう……背中あたりに顔をぐっと埋めて、すぅーって……えへぇ、へへへ……」


……変なスイッチ入っちゃったみたいだ。


「……あ、あの〜」


不意に横から控えめな声。

見ると店員さんが、気まずそうにトレーを持って立っていた。


「あっ……す、すみません! お、お騒がせしました……」


ナツさんは顔を真っ赤にして、慌てて背筋を伸ばす。


その仕草が――なんというか、ずるいくらい可愛い。


「いえ……では、こちらが季節限定のフルーツタルトと、りんごタルトになります」


店員さんは小さく微笑むと、俺たちの前に皿をそっと置き、軽く会釈して去っていった。


(おお……)


目の前のタルトは、どちらも色鮮やかで宝石みたいだった。

思わず息をのむ。――あんまりこういうの、食べる機会ないからな。


(母さんたちを差し置いて、俺だけこんなの食べるなんて……ちょっと申し訳ねぇ)


……と思ってたら、隣でもっとすごいリアクションをしてる人がいた。


「……っ」


ナツさんはフルーツタルトとりんごタルトを見つめて、完全に吸い込まれてる。

ガラス細工みたいに透き通ったフルーツの輝きに、目が離せないらしい。


そして流れるようにスマホを取り出し、そっとカメラを構えた。


(あぁ〜、やっぱ女の子って撮るよな)


インスタとかに載せるんだろう。気持ちは分かる。俺も撮るし。


……まあ、ラーメンとか焼肉だけど。


(……ん?)


ふと見ると、さっきまで目を輝かせてたナツさんが、今は眉をひそめて画面を見つめていた。


「……あ、あの……トシさん」


「はい」


「こ、これ……!」


ぐいっとスマホを見せてくる。さっき撮ったフルーツタルトの写真。


「どうやったら映えます?」


「んー……角度はいいんですけど、周りがちょっとごちゃついて見えるんですよ。まずタルトだけで撮ってみましょう」


「ほうほう……」


「あと、背景を少しぼかすと一気にそれっぽくなります。ポートレートで――ほら、ここ」


俺はスマホを借りて、りんごタルトにレンズを向ける。


カシャッ。


撮れた画面を見せると――


「わっ……! ほんとだ、すごく良いっ!」


ナツさんが目を輝かせて、身を乗り出してくる。近い。近いって。心臓が跳ねた。


「じゃあナツさん、次は自分で撮ってみましょう」


「ええ……もう、この写真そのまま使っちゃダメ?」


「なら、消しときますね」


「ちょっ……! 待って待って! 撮ります! 自分で撮りますからっ!!」


バタバタするナツさんに、危うく笑いそうになる。

こらえてスマホを返すと、彼女は真剣な顔で構え――慎重にシャッターを切った。


「……あ、いい感じかも」


表情がふっと明るくなる。上手く撮れたらしい。


――俺も何となく撮っておこ。


撮影会が落ち着いたところで、俺たちはタルトを食べ始めた。


――っっっうま……!


見た目だけじゃない。味も想像以上だ。


「んっ、美味しいっ……!」


ナツさんも一口でぱぁっと目を輝かせた。


よかった。口に合ったみたいだ。


「……っ、こんな美味しいタルト、初めて食べました……」


「あ、ありがとうございます……」


――残念ながら、俺が選んだわけじゃないけど。


その後もナツさんは幸せそうに頬張っていた。

俺もりんごタルトを食べていると――視線を感じる。


「……」


ナツさんがジトッと俺を見ていた。


……あぁ、なるほど。


「……少し食べます?」


「っ……い、いえ! だっ……大丈夫ですっ!」


耳まで真っ赤にして俯く。


「別に遠慮しなくてもいいですよ」


「あ、いえ……本当に大丈夫です……カロリーが増えるので……」


「…………」


……返しづらっ。


「……じゃあ、交換しません? ナツさんのフルーツタルトを少し。俺のりんごタルトも少し」


「……それなら……いただきます」


ナツさんはそっとフォークを伸ばし、一切れだけ俺の皿へ。俺も同じだけ返す。


「……っ、こっちも美味しい」


りんごタルトを食べたナツさんが、ふわっと頬をゆるめる。

その顔を見て、俺の肩も少しだけ軽くなった。


甘い香りとゆるやかなBGMに包まれながら、俺たちはのんびり時間を過ごした。


この店を出るころ、ナツさんがふいに顔を上げて言った。


「――あ、私、お会計してきますね。先に外で待ってても大丈夫ですよ」


「……え、あ、はい……」


ナツさんはにこりと微笑むと、そのまま立ち上がってレジの方へ向かっていった。

その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐く。


……わかっちゃいるけどさ。


レンタルされた側なんだから、デートの費用は全部“レンタルした側”が持つ。


でも――どうしても、少しだけ申し訳ない。


男の俺が女の子に払わせてると思うと、なんかヒモみたいで……。


恥ずかしいような、胸の奥がむずがゆいような気持ちになる。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ