8話
目的地のカフェは、駅から歩いて数分の場所にあった。
店内はおしゃれで落ち着いた雰囲気に包まれていて、若い女性やカップルの姿が多い。
――正直、男ひとりだったら絶対に落ち着けなかっただろう。
事前に予約を取っていたので、店員に名前を告げるとすぐテーブル席へ案内された。
飲み物を注文して、ほどなくテーブルの上に運ばれてくる。
「……ごめん。さっきから、なんか……」
……やってしまった。
意識しないようにしてたけど、思った以上に“ナツさん”がアイツに似てて。
俺はアイスコーヒーのストローを何度もくるくる回す。
そのたびに氷がカラカラと鳴って、やけに虚しい。
「……まぁ、そんなに気にしなくてもいいですよ」
ナツさんはアイスカフェラテを一口飲み、穏やかにフォローしてくれた。
「そんなに似てるんですか?」
「ええ、まあ……」
「もしかして、その人のこと――好きとか?」
「いえ全然! 全く! 微塵もありません!!」
ナツさんはジトッと俺を見つめ――くすっと笑った。
あ、絶対笑ってる……!
いやまあ、自分でも必死に言い訳してるようにしか聞こえないけどさ。
とにかくこの話題はヤバい。変えよう。今すぐ変えよう。
「ナ、ナツさんは普段、何されてるんですか?」
「あ……えっと、大学に通ってます」
ナツさんはなぜか視線を逸らしながら答え、すぐ慌てたように聞き返してきた。
「ト、トシさんは……何されてるんですか!?」
「俺も大学に通ってますよ」
――嘘だけど。
「……あ、そうでしたね。はい……」
沈黙。
そしてナツさんが、恐る恐る続ける。
「……どこの大学なんですか?」
「えっ、どこって……あー、その……えーと……」
「……?」
「……と、……」
「……と?」
「――……大……学です……ふぅ……」
……うん、全然聞き取れなかった。
ナツさん、早口だし小声だしで、大学しか拾えない。
でも言い切ったことに満足したのか、彼女は安堵したように微笑んでいる。
聞き直すのも可哀想だし――
「……そ、そうなんだ」
聞こえたフリをしておこう。
俺もこれ以上掘ったらボロが出る。話題、変えよう。
「ナツさん、何か趣味とかありますか?」
「え、趣味ですか……うーん、趣味、趣味……」
ナツさんは考え込むようにストローをいじって――
「……特にないですね」
「そうですか」
「あ、でも……チィックトックとか、ユーチュウブのショート動画はよく見ます」
「どんなの見てるんですか?」
「うーん、犬とか猫の動画ですかね……」
お、広げられそうだ。
「好きなんですか?」
「はい。見てるだけで癒されちゃいます。……でも私の家、ペット禁止なので……見ながら『いいなぁ〜』って」
ナツさんは少ししょんぼり肩を落とす。
「もし飼えるとしたら、犬か猫、どっちがいいです?」
「あっ、意地悪な質問ですね。うーん……どっちも可愛いからなぁ〜」
少し考え込んで、クスッと笑う。
「どっちも……じゃ、だめですかぁ?」
――選べなかったらしい。
「でも、飼いたい子はいます! 犬ならゴールデンレトリバーか柴犬。猫ならアメリカンショートヘアか、スコティッシュフォールドです」
「犬は分かるんですけど、猫が……どんな子か分かんないです。見たら分かるかもですけど」
「え……それ、人生損してますよ」
そこまで言われるのか……。
「これです、これ……!」
ナツさんはスマホを取り出して、画面をぐいっとこっちに向けてくる。
「あぁ〜見たことあります。可愛いですよね」
「ですよね。こう……背中あたりに顔をぐっと埋めて、すぅーって……えへぇ、へへへ……」
……変なスイッチ入っちゃったみたいだ。
「……あ、あの〜」
不意に横から控えめな声。
見ると店員さんが、気まずそうにトレーを持って立っていた。
「あっ……す、すみません! お、お騒がせしました……」
ナツさんは顔を真っ赤にして、慌てて背筋を伸ばす。
その仕草が――なんというか、ずるいくらい可愛い。
「いえ……では、こちらが季節限定のフルーツタルトと、りんごタルトになります」
店員さんは小さく微笑むと、俺たちの前に皿をそっと置き、軽く会釈して去っていった。
(おお……)
目の前のタルトは、どちらも色鮮やかで宝石みたいだった。
思わず息をのむ。――あんまりこういうの、食べる機会ないからな。
(母さんたちを差し置いて、俺だけこんなの食べるなんて……ちょっと申し訳ねぇ)
……と思ってたら、隣でもっとすごいリアクションをしてる人がいた。
「……っ」
ナツさんはフルーツタルトとりんごタルトを見つめて、完全に吸い込まれてる。
ガラス細工みたいに透き通ったフルーツの輝きに、目が離せないらしい。
そして流れるようにスマホを取り出し、そっとカメラを構えた。
(あぁ〜、やっぱ女の子って撮るよな)
インスタとかに載せるんだろう。気持ちは分かる。俺も撮るし。
……まあ、ラーメンとか焼肉だけど。
(……ん?)
ふと見ると、さっきまで目を輝かせてたナツさんが、今は眉をひそめて画面を見つめていた。
「……あ、あの……トシさん」
「はい」
「こ、これ……!」
ぐいっとスマホを見せてくる。さっき撮ったフルーツタルトの写真。
「どうやったら映えます?」
「んー……角度はいいんですけど、周りがちょっとごちゃついて見えるんですよ。まずタルトだけで撮ってみましょう」
「ほうほう……」
「あと、背景を少しぼかすと一気にそれっぽくなります。ポートレートで――ほら、ここ」
俺はスマホを借りて、りんごタルトにレンズを向ける。
カシャッ。
撮れた画面を見せると――
「わっ……! ほんとだ、すごく良いっ!」
ナツさんが目を輝かせて、身を乗り出してくる。近い。近いって。心臓が跳ねた。
「じゃあナツさん、次は自分で撮ってみましょう」
「ええ……もう、この写真そのまま使っちゃダメ?」
「なら、消しときますね」
「ちょっ……! 待って待って! 撮ります! 自分で撮りますからっ!!」
バタバタするナツさんに、危うく笑いそうになる。
こらえてスマホを返すと、彼女は真剣な顔で構え――慎重にシャッターを切った。
「……あ、いい感じかも」
表情がふっと明るくなる。上手く撮れたらしい。
――俺も何となく撮っておこ。
撮影会が落ち着いたところで、俺たちはタルトを食べ始めた。
――っっっうま……!
見た目だけじゃない。味も想像以上だ。
「んっ、美味しいっ……!」
ナツさんも一口でぱぁっと目を輝かせた。
よかった。口に合ったみたいだ。
「……っ、こんな美味しいタルト、初めて食べました……」
「あ、ありがとうございます……」
――残念ながら、俺が選んだわけじゃないけど。
その後もナツさんは幸せそうに頬張っていた。
俺もりんごタルトを食べていると――視線を感じる。
「……」
ナツさんがジトッと俺を見ていた。
……あぁ、なるほど。
「……少し食べます?」
「っ……い、いえ! だっ……大丈夫ですっ!」
耳まで真っ赤にして俯く。
「別に遠慮しなくてもいいですよ」
「あ、いえ……本当に大丈夫です……カロリーが増えるので……」
「…………」
……返しづらっ。
「……じゃあ、交換しません? ナツさんのフルーツタルトを少し。俺のりんごタルトも少し」
「……それなら……いただきます」
ナツさんはそっとフォークを伸ばし、一切れだけ俺の皿へ。俺も同じだけ返す。
「……っ、こっちも美味しい」
りんごタルトを食べたナツさんが、ふわっと頬をゆるめる。
その顔を見て、俺の肩も少しだけ軽くなった。
甘い香りとゆるやかなBGMに包まれながら、俺たちはのんびり時間を過ごした。
この店を出るころ、ナツさんがふいに顔を上げて言った。
「――あ、私、お会計してきますね。先に外で待ってても大丈夫ですよ」
「……え、あ、はい……」
ナツさんはにこりと微笑むと、そのまま立ち上がってレジの方へ向かっていった。
その背中を見送りながら、俺は小さく息を吐く。
……わかっちゃいるけどさ。
レンタルされた側なんだから、デートの費用は全部“レンタルした側”が持つ。
でも――どうしても、少しだけ申し訳ない。
男の俺が女の子に払わせてると思うと、なんかヒモみたいで……。
恥ずかしいような、胸の奥がむずがゆいような気持ちになる。




