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ジョセリンの傲慢な婚活


「僕、割と詐欺ですけど大丈夫ですか」


 第一外務局の応接室。挨拶を済ませ長椅子に腰掛けると、ダスティン・カーライルが眉を下げてそう言った。ジョセリンは面食らう。人畜無害そうな奴が一番危ないと、男性同僚達が話しているのを聞いたことはある。確かめたことはないから真偽は不明だが、異性に見せる顔とは違うものが、同性同士では見られることもあるだろう。だからこの優しげで人畜無害そうに見える男も、何か危ない趣味を隠しているのかもしれない。然しそんなことを、これから見合いを始めようという時に言うだろうか。


「もしかして。この話は不本意でしたか?」


 断るに断れず話を受けたという状況を想定した。ジョセリンの方から断ってほしいということなら、遠回しに嫌われようとするのではなく、はっきり言ってほしかった。互いに時間の無駄であるからだ。


「え、いえ、違います。僕は真剣に結婚相手を探しているので、今回のお話も真剣にお受けしています」

「では何故忌避されるような内容から始めようと」

「僕、連戦連敗中でして。もう初めから原因かと思われるものを曝け出してしまおうと」

「時間短縮になりますね」


 そういうことならジョセリンも似たようなことをしていると思う。ジョセリンにとっては一番大事なことであるからダスティンとは意味合いが全く異なるが、女性騎士への反応を先ず見るべく、隊服を着て臨んでいるのだから。


「そういう……あ、うーん……結果的にはそうなりますね。僕はもう、余計な傷を負いたくないので……ちょっと迷走しているんです。貴女には失礼な話でしたね。すみません」


 ジョセリンは確かに迷走しているなと思った。真剣な割に成果を得ようと積極的になるのではなく、弱音を吐いているのである。伴侶は欲しい。でも頑張ることに疲れた。ダスティンはそういう状態でこの場に臨んでいるのだろうと推測できる。最早断られることが前提になっていることがありありと判るぐらい覇気がない。


「ええ、本当に。失礼ですね」


 そこで漸く、過去の経験ではなく目の前のジョセリンを意識したのだから。ただ、それに自力で気付き、直様謝罪ができるということは、性根は悪くない。今はただ、弱っている状態であるから、こうなってしまっているということなのだろう。これが下限ではないのだろうが、弱っていてこれならば、寧ろ。そう思ったから、ジョセリンは続けた。


「ただ、私はまだ何も貴方を判断する材料をいただいていません」


 厳しい言葉を予期して俯きかけていたダスティンが、驚いたように顔を上げた。


「それで、詐欺というのは?」

「あ、そこから訊くんですね」

「不安要素を解消するのは大事でしょう。話が進んでから重大な事柄が判明するより、ずっと良いです」


 口にしたのはダスティンである。何を以て詐欺だというのか、気にならないわけがない。ジョセリンは恋愛を求めているわけではないから、妻として適切に遇してくれるのであれば、多少の火遊びなら許容範囲である。ただ、ジョセリンの前で他の女への興味を隠さなかったり、愛人を持ちたい、外に子を持ちたいということなら話は別だ。ましてや危険な趣味となれば、生理的に受け入れられないだろう。


「さっぱりした方ですね」


 思いがけない反応に出会ったとでもいうような、力の抜けた声がダスティンから漏れた。


「貴方の求める条件には合いませんか? 連戦連敗ということでしたら、私も一緒です。一般的に、女は愛想が良く甘え上手で、適度に頭が悪い方が好まれるというのは、私も知っています」

「知っていても、そういう素振りはしないんですね」

「人生を共にしようというのに、初めから騙すようでは信頼関係が築けないでしょう」


 何より、ジョセリンは何がなんでも結婚したいというわけではない。もし、条件の合う人間と出会うことができたなら、結婚も視野に入れるという程度の話なのだ。だからなりふり構わない域には至らない。真剣さで言えば、連敗に落ち込むダスティンの方が上回るであろう。

 ふは、と、痛快なようにダスティンは息を抜いた。


「大変、好ましいです。僕はいいと思います。僕も、家族とは信頼関係を築きたい」


 ジョセリンはただ微笑んだ。問いの答えを貰わないことには、喜ばしいこととして受け取っていい言葉か、明言できない。何を待っているのか気付いたように、ダスティンは緩んだ表情を改めた。


「詐欺というのは───その。僕は今はトラグム伯の籍に入っていますが、庶子でして」

「聞き及んでいます」


 ジョセリンは簡潔に頷いた。

 後継が相次いで亡くなり引き取られたが、その後思いがけず当主夫妻の間に男児が産まれ、後継者問題が解決してしまったのだ。だからダスティンには継ぐものがない。本人が隠していないので、事前に入手できる情報だった。


「下町で育ったものですから、まあ、口も悪いですし、汚い言葉も沢山知っています。高級酒を出す品の良い店よりも、酔っ払い同士殴り合っても酒の肴にしかならないような、安い酒場の方が落ち着く質です」


 ジョセリンは聞いていることを示す為の相槌を打ち、続きを待った。ダスティンは裁定を待つような顔で黙る。無言で見つめ合う時間が過ぎた。


「それで?」

「え、だからその。立場上品よく振る舞っていますが、中身は完全に平民です。柄も悪い方です」

「それだけですか?」

「え? ええ」

「特殊なご趣味は」

「特殊な? それはどういう」

「例えば女性を痛めつけると興奮するだとか、逆に虐げられることに快感を覚えるだとか、一般的に変態と思われるご趣」

「な!? ないです!? ないです! ごく普通の性癖を持ってる筈ですけど!?」


 ダスティンは驚愕のあまり身体を引き、ジョセリンは拍子抜けした顔をした。


「失礼ですが、これまで貴族女性とばかりお見合いをなさっていたのでは」

「え、ええ。こう言ってはなんですが、職業柄、身元のはっきりしない女性は選べなくて。ええと……貴女も、ですよね」


 ジョセリンも間違いなく貴族の娘である。だがそうではない。

 一般的な貴族女性は平民の男性と接する機会は殆どない。紳士然とした貴族の子息を標準としているから、ダスティンの平民的感覚の何かしらが忌避されたとしても、頷ける話だ。それが原因で連敗ということは確かにあり得るが、ジョセリンにとってはなんだそんなこと、である。


「ええ。ですが私は互いを尊重して結婚生活を維持できる方であれば、身分は問いません。貴方が安酒場に通っても、真面目に仕事をし、稼いだお金を家に入れず外に愛人を囲ったり自宅に他の女性を連れ込んだりしないのであれば、許容範囲です」


 ダスティンは目を白黒させている。今までの女性達はそんな明け透けな発言はしなかっただろうから、驚きもひとしおであろうと、ジョセリンは澄まし顔で観察していた。


「もしかして貴女は、形ばかりの結婚を望んでいますか」

「いえ、できるならば実もある結婚を望んでいます」

「……では、結婚生活……いえ、僕に期待ができないということ、ですよね」


 ダスティンの声には落胆が滲んでいる。

 ジョセリンは軽く目を瞠った。そういうつもりで言ったわけではないが、そういうことになってしまう。


「貴方個人ではなく、男性に期待をしていないんです。でもそれは、貴方とは関係のないことで……すみません、貴方を傷つける意図はありませんでした」


 弁明しようとしたが、全く言い訳にならず、ジョセリンは首を振った。失礼なのは、ジョセリンの方だった。ダスティンの与り知らぬところで育まれた不信感に基づいて、貴方にも期待をしていないと言ったのだ。信頼関係を望んでおきながら、妨げになっているのはジョセリン自身だと気付いて愕然とする。だからといって、期待してみようという気にはなれない。これでは、良好な関係を築きようがない。


「もっと早く気付けばよかった。真剣に取り組んでいる方を傷つける前に。私はどうも、結婚には向いていないようです」


 ダスティンの顔を見ることができなかった。徒に彼の傷を増やすだけの時間となってしまったのだ。


「お時間をいただいたのに申し訳ありませんでした。このお話は、なかったことに」


 訪れる沈黙が、ジョセリンには痛かった。いっそ傲慢な女だと罵ってくれないだろうかと思い始めた耳に、静かな声が届いた。


「貴女には、結婚しなければならない事情があるんですか」

「差し迫った事情ではありません。退役後の身の振り方を決めねばならないので、もし私を尊重することができる男性がいるのであれば、婚姻も選択肢に入れてもいいと思った程度のことです」


 こうして口にすると随分身勝手だが、せめてダスティンには原因のないことであると納得してもらうために、ジョセリンは正直に答えた。


「では、また貴女にお会いする機会をいただけませんか」


 二拍間を置いて、ジョセリンは目線を上げた。では、がどこから繋がっているのかさっぱりわからない。目に入ったダスティンの表情は、凪いでいる。


「……私は先程、貴方を傷つけたような気がするのですが」

「ええ。傷つきかけましたし、腹も立ちました」

「すみません。このお詫びは、改めて」


 ジョセリンは神妙に目を伏せた。日を改めても収まりきらぬというなら、付き合おう。それ程に失礼な話だったのだから。


「はい。改めて僕とお付き合いしてください」


 ジョセリンの脳内を疑問符が駆け巡った。話が噛み合っていない。戸惑いがちに再度目線を持ち上げ、真意を問うようにダスティンを見た。


「僕は日頃腹の探り合いばかりしているので、家に帰ってからもそんなことをしなくてはならないのでは身が持ちません。だから僕は、貴女のようにはっきりしている方が良い。漸くそういった方と出会えたのに、僕に関係がないことで断られるなんて、こんな腹立たしいことってあります? 僕、関係ないのに断られているんですよ?」


 ダスティンは静かに怒っていた。二度も同じことを言うほど怒っていた。ジョセリンはその全てを受け止める所存である。ただ、話がおかしい。


「ですから、私は結婚に向いていないという話なのですが」

「男に不信感を持っているからですよね。今まで何をされてきたんですか。浮気ですか、暴力ですか、暴言ですか。僕は全部やりません。稼いだお金だって家族のために使います。伴侶になる人は大切にしたいし、ちゃんとした、暖かい家庭を築きたいと思っています。世の中には僕よりいい男も、上手くやれる男も沢山いるでしょう。それでも、誠実な男もいるのだということは、僕でも示すことができます」

「いえあの、そんなことに時間を費やすより、初めから結婚に向いている女性を探した方が効率的では」


 長い年月をかけて醸成された不信感など、一日や二日で拭い去れるものではないのだ。何より、ジョセリンはその不信感で悩んでいるといったことはない。選択肢から婚姻を除外すれば、誰にも不都合はないのである。


「そもそも結婚には効率的なことなんて何もありませんよ。他人同士、ましてや生物として根本的に違う男と女が生活を共にしようっていうんですから、面倒臭いことが山ほどあるに決まってます。きっと面倒臭いことしかありませんよ。そういったことに協力して対処していくのが結婚生活というものでしょう。幸い、貴女の抱えている問題ははっきりしていて、僕はそれをどうにかできる人間です。なら、僕達は協力すべきだ」


 今度はジョセリンが目を白黒させる番だった。当初の、希望や自信を失った、頼りないとも言える男はどこにいったのか。面倒臭いことだらけだからといって、面倒臭いことが判明している女を選ぶとは如何なる心境か。


「私はどうしても結婚しなければいけないというわけでは」

「それは聞きました。その上で僕は提案します。僕とお付き合いしてください。断るなら、僕という人間を知ってからにしてください」


 強い意志の宿った目にジョセリンは気圧された。見た目に騙されていたのだ。ダスティンは打たれ弱い、硝子細工のような青年ではなかったのである。


「お、お付き合いします」


 彼を怒らせた責任を取ろう。少なくとも、彼が納得するまでは付き合うべきだ。ジョセリンはそういう意味で頷いた。


 こうして二人は交流を重ねることになり、ダスティンは消えかけていた婚姻の選択肢を復活させるに至るのである。






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