Q. あの時貴方、何してました
文明的な再会を果たす前の話
ウィンダムは王都の自宅に帰り着いた時点では、二、三日は休息するつもりであった。だが外務局員だけでなく、海軍や王城騎士団等複数の部隊の人員で編成された捜査部の訪問を受けて、それどころではなくなってしまった。
使節団の船に細工が見つかった件で、ウィンダムの事情聴取が必要になっていたのだ。これに否やはなく、多岐に渡る心当たりを話して聞かせ、それを終える頃には外務長官に呼び出され、結局はそのまま仕事へ復帰の流れになった。不在の間の状況報告を受け、業務を引き継いでいると、今度は第一王女隊の隊長との面会である。使節団の再派遣の打ち合わせにはまだ早すぎるので訝しく思ったが、これも細工の件であった。犯人特定の為に協力を仰ぎに来たのだ。
面子だなと、ウィンダムは納得した。
船に関しては海軍の管轄だが、王女の身に危険がある予兆を見逃したという事実は、近衛隊には重大なことだ。身辺警護が主任務である部隊の目が、遥か後方に隠れているだろう首謀者にまで届くわけがなかろうとウィンダムは思うのだが、可能不可能ではないのだ。侮られれば抑止力にならない。単純なことである。
ただ、ロチェスターの提案した策は少々不快なものだった。タインの婚約を手段に用いるものだったからだ。
通常ならばウィンダムも、他者を利用することに躊躇いはない。これも単純なことだ。利用対象に情を持たないからだ。
ウィンダムは約束通り、タインへの気持ちについて考えた。ユールガル本土の土を踏み、タインと別れ、王都の自宅に着くまでの道のりで、確かに心境は変化した。だがそれは、恋情の変化ではない。タインに想いを示すことに対しての、是非が反転したのだ。
ウィンダムには伴侶は特に必要ではない。並の女性では却って足手纏いである。何故ならウィンダムが外交官として赴く国は妻を同伴するには危険に過ぎ、又、国内に於いても悪意に晒されることは確定している。
安易に恋しい人を求めていい立場にないのだ。現実に戻って急に冷めるという現象は、ウィンダムにも訪れていた。確かにあの時、ウィンダムはどうかしていたのだ。恋情など、告げる必要はなかったという意味で。
タインと接点を持つべきではない。持てば、欲しくなる。
「騎士団では、女性の扱いが随分とぞんざいなのですね」
ただの感想であるかのような調子で、ウィンダムは当て擦る。断るにしても、タインを軽んじることに対して、抗議の一つぐらいはしても良かろうと思ったのだ。ロチェスターの表情が微かに硬くなったのは、自覚があるからだろう。ウィンダムは直接的につついてみることにした。
「多くの人間は醜聞の責任をとる婚約と見做すでしょう。それを事態の収束と共に解消すれば良いとはつまり、未婚の令嬢を滅多刺しにするという話になりますが」
「……タイン・スウェイズは令嬢である前に、王女殿下の騎士です」
ウィンダムはロチェスターの姿勢を理解した。ロチェスターは常識的な男なのだ。元々軍事組織は男の世界である。令嬢と認識しては、部下として使うことができないのだ。そして世の常識では、一介の貴族女性の名誉より王女の生命が優先される。葛藤があったとしても、罪悪感は優位に立たないだろう。
「それに女性騎士達は独身を苦としておりませんので、お気遣いは無用です」
そういう女性を集めたのか、騎士になる過程で結婚を諦めたのか。いずれにしろ、女性騎士の婚約を軽々しく扱って構わないと思わせる要因が複数あるということだ。王女の周囲に立つ女性騎士達は皆、本来ならば子供を複数産んでいておかしくない年齢層だったなと、ウィンダムは今まで気にもしていなかったことを思い出した。
それはそれとして、ロチェスターの提案には整合性がない。
「それは本人に伺いたいところですね。───ところで。エグランデ侯爵が婚約解消に頷くとは考えにくいのですが」
周囲に婚約したと思い込ませれば事足りることだが、噂だけ流すなど、エグランデ侯爵が許さないだろう。実際に婚約を結ばねばならなくなる筈だ。そして一度結べば解消などすまい。
ロチェスターの結ばれている口元に僅か、力が入った。気付いていなかったことを指摘されたという反応ではない。ウィンダムは目を細めた。
「既に侯爵に話が通っているのですか」
「……いえ」
「ほう? では、私に部下の醜聞の責任をとってほしいという認識で、よろしいですか」
そうであるならば、タインを軽んじているように見えて、その実、慮ったともとれる行為に転じる。いずれにしても、外交官を相手にするにはあまりに稚拙な謀だ。ウィンダムの冷ややかな眼差しに晒されて、ロチェスターは顎を引いた。
「元は、王女殿下からのご相談です」
分が悪いと判断したのか、渋々、といった体でロチェスターは事の次第を明かした。
女性騎士達の男嫌いの原因は騎士団にあるのではという話や、タインを巡る悪い噂を絶ちたいという話。どちらもロチェスターの手に余る話だ。ロチェスターの職務は王女を護ることで、その職務を遂行するためには隊員の心身の健康を守ることが必須である。勿論、守るべき隊員の中から女性騎士を除外してはいない。彼女達は王女の最後の盾だ。だがロチェスターとて、男社会で生きてきた。職務上受けた精神的負担以外は、門外漢なのだ。女性騎士の男嫌いなど、何をどうすべきなのか判らない。ただ、タインの噂については、王女の提案が最適であり、それは犯人を炙り出すにも丁度良いことに気付いた。
「殿下は断られたとのことですが、タインにとって悪い話ではない。彼女も貴族の娘なのですから、婚姻せざるを得なくなれば納得し、覚悟を決められるでしょう。ラザフォード卿にとってもスウェイズ家との縁談は、利がある話ではないでしょうか。ラザフォード卿さえよければ、引き取っていただけませんか」
ロチェスターなりに慮ったとは言える。だが結局は、タインの貴族性頼りという、当人の意思を無視した行為である。命令し、従わせることに慣れた男であると同時に、実に貴族的な思考の持ち主だと分析しながらも、ウィンダムは面白くはなかった。上官といえど、引き取れとはなんという言種かと思う。
「タイン嬢は私の命の恩人です。彼女の意思を無視したやり方には賛同しかねます」
誰が見ても利のある侯爵家との縁をとらない、尤もらしい理由を述べると、ロチェスターは難しい顔をした。
「タインが承服すれば、受けていただけますか」
だが、引かない。その粘りはどこから来るものかと、ウィンダムは不審を覚える。部下を思いやっていると見るにしても、王女の心労を思っているととるにしても、行き過ぎているように感じた。
「他に何を隠しているんです」
「……陛下がこの件に注目しておいでです」
それは注目しているだろう。犯人の特定には、使節団が無事渡航できるか否かがかかっている。だが誰でも判るようなことを態々口にしたということは。この言葉は婚約にかかっているのだと、ウィンダムは理解した。
つまり国王は、ウィンダムにスウェイズ家と縁を結んでもらいたいのだ。ウィンダムの血に、不安を持っているということである。それを明言することになるから、王命は使いたくないのだろう。周囲には、あくまでウィンダムが政略的に、或いは人道的に選んだことだと思わせたいのだ。実に面倒で、心の底から理解できる話だった。ウィンダムにとっても、王命よりそちらの方が都合が良い。国王の不安を気取られては、反対勢力を勢いづかせることになるのだから。
国王が納得する縁を他で結ぶことを考えてみたが、丁度良い女性が思い当たらなかった。ウィンダムと釣り合う年齢の貴族女性はほぼ既婚者だ。所詮は政略結婚なのだ、まだ幼い令嬢でも構わないのだが、ザムルの血をただで受け入れていいという高位貴族にもまた、心当たりがない。このまま情に訴える路線も、行き詰まるだろう。最終的には、国王が秘密裏にエグランデ侯爵に打診する未来が容易に想像がつく。醜聞があるから、侯爵も幾らか頷きやすいだろう。
そうなると逃れるのは難しい。だが不可能なわけではない。ただそれには、ウィンダムの状況が厳しくなることに目を瞑らなければならない。
打算が働いた。抗い難い誘惑でもあった。欲していい理由が、欲すべき理屈が、調ってしまったのだ。
────もう、手に入れてしまおう。
タインには並の女性にはない胆力がある。彼女ならば、どんな苦境にも折れずに共にいてくれるのではないか。謀略も、共に乗り越えてくれるのではないか。恋情とは別に、そういう期待も、ウィンダムにはあったのだ。
もしもの時は。ウィンダムが守ればいい。タインならば、それをしてもいいと思える。タインならば、手を尽くそうと思える。平穏な日々を約束してやることはできない。タインにはそれを、諦めてもらうことになる。
恋というものは厄介だ。相手にとって良くないと解っていて、手を伸ばさせるのだから。そうは思っても、一度決めてしまえばウィンダムに迷いはなかった。
A. 忙しかってん




