スキル色々
セイナ草の納品を終えて、トライセル家の別邸にある広い庭にオレとエリカの姿はあった。
エリカにスキルの生やし方を請われたのだ。
牽制として『まあ、教えるくらいはやってやるけどその後の問題は自分で解決しろよ(意訳)』と言ったら、それでいいからと言われた。
何が問題になるのかわかってんのかね、このお嬢様は。
「で、どのスキルを生やしたいんだ?」
「うむ。まずは《格闘術》からお願いしたい」
「格闘術ぅ……? なんでまた格闘術なんだ?」
「私はこれでも貴族だからな。冒険者などやっているから敬遠されているのだろうが、それでも多少は命を狙われる事もあるのだ」
「ほお……それで?」
「例えば寝ているところを狙われたのだとして、とりあえずその場を切り抜けはしたが武器が手元に無いでは戦えない――というのは、流石に間抜けが過ぎると思うのだ」
「うーん……まあ、わかる、かなぁ」
「いつでも慣れた得物が手元にあれば上々……だが、現実はそう上手くはいくまいよ。今は冒険者だが、そう遠くないうちに令嬢としての私が求められる日が来るだろう。その時に持ち歩けるような得物は、どう頑張ってみても短剣が限界だ」
――だから、いっそ無手でも戦えるようにしたいのだ。
エリカはそう言って結ぶ。
……まあ、言いたい事はわかる。トライセル家の一人娘である以上は、トライセル家が没落でもしない限りはその生まれからは逃れられないわけだしな。
守られる側にも守られる側なりの立ち回りというのが存在する以上、短剣だけでも、なんなら無手でも、襲撃者を制圧、または逆襲する手段は作っておくべきだと思う。
ただ、なぁ……それをオレの一存で教えてしまっていいもんだろうか。
将来的に『趣味は格闘術と剣術です』とか言い出す令嬢になったら、トライセル侯爵家はもちろん、縁談相手やその家にも申し訳が立たんのだが。
…………今更か? 今更か。
ゾクタン時代でだって、エリカ・トライセルという女はそういう女だったんだ。
もうどうにでもな〜れ(AA略)。
「……わかった。とはいえ、通常の格闘術スキルではお嬢様の期待には添えないだろうな」
「そう、なのか?」
「普通、格闘術ってのはナックルダスターやアームガードみたいなナックル系の装備を装備して戦う事を想定されたスキルだ。お嬢様の言うシチュエーションは、屋内の、ほどほどに狭い室内や廊下での戦闘という事だろう?」
「うむ。そうなる」
「もちろん格闘術が役者不足ってわけじゃない。だが、本来の格闘術スキルは、ナックル系の装備を身に着けた上で、周囲の環境を利用して戦うスキルであって、屋内戦には不向きと言える」
実際、格闘術スキルの中には地面を殴りつけて大地を震わせるみたいなスキルもある。震脚じゃダメなんか? と思わないでもないが、それはさておき。
屋内で使うには、建物の損壊をまるっきり無視した戦い方をしなきゃいけなくなる。
「では、どうするのだ? やはり《短剣術》だろうか」
「いや、無手での戦闘を諦めろって事じゃない。屋内外で使えて、格闘術よりも扱い易いスキルを教えよう。ただ、代わりに殺傷能力は皆無と言っていいスキルだ。どうだ?」
「そんなスキルがあるのか……!?」
「ある。名前は《CQC》だ」
「……しーきゅーしー?」
「アルファベットという26文字で構成されている文字を利用している略称になる。正式名称をクローズクォーターズコンバット。こっちの世界でもわかりやすいように換言するなら、超近接特殊格闘術、というところかな」
「なんだか凄そうな名前だな」
「名前だけだ、仰々しいのは」
本来CQCというのは、『至近距離での格闘戦闘』という状況そのものと、それに用いられる戦術を包括したものを指す概念の名称だ。
歴史はそう古くなく、第二次大戦中にイギリスのフェアバーンという軍人が柔術や中国武術などを基盤にして編み出した『フェアバーン・システム』や『サイレントキリング』がCQCに特化した最初の格闘術だと言われているとか。
「言った通り、このスキルは制圧がメインのスキルで殺傷能力はそうでもない。ただ、肉薄するほどの至近距離において、使用する武器を問わず使えるスキルだ。前世ではカトラリーを装備してこのスキルを使う奴もいた」
「カトラリーを!?」
「近接戦闘で武器になり得るものなら、CQCにおいてはそれがどんなものでも効果を発揮する。ナイフだろうが、食器だろうが」
「万能なのだな」
「まあ、魔法なんてものがあるこの世界で、果たしてどれだけの効果を期待できるやらってとこだけど。で、肝心のスキルの生やし方なんだけども」
「うむ。どうすれば良いのだ?」
「基本的にスキルの生やし方は二通りだ。そのスキルについて勉強して理解を深めるか、またはそのスキルをその身で味わうか。生えるのが早いか遅いかの違いはあるけど、生やし方はそんなもんだ」
オレがこの世界でやったのはほぼ前者。
まあ、この世界においてはオレよりスキルに精通した人間は探す事の方が難しいだろうから、然も有りなんって話なんだけども。
「その身で味わう……。今は刹華殿がいるから良いとして、そうでない場合はどうすれば良いのだ?」
「まあ、スキル書を探し出すか、スキル《CQC》を生やしてるヤツを探し出すかだな」
スキル書、というものがある。
これを読めば誰でもそのスキルが生えるよ! という代物だ。ゾクタン時代では。
この世界においてスキル書というのは、そのスキルの概要とこれを修得する事によって扱えるようになるスキルの詳細が書いてあるものだ。
このスキル書を読みながら、魔力を運用したり、鍛錬に励んだりする事でスキルを生やしていくのが、この世界の普通のやり方。
ただ、スキル書はそれなりにレアなもので、入手するためには各国の国立図書館にあるものを複製するか、もしくは盗み出すか。
複製するにしても、基本的に持ち出しはNGだし、侯爵以上の王侯貴族か、または特別な権限が無ければスキル書を保管しているゾーンにすら行けないので、普通ならば一生かかってもお目にかかれない。
めちゃくちゃ運が良ければ、倒した魔物から、その魔物が所持してるスキルのスキル書をドロップする事がある。ただし、これはダンジョンにおいてのみの話で、フィールドで倒した魔物はドロップシステムの適用範囲外なので、どれだけ倒してもドロップしない。
ゾクタンだったらフィールドだろうがダンジョンだろうが関係ないんだけどね。
「どちらも、あまり現実的とは言い難いな」
「残念ながらそうだな。ま、ぶっちゃけそんな小難しい事しなくても、剣術スキルなら剣振ってりゃ生えてくるし、魔力を知覚出来れば魔法だってそのうち使えるようになる。スキル書や誰かに教えてもらうっていうのはあくまでショートカットで、時間さえかければ基本的なスキルは誰だって生やせるよ」
「CQCもそうなのか?」
「いや、CQCみたいな特殊なスキルに関してはスキル書か誰かに教わるかしかない。スキル格闘術もスキルCQCも、どちらも近接戦闘のスキルには変わりないからな。格闘術は生えても、CQCは生えてくれない」
「同系統だからこそ、基本的なスキルが優先されて特殊なスキルは除外される――という事だろうか?」
「正解。わかりやすい例で言えば、四大属性の魔法スキルは簡単に生えるが、上位属性は生えない。お嬢様だって四大属性はすぐに生えたろ?」
「うむ。しかし、そうか……やはり、上位のスキルや特殊なスキルを身に付けるには、独力だけでは無理なのだな……」
やりようが無い、というわけでもないんだが……言っても詮無い事なので黙っておこう。
「ちなみにな。CQCはパッシブスキルだ。パッシブスキルとアクティブスキルの違いは……もちろん、わかってるよな?」
「無論だ。パッシブスキルはスキル《礼儀作法》や《頑強》など、修得しているだけで効果を発揮するもの。アクティブスキルは《魔力探知》や《鍵開け》など、任意で発動するものだ」
「正解。では問題。スキル《風の加護》はパッシブスキル? それともアクティブスキル?」
「風の加護……確か、行動速度と風属性魔法に補正がかかるスキルだったな。なので、パッシブスキルだ」
「残念、不正解だ」
「で、では、アクティブスキルなのか!?」
「残念、それも不正解だ。風の加護は習得しているだけであらゆる行動に速度補正がかかり、風属性魔法の威力を少し上げてくれる。そして、『風の加護を!』と唱えると、次の1回限定で使用する風属性魔法のランクが1つ上がる」
「なんと!?」
例えば。
オレがセイナ草を採取する時に使ったウインドカッターは、風属性のランク1の魔法だ。
風属性魔法のランク2には《ウインドボム》があり、これは指定した範囲に風属性の爆風を発生させる魔法なのだが、『風の加護を!』と唱えればウインドカッターがウインドボムに変わるわけだ。
ただ、それを唱えた後の1回に限るので、そこは注意が必要だけど。
いや、そんなんせずに普通にウインドボム使うんじゃダメなの? と思ったかも知れない。
もちろんダメではない。
ただ、この効果の真価は『ランクnの魔法をランクxとして撃てる』というところにある。今回で言えばウインドカッターをウインドボムとして撃てる、という事だな。
……うん。聡明な人ならもう気付いただろう。
要するにこれは、『ランクnの魔力消費でランクxの魔法が撃てる』という事なのだ。
ゾクタン時代にはこの仕様を知ってる奴が少なすぎて、基本的に『〇〇の加護を! って叫ぶ、そういうロールプレイ』として認知されていた。アホだね。
「――というわけで、風の加護は半パッシブ半アクティブスキル、でした」
「うむむ……まさかそんな隠し要素があったとは……。他のスキルにもそうした隠れた効果はあるのか?」
「もちろんあるぞ。わかりやすいところで言うと……そうだな、《剣術》とかの武術系スキルがあるかな」
「ほう?」
「このスキルたちは俗に『大スキル』と呼ぶ。剣術のハイスラッシュ、短剣術のパワースタブなんかは俗に『小スキル』と言う。これは知ってたか?」
「うむ。こちらの世界でもその呼び名は定着しているな。大スキルの小スキル、だろう」
これは定着してるのか……。
なんだろうな……半端に混ざってる感じか?
「そっか。で、この大スキルの方なんだけど」
「うむ、大スキル」
「スキルによって違うけど、ステータスに補正がかかるんだな」
「……なに?」
「例えば、今言った剣術スキルならSTRとDEXに1.1倍の補正が乗る。ただ、ダメージ計算の時に乗算されるだけで鑑定とかで見る分にはステータスに変化は無いから、簡単には気付けないんだな」
「それはスキルを使わなくても、という事か?」
「大スキルだからな。そこはきちんとパッシブスキルだよ」
「では、普通の攻撃とスキル攻撃によるダメージ算出時に、その1.1倍の補正がかかるという事だな?」
「そうそう。ま、なんとなく『ダメージ大きくなるんだなー』くらいに思ってればいいよ。知覚しようと思っても所詮誤差の範囲だし」
某ポケットなモンスターのバッジ効果みたいだしな。
あるんだかないんだか……効果が実感しづらいんですよねぇ……。
「じゃ、講釈垂れるのはこれくらいにして、CQC修得の儀と洒落込みますか」
「うむ、よろしく頼む。それで、具体的に何をすればいいのだろうか?」
「言ったと思うが、スキルは学ぶか体験するかだ。お嬢様には実際にCQCを味わってもらう事になる」
「ふむ。何か特別しなければならない事などはあるだろうか」
「ないな。スキルが生えるまで、オレに殴りかかってきてくれればそれでいい」
「了解した。では――いくぞ!」