そうです、私が転生者です。
「すまないが、刹華殿。いくら知り合って間もないとはいえ、謀られるのは困る」
「いや、ホントなんだって。騙されたと思って、斬れてないヤツを摘んでギルドに持ってってみなさいな」
「…………本当、なのだな?」
ものすごく怪しんでますよ、という顔のエリカ。
然も有りなん。
オレだってコレを発見した当初は、そんなバカな話があってたまるか、と思ってた。
まあ、あったんですけどね。
「いいから。ほれ、摘んで摘んで」
「む……まあ、いいか。考えてみれば、刹華殿が私を騙す必要もないのだしな」
「そうそう。一応、宿を世話になってる身だし、宿の主を騙すような真似なんかしないさ」
とは言ってみるものの、やはり半信半疑といった様子のエリカ。
それでも、ウインドカッターに斬り飛ばされてない草を引っこ抜いては自分のインベントリに回収している。
「――よし、これで一応全部だな」
「おし、じゃあギルドに持っていこう。他のヤツにバレないように隠蔽工作も忘れずに。《グロウアップ》」
自然属性魔法の《グロウアップ》を発動。
グロウアップは範囲指定の魔法で、指定した範囲の『植物』に属するものの成長を促進する魔法だ。
そのへんの雑草くらいなら、大体5秒もあれば、たとえ斬っていたとしても元通りになる。
一部のプレイヤーの間では、実はグロウアップは自然属性に見せかけた時間属性の魔法ではないか、なんて話されていたけど、開発が自然属性魔法として設定したんだから誰がなんと言おうが自然属性魔法である。
開発に逆らっちゃあいかん……!
「じ、上位属性ではないか……!」
「おう。自然属性のグロウアップだな。いやほら、このセイナ草選別法が広まると旨みがなくなっちゃうだろ? それは困るからな」
「いやそれは確かにそうなのだが、今論じたいのはそちらではなくてだな……」
「え? じゃあ、グロウアップは自然属性じゃなくて時間属性じゃないかって話?」
「気になる議題ではあるが違う! 刹華殿は上位属性も扱えるのだな、という事だ!」
「あー……まあ、使えるな。でも、こんなの別に珍しくもないだろ?」
特定の条件をパスすればスキルが生えてくるというシステムのゾクタンで、生えないスキルは理論的にはゼロのはずだからな。
頑張れば月属性魔法だって生えるし。
「何を言う。上位属性を扱える者など、宮廷魔導師の中にいるかどうかというところだ。冒険者にしても上澄みの上澄みだろう」
「えぇ……? まさか、みんな修得条件知らないのか?」
「知らないとも。上位属性はもちろん最上位属性も、強力な武術系スキルも、修得条件は知らない者の方が多い。というか、知っている者はごく一部だろう」
そうなの……?
……まあでも、ゾクタン時代も新しいスキルを目にする度に『てめぇ、なんだそのスキルは! 生える条件教えるまでPvP擦り続けてやるからなぁ!?』なんてヤツもいたくらいだから、順当な対応なのかもしれない。
理不尽な暴力に屈するべきではないからね。
「ちなみに、そのごく一部の知ってる人達ってのは、どういう人種の人達なわけ?」
「ううん……どう言ったものかな。立場が上の者……他者よりも大きな権力を持っている者、と言うのが正確だろうか」
「権力……」
「うむ。国王、皇帝、教皇などの人物だな」
「あー、なるほど。別に矢面に立つわけでもない人間が無駄に秘匿してるわけか」
「刹華殿、流石にそれは物言いが直截過ぎる。もう少し歯に衣着せてほしい」
「スキル生えても使い所の存在しないお荷物」
「もっと!」
「守られる側の立ち回りも理解してない上に自衛もロクに出来ない役立たずの錘」
「それでは脱がせているではないか! もっと歯に衣着せるのだ!」
「ふんぞり返ってれば誰かが勝手に尊敬してくれる首」
「もう一声!」
「生まれながらに不労所得バンザイの運の良いヤツ」
「…………まあ、良いだろう」
エリカ的にはこれで及第点なのか。
まあ、冒険者なんかやってると不労所得が羨ましくなるよな。
「で、結局その金食い虫どもはなんで秘匿してんの?」
「刹華殿! ……ともかく、秘匿理由はわからない。だが、近衛騎士のような立場として近しい者は恩恵に与っているという話だ。あくまで噂、だが」
「ほーん……? そう聞くと、なんとなく意図が透けてくるな」
「刹華殿は何故そうなっていると思うのだ?」
「戦争を回避するためじゃねえかな。スキルの有無は戦闘力の大小に直結するから、1人あたりの戦闘力がいたずらに高くなり過ぎないようにしてんだろ。力は付ければ付けただけ良いってもんでもないし」
「む……そうか、良からぬ事を考える者はどこの国にもいるというわけだな」
そう。なまじこの世界は現状どこも戦争をしていないだけに、そういう意図はより顕著に表出しているだろう。
力をつけ過ぎれば、それに目をつけて野心を燃え上がらせるヤツも出てくる。
そういうヤツの口車には乗らないのがベストなんだけど……人間、誰もがそうとは言えないんだよな。
ほら、オレオレ詐欺になんか引っ掛からないぞって普段から言ってる中高年があっさり引っ掛かるみたいなもんだ。フィッシング詐欺でもいい。
意識すればしただけ、『こういう詐欺ってこういう文言でやってくるんだよな』って、頭の中に勝手なテンプレートが出来て、そのテンプレにないパターンに引っ掛かるってヤツだ。
「そうそう。いずれにせよ、権力を持った連中なんてのは、明らかな役者不足にも関わらずその座を捨てられないさもしい奴らなのさ」
「我々貴族も一応特権階級なのだが……」
「ああ。だから、一部そういうヤツはいるだろ? 世襲制のおかげで貴族をやれてるのに、それを無視して私腹を肥やしてるようなのがさ」
「確かにそういう手合の貴族もいる。……が、そればかりとは思わないでくれ、刹華殿」
「もちろん。ま、ともかくな。そういう意図が絡んで、一部の人間にしか上位属性や強力なスキルの修得条件が開示されないんだよ。きっとな」
「では、何故刹華殿は修得出来ているのだ?」
あー……どう言ったもんかなぁ……。
色々と教えてくれる師匠が〜、とか言い訳にならないかな。理解は得られても納得はしなさそうだけど。
そういや、転生者ってこの世界通じるんかな?
あ〜、転生者ね! ってなってくれたら御の字なんだけど。無理筋か?
…………まあでも、そう言うくらいしかないよな。
どんだけ言い繕ったところで、この世界の常識に照らしてみればオレは異端であるわけだし。
それならそれで、堂々と『オレはこういう存在です!』って触れ回る方がよっぽど健全だと思う。
ゲーム世界に転生って作品は数あるけど、大体同じ転生者同士でこそこそ話し合うか、もしくは転生者は自分だけって設定だしな。
突拍子もない話でも信じてくれない人ばっかりじゃないだろうし、それでいこう。
「それを答える前に、お嬢様は転生者って言ってなんか引っ掛かる事ある?」
「転生者か。……うむ、聞いた事があるな。何十年か、あるいは何百年かに1人、異なる世界に生きた記憶を持ってこの世界に生まれ落ちる存在があるという」
「なるほど。じゃ、オレがその転生者だ」
「……少しいい加減ではないか? 真実だと判ずるには刹華殿の態度は少々気軽に過ぎる」
「ははは。ま、判断はそっちで頑張ってもらって……オレはこことは別の世界で暮らしてた。その世界には魔法や魔物、スキルなんてものはなくて、代わりに科学ってもんが発達した世界だったんだよ」
「科学……それはどういうものだろうか?」
科学がどういうものか、か……。
どう答えればいいんだろ。通り一遍の回答でいいかな。
「オレもそういうのに詳しかったわけじゃないんで、何がどうとは言えないけど……ものすごくざっくりと素人目線で語るなら、『神に近付くための学問』かな」
「神に近付くため……?」
「例えば水を生成するとか、ダイヤモンドを作り出すとか、そういう……こう、本当なら自然が長い年月をかけて行ってきた事を、短期間から長期間に人間の手で再現しようとするんだ。相応の研究を重ねて、ね」
「それは…………魔法とは何が違うのだ?」
「んまあ、あんまり変わらないんじゃない? 高度に発達した科学は魔法と区別がつかない、なんて随分言われてきた文言だったし」
魔法なんて概念でしかなかったのに、科学と区別がつかないなんて誰が言い出したんだか。
まあ、人力ではおよそ不可能に近い事をやれるようになってるって意味では、確かに魔法みたいではあるけども。
「刹華殿の生きた世界に、魔法は無かったのだったな?」
「ああ。概念はあったけどな。無から有を生み出す、既存の物理法則に当てはまらない、神の如き力として」
「ふむ……まあ、魔法、という感じだな。私達の認識とも、そう離れたものでもない」
「で、オレはそんな世界の……うーん、どう言えばいいかな。簡単に言えば、放蕩者だったな」
「人生の落伍者だった、という事か?」
「一方から見るとそうだな。オレはゲーム配信者というのをやってたんだ」
「げえむはいしんしゃ……?」
「まず、ゲームというものがある。幻影系の魔法で発動者の好きな映像を見せる事ができるが、それに娯楽性を追加したものだ。自分の分身となるものを創り出し、これを操作して、御伽噺のような世界を旅する。そういう感じのものだ」
……ま、ビデオゲームの説明ってこんな感じよな。
概念すら知らない人間に説明するのって結構キツいなぁ……。
「ふむふむ……」
「オレが遊んでいた世界は、この世界と遜色ないものだった。それを配信……国籍に関わらず不特定多数の人間が観られるようにする魔法のようなものだな。それをしてた」
「……つまり、まとめると――刹華殿は私達の生きるこの世界を、己の分身を使って生きていた。それはゲームと呼ばれる遊戯で、それを遊んでいる姿を不特定多数の人間が観ていた。こういう事だろうか?」
「大まかに言えばそうだ。で、オレはそのゲームで、特に話の流れに沿って進む遊び方をしていた」
「そうでない遊び方も出来る、という事か?」
「ああ。そのゲームにおける分身というのは、オレ自身やお嬢様みたいなもんだ。それを神様が操っていると考えてもらいたい」
「分身はあくまで分身で、神の意思決定でのみ動く事が出来るという事だろうか?」
「飲み込みが早くていいね。そういう事だ」
それにしても本当に飲み込みが早い。
説明してる側としてはありがたいが、見ず知らずの概念を口頭で説明されても、普通ならこうはいかないだろうな……。
「オレのやってたのは、御伽噺のような――例えば魔王を倒すのが最終目標のお話があるとして、そのお話の主人公になる遊び方だ」
「なるほど。伝承に語られる英雄を目指すようなやり方というわけだな?」
「いいね。それ以外は、冒険者をやったり商人をやったり、鍛冶師になってみたり薬師になったり、時にはダンジョンに潜ったり、そういう遊び方だな」
「私達と変わらないのだな。という事は、純粋にその世界の住人のように振る舞う遊び方というわけか」
「そういう事。で、オレはお話の主人公として最終目標をクリアして……神に転生を持ち掛けられた」
「神に!?」
「最終目標をクリアするまでに鍛えたステータスをそのままに、別の種族として生まれ直す――ってのが、説明としては適当かな」
「別の種族……。刹華殿は、生まれ直す前は種族はなんだったのだ?」
「人族だな。というか、前世の世界では人間の種族は人族しかいなかった。エルフやドワーフなんてのは、誰かが書いた御伽噺の中で出てくる、その作者の妄想の産物だったのさ」
確かロード・オブ・◯・リングが初出だったっけ? ってか、指輪物語か。
原典としてはゲルマン神話だったかな。日本語では妖精、または小妖精なんて訳される小神族。
日本のファンタジー作品では、森人なんて訳されたりする。
特徴はファンタジー世界のエルフとあまり変わらない。自然と豊かさを司り、森や泉、地下や井戸に住む。大体、見目麗しく若々しい外見で不死、あるいは長命で、魔法の力を持つとされる。
ドワーフも大体似たような感じだ。
北欧やドイツに伝承があり、それを指輪物語の作者が自分の作品に取り入れた。
日本人に馴染みがあるのは、指輪物語の作者が描いたエルフとドワーフだな。
「で、転生を受け入れた結果ここにこうしているわけだな」
「スキルに関しては遊んでいたゲームのものそのままだったから知っていた、という事か?」
「さすが。頭の回転が早いね、お嬢様」
「……なるほど。まだ今ひとつ咀嚼しきれていない部分もあるが、大体は理解した。だから刹華殿は零滅ノ神狼もテイム出来たのだな」
「んまあ、そんなとこだな」
「では、この世界の全てを知っているという事ではないのか……!?」
「知らない事もあるさ。でも、大体の事は知ってるし、望むなら教えてやれるはずだ」
「ふふふ。なんとも頼もしいな、刹華殿」
なんとまあ……豪胆だな、エリカ。
いやまあ、わかってた事だけども。大物だよ。