2022年5月27日 9時19分
「33番街...?あれー、おっかしいなー。」
地中線設備のマップをみながら、俺と美由は掛川地下街をさまよっていた。
「もしかして、迷った?」
美由がジトーっとした目でこちらを見つめる。
手には脚立、首からはライトと絶縁抵抗計をぶらさげている。
掛川地下街は江戸時代に造られた、広大な地下空間を再利用した繁華街だ。
テスラ電力館、昔の掛川城地下を中心に造られたためその名がついている。雷獣は地下を嫌うため、こういった地下街が全国各地に造られている。
「ここって第三層だよね?」
俺は美由にたずねる。
「2回階段降りたから多分。しっかりしてよ優人!この辺は優人の方が詳しいんだから!」
「いやあ申し訳ない。この辺だと思うんだけどなあ、喫茶バンブー。」
店の電気が点かなくなったとの連絡を受け、久しぶりの地下街に潜ることになった俺は、護衛という名目(地下街は車が入れないので実際は荷物持ち)で美由を一緒に連れてきていた。
「もー!明日から軽井沢っていうのに!こんなので軽井沢までたどりつけるの?」
「だ、大丈夫だよ!軽井沢は地上だし...。」
「ったく...。あ!あれじゃない!喫茶バンブー!」
地下街の一番奥、美由の指差すほうには小洒落た喫茶店があった。
遠目ではあるがガラスには「喫茶バンブー」という文字が見える。
「こんな奥に喫茶店があるなんて知らなかったよ。」
俺は社給スマホを取り出し、伝票の画面を確認する。
-102 [一戸停電]
-ブレーカー操作するも電気点かず。現地対応願う。
契約は「従量電灯B」、横にはスマートメーターの製造番号が載っている。
「電気メーターはっと...。」
「あれじゃない?」
美由が隅の暗がりを指差す。目を凝らすと電気配線用の鉄箱がうっすらと見えた。
「目が良いね美由。さっきもあんなに遠くから喫茶店を見つけてたよね。暗いのに。」
「夜目の訓練とかあるからね。五感はその辺の人よりは研ぎ澄まされているんだ。」
美由は得意そうだ。
鉄箱のガラス窓から電気メーターの製造番号を確認する。
「下三桁435...。ここで間違いなさそうだな。」
スマートメーターには通電中の液晶表示がともっている。ここまでは電気が来ているようだ。
店の奥に向かって俺は声を掛ける。
「こんにちはー!!西日本電力です!」
しばらくして、奥から70歳くらいのおばあちゃんが出てくる。
「西電さん?よく来てくれましたね。お待ちしていました。」
西日本電力は西電とよく略される。
「急に真っ暗になっちゃってねえ。ブレーカー上げようとしてもうまく入らないの。」
おばあちゃんは困った顔で俺たちに説明する。
「わかりました。とりあえずブレーカーを見せてもらえますか。」
「はい。店の奥です。」
おばあちゃんはカウンター奥の暗がりを指差す。
「わかりました。美由!明かりと絶縁測定計持ってきて!あと脚立!」
「仰せのままに。滝内さま。失礼しますね。おばあちゃん!」
俺と美由は店の奥へ進む。
おばあちゃんが天井の方を指差す。
「ブレーカーってあれかしら。」
美由のライトで分電盤が照らし出される。
漏電ブレーカーが「切」、その他のブレーカーは「入」になっていた。
「漏電かな?美由、脚立もらっていい?」
「ここに立てかければいいのね。」
「うん。よろしく。」
脚立に乗った俺は、ブレーカー群を一瞥し、分電盤のフタを開ける。
「はいこれ。メガー。」
「ありがとう。」
美由が絶縁抵抗計を手渡してくれる。電気の知識も少しは持っているようだ。
子ブレーカー達を「切」にしたあと、ひとつづつ漏電しているかの検査をする。
「みつけた!」
3番回路で絶縁抵抗計の針が「0MΩ」に振れた。
分電盤のルビを確認する。「厨房食器洗浄機」と書かれている。
「漏電ですね。おばあちゃん。食器洗浄機みたいです。」
「あらそうなの。ずっと使ってないんだけどねえ。」
「突然漏電するのはよくあるんですよ。知り合いの電気屋さんはいますか?」
「竹内電機さんなら知っているわ。地下街商業組合の。11番街よ。」
「では竹内電機さんに直してもらってください。他の大丈夫なところは今から電気送りますね。」
漏電ブレーカーと3番回路以外の子ブレーカーを入にすると、店内に明かりが灯る。
「すごい!ついた!」
美由が嬉しそうに言う。
「ありがとうございます。早く来ていただいて助かりました。」
おばあちゃんは深々と頭をさげる。
「お嬢ちゃんもありがとね。良い彼氏じゃない。きっと幸せになるわ。」
「ただの仕事の同僚ですよ!」
美由が頬を赤らめながら反応する。
「あらそうなの、とにかく2人とも!ありがとうね!」
「いえいえ、また何かあったらお願いしますね。」
「ご苦労様。これぜひ受け取って!」
紙袋を二つ手渡される。
「うちで挽いたコーヒーなの。」
「これはどうも、ありがとうございます!」
「よければお客さんとしても来て頂戴。サービスするわ。」
「ありがとうおばあちゃん!絶対行くよ!」
おばあちゃんに見送られながら俺たちは喫茶店を後にする。
「感謝されるのは気持ちが良いね!」
さっきとは打って変わって美由は上機嫌だ。
「お客さまのありがとうに大きなやりがいを感じるんだよね。」
「なにそれ。社畜の供述じゃん。」
美由はからからと笑う。
「女の子にこんなに荷物持たせて。明日は沢山私のために尽くしてもらうんだからね。」
「悪かったって。美由と一緒にいる口実を作りたかったんだ。」
「たまに恥ずかしいこと言うよね優人は。」
俺たちは出口に向かう階段を昇る。ここまでくると人が増えてくる。
「明日8時に天須羅駅前だよね?遅れないでよ優人。」
「わかった!明日が楽しみだよ。」
「私も。」
美由と俺は見つめあう。
午後の仕事もさっさと終わらせようとお互い考えていた。
≫ぜつえんていこうけい【絶縁抵抗計】
電力回路の絶縁抵抗測定試験に使われる保守点検用電気計測器である。メガー(現 en:Megger Group Limited 社の商標に由来)とも呼ばれ、漏電調査に用いられる。




