2022年5月9日 17時15分
早めに仕事を終えた俺は、美由の見舞いのため徒歩にて下俣寮へ向かった。
道中のドラックストアで、スポーツドリンクと解熱剤を買う。
玄関前の階段を上がり、インターホンを押す。
ピィィンポォォオン
すぐに寮母さんが出てきてくれた。
「あらー滝内くん。早速来てくれたのね。その袋は...あー!美由ちゃんへの!悪いねぇ!」
「はい。命の恩人ですので、こうやって少しずつ恩返ししていかないと。」
寮母さんに先導されて美由の部屋に向かう。
「美由ちゃーん?滝内くんが来てくれたわよ。」
「うん...?」
美由がベッドから半身を起こして手を上げる。
「それじゃ、ごゆっくり。」
寮母さんは扉を閉めて去っていった。
「前と逆だね。この前は俺の方が病人側だった。」
美由に声を掛けると彼女は笑う。
「今日はありがとね。だいぶ良くなったよ。」
確かに、運んできた時に比べて随分顔色が良い。
「それは良かった。たまに熱を出すんだってね。」
「うん...。」
美由は俯く。
「お医者さんにはPDSDに伴う心理的発熱なんじゃないかって説明されたよ。雷獣災害のトラウマが定期的に蘇るんだって。」
「そうか...。」
なんて言葉をかけて良いのか分からなかった。
「あ!これいただくね!」
彼女は持ってきたスポーツドリンクを一気飲みする。素晴らしい飲みっぷりだ。
「そういえば、思い出したよ。私雷獣災害の直後に家族を探して第三高専の避難所に行ったの。」
「そうか美由も第三高専に...俺も確か災害の後2,3日は沼津に居たかな。」
国電が動くようになってからは、学校が再開するまでの間、浜松の実家に避難していたのを思い出す。
あの時も家族に大変な心配をかけた。
「遺体安置所...体育館で泣いてたでしょ。跪ずいて。」
「あ...もしかして隣で泣いてた女の子!?」
「そう。あの後家族を探したんだけど、結局行方不明で...。身寄りが無くなって、八王子に疎開したんだ。」
「そうか...あそこでも会ってたんだね。」
当時を思い出して、お互いしんみりする。
「湿っぽくなっちゃったね。せっかく来てくれたんだし、もっと楽しい話しようよ!」
美由は気丈に振る舞ってくれる。
強い女性だなと心から尊敬した。
「そういえばそのスマホのストラップ!前から気になってたんだよね。」
美由が俺の胸ポケットにあるスマホを指差す。
「ああ、このホイッスル?高専の時に教授がくれたんだ。お守りなんだって。」
「それ知ってるかも!高専時代の友達も持ってたんだよ。」
「そうだったんだ。どこかで販売してるのかな。」
たわいもない話が続く。美由との会話は心地よい。
「ねえ!」
突然美由が両手を広げる。
「介護してくれたお礼。ぎゅーってして。」
突然の抱擁要請に驚きながらも、恐る恐る彼女に抱きつく。
しばらくお互い沈黙する。
「ずっとこうなりたかった。」
彼女が耳元で囁く。
その言葉に俺は更に驚いた。驚きながらも本音を伝える。
「実は俺も。」
俺はドキドキしてハグに集中できなかった。
「今度軽井沢の保養所一緒に行かない?泊まりで。」
突然のお泊り打診に俺は更に更に驚く。
短期間でこんなに進展して良いのだろうか。
「いいの?」
「うん。」
森田の顔が思い浮かんだ。明日自慢してやろう。
「もうちょっとこうしていよう。」
「うん...。」
結局ハグまでが精一杯で、それより先は進めなかった。
≫ピーティーエスディー【PTSD】
PTSD(Post Traumatic Stress Disorder:心的外傷後ストレス障害)は、死の危険に直面した後、その体験の記憶が自分の意志とは関係なくフラッシュバックのように思い出されたり、悪夢に見たりすることが続き、不安や緊張が高まったり、辛さのあまり現実感がなくなったりする状態。