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第五章 殺戮者の矜持 2

 レントの最大の長所は巨人族特有の動きの緩慢さが無い事である。

力任せに大振りした大鎚や長槍が勝手に敵を薙ぎ払ってくれるなどと言う甘い考えなど最初から持ち合わせて無かった。

光の谷と言う特殊な環境により小柄な体を持った事とハンニバルの指導による影響がそうさせていた。


「おいおい、あの若い客大丈夫か?」

「腹がかい?それとも勘定がかい?」

「両方だ」


 テケシュの港湾沿いにあるバルの店主夫婦が話す先でレントがパーティーサイズの肉皿を1人で貪っていた。

出発してから3日目の午後である。補給を伴わずに騎馬だけで昼夜を通して行軍しても同じぐらいの日時がかかる距離であった。

最後の肉片をビールで流し込む。


「あるじ、悪いが・・このまま少し・・・ね・・るぞ」


 言った次の瞬間にそのまま失神するように眠り込んだ。

それと同時に隅の方で飲んでいた3人組がテーブルの上に金を置くと音を立てぬようにそっと店を抜け出して行った。

日除けの麻布を目深に巻いた商人がそれを見て背中合わせに座っている老婆に話しかけた。


「総帥、今のは絶対にレント様を知ってる様子でしたが始末しますか?」

「総帥はやめなさい。それと余計な手出しもいけません」

「ですがそうす・・・ルネア様、このままではレント様が・・・」

「手助けはするなときつく言われてます。見守るしか無いでしょう」

「承知しました。・・・それにしてもこのお方は凄まじいですな。神速の法を使っても尚追い付くのは困難を極めました」

「それが問題ね。付いてこれる者が居ないからどうしても単独で動く事を選択してしまう。効率的だけどいつかそれで命を落としそうな不安がつきまとうわ」

「・・・その不安の種が来たようです。あれはビッグ将軍ですね」


 抜け出していった3人が戻ってレントを指さす。その後ろから大勢の兵と共にでっぷりと太った凶悪そうな男がやって来た。

レントの向かいの椅子に座ってじっとレントを見つめた。

やがて遅れてやって来た2名の兵士がレントを見てビッグに頷いた。

狭い店内で50人もの兵士に取り囲まれたまま眠りこけるレントにビッグが声をかけた。


「起きろ」


 気だるそうに片目を開けたレントが銀貨を1枚テーブルに放った。


「それ持って帰れ。俺はもう少し寝る」

「貴様ふざけるな!将軍が声をかけているんだぞ、さっさと起きろ!」


 横に立っていた兵士がテーブルに手を叩きつけた。

寝ぼけまなこで起き上がったレントが辺りを見回して納得したようにビッグに向き合った。


「おはよう坊や、俺は何でも知っているぞ。お前が腰に差しているそれ、そいつは二路だな」

「ん?ああこれか。ドワーフの爺さんは双龍と名付けてたが、ただのなまくらだ」

「鍛冶師が名前を付けるほどの業物をなまくらと言うのか」

「ああ、なまくらだ。鍛えた本人が言ってるんだから間違いない」

「ほう?ちょっと見せてもらえんかね?」

「ああ、構わないよ」


 そう言って無造作に鞘ごと2本の剣をテーブルの上に置いた。

剣を持ち上げようとしたビッグの体が沈み込んだ。剣はビクともしない。


「な、なんだこれは?」

「ああ、ちょっと重いだろ?」


 そう言うと鞘から1本抜いてビッグの前に置き直す。その蒼黒く光る刀身を見てビッグが驚愕した。


「こ、これは・・・!まさかアルム鋼か?」

「そうだ。本当になんでも知っているな」


 丸みを帯びた刃を見てビッグがつぶやくように言った。


「お前の言っている意味がわかったよ。なるほどこの剣は確かにまだなまくらだ」

「ああ、【まだ】だ」

「無垢で全ての素材が純アルムなのか?」

「そうだ」

「・・・そうか、わかった。邪魔したな」


 ビッグはそう言って踵を返すと足早に店を出ていった。

兵士たちが慌ててそのあとを追いかける。店の外で早足で歩くビッグに1人の兵士が問いかけた。


「将軍、なぜあの者を捕縛しないのですか。あやつは遠征軍を撃退したレントと言う若者に間違いないですぞ」

「ああ、間違いないだろう。だからなんだ?俺は奴の剣の砥石にはなりたくない」

「砥石?何を言ってるんです?」

「お前たちはアルム鋼の長剣を見た事があるか?」

「え?いえ、高価な上に重くて使い物になりませんから薄刃のナイフぐらいしか見た事がありません」

「その薄刃のナイフをどうやって研ぐか知っているか?」

「知りませんがそれが何か?」

「アルム鋼はな、砥石では研げない。鍛冶場で何年も何年も鉄や鋼を裁断して切れ味を増すんだ。だから世の中に出回っているアルム製のナイフは数も少なく銘品と呼ばれるし普通の奴でも持てるように小さく薄いんだ」


 ビッグの話を聞いて兵士が青ざめた。


「ではあの剣は・・・」

「俺が持ち上げようとしてもビクともしなかった。だが奴は平然と鞘から抜いて片手で持ったのだ。重さは想像もできん。したくもない」


 話しながら尚もずんずんと歩くビッグに兵士が問いかけた。


「将軍、そんなに急いで1体どこに行くのですか?」

「本国だ!俺はたった今急病になった。悪いことは言わん、お前らもここを引き払え」


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