第五章 将の器 1
レントが馬を駆りながらシューカを指差してハンニバルに言った。
「それで先生、こいつが人質役ですか?我々が人質役ですか?」
「どちらでもない。偽りの降伏だったとして王への機密情報の報告を行う」
「王の近くまで行ければそれでいいと?」
「まぁ一応撤退するように説得するつもりだ。ええと・・・王の名前はなんだったっけ?」
ハンニバルの問いに青ざめた顔のシューカが答えた。
「以前はウルグァストと名乗っていたのですが今はアモン王と名乗ってます」
「先生、ウルグァスト王の名前なら聞いた事がありますが温和で凡庸な王との噂です」
レントの言葉にシューカが頭を横に振った。
「それは以前の話です。7~8年前に立ち寄った旅の魔法使いから秘術を授かってから、まるで人が変わったように冷酷で支配欲の強い方になってしまわれました」
「なんだと?ではアモン王は魔法使いなのか?」
「7年前といえばキュプ王国が領土を広げ始めた頃ですね」
「欲得にまみれた魔法使いに強い魔法が使えるとは思えんが・・・どう見るレント?」
「以前強欲でありながら相当の力を持った魔法使いを見た事はあります。・・・それよりも先生」
「うん?どうした?」
「妙ですね。この闇夜に羽音が聞こえます・・・それも1羽だけ」
レントとハンニバルが闇の先を見据えると同時にカァァァーーッと言う鳴き声を上げてカラスが飛び去った。
「なんとも妙だな、まるで私たちを監視して居るようだった。・・・うん?どうしたシューカ?」
「アモン王かも知れない・・・王は動物の体に魂を乗せる事が出来るのです」
「ほう、では我々は既に見られたやも知れぬな」
「ははは、どう出るか楽しみですね先生」
事も無げに話す2人を見てシューカが不安そうな顔をした。
「どうしたシューカ?怖くて引き返したくなったか?」
「戦争が回避出来るやも知れぬ時になんで我が身を惜しみましょう。出陣当初ならともかく今のこの状況なら或いは撤退も有り得ます」
「ふむ、まぁ今更引き返すわけにもいかんがな。見ろ、敵陣の明かりが見えてきたぞ」
平原の先が、かがり火で昼間のように明るくなっていた。
すでに遠目にもちらほらと兵士の姿が見え始めた。
「まぁ覚悟は出来ています」
「兵を束ねる将たる者の手本であるな。だが交渉が決裂したら迷わず逃げろよ」
「その時は見苦しいほど必死に逃げさせていただきます」
シューカの言葉にハンニバルとレントが笑い出した。
「そうだ。死ぬ瞬間まで生きる事を諦めてはいかん。必死で逃げろよ」
「えー!先生、僕にはいつも死ぬまで戦えって言うじゃないですか」
「お前はいいのさ、なんたって俺の直弟子だからな」
釈然としない顔をしたレントの背中をバンバンと叩くとハンニバルがニヤリと笑った。
「どっちにしろ逃げろって言われて逃げてくれる奴じゃないだろ」
「なにしろ師匠が師匠ですからね」
そう言ってレントも呆れたように苦笑した。
「伝令!王への伝令である。道をあけよ!」
シューカの怒声にキュプの兵士たちが道を開けると3頭は王の幕舎へと駆けていった。




