第3話
翌日から、苅部は自分に備わった能力についての調査をはじめた。うまくすれば、この
能力を自分に良く使うことが可能かもしれないと思って。
まず、最初に気にかかったのは蛍光球の色だ。黄、黒、青、緑、金、銅、紫、白、この
色の違いは一体何を表すのか。そして、これ以外にも色はいくつも存在するかもしれない。
分かったことの1つとして、この色は1人につき1色だけではないということ。今日起
きたとき、鏡を見ると金の蛍光球が自分の頭の上にあったのが証拠だ。これまでは緑だっ
たものが、今日になって金に変わったのだ。康恵にしても、白だったり、黄だったり、日
によって色は変わっている。
もう1つの分かったことは、その色がシーンによって変わるということ。昨日の残業の
とき、自分を見た馬瀬の蛍光球は白から銅へ移った。あれは間違いなく、馬瀬の自分に対
する心持ちによって変化したものだろう。自分の蛍光球が今日は金だったことも、それが
当てはまるかもしれない。
昨日まではこの能力に大きく迷いが生じていた、しかし今日は違う。この能力に向き合
おうとしている、その心持ちの変化が自分の色に表れたんじゃないだろうか。単純に考え
がつくのは、この蛍光球の色が当人の心持ちの色であるというところだ。
その日から、苅部は周囲の人間を観察するように目を見張らせていく。浮かぶ蛍光球の
色、その人の普段の人間性、その人の当時の心持ちに重点を置いて。
社長は45歳、独身だが人望の厚い頼りがいのある人間だ。彼の頭の上の蛍光球は、色
を見分けにくいほど薄いのが特徴といえる。
秘書の馬瀬は27歳、才色兼備と評して劣ることのない人間だ。彼女の頭の上の蛍光球
は、金や茶や緑が多いのが特徴といえる。
営業部の部長は43歳、視野が広く上に立つのに適している人間だ。彼の頭の上の蛍光
球は、わりと薄めの緑が多いのが特徴といえる。
いつも苅部に強く当たってくる、営業部の先輩は33歳。彼の頭の上の蛍光球は、黒や
緑や茶や紫がコロコロ変わるのが特徴といえる。
苅部の仕事の遅さに苛立つことの多い、財務部の部長は37歳。彼女の頭の上の蛍光球
は、黒や緑や紫が多いのが特徴といえる。
そして、苅部自身の蛍光球は、茶や緑が多いのが特徴だった。
このように、調査を重ねていくことで自分の能力を判断しようと試みた。
「でっ、今日の俺の色はどうよ?」
帰り道、焼き鳥屋「どうよ」に立ち寄ると番野から訊かれる。
あの日以来、彼からは毎度蛍光球の色を訊かれる。彼自身、苅部の言っていることを信
じきったわけではないが、全くの嘘だとも思えないような不安定な解釈が続いている。そ
して半分信じている自分として、自分の色味が気になるのは当然の流れだった。
「金だね」
そう言うと、番野は納得のいかない表情をする。
「俺いっつも金じゃねぇか、どういうことだよ」
「分かんないよ、番ちゃんがいつも変わらないってことじゃない?」
「そんなことねぇって、俺は日々成長してんだからよ」
毎度変わらない自分の色も、番野が苅部の説を信じきれないうちの一つといえた。
「でもあれじゃねぇか、金ってことは「スター性がある」みたいなことなんじゃねぇの」
「違うんじゃない? 俺、今日金だったから」
出端を叩かれ、番野は息をつく。
「お前、そういうこと言うなよな」
「しょうがないじゃん、実際そうなんだから」
「余計に分かんなくなってきたよ、お前の言ってることが」
そんなこと言われても、自分自身いきなり芽を出した能力に戸惑っているんだから。
苅部は息をつく、焦らずに時間をかけていけばいいと自分に言い聞かせた。
「そういう子が好きなんですか?」
急に左から届いた声に、苅部は心臓がドクンと鳴った。そのリアクションに、左隣から
フフフッと静かな笑いが聞こえる。
「すいません、驚かせちゃって」
馬瀬遥だった、こんなところでこんな時間に会うとは思ってなかったので驚いた。
「あぁ、どうしたんですか?」
何を話せばいいか分からず、とりあえずの言葉を言う。
「どうしたって、本を見にですよ」
あぁそうか、と苅部は馬瀬からの当然の返答に返す。
「いつもは仕事終わりに来てるんですけど、今日は夜に社長が接待があるから今のうちに
と思って」
会社の昼休憩の時間、外に食事に出た際に余った時間で書店に寄ったときのことだった。
苅部にとってはばつの悪いタイミングだった、ちょうど週刊誌のグラビアのページをめ
くっていたところだったため。
馬瀬の方に向けていた顔を持っていた週刊誌に戻す、ずいぶんとグラマーな女性が水着
姿で浜辺に横たわっている写真が開いていた。
困惑を覚える、自分はただなんとなくページを流していただけなのに馬瀬にはそれが自
分の好みであるかのように映っていたことが。
「違いますよ、時間潰しにちょっと見てただけですから」
馬瀬の最初の言葉に対する返答、これはこれで言い訳になれてなかったが。
「そうですか、ならよかったです」
そう彼女が口角を上げると、苅部もごまかすようにフフッとはにかんだ。
その後、なんとなくの流れで2人で会社に戻ることになった。
その道中では同じように昼休憩中と思われるサラリーマンたちと幾度となくすれ違う。
なんだか誇らしく感じた、馬瀬のような才色兼備な女性と横に並んでそこを歩くのは。
ただ素直に喜びきれなくもあった、さっきの場面では彼女に失態といえるところを見られ
ていたから。
「苅部さん、普段は外で食べてるんですか?」
馬瀬からの言葉、少しの緊張が生じる。
「それが多いですね、コンビニのおにぎりやパンじゃ物足りなさがあるんで。たまに、妹
が弁当を作ってくれたりもするんですけど」
「妹さん、いらっしゃるんですか?」
「はい、3つ下に」
「へぇ、じゃあ同い年だ」
「あぁ、そうなりますね」
「妹さんは何されてるんですか?」
「普通のOLです」
「そうなんだ」
「えぇ、同い年でも馬瀬さんとは全然違います」
「そんなことないです、私もOLやりたいなぁって思いますもん」
「そうなんですか?」
「社長の秘書やってると窮屈になることがあって、こういうランチの時間に3〜4人で並
んで楽しそうに話しながら歩いてるOLさんを見るといいなぁって思ったりします」
「へぇ、そうは見えませんけどね」
馬瀬は仕事もそつなくこなし、同年代の同性を対象とすれば一歩先をいくような存在に
思える。
「そんな堅そうに見えます、私って?」
自分の心を見透かされたようで、苅部は言葉につまる。
「やっぱり、秘書なんてお堅い仕事なのかなぁ」
そう馬瀬は息をつく、目線は下を向いていた。
「でも凄いですよ、年下なのに毎日テキパキ仕事してて。俺なんか、怒られてばっかりで
すから」
「ですね、いっつも怒られてますもんね」
そう言うと、馬瀬に笑顔が戻る。
「たまに理不尽な気もするときありますし、俺そんなに悪いことしたのかなって」
「苅部さんはなんか言いやすいんですよ、弟気質っていうか。みんな上司から言われて溜
まってるのを部下の苅部さんに吐き出す、みたいな」
「損な役回りですよね、それに弟気質って実生活では兄なのに」
苅部が笑みを浮かべると、馬瀬もそれに続く。
「いいんですよ、苅部さんは苅部さんらしくいれば」
なんだか、馬瀬に慰めてもらってるような展開になっていた。それでも、彼女とこうし
て長い時間話していられるのは幸せといえたが。
別れ際、馬瀬の頭の上の蛍光球が黄であることを確認できた。
そして、別れた後に彼女との会話の中にあった不明な点に気づく。
「妹さん、いらっしゃるんですか?」
「はい、3つ下に」
「へぇ、じゃあ同い年だ」
「あぁ、そうなりますね」
そのときは聞き流していたが、よくよく考えると違和感があった。苅部が康恵と3つ違
いであると聞いて、馬瀬はすぐに同い年だと言った。
つまり、彼女は苅部が30歳であることを知っていたといえる。どうして、自分のよう
な目立たない存在の人間の年齢をはっきりと覚えていたのだろうか。社員のデータを扱う
機会も多いし、なんとなく覚えていたと言われればそれまでだが。
その夜、馬瀬は社長の接待の付き添いで和料亭を訪れていた。相手はこの周辺の数県に
ある10店舗のインテリアショップを経営するオーナー兼社長。年は50歳手前あたりだ
ろうか、目の先が上がっていて仕事の出来そうな女性といった印象だ。女社長の横には、
30歳代半ばの女性秘書がいる。
その4人でのビジネスありきの会食は、緊張感が保たれる。我社の社長は自社のとって
おきの製品を店舗に置いてもらおうと巧みにプレゼンし、相手方の社長はその製品が自社
にふさわしいものかを慎重に見定め、秘書2人はいつ話を振られても対応できるように耳
をピンと立てていないとならない。
ただでさえ、そこの席でやり取りされる会話は難度の高いものなのだから。もしも秘書
のせいで、まとまる話がこじれるようなことがあれば大失態だ。
「というわけですが、いかがでしょうか?」
社長がプレゼンを終えると、相手方の女社長はしばらく考える。顎に手の先を添えなが
ら、目線を変えて
「あなたはどう思う?」
と、馬瀬に意見を求める。
それに対し、表情を固めることもなく、
「このタイプのものは今欧州で流行してますし、色合いもシンプルでファニーな印象を抱
かせます。家に置いてもスッと馴染めますし、それでいてアクセントもあります。スタン
ダードの枠を超えることなく、作り手の遊び心も入った非常に面白い作品だと思います」
馬瀬は心の中でフッと息をつく。
事前に用意してあった言葉だ、こうやって意見を聞かれることも多いから。オシャレは
足元から、家を見るには玄関を、というようなものだ。秘書がなってない会社に、相手は
良い印象を持つことはない。自分が仕事を決定させる関門の一つ、それを彼女も自覚して
いた。
「じゃあ、今日はご苦労さん」
「はい、お疲れ様でした」
接待の夕食後、社長と別れると馬瀬は大きな溜め息をついた。緊張から解きほぐされる
瞬間だ、身体に張りついている膜がはがれるような。駅前の人が流れていく中でも、許さ
れるなら思いきり手足を大の字に伸ばしたい。
社長のサポートという仕事は想像以上に疲れる、毎日が試験日のような感じだ。自分の
レベル以上の場所に立たされる日々は、やりがいがあるというよりも難しい。重圧に押し
潰されそうになることもある、それでも周囲が自分を待ってくれるわけじゃない。必死に
なって目前の事をこなしていく、表面には出さないが心内は常にいっぱいいっぱいだ。明
るみに出している馬瀬の気品のある佇まいは作られたもの、本当はもっと嫌な部分だって
いくらでもある。
「ただいま、ム〜チャ」
一人暮らしの空しい家に帰ると、愛犬に迎えられる。ム〜チャとたわむれてる時間が癒
しであり、唯一の支えだった。
休日に友人たちと会って、それぞれの仕事の愚痴を言い合うのもストレス解消にはなる。
ただ、もっと心の奥底から自分を救い出してくれるような空間が欲しい。恋人でもいれば
違うんじゃない、そう友人から助言をもらったが簡単にもいかない。社内の女子から合コ
ンに誘われることもあるけれど、性格上どうもあの空気は合わない。見ず知らずの男女が
集まって、印象を良くするために高く取り繕った自分を発表する場のように思えて。そん
なのじゃなく、もっと自然な自分を好きになってもらいたいし、自分も相手の自然なとこ
ろを好きになりたい。
仕事場でも秘書という立場から、出会いはないわけじゃない。でも、そこで面と向かう
男性たちは気を張った仕事型人間ばかりだ。バリバリと働くキャリアは自分には違う、家
まで仕事型人間と一緒にいたら休まらない。恋人には癒しを求めたい、普段の緊張感に覆
われた自分を解してくれるような。
苅部は自宅に帰ると、風呂上りに枝豆をつまみにビールを飲む。一日の中の至福といえ
る時間だ、仕事でのあれこれを解消してくれるように。こんなにも庶民派なアイテムなの
に、なぜこれだけ心の隙間を埋めてくれるのだろうか。
康恵がつけていたテレビの画面では、「巨人×広島」の試合が流れている。小さい頃に見
ていた父親の姿そのものだ、良くも悪くも2人は親の血を継いでるのだなと思った。
彼女は巨人の有利な展開には手を合わせて喜び、不利な展開には舌打ちをして悔しがる。
今日は前者だった、良顔でリビングの中央に置かれたみかんを夕食までのつなぎとして口
に運ぶ。夕食はいつも巨人の試合が終わらないと作らないので、この2人の光景は通例の
ものだった。
ナイターの野球中継から延長がなくなったのは彼には嬉しいことだった、試合展開にか
かわらず21時前には夕食の準備が始まるから。その代わり、当然のように彼女は終盤の
ここという場面を見られないことに腹をたてていたが。
「よぉし、今日はスカッとしたな〜」
試合は中継時間内に終わった、巨人はお得意の一発攻勢で勝った。
気分良好な康恵はキッチンに向かっていく、彼女の頭の上の蛍光球は黄を点していた。
その色に苅部はなにかを感じた、それはさほど悩むこともなく正解が出てくる。馬瀬の
ことが浮かぶ、今日の昼休憩に会ったときの彼女の蛍光球も黄だった。
そのときの馬瀬と今の康恵は、同じ感情ということなのだろうか。キッチンで料理に取
り掛かる康恵に目を向ける、鼻歌まじりに上機嫌な様子だ。この蛍光球が感情を表すもの
ならば、あのとき馬瀬も上機嫌だったのだろうか。週刊誌のグラビアページを眺めていた
冴えない平社員と話していたのに。
疑問が進む、本当にこの蛍光球はそういう意味合いのものなのか。




