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旅の終わり

 生き残った村人たちは、識と柊を追い出した。骸響(むくろひびき)の妖術を知らぬ人々からしてみると、識こそが村の人々を惨殺した恐ろしい妖怪に見えただろう。


 それは彼らにしてみれば当然のことだが、あの村で平穏なひとときを過ごし、温かい未来を見た識にしてみると、深い絶望に落とされたようなものだった。



「どうして……こんなことに!」


 識は涙を流す。


「俺は、そんなつもりではなかった! 誰一人として……殺すつもりなどなかったのに!」



 そんな彼を柊は優しく包み込んだ。



「分かっている」


「分かっていない!」



 識は叫んだ。柊ですら、自分の心は分からない、と。なぜなら、彼の秘めた想いは、柊も知らぬことなのだから。二人であの村で一緒に住むという、そんな想いは……。しかし、柊は識を抱きしめる腕に力を込めた。



「いや、分かっているよ。お前は優しい男だ」



 柊の心音は、少しだけ識の心を鎮めた。



「私だけがお前を理解できる。それは、識が一番分かっているはずだ。どんなに誤魔化そうとも、かすかな気持ちも、深いところまで……お前のことは何でも分かるのだから」



 識の万象神覚は、彼女の想いを知覚する。視覚化されたものではない。言語化できるものでもない。だが、識は確かに柊の想いに触れたのだ。思わず、顔を上げる識。二人は視線を交わし、唇を重ねた。



「識、私に考えがある。この旅を……終わらせないか?」



 二人の旅の目的が決まった。玄天狐党のお膝元である、八州(やしま)だ。しかし、二人は別れて行動する。



「まずは識が私を斬れ。刺客の前で斬れば、私は妖怪に殺されたと朝廷に伝わるはずだ」



 目論見は上手く行った。柊が旅の中で手に入れた、仮死状態を作る薬を事前に飲んだこともあり、刺客たちを上手く騙せたのである。あとは同じ方法で、妖怪の前で識が死ねば二人は自由を手に入れられるはず。そんな希望を持って、二人は玄天狐党の襲撃を待った。



「柊。俺は人間ではない。だが、お前と一緒なら幸せというものを理解できる気がするんだ」



 終わりが近づく予感を抱き始めたころ、識は柊に想いを告げた。人である彼女が朽ちるその日まで傍に。すべてが上手く行けば……そうなると思っていた。



「生意気になったな、識。ついこの前まで、子供のようだったのに。いや、子供のときの方が生意気だったな。私に子を孕ませるとか言っていたじゃないか」


「そ、それは……もう言わないでやってくれ」



 だが、根っこの部分では、何も変わっていないのだろう。むしろ、識は納得した。



「出会ったときは、確かに子供だった。でも、今は違う。男と女が共に暮らし、多くの時を共有する。それを夫婦(めおと)と言うのだろう?」


「私とお前が、そうなると?」



 柊は笑った。心の底からおかしそうに。識は頬が熱くなったが、退くつもりはなかった。



「駄目なのか? 人間は、お互いを理解し合った男女がそうなるものだと聞いているぞ。だとしたら、俺は……!!」



 二人は確かに分かり合っていた。万象神覚という(ことわり)を超えた意思の疎通が行われる前から。柊は、識の強い眼差しに根負けしたのか、目を伏せながら言った。



「では、もう少しだけ……お前の成長を見守らせてもらうとしよう。すべてが……終わったらな」



 だが、二人の旅は最後の最後で失敗に終わる。識は玄天狐党の妖怪たちの前で、柊によって斬られた。傷は深くなかったが、仮死状態を作る薬によって、識は意識が遠退く。あとは柊が識の体を川に流し、妖怪たちの前から去るだけ。


 しかし、識は薄れる意識の中で見てしまった。藪の中に潜む、(しょく)の姿。月蝕の三姉妹、その長女である、恐ろしい女の姿を見てしまったのだ。



「柊……!!」



 川から上がる識。手はず通りであれば、柊は合流場所で待っているはず。薬の効果が抜けず、重たい体を引きずりながら走ったが……柊の姿はなかった。



「嘘だ」



 識は柊の姿を探し回る。雨が降り出し、識の嫌な予感は次第に強くなっていった。まだ玄天狐党が近くにいるかもしれない。下手に動けないが、彼女に斬られた場所の周辺を探すしかなかった。そして、識は柊を見つける。無残な姿となった柊を……見つけるのであった。



「柊……」



 冷たい雨の中、柊は赤い血を腹から流し、そこには刃が深々と突き刺さっていた。まだ、息がある。それほど時間は経っていないようだ。恐らく柊は抵抗し、何とか逃げ出そうとしたのだろう。凪の神楽と剣術を使いこなす柊を追いつめられる妖怪はなかなかいない。しかし、識が先程見た光景を考えると、それを可能とするものが、すぐ傍にあった。



「まさか、月蝕の三姉妹が……」


 柊がうっすらと目を開いた。


「柊!」



 彼女はいつものように笑みを浮かべる。



「すまないな。また、お前を独りにさせる」


「嫌だ……。柊、俺を独りにしないでくれ!」



 柊は必死にすがる識の頬に手を当てた。冷たい。尽きようとする命で、彼女は唇を動かした。



「最後に、わがままを聞け」


「なんだ!?」



 どんな願いでも聞いてみせる。そう意気込む識に、柊は些細な願いを口にするのだった。



「もう一度、言ってほしい。お前は、私と……夫婦に」



 溢れ出す感情に、涙が止まらない。識は柊を抱き締め、心の底から想いを伝えた。



「ああ、俺と夫婦になってくれ。だから、柊、死ぬな!」


「……識」



 細い声で彼女が何かを伝えようとしている。識は体を離し、彼女の顔を見た。



「愛している」



 そして、彼女はこと切れる瞬間に、識の万象神覚を刺激した。彼女の想いがほんのひととき識を包み込み、幻のように消滅する。彼女の命と共に、完全に消滅してしまったのだ。



「殺してやる……!!」



 識は柊のために掘った墓の前で誓った。



「月蝕の三姉妹は必ず俺が殺す! 全員、殺してやるのだ!!」



 そこから、識は狐の面をかぶった妖怪となり、柘榴に出会う。玄天狐党が潜む村を探し出し、杠葉と葛城に近付くと、両者の争いが激化するよう、御神楽衆を呼び寄せた。


 後は(いくさ)に紛れて、月蝕の三姉妹の首を取るだけ。長い時間が経過しても、彼の復讐心は消えることがなかったが……


 楓と言う巫女が現れ、彼の心に奇妙な揺らぎが出てしまうのだった。

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