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徒花の巫女  作者: 葛西渚
第三章 蝕まれる世界
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時代

 三年後。六奥(むつお)、御神楽衆の里で剣士たちの指導を終えた境を呼ぶものがあった。



「境殿。孔雀威さまがお呼びです」


 その名を聞いて、境はあからさまに顔を歪める。


「あの人……また来てるのかよ」



 気は進まないが、呼ばれたのなら、すぐに顔を出さなければならない。屋敷の奥にある部屋を訪れると、筆を動かしていた孔雀威があの笑みを見せた。



「やぁ、境。元気だったかな」


「おかげさまで」


「紬はどうしている? 祝言は上げたのか?」


「…………」


「聞かない方が良かったか」



 孔雀威は筆を置いてから、体ごと境の方に向くよう、姿勢を変えた。



「同じ屋根の下に暮らしているのだろう? 夫婦として暮らせばいいじゃないか」


「あいつにはあいつの考えがあるんです」


「ほう。紬が踏み切れないだけで、境はいつでも夫婦になる覚悟がある、と?」


「…………」


「これも聞かない方が良かったか」



 孔雀威は机の上にあった文を取ると、軽く目を通してから、境に視線を戻す。



「お前に任せたい仕事がある」


「なんでしょう」


「最近、人間と妖怪が手を取って生きる道を探る勢力が活発に動いている、という話を知っているかい?」


「いえ」


「どうも朔月とかいう半妖が主導しているようだが、この名前に心当たりは?」


「ありませんね」


「そうか」



 孔雀威に文を渡される。読め、という意味なのだろう。



「えっと……護衛の任務、ですか?」


「そうだ。少しは読めるようになったか。やはり紬は面倒見のいい女だな」


「……おかげさまで」


「ふむ」



 満足したように頷く孔雀威は、依頼について説明する。



「先程話した勢力の重鎮が、反対派の妖怪から命を狙われているらしい。強力な討者が一人ほしい、という話になってね。今空いているのはお前だけだ」


「ってことは……妖怪の護衛ですか?」


「仕方ないだろう。私だって反吐が出るくらい嫌だが、朝廷の決定には逆らえない」


「はぁ……」



 孔雀威は何気ない調子で庭の方に目をやると、小さく溜め息を吐いた。



「時代は変わる。御神楽衆が解体される日も近いかもしれないね。そしたら、私たちは何を仕事にすればいいのだろう」



 境は笑いそうになって引きつる頬を抑える。自分は御神楽衆がなくなっても、畑でも耕して生きていけるだろうが、孔雀威は無理だろう。彼女の天職は、御神楽衆しかないだろうから。



「境、何か失礼なことを考えているね?」


「いえ」


「一昔前なら、はっ倒して聞き出してやるところだが……これも時代が変わった。適正な範囲を超えた指導とやらは、問題になるそうだ。いや、肩が凝って仕方ないよ」



 これは話が長くなる、と察した境は仕事の話に入る。



「それで、護衛対象の名前は?」


「ああ。えーっと」



 改めて文に目を通してから、孔雀威はその名前を読み上げる。



「帳と言うらしい。若い妖怪だが、なかなか賢いようだよ」


「へぇ。さっきの朔月ってやつじゃないんですか?」


「そっちは、なかなか顔を出さないらしい。まぁ、機会があれば、いつか顔を合わせることもあるかもね」



 細かい話は、既に現地へ派遣された御神楽衆から聞くことになっているらしく、境は孔雀威の部屋を後にして、早速仕事へ向かうことにした。里を出て、長閑な畦道を歩きながら、境は一人呟く。



「それにしても、妖怪と人間が手を取り合う道って……馬鹿なことを考えるやつがいたものだな」



 しかし、孔雀威の様子を見ると、現実味を帯びている話なのかもしれない。



「御神楽衆が解体されたら、か」



 本当にそうなったら、どうやって生きて行くのだろう。気の短い自分は、孔雀威の下以外ではまともに働けないだろう。だとしたら、やはり畑仕事だろうか。だが、それも知識がいる。本当にできるだろうか。少し自信がなくなってしまった。



「五年後には野垂れ死んでいるかもしれないな……」



 苦笑いを浮かべると、涼しい風が背中を撫でた。



 ――境なら大丈夫だよ。



 久しぶりに聞いた声に、懐かしさだけではない、温かい気持ちに満たされて行く。



「そうだな。しっかり生きて……それで駄目だったとしても、お前が待っていてくれるんだ。前を見てやれるってもんだ」



 長く続く道を境は歩く。それは、いつか途切れてしまうのだろう。そのときは、思ったよりも早いかもしれないし、ずっと後かもしれない。だけど、いつだって道を踏み外すことなく、歩み続けられたのだ、という自信はある。これからも、きっと何とかなるだろう。


 いつか向こう側に……。そんな風に思うこともあるが、一歩進むごとに、それは一歩分遠ざかってしまうようだった。それも人生だ。境は一歩踏み出すことの幸せを噛み締めながら、道を進む。心が蝕まれることもない。彼の行く先は自由だった。




 それから、二百年後。大きな戦と共に妖怪という存在は歴史の記録から消えることになる。御神楽衆も解体。後年、妖怪と人間の血を束ねることに尽力した、帳と言う人物は語った。私たちは朔月さまの示した道を進んだだけだ、と。



―― 終 ――

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― 新着の感想 ―
完結お疲れ様でした! 復讐と愛憎が交差する難しいストーリーを、最後まで完璧に描かれたなぎこさんの技術に脱帽です。 紬の心の傷を考えるとハッピーエンドとは言い切れないですが、楓への想いも重なって、あん…
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