11年後
2026年 4月
久々に実家に顔を出し、上京してからそのままに放置していた自分の荷物を整理することにした。
私の部屋自体は物置部屋のようになっていたが当時使っていた机の周辺だけは2010年のままだった。
埃を掃除機と雑巾で片づけて小物を整理していった。
その作業中1つのパンフレットを見つけた。
あの会社の新卒説明会用の会社案内のパンフレットだ。
嫌な気持ち半分、懐かしい気持ち半分でパンフレットを開いた。
そこには社員紹介のページがあった。
先輩社員たちからのメッセージと題してはにかむ笑顔とともに会社の紹介分が書かれていた。
その誰もかれもが私にパワハラやいじめていた人物ばかりだった。
そこには現実とかけ離れた美辞麗句が並べられていた。
私は自分が体験したことを文書に残してみようと思い立った。
1つ1つのエピソードは会社の同僚や友達に話したことがある。
誰もかれも信じてくれず、”そんな会社あるわけない”、”そんなに何度もひどい目に合わないでしょ”と言って真面目に聞いてくれなかった。
これを文書にしてどこかに書いたら誰かは信じてくれるだろうか、
それとも単なる作り話と思われるだろうか。
どういう反応があるのか、いや反応など見れないだろう、けど気になってしまった。
私は小説投稿サイトのユーザー登録を済ました。
書く前にあたりあの会社がどうなっているか気になった。
私はノートパソコンで会社のホームページを開くと役員と部長の一覧が掲載されているページを探した。
当然ながら銀行なのでつぶれてなどいない。今日も平常運転をしている。
壮絶なパワハラがあったのかと思えないほどの爽やかなホームページだ。
その潰れないという安心感があの社内政治を活発化してしまったのだと私は考えている。
情報運用部時代、私の仕事の一つとして会社のホームページの更新というものがあった。
更新データは別の部署が作成するのだがそれをホームページが掲載されているサーバーという機器にFTPソフトと呼ばれるデータ転送ソフトでデータを送って更新するのが私の数多くある仕事のうちの1つだった。
作業がしょぼかったので退職する際の引継ぎの中で課長から
「こんなしょぼい作業は派遣の仕事だ。」
と言われた。
「ホームページは会社の顔そのものです。作業手順書はありますが重要な作業なので正社員で責任をもって行うべきです。」
「くだらん、そんな顔とかどうでもいいわ。しょぼい作業は派遣にやらせる。それが効率化だ。」
退職する数日前にホームページの更新依頼がきた。
課長はさっそく派遣社員に作業を依頼した。
派遣社員のほうには事前に手順を説明していたが他の業務もある中で明らかに簡単なこの作業について熱心に資料を読み込んでくれていなかった。
そして依頼された更新時間になった。
派遣社員は直前まで別の作業をしていた為に初動に遅れた。
その後も作業端末へのログインでパスワードを打ち間違えたりして結局更新できたのは依頼時間を15分すぎてからだった。
依頼元の部署の担当者からクレームの電話が来た。
課長は派遣社員がミスをしまして、その派遣社員を処分しますのでと弁明したが、
「会社の顔たるホームページを派遣社員に任せるとは何事か、
前までは正社員がしていただろ、こっちの了解なく勝手に作業体制を変えるのはルール違反だ!」
と一つ席が離れていたが十分に聞こえるほどの大きさだった。
課長はひたすら頭を下げて電話口で謝罪していたが再発防止策を策定し部長承認を取ったうえで報告書を出すようにと依頼元から言われてしまった。
そんなことがあったことをその瞬間に思い出した。
私はマウスを操作して役員一覧と部長一覧のページを見つけた。
役員一覧には当時情報基盤部で私にパワハラをしていた2人が掲載されていた。順当に出世していったのだろう。
部長一覧はどうだろうと思い見てみると私が知っている人が何人かいた。
どの人も当時は目立たない人で仕事も無難、人脈も無難という印象の人だった。
部長一覧の中には情報運用部の次期部長と呼ばれていた課長の名前はなかった。
また歴代で一番早く出世した労働組合長こと”失敗したことがない人”の名前もなかった。
課長の年齢を考えると60歳前後のはずだ、運が良ければ定年前に1年限定で部長になれるチャンスがあるかもしれない。
役職定年があったかどうかは覚えていない。
あの労働組合長のほうはまだ部長になれるチャンスはあるだろうが少なくとも”歴代最速で部長になる”というトロフィーはすでに手にすることはできない。
今の役員に名を連ねる1名がその記録保持者だからだ。
私は投稿サイトの下書きページを開いた。
どんなタイトルにしようか。
”私のパワハラ体験記”とか”ブラック企業日記”ではどうだろうかと思った。
違和感がある。
彼らが本当にパワハラをしているという自覚があればあそこまで苛烈なことをしていたのだろうか。
良心の呵責というものに心を痛めたのではないだろうか。
彼らは悪いと思ってやっていたわけではない、すなわち彼らの意思としてはパワハラでもなくブラック企業でもないのだ。
単にそこにいじめてもよい人がいた。
そいつは仕事ができるが生意気でコミュニケーション能力が劣る。イケメンでもないし出身大学も大したことがない。
ただそれだけで彼らはいじめてよいと判断したのだ。
いじめやパワハラをしていた理由は様々だろう。
自分が先輩社員にやられたから後輩にやり返すという負の連鎖。
自分はいじめる側だと勝手に思い込み相手を虐げる権利があるのだと正当化する考え。
とてもではないが私とは物の考え方が違う。
ダメな文化は断ち切ろうとか同じ職場で働いているのだから協力し合おうという考えがないのだ。
それよりも自己の欲望、上司からの倫理感に反する指示を上司の指示だから仕方がないと言って優先させてしまう。
そういう意味では私自身が入社するべき会社を誤って選んでしまったと結論づけるのが自然なような気がした。
私はキーボードを叩き文字を入力した。
私は入る会社を間違えたかもしれない。
了
これにてこの読み物は終わりになります。
始めてこのような長いものを書きました。
最初は登場人物に仮名を割り当てて小説っぽくしようと考えていました。
しかしそれでは仮名に割り当てられた人、もしその人が現実の同姓同名であったならば申し訳ない気持ちになりました。
実際の登場人物の名前を一文字もじってみようとも思いましたが正直なところ彼らのことを思い出すと今でも気分が悪くなります。
思い切って登場人物は役職やポジションの名称で書くことにしました。
私は当時あったことを主観ではありますが書いているので誰のことだがわかります。
これを初めて読まれる方はわかりづらいのではないかと思います。申し訳ございません。
自己満足ではありますが心が少しすっきりしたような気がします。
読んでいただけたことありがとうございました。




