公募
僕はこの国の教育体制について、ゼロの知識や資料から探ってみた。
しかし、あまりにもひどすぎた。
基本的には義務教育なので、貧しいものも教育を受けれる。
しかし貧富の格差で教育にも格差があった。
大学への裏口入学などは日常茶飯時で、
就職には親の身分が、かなり影響した。
貴族階級や裕福な家庭は、質の良い教育を受けられるが、
底辺層にいけばいくほど、確実に教師の質は、
悪くなっていった。
理由は義務教育とはいえ、学校側は寄付金を受け入れるからだ。
つまり寄付金の多い学校ほど、質の良い教師を引き抜ける。
引き抜き以外の教師はガチャのように運ゲーだった。
地道にやっていくしかない?
それとも
然るべき立場につく事を目指すか……
僕は難しい選択を迫られていた。
そんな中。
成績が上がる教育改革を提案したものに、
・権限と校長という立場をあたえ、校内で教育改革をさせる。
そして、髙い成果を出したもの達に、全体の指揮をとらせる。
という通達がでた。
「これだ」
二人の意見は一致した。
募集要項は
論文
そして論文が通ったもの達での討論会という形になった。
論文の募集の締め切りは3か月。
僕たちは相談しながら論文を作成した。
そして4か月後。
僕たちは討論会に呼ばれた。
1次試験は合格。
討論会が2次試験だ。
ただこの2次試験というのは、一応建前上のもので、
実際には人を見て、どこの学校の校長に割り振るかというものだった。
集まった人数はおよそ500人。
それぞれ名物教師。貴族出身の教師。軍隊出身の教師など様々だった。
討論会は3日間行われ、ランダムに選ばれた相手と討論する形式になる。
ここでの討論内容は全て記録され、これも教育改革の参考にされるそうだ。
「討論なんか無理だ」というと、
ゼロが俺がメインで話すから、俺に気持ちを委ねろと言ってくれた。
◆ ◆ ◆
討論会の最終日の、最後の舞台。
静まり返った空気を裂くように、どこからか音が響いてきた。
――中世ヨーロッパで使われた、擦弦楽器Hurdy-Gurdyのような音。
ざらついた旋律と、低く唸るようなドローン音が重なり合い、
会場全体を、古びた祭礼のような雰囲気に染めていく。
どこか哀しげで、どこか祈るような音だった。
それはまるで、この国の未来を予言するかのようだった。
僕は小さく深呼吸した。
相手は軍とつながるエリート家系の教師――この戦い、逃げ場はない。
歳は50歳を過ぎているだろう。
ロマンスグレーの髪を後ろに撫で付け、
仕立ての良いスーツ姿。
スーツの上からでもわかる屈強な肉体。
威厳に満ちた目つきは、強い圧迫感を感じた。
正直勝てる気がしない。
まぁゼロに任せていたらいいだろう。
どっちにしろ。
校長にはなれるのだから。
あれ……
なんだか様子がヘンだ。
周囲がざわついている。
討論会場のドアが開き、
誰かがやってきた。
みんな膝をついて頭を垂れている。
えっまさか……。
対戦相手の教師も膝をついて頭を垂れた。
だめだ。
真似しておこう。
僕は辺りをチラ見して同じように、
膝をつき頭を垂れた。
「まぁよい。楽にしろ。では討論を始めろ」
とその偉そうな誰かは言った。
「では、双方はじめ」
と号令がかかった。
相手の教師が口火を切った。
「私はクロガーネと申します。私の理論を申し上げます」
そう言い一礼をした。
「まず教育というのは鍛錬にございます。
厳しい訓練を重ね、ついてこれるものだけを引き上げる。
そうしてエリートを育てていくのが寛容です」
「ではこれに対してゼロ殿は反論はありますか?」と審査官が言った。
「弱者を切り捨て、強者だけの世界。それも否定はしねぇよ。
でもな…進学校ですら、落ちこぼれは出るように、頭の良い奴でも制度次第で落ちこぼれるんだ。
もしその制度に間違っていたら、どうする?
保険が利かなくなるんだぞ」
周囲がざわついた。クロガーネは、腕を組み、何か考えている。
先ほどまでの、圧迫感はもう消えていた。
「ではこれに対してクロガーネ殿は反論はありますか?」と審査官が言った。
「しかしだな……。
能力の劣る奴はいらないだろう。
クズはクズだ」
周囲からどっと笑いが起こる。
クロガーネは少し安心をしているようだ。
あ~ここにいる連中も同じ穴のムジナか……。
「ではこれに対してゼロ殿は反論はありますか?」と審査官が言った。
「……逆もまた然りだろ?
制度次第で、あんたらの言う“ゴミ”が、英雄にもなるかもしれねぇ」
周囲がふたたびざわつき始めた。
クロガーネは瞬きを何度も繰り返し、何度も唇をなめた。
「ではこれに対してクロガーネ殿は反論はありますか?」と審査官が言った。
「私の教育方針は効率がいい。実にいい」
そうクロガーネは言った。
周囲は納得しているようだ。
「ではこれに対してゼロ殿は反論はありますか?」と審査官が言った。
「効率だけで回す国ってのはな、
“失敗したら即死”ってルールで動いてるってことだ。
……そんで、死ぬのはいつも弱いやつだ」
そうゼロは言い、指をまっすぐに突きつけ、周りを指さした
「その制度、もし間違ってたら、
誰が責任取んだ?
お前ら、保険もなしに国回す気かよ?」
ゼロが周囲を見渡すと、
会場は、沈黙した。
とつぜん
パチパチパチ
と音がした。先ほどの偉いさんがこちらにやってくる。
「ハハハハハ。実に愉快だったよ。クロガーネ君、ゼロ君
二人とも立派だった。
私は満足したよ。
まぁがんばってくれたまえ」
そういい立ち去っていった。
この拍手がきっかけで、この討論会は閉幕への運びとなった。
◆ ◆ ◆
この討論はゼロ達の知らない所で話題となっていた。
「今の制度の中で子どもを評価し続けている限り、
意図せずして“落ちこぼれ製造装置”になっているかもしれないってことか……」
「そもそも教育って何のためにやってるんだっけ?」
「オレたちが教え損ねたら、その子の未来に“セーフティネット”が存在しなくなるのか……」
「……自分がいままで“良かれと思ってやってきたこと”が、
制度を疑うことなく続けていた“自己保身”だったんじゃないかって……
初めて、怖くなった」
「私、子どもたちを“評価する側”にいるつもりでいました。
でも……制度の中で“見落としている側”だったのかもしれない」
「あのセリフは、私たちが“守っていた制度”そのものにメスを入れた」
「今までの教育論が、無力に思えた」
「このまま“従来の価値観”で授業を続けることに、罪悪感すら覚える」