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4/12

死んだ魚の目をした教員たちとスネた子供たち


国から通知が届いた。

赴任先は、この国の教師なら誰もが知っている最底辺校。


噂ではクロガーネが裏で手を回したらしい。


僕たちは、赴任先の学校に向かった。


校門に入るなり異臭が漂う。

ボロボロで放置された雑巾。

血のにじんだ壁。

ボロボロの物置。


その全てがここでの教育の困難さを伝えていた。


職員室に入る。

ここからはゼロの出番だ。



俺は挨拶をする。

まばらな拍手。

教員はみな虚ろな目をして、下を向いていた。


「俺はここの生徒の未来を変えたい」

そう言った。


「いや~ここはムリですよ」

とそう言ってきた男がいた。

ツイードのジャケットに、ボサボサの白髪頭。

どんよりとした目つきながら、どことなく威圧感を感じさせる男だ。


「あんたは?」

と俺は聞いた。


「申し遅れました。教頭にございます」

と男は言った。


「ここはムリだと言ったのはなぜだ」

と俺は少し強めに聞く。


教頭は頭をかきながら

「これだから……

素人はこまる」

と小声で言い。


「ポテンシャルがない。

生徒の家庭、みんな貧困層だし、

もう本人たちが、人生投げちまってるんですよ」

と顎を突き上げ、言い放った。


「くだらねぇな」

と俺が言うと


「なにがくだらねぇですか。

私は事実を言ったまでですよ」

と教頭は噛みついてきた。


「これまでに、本気で生徒に向き合った奴はいるのか?」

俺は声を張り上げた。


「あ~。ありますとも……。

ここにいる教員たちは努力した。

みんな努力した。

でもね……。

生徒も、生徒たちの家庭も変わらないのですよ」

と教頭は机をたたきながら抗議した。


そうだ。

そうだ。

そうだ。

と小さな声が重なる。


「そうだ。私達もがんばりました。

生徒たちに殴られても。

生徒たちにからかわれても。

私達がんばりました。

でもムリなんです」

とカーディガンを来た若い女教師は涙をながした。


おいおい。ゼロ……。

頭ごなしはマズいよ。

と僕はゼロに言った。


まぁ気にすんな。

これでわかった。

ここの教員たちは、やる気はあるけど、

現実に打ちのめされただけだってな。



「お前ら。教師は聖職者だって言うよな。

それ信じてるか?」

と俺は言った。


「教師は聖職者だなんてバカバカしい。

教師ほど神を疑っている人種はいないんじゃねぇか?

少なくともうちの学校の教師のほとんどはそうだ。

もし神がいるんなら……

なぜうちの学校の生徒達はこう理不尽に不幸なんだよ」

と身体の大きい男教師は言った。


「そうだな。教師は聖職者ではない。

でもな……

お前らには力がある。


教育で生徒達を導く力が。


何が神を疑うだ。


神はお前らにペンを、

教科書を、

黒板を、

そして教える力を与えてくれただろう。

それを全部使ったのか?

ギリギリまで使い倒したのか?

それをしてねえなら、今すぐやれ。

お前らにはできる。

あいつらのクソみたいな人生を多少ましにしてやれる力が」

と俺は言った。


「でも……。

その教える力があっても、

受け取る意思がなければ……

何にもならないのです」

とカーディガンを来た若い女教師は言った。


「よし。わかった。

これから1時間後全校集会をする。

予定なんてどうでもいい。

無視しろ。

生徒と教員……

いやこの敷地内にいるもの全て。

用務員なども含めて、

全員を体育館に集めろ」

と俺は言った。



◆ ◆ ◆


一時間後、体育館には

この学校の中にいるもの全てが集まった。


俺は壇上に立つ。


「俺の名はゼロ。

この学校に校長としてやってきた。

まず、俺に文句がある奴は前に出てこい。

拳で語り合ってやる」


俺は壇上から周りを見渡す。

出てくる奴はいない。


「じゃあ、出てくる奴はいないということで、文句はないと判断する」


体育館の空気は張り詰めた。

暴君の到来でも見ているような雰囲気だ。


俺はすーっと息を吸った。


「上の者は下の者に責任を押しつける。

下の者はさらに下の者に責任を押しつける。

そうやってどんどん責任を押しつけられた結果が、この学校だ」


俺はそう語った。


「お前ら、この学校はこの国の教師の中では有名だ。

なんで有名か知っているか?」


と俺は問う。

そしてだまる。


しばらくすると


「最底辺校」


という声が聞こえた。



「そうだ。最底辺校だ。

最底辺校というのは、

この国で一番勉強ができないって意味だ。

よかったな。ナンバーワンじゃねぇか」


と俺は煽った。


「バカにすんなよ」


と声がした。


「おっ。

バカにすんなよって、一丁前にプライドはあるんだな。

プライドをどこかに落してきたのかと思ったぜ」


と更に俺は煽る。


「じゃあ、なんでお前らは最底辺校なんだ」

と俺は聞いた。


しばらくすると

「うちの学校は貧乏だし、貧乏な家庭が多いからじゃないですか?」

と声がする。


「あいつは?」

俺は教頭に聞く。


「彼は生徒会長です」

と教頭。


「おぅ生徒会長か。じゃあ、お前は、ここの番長みたいなもんだな。

こっちに来い。俺と議論をしよう」


生徒会長は緊張しながら、壇上に上がる。


「俺が質問をするから、生徒会長、お前が答えろ。

お前が俺に質問をしてもいい」


生徒会長はうなずく。


「では、なぜ貧乏な家庭が多いと最底辺校になるんだ」



「それは、たぶん。教育の機会が与えられないからだと」


「まぁ、それが一般に言われることだな。半分正解で、半分間違い」


「どういうことですか?」


俺は壇上で歩きながら声を張り上げた。


「国の試験制度ってのは、実は平等に作られてるんだ。

教科書の内容からしか出題されない。

誰にでもチャンスがある設計なんだよ。

上に行くための“ルート”は、全員に公開されてるんだ」


会場がざわつき始めた。

俺は更に畳みかける。


「でも……不思議だよな。

なんで“貧しい家庭”の子ほど、勉強をあきらめて、

なんで“金持ちの子”ほど、ちゃんとその地図を使いこなすんだろうな?」


俺は、生徒会長のほうを見る。

すっと視線を逸らす。

俺は再び会場を見渡す。

明らかに動揺が広がっている。


「ハハハハハ。お前らオモシロイ奴らだな。

めちゃくちゃ動揺してるじゃねぇか。


そうだよな。今まで親のせいにしていたのが、自分のやる気のせいだ。

これが、

バレちまったんだからな。


教科書が配られてる時点で、上流へのチケットは全員に配られてるんだ。

ただお前らが――勝手にあきらめて、スネてるだけだ」


俺は再び、生徒会長を見る。


「しかし、教育水準の格差は確かにあります。貴族はいい家庭教師を雇える。

それに最難関校は、私達がもらっている教科書で行けると思えません」

と生徒会長。


そうだ。

そうだ。

と声がする。


「お前ら、“応用”って言葉の意味、わかるか?」


と辺りを見渡す。

みんなキョトンとしている。


「たとえばな、農地の検地。歴史で習っただろ。“いつやった”とか“誰がやった”って、ただ年号覚える。それが普通の勉強の仕方だ」


みんなうなずいている。


「でもな、本当の学力ってのは――そこからどこまで考えを広げられるかなんだよ」


みんな首をかしげている。


「なんで検地をやった?農民が税をごまかすから、だ。けどな、それだけじゃねぇ」


俺は息を整える。


「一人だけズルしてたら、他の奴はどう思う?『ずるい』『不公平だ』『真面目にやるのがバカみてぇ』ってなる」


教員たちの目の色も変わりだした。


「そうなると、何が起こると思う?税なんて誰も真面目に払わなくなる。信頼も秩序も崩れる。国が回らなくなるんだよ」


ふたたびざわつきだした。


「たった一行の“検地が行われた”って文から、ここまで考えるのが応用だ。

だからな、チケットは配られてるんだよ。誰にでも。教科書っていう形でな」


生徒会長のほうを見る。


「でも……

そんなこと初めて教わりました」

と生徒会長は言った。


「だからな。勉強って言うのは、暗記するだけが勉強じゃねぇんだよ。

いいか。

お前ら、よく覚えとけ。

世の中のことは、ほとんど全てのことに意味がある」


俺は壇上に置かれた水を一口飲む。


「勉強でな『何年に起きた~』とか『誰がやった~』って覚えるだけなら、誰でもできる。

これが普通のやつの勉強方法だ。


でもだよ、“なぜやったか”を考えたとき、

そこに“統治構造”ってものが見えてくる。

税をごまかされないように管理するって話だったな?


で、ここが大事だ。

上に昇っていくやつはな、こう思うわけよ。


この“統治構造”って、他の歴史上の出来事にもあるんじゃねぇか?ってな。


そう思って探す。

すると、出るわ出るわ。わんさか出てくる。

奴隷制、封建制、中央集権、全部“統治構造”の話だ。


そうなるとだ、不思議なことに、そいつらのエピソードってのは――

漏らさず、勝手に頭に入ってくるようになる。


なぜかって?

“つながり”が生まれたからだよ。

知識を“バラバラの点”で覚える奴は、忘れる。

だけど、“意味のある線”にした奴は、忘れねぇんだよ」


カーディガンの女教師が手を上げる。


「では、私達の教え方が間違っていたということですか?」

とその瞳は震えていた、


「いい質問だ。基本的に教え方は正しい。

ただ正しいだけで、それがいいとは限らない」


と俺は再び正面を見た。


「お前らな、本を読んでいたら、黒板を書き写したら、頭がよくなると思うだろ。

たしかに多少は良くなる。

でもな……。

一番大事なのは、自分の頭で考える事なんだ。

自分の興味のあることなら無限に覚えられるだろう。

これは自分で考えるからだ。

お前ら学校に来て、自分で考えているか?

覚えようとして、覚えられない、そして勉強苦手って言ってるんじゃねぇか。

どうだ!そこのお前」


と俺は一番悪そうな生徒を指さす。


「そうだな。自分で考えたこととかねぇな。覚えようとしても、覚えられないしな」

と言った。


「お前の得意な事はなんだ」

と俺は聞く。


「ケンカだったら」

と悪そうな生徒は答える。


周囲からは笑いが起きる。



「そうか。じゃあケンカのテクニックだったら、すぐに覚えれるだろ」

と俺は聞く。


「それは自信がある」

と答える。


「みんなわかるか?こいつはケンカならすぐ覚えられる。なぜそれができるかというと、興味と、自分で自発的に考えるからだ。じゃあ先生、あんたケンカを覚えれるか?」


と女教師に問う。


「いえ、ムリです」


「そうだろうな。ケンカとか興味なさそうだもんな。

でもな。

学校の勉強となると、興味がなくても、覚えないといけないってのがあるんだ。

これをクリアするポイントは、教員が興味を持たせるか、自分で興味を見つけるか、

この2点なんだ。

だからな。生徒と教員は協力しやって、成績を上げていけるんだよ」



この日から、学校の空気は、ほんの少し変わり始めた。


ボサボサだった教頭の髪は整えられ、

長らく放置されていた窓が開け放たれた。

校内を漂っていた異臭は、いつの間にか消えていた。


死んだ魚のようだった教員の目に、

かすかに光が戻りはじめていた。


そして何より、

教室に座る子どもたちの背筋が――少しだけ、伸びていた。


僕は思った。


ゼロなら、この学校を変えられる。

いや、きっとこの国すら――。

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