第76話 人狼達は流れ着いた先で理想郷を見る
歓迎会も終わり片づけをした後、私はでっかく「臨時休業」と書いた看板をレストランに建てた。
あれだけ騒いで今日も来る人はいないと思う。
けれど来るかもしれないから一応書いておかないとね。
「「「おはようございます! 姉さん!!! 」」」
「あ、あぁ。おはよう皆」
「「「うっす!!! 」」」
ウルフィード氏族の男性陣が私を見るなり挨拶してくる。
この前も思ったのだが私はいつの間に「姉さん」と呼ばれるようになったんだ?
しかも一部女性陣からは「お姉様」と呼ばれているし。
気になるが、聞かない。
この世の中には知らない方が良い事なんて山ほどあるからな。
呼び方に関しては特に気にしていないので、こういう呼び方になった経緯なんて知る必要もないし、聞く必要もないと思う。
「今日は何か仕事か? 」
「ええ。俺達は畑を耕していたので畑を手伝えればと思いまして、少しばかし町長の所へ」
「俺は狩人でもできないかと。氏族長とは別の村でしたが一応森で狩りをしていたので」
「俺は……冒険者になれないかなと」
それぞれ今後のことを考えているようだ。
昨日あれだけはしゃいだ後とは思えないほどにタフだな。
むしろ今から相談に行かれる町長側は大丈夫だろうか?
「他に考えている奴はいないのか? 」
「元々仕事についていたやつはその技術を生かせる職を探そうという話になりやした」
「けれど職についてないやつもいてこれが困ったもので」
「お前ら早いな」
「「「氏族長! 」」」
話していると建物からライナーがこちらに向かってきていた。
今日は旅服じゃない。ライナーは人狼の姿で大きめの服を羽織っている。あれはここにいる間、テラーさんの所で買ったやつだ。
手を振りながらやって来るライナーに彼らが挨拶すると私も挨拶。
挨拶も程々に今さっき話していたことをライナーに伝えると、すぐに顔を逸らしてしまった。
「ま、まぁ氏族長。気にしないでください」
「そうです。氏族を纏めるのは大変ですからこれも一つの仕事ですよ」
「……そうですとも。職に就いていなかったとはいえ、そもそも一族を纏めるのが氏族長の役目。どんと構えていてください」
ライナーがばたりと倒れてしまった。
最後の一言が致命傷になったらしい。
けれどなるほど。彼は職に就いていなかったから気まずそうに顔を逸らしたのか。
纏め役というのはどんな種族でも大役だ。
それ自体が職といえば職なのだが、今回の様に本格的な技術職となるとまた別か。
「……ライナーも一緒に町長の所へ行くか? 」
「あ、あぁ。何か役にたてると良いんだが」
「落ち込まないでください氏族長! 」
「今まで無職だったからといって落ち込まないでください氏族長! 」
「無職でも俺達はついて行きますぜ。氏族長! 」
「お、お前ら後で覚えてろよ……」
悪意はないのだろう。
しかし「無職」という言葉がライナーを串刺しにしている。
やめてあげて。これ以上無職という言葉を彼に投げつけないで上げて。
膝をつき項垂れるライナーを少し憐れんでいると、彼は立ち上がり顔を引き攣らせた。
ライナーの準備が整った所で私達は町長の所へ向かった。
★
「職、ですか」
「もう少し休んでいただいても大丈夫なのですが」
町長の館へ行き応接室で話をする。
やはりというべきか彼女達の顔色は良くない。よくよく思えばここへ案内してくれた人達の顔色も良くなかった。
昨日飲み過ぎたな?
それはともかくリア町長に彼らの要望を伝える。
彼らの事情を知っている為か「もう少しゆっくりしても」と提案してきた。
「俺達は体が頑丈なことが取り柄だ」
「むしろ動いていないとむずむずする」
「それで何か町の役にたてないか考えたんだが……、どうだろうか? 」
人狼達が町長に言う。
提案された町長は少し考えるような素振りをして文官に一言何か伝えた。
すると文官は部屋を出て、すぐに戻って来る。
彼は大量の資料を抱えていた。
「こちらこの町で行われている事業や仕事になります」
文官は言いながら机の上に資料を置く。
置いた紙束を幾つか彼らの前に出して仕事の内容を説明していく。
着いて来た人狼達は紙を爪で気付つけないように持ち上げて読んでいる。
「俺は冒険者をしてみたかったが……難しいか」
「領外に出る依頼もありますので……、言いづらいですが、難しいでしょう」
「仕方ねぇか」
「こっちの鉱山なら俺でも働けそうだ」
「そちらは新規事業になりますね。現在採掘を行うために住民を募っていますが加わりますか? 」
「よろしく頼む」
「俺はエルゼリアさんの所の畑かな」
「お。来てくれるか。畑を広げたは良いものの人手不足なんだ。来てくれるとありがたい」
どうやら前に出していた依頼を見つけたようだ。
あちこちで野菜が採れるようになり私の畑で働く人が少なくなった。
町全体としては良い事なんだが、少々困っていたりもした。
なので彼の申し出はありがたい。
「他のやつらにも声をかけて見ます」
「よろしく頼む」
ペコリと頭を下げる人狼に軽く手を振る。
そこから隣へ目線を移しライナーを見ると何やら紙を見て一人唸っていた。
「この【安定した肉の供給】ってのは何だ? 」
「申し訳ありません。他の資料が紛れていたようで」
文官が慌てながら謝罪する。
ライナーは「構わない」と言いながら文官に資料を渡してリア町長に事情を聞いた。
「野菜は採れるようになったのですが、次は肉が問題になりまして」
「今までは人口も少なかったので、近隣の森に生息するフォレスト・ブルなどを狩っていれば満たすことができていたのですが、人口が増えた影響で肉の供給が少なくなり、少し困ったことになっていまして」
「……悪いな」
「いえライナー様のせいではございません。これはウルフィード氏族の方々が来られる前から問題になっていたことなので」
リア町長が謝るライナーをフォローする。
ライナーはそれを受けるも申し訳なさそうな表情を崩さない。
少し緊張した空気が漂ったかと思うと、何か思いついたと言わんばかりにライナーが私の方を見た。
「確かこの近くに魔境があったよな? 」
「あ~。あったな」
「「「魔境?! 」」」
「ん? 知らなかったのか? この町に来る途中、異様な雰囲気を漂わせる森があったから魔境だと思うんだが」
私がソウに飛ばされた場所だ。
けれどリア町長達は知らなかった様。口をパクパクさせている。
その様子を見て頭に「一般にはあの森は魔境と呼ばれていないのだろうか? 」と過ったけれど、ドラゴンが出る森は誰がどう見ても魔境だろうと思う。
「因みにどの辺りで? 」
リア町長が聞くとライナーが答える。
するとリア町長が難しい顔をした。
「かなり近いですね」
「何故気付かなかったのでしょうか? 」
「ヴォルトが何かしていたんじゃないのか? 」
私が言うと「それだ! 」と言わんばかりの表情をした。
本当にヴォルトが何かしていたのかはわからない。一応この町に空間結界が張られている気配はないのだが、私の知らない魔法でやりくりしている可能性は十分にある。
もしかしたらヴォルトが外の魔物を定期的に間引いていたのかもしてないね。
可能性は幾つもあるが、結局ヴォルト様々というところ。
「ふむ。魔物肉で良いのなら俺達が魔境から仕入れてこようか? 」
ライナーの言葉に驚く。非常識な申し出にリア町長達も目を見開いている。
私だって行きたくない場所なのに。
うぬぼれではないが私は魔法使いとしてもある程度上位にいると思う。
それでも、行きたくない。
それを肉を仕入れるための場所と断言してしまうとは、流石は武闘派人狼族といった所か。
「も、もし叶うのならば」
「よし。任せておけ。丁度血気盛んな若い奴らもいる。そいつら引き連れて調達してくる」
「よ、よろしくお願いします」
「一通り種類をとってくるから、どれがどれだけいるか教えてくれ」
ライナーがウキウキで話を進めていく。
その様子に若干引きながら周りの人狼達に目をやると、違う方向を見て憐れんだような表情を浮かべていた。
どうやら彼らは、その「血気盛んな若い奴ら」の未来に涙しているのだろ。
ライナーは率先して魔境に行くようだが、必ずしも彼の強さが全体の強さではないようだ。
私も「若い奴ら」に祈りを捧げて町長達と話を進める。
詳細を取りまとめて今日の所は館を出た。
★
館を出て竜の巫女へ足を向ける。
後ろには人狼族が着いてきている。職が決まったおかげか彼らは楽しそうに話している。
少し歩くと見知った子供が少し前を過る。
「ほら行くぞ! 」
「ま、まってぇ。お姉ちゃん! 」
「やれやれですね。落ち着いてくださいアデル」
「ま、まって」
アデルが人狼の子供を引っ張り走っている。
ジフはやれやれと首を振りながらも、なんだかんだでその後ろを追っていた。
少し遅れてロデが走って手を伸ばし必死について行っている。
あの方角はアデル達が遊んでいた場所だろう。
これから四人で遊ぶと見た。
子供達の背中を視線で追っていると少し離れた所に母人狼を発見。
彼女が子供達を見守っているのなら安心だな。
「ここにきて、本当に良かった」
隣から声が聞こえる。
ライナーを見ると子供達を感慨深く見ていた。
再度彼から子供達に視線を移して私も同意する。
「次の段階はこれを継続だ。あとは私達大人の仕事だぞ? 」
「分かってる。全力を尽くすさ。エルゼリアの姉さん」
「次それを口にしたらぶっ飛ばす」
言いながらも全員で笑いレストランへ足を向ける。
今日もリアの町は騒がしい。
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