異国の王女の来訪
翌々日。
ついにラティシーヤ王女が、王宮にやってくる日になった。
出迎えを担当するのは、コーデリアとレオンハルトの仕事だ。
遠路はるばるやってきたラティシーヤ王女を労い歓談する。
責任重大な役割を任されたのは、王太子となったレオンハルトと、その婚約者であるコーデリアだからこそだ。
(いわばレオンハルト殿下と私が、この国を代表する顔になるということ)
しっかりと役目を果たさねば、と。
コーデリアが背筋を伸ばすと、ドレスの裾がかすかに揺れ動いた。
身にまとうのは純白のドレス。
『獅子の聖女』としての正装にあたり、滅多に袖を通さないドレスだ。
大国であるアルファサル王国からの使者一行へ、歓迎の意を表すための選択だった。
傍らには白と赤の配色の、王太子の正装を纏ったレオンハルトが立っている。
降り注ぐ晩秋の日差しに、金髪が王冠のように煌めいていた。
今コーデリア達が立っているのは、王宮の本城前にある広場だ。
可能であれば出迎えは屋外が望ましいと、アルファサル王国側から申し出があったのだ。
護衛の兵達を従え待っていると、華やかな楽の音が近づいてきた。
高く低く響く笛の音色、しゃんしゃんと鳴らされる鈴のような楽器と、滑らかな弦楽器の調べ。
異国の音楽を奏でる楽団を従え、高く空を舞う絨毯がやってきた。
(あの方が、ラティシーヤ殿下ね)
絨毯にゆったりと座り、横笛に唇をあて楽を奏でている。
柔らかく波打った黒髪がたなびき、金銀の装飾品が煌めく。
ライオルベルンの人間に比べ色の濃い肌に、マラカイトを思わせる鮮やかな緑の瞳。
長く上を向くまつ毛が、肌に影を落としかけていた。
(前評判で聞いていた通り、とても美しいお方ね)
コーデリアらが見守る中、絨毯がふわりと降りてくる。
横笛から口を離し、絨毯から降りるラティシーヤ王女。
たったそれだけの動作でさえ気品に溢れ、確かな教養を感じさせた。
「久しぶりだな、ラティシーヤ殿下。遠路はるばる、よくわが国まで足を運んでくれた」
来訪を労うレオンハルトへと礼をすると、ラティシーヤが微笑を浮かべる。
紅の引かれた唇が艶やかだった。
「アルファサル王国が第二王女ラティシーヤ、またこうして、レオンハルト殿下にお会いでき光栄です」
「俺も嬉しいぞ。君の操る、空を舞う絨毯は見事だったな」
「お喜びいただけ良かったです。練習に励んだ甲斐がありましたわ」
アルファサルの王家には、数枚の絨毯が代々受け継がれていた。
絨毯は魔石が縫い付けられた特殊な紋章具であり、笛の音を用いた魔術を使用することで、自由に空を飛ぶことができるそうだ。
飛竜や天馬に速度や飛行距離に劣るとはいえ、空を飛ぶことのできる紋章具は極めて希少である。
製法や詳しい操作方法は秘中の秘であり、魔術を操るアルファサル王族のみが使用を許されていた。
儀礼や祭りの場で空を舞わせ、人々から驚きと称賛を集めているのだ。
(ラティシーヤ殿下は魔術に優れ聡明、美貌にも恵まれた、『姫君の中の姫君』と称されているのよね)
生まれながらの貴人、非の打ち所の無い姫君。
王太子であるレオンハルトを前にしても緊張することなく、母語とはまるで違うこの国の言葉で、滑らかに会話をしている。
アルファサル語の習得に苦労してるコーデリアからしたら、尊敬するしかない相手だ。
社交用の微笑を浮かべ見ていると、ラティシーヤ王女と目が合った。
「ようこそ、ラティシーヤ殿下。レオンハルト殿下の婚約者、コーデリアですわ」
「あら、初めまして。あなたが『獅子の聖女』なのね」
マラカイトの瞳が、わずかに細められている。
表情は笑顔だが、内心は読めなかった。
「はい。そのように呼ばれております。ラティシーヤ殿下の元にまで、名が届いているようで光栄です」
「ここ一年ほどで、いくつもの素晴らしい功績を立てていると聞いたわ。お噂の獅子の聖獣様と、お会いすることはできるのかしら?」
「申し訳ありません。聖獣様が力を貸してくれるのは、この国に危機が訪れた時のみのようなのです」
聖獣の正体はレオンハルトだ。
どこから秘密が漏れるかわからないため、余程のことが無い限り聖獣は人々の前に現れない……という設定にしている。
聖獣についてこれ以上深追いされないよう、レオンハルトがさりげなく話題を変えた。
「こちらにも、ラティシーヤ殿下を称える噂はいくつも届いているよ。以前会った時より更に、笛の腕もこちらの言葉も上達しているな」
「ありがとうございます。お褒めいただき光栄ですわ」
ラティシーヤが上品に口角を持ち上げた。
一分の隙も無く完璧な、本心を伺わせない笑みだったけれど、
レオンハルトへと向けられたそれにどうしてか、コーデリアは胸をざわめかせたのだった。