命
34章 「命」
『わぁっ。美味しそうなケーキだぁ。』
嬉しそうなミサトの表情を久しぶりに見た。
でも、どこか顔色が悪い。
青ざめた血色の悪い顔。
元気ないの?なんて口やかましく言いながらケーキを頬張る。
『ごめっ、…。ちょっ、気分が。』
上手く言葉に出せないのかそれだけ言ってトイレに駆け込んで行く。
大丈夫なのか?
トイレから戻って来るその顔はさっきよりも青ざめていて心配になる。
『わぁっ。』
バランスを崩しかける。
鞄の中身をぶちまけるだけで済んだけど。
近くにいた人が拾うのを手伝ってくれる。
何か話しかけられて笑顔で返す。
なんだよ。俺にはあんな笑顔見せたこと無いのに。
『あたし、無事に大人の姿に戻ったよ。』
笑顔で晴れ晴れした表情で言う。
なんだよ。
幸せそうな表情して。
俺は振られたんだよな。
『なんだよ。こんなとこ呼び出して。』
イライラが出てしまった。
ミサトしんだそうな顔してるのに。
情けないなぁ。
それに、さっき、声かけてたのが男だからって怒ったらダメだ。
まるで、まだミサトを諦めてなくて嫉妬してるみたいだ。
『うっ、うん。あのね、これ見てほしいの。』
おずおずと手帳を差し出す。
さっき、鞄をぶちまけたとき、拾ってくれた男の人が頑張って彼に告白するんだよって応援してくれた。
だから、頑張る。
お母さんだって頑張ってきなさいと送り出してくれたから。
『えっ…。』
彼女の手にその手帳は握られていた。
母子健康手帳。
何度だって読み返す。
それ、について理解できるまで。
固まったまま驚きの表情を崩さない彼の様子に作戦は成功したのだとわかる。
顔を真っ赤に染め上げてきっと、この醜態にどうしていいかわからないだろう。
『手帳の中身見せて。』
彼は言った。
彼に手帳を渡すと子供の親の情報を書いたページで手を止める。
シングルで育てるという決意のもとかれの名前は書いていない。
でなければ、彼は卒業と同時に子供の父親になって養わなければいけない。
そんなの、彼の自由を奪うようでできない。
『ミサト、何か書くものあるだろう?
ボールペンがいいけど。』
だめっ。シュウにそんなことさせられない。
ボールペンは持っているけど、シュウがしようとしていることのために使えない。
『この子、シュウの子供じゃないから。』
あたしにとって世界で一番辛い嘘。
この子はシュウの子供。
だけど、シュウに厄介な不幸せを押し付けられない。
あたしのなかに宿った命よ、ごめん。
あなたから父親を奪って――――。




