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紫羅義  作者: 海道 睦月
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83/125

その83

 火をおこし、四人はその火を囲み、それぞれ壁に寄りかかっていた。

 史蘭の正面には羽玖蓮が座っており、火を見ていた羽玖蓮が史蘭に尋ねた。

「なぁ史蘭さんよ、紫羅義との間に何人子供を作る予定なんだ?」

 紫羅義が呆気にとられたように羽玖蓮の顔を見たとき、羽玖蓮の耳の近くに、カッと音をたてて短剣が突き刺さった。

 紫羅義は顔を動かさずに目だけを動かし、横目で史蘭を見た。

 羽玖蓮も頭を動かさずに横目で耳元に刺さった短剣を見て、史蘭の方を見た。

 二人が見たのは、史蘭が手に持つ炎に赤く染まるもう一本の短剣であった。

「女だと思って馬鹿にしていると許しませんよ。あなたはここで私と刺し違える覚悟があるのですか?」

 史蘭は柳眉を逆立て羽玖蓮を睨み付けた。

「あ~いや、史蘭さん、馬鹿にするなどとんでもありません。刺し違える覚悟などありません、すいません」

 羽玖蓮は平謝りに謝った。

 史蘭は短剣を収めると、炎を飛び越え、羽玖蓮の耳元に刺さった短剣を抜いた。

「あなたの子は、死んでも生みませんからご安心下さい」

 そう言うと、また炎を飛び越え、自分の場所に戻った。

 羽玖蓮は身を固くして小さくなり、紫羅義も神澪も無言のまま身動ぎもせずに、目だけを右に左に動かしていた。

 夜も更けた頃、四人は顔を見合わせた。

「猿でしょうか?」

 外の気配に集中するように、一点を見つめながら史蘭が口を開いた。

「猿にしては大きいようだな」

 紫羅義は立ち上がると戸を開け、周囲を見回した。

「そこにいるお方、中に入りませぬか」

 声を掛けると、闇の中から黒装束の若い男が姿を現した。

「お主たちはこの小屋で何をしている?」

 黒装束の男は鋭い目付きで紫羅義を見た。

「旅の途中で日が暮れて、この小屋で一夜を過ごしているだけです。あなたこそ、こんなところで何をしているのです?」

「俺は……」

 紫羅義の問いかけに男は下を向いた。

「とにかく中へ」

 紫羅義はその男を小屋の中に招き入れ、皆を紹介した。

「俺は紫羅義、そして、この者たちは羽玖蓮、神澪、史蘭だ」

「俺の名は()()()、何をしていたかと聞かれれば、村を追い出されて行くあてもなく、山を降りて、なんとなくここまで来て、人の気配のするこの小屋に寄ってきたというところだな」

 緋備輝は座り、一同の顔を見回した。

「村? しかし、あなたのその姿は、田畑や林を相手にしている者の姿ではないように見受けられるが」

 神澪は不思議そうに緋備輝の黒装束と腰の剣を眺めた。

「ああ、我らの村は他とは違う、生きるために田畑も耕すが、古来より受け継がれてきた技や術の修行もするからな。俺が夜でも物が見え、動けるのはその修行のせいさ」

 緋備輝は淡々と説明した。

 技や術と聞いて四人は顔を見合わせた。

「なんという村だ?」

「那岐という村だ」

「那岐だって!」

 紫羅義の問いに緋備輝が答えると、三人が一斉に声をあげた。

 史蘭だけは何もわからず、一斉に声を上げた三人を驚きの表情で見ていた。

「知っているのか、我らの村を?」

 緋備輝も驚いたように三人の顔を見た。

「そうか、那岐の一族だったのか」

 紫羅義は緋備輝の顔を見つめ、羽玖蓮と神澪は「う~ん」と唸った。

「お主たちは那岐の村を知っているのか?」

 緋備輝は怪訝そうな顔でもう一度、三人に尋ねた。

 那岐の村はその性質上、外部との接触は皆無であり、村を知る者は殆ど存在しなかった。

「那岐の一族ならば、全てを話してもよいのではないですか」

 神澪にそう言われ、紫羅義は頷くと、緋備輝に尋ねた。

「前の長は波邪斗殿だな」

「そうだ」

 緋備輝はなぜその名前を知っているのだと言いたげな顔で紫羅義を見た。

「俺は波邪斗殿の孫だ、そして、我が父もこの二人の父も波邪斗殿や那岐の者たちと共に戦ったのだ」

 紫羅義の言葉に緋備輝は事情が呑み込めず、皆の顔を見回し、下を見て額に手を当て、今度は天井を見て暫し考え込み、掌を大きく開いて前に突き出した。

「ちょっと待て、俺は五歳の時に、都に行くという波邪斗様を見送ったのだ。長はそのまま戻ってはこなかったが、後で聞いた。長には娘がいて、皇帝の妃となったと。その皇帝が他界し、その子供が今の皇帝であり、長の孫のはずだ。孫という話が本当なら、あなたは皇帝の兄弟ということか?」

 緋備輝は横目で羽玖蓮と神澪の顔を見た。

 彼らは、その通りと言わんばかりに頷いた。

「どうやら嘘を言っているわけではなさそうだな」

 そう言うと緋備輝は腕を組んで下を向き、何やら考え込んでいた。

「行くあてがないのなら俺たちとともに行くか?」

 羽玖蓮の言葉に緋備輝は顔を上げた。

「皇帝の兄弟たる者が、この人数で何処へ行こうと言うのだ、お主たちは何を考えているのだ、何が目的なのだ?」

 緋備輝は三人を問い詰めた。

 紫羅義は母である波流伽から聞いた隆徹と波邪斗の出会いや、朱浬を目指しながらの戦いの結末、司鬼一族の反乱、そして、皇帝の座を弟に託し、青弧の地に目覚めたであろう魔物を倒しに行くのが目的であることを緋備輝に話して聞かせた。

「千年以上生きると聞いても、信じられはしないだろうがな」

 羽玖蓮が独り言のように言った。

「いや、そうでもないぞ。我らの村にも二百年以上生きた者がいるらしいからな」

「なんだって! ほんとか?」

 緋備輝の言葉に皆は身を乗り出した。

「ああ、ずっと目覚めていたわけではないらしいが、その者は(つたえ)(びと)と呼ばれ、深い洞窟の中で長い眠りにつくらしい。寝ている間は息も殆どしなくなり、二十年ほどで目覚め、那岐に伝わる技を教えるというか、正確に伝わっているかどうか確認するんだそうだ。そして何年か経つとまた眠りにつき、そんなことを十数回繰り返したと言われている」

 緋備輝が那岐に伝わる話を説明すると一同は驚き、声を出すこともできなかった。

「あなたは那岐の村を追い出されたと言っていましたが、なぜ村を?」

 神澪が緋備輝に尋ねた。

「我らの一族が朝廷に少なからず貢献したのは俺も聞いている。それならば我らはもっと日の当たる場所に出ようではないかと長に詰め寄ったのだ。長は反対し、まぁ、話の行き違いというか、成り行きというか、家を一軒ぶっ潰した。そしたら長は激怒し、お前はもうここには置いておけん、出て行けと。昔なら死罪だな、最近は村の掟も弛くなって、追放で済んだというわけさ」

 緋備輝は憮然とした顔で村を追われた経緯を話した。

「あのなあ、話のすれ違いで家をぶっ潰す奴などいないぞ、普通は」

 羽玖蓮の言葉に一同は呆れた顔で緋備輝を見ながら頷いた。

「あ~あ~、どうせ俺は普通じゃないさ、俺にとっては那岐の村も朝廷も皇帝も関係ないのさ、だから紫羅義よ、お主にも平伏などせんよ。だいたい俺は徒党を組むのが嫌いだしな。俺は俺だ。俺以上でも、俺以下でもない!」

 緋備輝は喚き散らした。

「意味がわかりません」

 史蘭に冷たく言われ、緋備輝はムッとした顔をしたが、神澪に再び、一緒に行くかどうか聞かれ、暫く下を向いて考えていた。

「行く宛てもないし、お主たちと一緒に行くと面白そうだ、俺も連れて行ってくれ」

 緋備輝は一同を見回した。

 板の隙間から朝日が差し込み始め、四人は五人に増え、一行は小屋を出た。

「この先に俺の馬が繋いである」

 緋備輝の馬が繋いであるという場所に行くと、そこには一目見て他とは違うとわかる馬が繋がれていた。

「こいつは(らい)(しん)と言って、人の言葉を理解する。信じられんかもしれんが、明らかに俺の言葉を理解して動くんだ。それに俺と一緒に修行もした、ただの馬ではないぞ」

 緋備輝の言葉を四人は黙って聞いていた。そして、お互いに目配せをして、四人は小さく首を左右に振った。

 一行が街道を進んでいると、何やら騒ぐ声が聞こえてきた。街道の近くの川で子供が溺れており、数人の大人と子供が助けようとしているところだった。

「魚でも捕りにきて深みにはまったのか」

 羽玖蓮の言葉が終わらないうちに、緋備輝は馬から飛び降りた。河原の石は大きく、馬は入ることはできない。馬から降りた緋備輝は騒ぎの元に向かって走りだした。

「おいおい、緋備輝、お前が行かなくても助ける者がいるじゃないか」

 羽玖蓮が言うと、緋備輝は振り返えって叫んだ。

「子供の命が危ないてえのに黙って見ているつもりか! 都の者はそんな薄情者揃いか」

 緋備輝はまた走り出した。

「あら、なんだあいつ、俺は俺だとか言っていたのに、なかなか熱い奴じゃないか」

 羽玖蓮は感心したように言うと、馬から降りて駆けだした。

 他の者も馬から降り、緋備輝と羽玖蓮の背中を追いかけて走り出した。

 緋備輝の行動は正しかった。溺れている子供はさらに深みに流され、そこはもう大人でも背が立たない場所であり、その先は流れが早くなっていたし、子供は沈む寸前であった。

「すぐに助けてやるぞ!」

 緋備輝は右手首を左手で掴み、掌を子供に向け、掛け声とともに気を発した。

 川面が波立ち、周辺の水が意思を持ったように動き、水は蓮の葉のような形になって盛り上がり子供を乗せた。そして、そのまま子どもを岸まで運び、待っていた大人たちの足元に戻した。

「これはいったいどうしたことだ?」

 周囲にいた者は皆、仰天し、水面と緋備輝を交互に見た。

 子供は咳き込んではいたが、命に別状はないようであった。

「ありがとうございました」

 母親らしい女が子どもを抱えながら、何度も何度も泣きながら礼を言った。


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