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紫羅義  作者: 海道 睦月
76/125

その76

 天下万民のためと旗揚げしたあの日から、ずっと一緒に戦い、ともに苦難を乗り越え、ともに泣き、笑い、志芭の国を目指し、そして、今日まで一緒に国を支えるために力を合わせてきた。

 隆徹がどんな人間で、何を思っているのか、羽宮亜と神羅威は手に取るようにわかる、彼の心の中を思うと、それ以上反対することはできなかった。だが、ここで二人が決められることではない。

「わかりました、では明日、皆の前で話し、意見を聞きましょう」

 羽宮亜は重臣たちの意見に委ねることにした。

 次の日、主だった重臣と将軍が集められた。

 この策は味方の兵も欺くことになる、絶対に外へもらすわけにはいかないのだ、文武百官全てを集めるわけにはいかない。宰相である汪白邦や趙士雲たち、志芭王朝の中心人物だけが集められ、そして、司鬼軍に対する策が羽宮亜によって説明された。

「それは上策だ」

 そこにいた者の全てが頷き賛同した。

「最後の号令をかける者は、陛下が自ら出向きたいと……」

 そこまで言うと、全員が首を大きく横に振り反対した。

「とんでもないことです」

 皆は口々に反対意見を出したが、羽宮亜が昨日聞いた隆徹の気持ちを代弁すると、一同は下を向き、誰一人として口を開く者はいなくなった。

 静まり返った中で、一人、前に出た者がいた。

「陛下は私がこの命に替えてもお守りする」

 趙士雲であった。

 彼は国を追われ、野盗に身を落としていたとき、最初に紫羅義と出会い、その人柄と度胸に惚れ込み、その日からずっと隆徹とともに生きてきた。彼もまた隆徹の心の中が手に取るようにわかる、馬元譚、叙崇国、他の将軍たち、そして那岐の一族も進み出た。

「陛下は我らが命に替えてもお守り致します」

 彼らが口を揃えて言うと、もう誰も反対しようとする者はいなかった。

 皇帝から命を受けた、唯の国と宗の国ではそれぞれ二万と二万五千の軍勢を反乱軍として出陣させ、皇帝直筆の勅書を受け取った近隣諸国は門を固く閉じ、城への全ての出入りを禁じた。

 唯の国と宗の国の軍勢が到着し、司鬼軍もその姿を現した。そして、羽宮亜と神羅威が進言した策を決行する日が来た。

 朱浬の城内では反乱軍が押し寄せてくると聞いて兵たちは大騒ぎとなり、それに備えようと走り回っていた。

「動く必要はない、静観せよ」

 宰相である汪白邦は全軍に命令を出した。

 五万近い反乱軍は西門前の広場に展開し、城門の上からそれを見た兵たちは覚悟を決めてその軍勢を見ていた。

 静観せよと言われても黙って座っているわけにもいかず、兵たちはそれぞれに戦う準備をしていたが、そこへ周囲を威圧する五十騎ほどの一行が現れ、門へと向かっていった。

 兵たちは我が目を疑った。

 その騎馬一行の先頭にいたのは病に伏しているはずの皇帝であり、その後に続くのは志芭の国の将軍たちだったのだ。

「開門せよ」

 皇帝に言われ、門の責任者は慌てて開門を命じた。

 そして、志芭国皇帝である超隆徹は、唯、宗の両国の軍勢に号令するために城門より出て、司鬼軍に向かって行ったのである。

「あれが和睦の使者のようですな、いや、無条件降伏の使者か、はっはっは」

 玄祥が笑うと、他の者も声をあげて笑った。

 はっきりとお互いの顔が見える距離まで一団が近づいて止まったとき、玄祥は隣にいる魏劉輝の異変に気がついた。彼は目を見開き、口を開け、震えていた。

「そんな、なぜここに」

 魏劉輝の言葉に玄祥は相手を見据えた。

「確かにこの一団は降伏をしに来たとは思えない、並ぶ者たちは尋常ならざる者たちに見えるし、顔には自信が満ちているようにも見える。魏劉輝が驚き、震える相手とはいったい何者なんだ?」

 玄祥は相手を険しい顔で睨みつけながら呟いた。

「和睦の交渉に来たのであろう、口上を述べよ、その前に、お主は何者なのだ?」

 玄祥は強気に問いかけた。

 一騎が前に進み出た。

「お主が頭目か、そして隣にいるのは魏劉輝だな。俺の名は紫羅義だ!」

 隆徹が紫羅義と名乗ることが全軍への号令であった。

「紫羅義だと。紫羅義というのは今の皇帝が前に使っていた名ではないのか、だから魏劉輝は驚いていたのか。皇帝が自ら出向いてきて降伏を……」

 そう言いながら、玄祥は凍りついた。

「皇帝は重病だったはず、それに、もし、この男が本当に皇帝だというのなら、ここに出てくるということは、罠だ!」

 玄祥が叫んだとき、すでに左右の軍は一斉に向きを変えて中央の司鬼軍に馬頭を向けていた。そして、数万の剣が一斉に鞘から抜かれる音が響き渡った。

 西から進んできた軍を率いていたのは、隆徹とともに志芭の国への苦難の道を歩んだ唯の国の将軍、史瑛夏であり、迂回して北より進んできた軍を率いていたのは、宗国の国王、荀宇宝が派遣した大将軍、(けい)(こく)()であった。

「罠だ! 左右の軍は敵だ」

 そう叫ぶ玄祥の言葉もまだ理解できず、同志だと思っていた反乱軍に剣を向けられた司鬼軍は呆気にとられていた。唖然としている千五百の軍に左右の四万五千の兵がなだれ込んだ。

 局地戦における司鬼軍の強さは尋常ではなかった。だが、それは、相手の動きを事前に察知し、策と術によりその強さが最大限に発揮されるものであり、虚を突かれ、いきなり混戦になったのでは、いくら強くてもその真価を発揮することはできない。まして、千五百の軍に対して四万五千ではもはや勝負にはならなかった。

「血路を開き、囲みの外へ逃れよ!」

 玄祥は数十騎の側近に守られながら、囲みを破ろうと奔走していたが、隆徹はその一行の動きを外からずっと目で追っていた。隆徹だけでなく、両側にいた趙士雲、叙崇国、馬元譚、那岐の一族も玄祥の動きを冷静に見ており、そして、玄祥たちを追うように囲みの外を移動していった。

 混戦となった戦いの中、司鬼軍の千五百は次々と倒され、そんな中で魏劉輝はあっさりと囲まれ、震えながら鳳玉石を自分から差し出した。

 側近を従えた玄祥はついに囲みを破って外へ飛び出したが、玄祥とともに囲みの外へ出られたのは十騎にも満たなかった。その彼らを、先回りしていた隆徹らの五十騎が遮った。

「ここまでだ、もうお主たちに逃げる場所はない」

 囲みから抜け出た司鬼の者たちは、まさしく満身創痍であり、隆徹らに進む道を遮られ、その間に再び囲まれてしまった。司鬼一族にもはや逃げる道はなかった。

 さすがに玄祥も観念し、隆徹に剣を振り上げ向かったが、隆徹の剣は一瞬で玄祥の体を一刀両断にした。

 他の司鬼の者も将軍たちに斬りかかったが、傷だらけで疲弊しきった彼らは趙士雲や那岐の者の敵ではなかった。

「やっと終わったのか」

 そう呟いた隆徹の前に史瑛夏将軍と慶国甫将軍が現れた。

「おお、将軍、唯の国と宗の国のおかげでついに賊を討ち取ることができた、礼を申すぞ」二人の将軍は馬から降りて跪き、皇帝の勇気を称えた。

こうして志芭の国を翻弄し、危機に陥れた恐ろしい鬼のような一族の軍は消滅した。

「辛く厳しい戦いであった、二度とこのような反乱が起きぬよう、これからも気を引き締めて国政に向かわねばならぬな」

「まだ魏嵐の他の息子たちは健在です。先々の憂いを絶つためにひっ捕らえましょう」

 趙士雲の進言に、隆徹は大きく首を横に振った。

「いや、もういい。彼らを見張らせているが、今回の反乱には関与してはいないようだ、何の動きもなく静かに暮らしている。もうこれ以上、恨みの連鎖を広げる必要はない」

 隆徹は寂しげに笑い、城を見た。

 悪鬼のような軍を壊滅させたとはいえ、多くの仲間を失った隆徹たちは、肩を落としながら朱浬の城門に向かって引きあげて行った。


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