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紫羅義  作者: 海道 睦月
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74/125

その74

 もし一緒にいたのが流輝でなければ紅燐は間違いなく斬られていた。

「俺の名は司鬼一族の(えい)(けい)、我らはいかなる戦いのときでも名をなのることを掟としている、お主の名を聞いておこう」

 全身黒づくめの男は流輝に対し真っ直ぐに剣を向けた。

「俺の名は那岐一族の流輝、お前たちの勝手にはさせない」

 流輝も影慧に向かって剣を延ばした。

 紅燐は天破に、流輝は影慧にそれぞれ向かって行き、紅燐が蛾に覆われて動きの鈍った天破に近づいたとき、無数の火の玉が彼女と蛾に向かって飛んできた。そして、破裂すると同時に炎が舞い上がり、紅燐と彼女の操る蛾たちは炎に包まれた。

 流輝と影慧は数度剣を交えたが、影慧は流輝の敵ではなく勝負はあっけなく決まった。

 影慧を倒し、破裂音に振り向いた流輝はその情景に驚いた。蛾たちが燃え上がりながら舞い、天破の動きを止めていた彼らが、今度は炎の壁となって流輝の視界を遮っていた。

「なんだ、この炎は、誰が発火弾を投げた? まさか、俺に存在を悟られないもう一人が潜んでいたのか」

 流輝は身構え周囲を警戒した。

 紅燐は飛び退き、炎の直撃をすんでのところで回避したが、流輝がその姿をとらえたとき、彼女は前のめりに倒れるところであり、倒れた紅燐の背中には短剣が深く刺さっていた。

 舞い上がった炎から逃げるその一瞬の隙を逃さず、潜んでいるもう一人は紅燐に向けて短剣を投げたのだ。

 紅燐の名を呼んだ流輝の首に、皮で編んだ細い紐が、鞭のようにしなりながら飛んできて巻き付き、振り向くと、天破がさらに二本の紐を放つところだった。

 その二本は流輝の左腕と左足に巻き付きついて、動きを封じ、そこへさらに見えない敵が発火弾を投げつけた。舞い上がった炎を避けるために流輝は身を伏せたが、次の瞬間、彼の周囲にさらに大きな火柱が立ち上がった。だが、その火柱はみえざる敵が投げたのではなく、炎頼が投げたものだった。

 異常に気づいた炎頼と(せい)(れん)が駆け付け、流輝を守るように、炎頼が彼の周りに火柱を立ち上げさせた。

 流輝は二人の姿を見ると、渾身の力で、自分の動きを封じている三本の皮 紐を一度に断ち切り、壁に向かって斬りかかり、そのまま倒れた。

 渦巻く炎で視界が遮られる中で炎頼は身構えて辺りを警戒し、青簾は紅燐に駆け寄ると首に手を当て、その後に流輝に駆け寄り彼を抱き起こした。

「流輝、しっかりしろ、どこをやられた」

「背中だ、奴は炎を舞い上がらせると同時に短剣を相手に投げるのだ」

呻くように言いながら、流輝は倒れている紅燐を見た。

「紅燐も同じ手にやられたのだろう、彼女はどうだ?」

 その言葉に青簾は力なく首を横に振った。

「そうか。壁と同化するように姿を隠す者がいる。あいつが一番危険だ、斬りかかったが逃げたようだ。だが、手傷は負わせた、後は頼む」

流輝は絞り出すように言うと、青簾の顔を見つめたまま息絶えた。

「流輝と紅燐は?」

 駆け寄ってきた炎頼の問いに、青簾は黙って首を横に振った。

「そうか」

 炎頼は肩を落とした。

「奴らの気配はもうない!」

 そう言いながら炎頼が壁を見上げると、そこには上から垂れ下がった一本の縄が静かに揺れていた。

「敵は中に侵入した形跡があるのか、わかった。これからは陛下の周囲を厳重に警戒せよ、それと流輝の最後の言葉だ。敵は壁と同化するように姿を消していたと。そのような技を使う者がいると聞いたことがある、油断するな、皆に伝えよ」

 報告を受けた波邪斗は冷静に炎頼たちに命じたが、一人になると腕を組んで下を向いた。

 志芭の国の礎のためにその命を落とした英傑とは言ったものの、やはり我が子のように育ててきた配下の者を失うのは辛い、まして紅燐は波流伽が妹のように可愛がっていた者なのだ、兄弟のような悸翠を失い、妹のような紅燐を今また失い、それを聞いた波流伽がどれだけ深い悲しみを味わうのかと思うと波邪斗は気が重かった。だが、隆徹に報告しないわけにはいかない、当然、波流伽も事の成り行きを知ることとなるだろう。しかし、今はそんなことに気をとられている場合ではなかった。

 波邪斗は全身に力を入れて大きく息を吸うと声を出してその息を吐き出し、隆徹の元に向かった。

 波邪斗の話を聞いた隆徹もさすがに表情を曇らせた。

 自分のために那岐の者がその命を落とし、さらに波流伽の妹とも呼べる紅燐までもが命を落とした。義父に申し訳なく、また波流伽にどう伝えればいいのか、隆徹の胸は痛んだ。

 奥の間へと続く廊下には警備兵が並び、波流伽の部屋の前にも警護の兵が並んでいた。

 那岐の者も近くに潜んでいる。部屋の中に入ると子どもたちはすでに寝ていて、その横に彼女は座っていた。

「那岐の者二名が侵入者と剣を交え、命を落としたと報告が入った。一人は流輝、そしてもう一人は紅燐だ」

 隆徹は波流伽の顔を正面から見た。

「そうですか、流輝も紅燐も立派に戦い、この国の礎となったのですね」

 顔を覆い、泣き出すかと思った波流伽は驚くほど冷静で無表情だった。

 波流伽は入ってきた隆徹の表情から何か悲しい報せがあると察知し、自分が感情を乱せば隆徹が苦しむと思い、努めて冷静に対応した。そんな波流伽の心の中を隆徹もすぐに理解し、早く一人にしてやろうと、すぐに座を立って、部屋から出て行った。

 隆徹が部屋を出て行ってから夜更けまで、廊下で警護に当たる兵たちは、中から聞こえてくる波流伽のすすり泣く声を、拳を握り、下を向きながらずっと聞いていた。

 次の日、玉座のある広間に重臣と将軍たち、そして波邪斗たちも集まり、これからの警備の方法と司鬼軍に対する策を話し合っていた。そのときだった、廊下で騒ぎが起こり「侵入者だ」という声が聞こえてきた。

「なんだと、今、ここに侵入者だと」

 皆は唖然とした。

 夜間は警備の者も緊張して神経が研ぎ澄まされている、しかし、昼間は違う。

「まさか昼に動きはしないだろう」

 そう思う油断が誰にでもあった。その隙をついて敵は白昼堂々玉座に向かって、まっしぐらに突っ込んできていた。

 警備の兵を倒しながら走ってきたのは天破であった。

 片手に剣、片手に数本の皮で編んだ細く長い紐を持ち、それを振り回して、警備兵の目を打ちながら走って来る、敵を倒そうと向かう警備兵は目を叩かれ、目を庇えば剣で突かれ、次々と倒されていった。天破は広間に飛び込み、警備兵と波邪斗たちに囲まれると剣を捨て、両手に紐を持ち替え、その紐がまるで剣でもあるかのような構えをとった。

 斬りかかった兵は次々と紐で目を打たれ、のけ反るように倒れたが、二本の紐が波邪斗に伸びたとき、二本の黒い帯がその紐を打ち払った。

「俺の出番のようだな」

 青簾が二本の黒い帯を持って前に進み出た。

「流輝と紅燐の仇をとらせてもらうぞ」

 そう言うと同時に二本の黒い帯は自分の意思で動くかのように踊りだし、天破に襲いかかり、天破の皮紐もそれに呼応するかのように伸び、二人の操る革紐と帯はまるで四匹の蛇がもつれ合うように動き始めた。

 波邪斗はその戦いを見ながら考えていた。

「もう一人は何処だ。相手に見えないように壁と同化すると流輝は言っていた、そして手傷を負わせたと」

 波邪斗は部屋の中を見回した。そして、天井に小さな赤い染みが動くのを見つけた。

 その真下には皇帝の玉座があり、その前で隆徹が立ち上がり、戦いの行方を目で追っていた。

「陛下、上だ!」

 波邪斗が走り出し、叫ぶのと同時に、天井から落ちながら敵が姿を現した。

 その男は(しゅ)(れつ)と言い、波邪斗が考えていたように周囲に自分を擬態させる術を持つ者であり、壁と同化するために朱烈は服を脱ぎ、広間に侵入し、裸で天井に張り付いていた。そして、短い剣だけを体で覆うように隠し持っており、皇帝の命を確実に奪うために、朱烈は真上まで行き、剣で確実に隆徹の体を貫こうとしていた。

 天破は朱烈が動きやすいように支援する捨石だったのだ。

 上を見た隆徹も身構えたが、真上からの攻撃に一瞬躊躇した。

「間に合わん!」

 波邪斗は隆徹を庇うのは無理だと思い、飛んで朱烈に体当たりを食らわせた。

 両者は転げて隆徹を挟んで両側に立ち上がったが、朱烈の胸には波邪斗の剣が、そして、波邪斗の胸には朱烈の剣が深く刺さっていた。

 両者は睨み合い、そのままその場に崩れ落ちるように倒れた。

「義父殿」

 隆徹は波邪斗に駆け寄り抱き起こした。

「婿殿、こんな良い死に場所を与えてくれて感謝している、あのまま辺境の村で朽ち果てるのかと思っておったが、国のため、皇帝陛下のためにこの命が役立つとは、こんな名誉なことはない」 

 波邪斗は焦点の合わない目で隆徹を見上げ、彼の袖を掴んだ。

「波流伽を、娘を頼みましたぞ」

 そう言うと、袖を掴む力が抜け、その手は下に落ちた。

 青簾と天破の皮紐と帯は絡み合い、身動きがとれなくなったところへ、兵が一斉に斬りかかり、天破はいくつもの剣を体に受けその場に倒れた。

侵入した恐ろしい四人は倒されたが、朝廷にとって、その代償はあまりにも大きかった。

 司鬼一族の実力者たちを倒したとはいえ、まだ、外には司鬼軍の千五百の兵が残っており、彼らは遠巻きにして城内の様子を伺っていた。

 命を落とした者たちの葬儀が済むと、朱浬の城は門を固く閉ざし、外部との出入りを西門の一箇所だけとし、出入りする者を厳重に監視した。


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